栄誉称号
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栄誉称号(えいよしょうごう)とは、
- 栄誉ある称号のこと。あるいはそれらの総称[要出典][注釈 1]。栄称[注釈 2]、貴号とも[要出典][注釈 3]。
- また、憲法に定める栄誉に基づく称号を指す。国家の栄誉称号については国家栄誉称号ともいう[要出典][注釈 4][注釈 5][注釈 6]。
栄誉称号とは
[編集]栄誉や栄誉称号には貴族や華族の爵位のように栄誉特権、皇室法上の特権、国法上の特権などが伴う性質があった[1]。
名誉称号とは特権の伴わない名誉上の称号という場合がある[出典無効][2]。
栄誉称号の褫奪・剥奪について
[編集]政府による栄誉称号の剥奪の例としては、2008年、イギリスがジンバブエのロバート・ムガベ大統領に授与していたナイト爵位を剥奪したのはその例である。ムガベ大統領は同年実施された大統領選挙で野党に敗れたにも関わらず、その結果を公表せず、権力の座に留まり続け、それを批判する野党や有権者に圧力を加えるなどしていた。その後、大統領は6月27日に野党の反対を抑え決選投票を行うことを宣言するなどしたことから、イギリスが同大統領への批難の意思表示として爵位の剥奪を決定した[3]。
地方政府における栄誉称号剥奪の例としては、ナチス・ドイツの総統であったアドルフ・ヒトラーの名誉市民称号剥奪が知られる。ヒトラーは存命時、ドイツ国内外の市町村より4000以上の名誉市民称号を贈られていたが、第二次世界大戦後は侵略戦争と独裁、ユダヤ人虐殺等を行った張本人として、戦後は基本的に称号剥奪の対象となった。しかし、2013年にはドイツ北部のゴスラー市でヒトラーの名誉市民称号が剥奪されていないケースが発覚し、同市の市議会の決定により改めて剥奪される事案が生じている[4]。また、2011年にはヒトラーの生地であるオーストリアのブラウナウ市が、ヒトラーが首相に就任した1933年に名誉市民の称号を贈っていたことが判明、2011年7月7日、市議会が全会一致で取り消しを議決した[5]。
2017年にはミャンマーの国民民主連盟党首で同国の国家顧問のアウンサンスーチーが同国に居住していたロヒンギャの弾圧問題に適切な対応を取っていないとして、イギリスのオックスフォード市議会がかつてスーチーに贈った「オックスフォードの自由」という栄誉称号が剥奪された[6]。同じくロヒンギャ問題への対応を理由としたスーチーの「名誉市民」称号の取り消しは、イギリスのエディンバラ、グラスゴー、シェフィールド、ニューカッスル、アイルランドのダブリンなどでも行われている[7]。2018年10月2日にはカナダ議会が「名誉市民」の剥奪を議決した[8]。
大学などでも博士学位論文の剽窃や捏造を理由として、一度、授与した博士号をその後剥奪する例がある[9]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 栄誉とは「栄えあるほまれ」のことを指し、称号とは「身分や資格を表す名称、肩書き」を意味する言葉である。 松村明編『大辞林 第三版』(三省堂、2006年)264頁及び1226頁、新村出編『広辞苑 第六版』(岩波書店、2011年)302頁、1375頁参照。
- ^ 日本語と中国語の翻訳辞典の一つ『新日汉辞典』では「栄称 (爵位・学位等的)栄誉称号。えいしょう」と解説される。大连外国语学院・新日汉辞典编写组編『新日汉辞典』(生活・讀書・新知三联书店、1980年)208頁。
- ^ 貴号とは「栄誉を表す称号」として定義される。主に爵位や学位をいう。新村出前掲書(岩波書店、2011年)670頁。松村明前掲書(三省堂、2006年)596頁。松村明監修・小学館『大辞泉』編集部編『大辞泉 増補・新装版』(小学館、1998年)634頁参照。
- ^ 憲法学における栄誉とは「公に認められる名誉の表彰」と解説される。例えば伊藤正己『憲法』(弘文堂、1990年)725頁
- ^ 憲法の指す栄誉の具体的な対象については「栄誉とは、博士の学位、名誉市民、国会表彰などをいう。」(河野弘幸著『憲法略説』(法律文化社、1982年)67頁。)との解説や「栄誉とは、学位、名誉市民、文化功労者、芸術院会員などをいう」(上田正一著『日本国憲法概観』(高文堂、1991年)183頁)、「栄誉は名誉市民、名誉教授などの称号・・・」(服部秀一著『法律学全集 第2巻』(有斐閣、1962年)72頁)など地方公共団体の授与する称号、大学が法律に基づき授与する学位や名誉教授などをも含んでいる。
- ^ 憲法や法令でも栄誉称号の規定(日本語訳を含む)が存在する。中華人民共和国憲法第80条では、「中華人民共和国主席は、 全国人民代表大会の決定と全国人民代表大会常務委員会の決定にもとづいて、 法律を公布し、 国務院の総理、 副総理、 国務委員、 各部部長、 各委員会主任、 会計検査長、 秘書長を任免し、 国家の勲章と栄誉称号を授与し、 特赦令を発布し、緊急事態への突入を宣布し (文言変更)、 戦争状態を宣布し、 動員令を発布する」と規定している。土屋英雄著「{{{1}}} (PDF) 」『レファレンス』(国会図書館、2004年9月号)66頁。さらに中国ではこの憲法規定に基づき2015年8月24日、全人代常務委員会に「国家勲章と国家栄誉称号法草案」が提出され、具体的な法整備が行われている。「中国が最高栄誉の共和国勲章を創設へ」人民網日本語版 2015年08月25日13:37参照。中国国家勲章及び栄誉称号法の詳細は中国語の書籍である鄭淑娜著『中華人民共和国国家勲章和国家栄誉称号法解読』(中国法制、2016)に詳しい。また、ベトナム社会主義国憲法第70条の12では、「人民武装勢力の職位,階級,外交の職位,階級,その他の国家の諸職位,階級を規定する;勲章,記章及び国家栄誉称号を規定する」と定めている。法務省ウェブサイト「ベトナム社会主義共和国憲法 (PDF) 」。また、改正ラオス民主共和国憲法第67条の10では「国家金メダル,功績勲位,メダル及び国家的に高い栄誉称号の授与に関する決定を行うこと」と規定されている。法務省ウェブサイト「改正ラオス民主共和国憲法 (PDF) 」参照。
出典
[編集]- ^ 美濃部辰吉著『美濃部達吉著作集』(慈学社、2007年)92頁参照。
- ^ 相賀徹夫編著『日本大百科全書11』(小学館、1986年)313頁、314頁参照。
- ^ 「野党と弾圧、ムガベ・ジンバブエ大統領の英爵位はく奪」『読売新聞』2008年8月27日東京朝刊7頁参照。
- ^ 「ヒトラー死後も「名誉市民」市議会気づき剥奪」『読売新聞』2013年11月1日東京朝刊7頁参照。
- ^ 「ヒトラー「名誉市民」を剥奪/故郷オーストリアの市議会」『四国新聞』2011年7月9日。2024年9月9日閲覧。
- ^ 「英市議会、スーチー氏の称号剥奪」『産経新聞』2017年11月29日東京朝刊9頁参照。
- ^ 「名誉市民、名誉会長取り消しに肖像画撤去...... 地に墜ちたスーチーの栄光」『Newsweek日本版』2018年8月29日。2024年9月9日閲覧。
- ^ 「カナダ議会、スー・チー氏の名誉市民号を剥奪 ロヒンギャ問題めぐり」『AFPBB News』2018年10月3日。2024年9月9日閲覧。
- ^ 「論文盗用で早大博士号剥奪」『読売新聞』2013年10月22日東京朝刊37頁参照。
参考文献
[編集]書籍
[編集]- 相賀徹夫編著『日本大百科全書 5』(小学館、1985年) ISBN 409526005X
- 相賀徹夫編著『日本大百科全書11』(小学館、1986年) ISBN 4095261110
- 天城勲著『学校教育法逐条解説』(学陽書房、1954年)ASIN B000JB7Y2W
- 伊藤正己『憲法』(弘文堂、1990年)ISBN 4335300573
- 上田正一著『日本国憲法概観』(高文堂、1991年)ASIN B000J80KZI
- 加藤周一編『世界大百科事典 改訂新版』(平凡社、2007年) ISBN 978-4-582-00514-1
- 金日成著、金日成主席著作翻訳委員会訳『朝鮮社会柚木憲法』(チュチェ思想国際研究所、1979年)
- 国史大辞典編集委員会編『国史大辞典第3巻』(吉川弘文館、1983年) ISBN 464200503X
- 大连外国语学院・新日汉辞典编写组編『新日汉辞典』(生活・讀書・新知三联书店、1980年)ASIN B0011B8PKY
- 田中英夫著『英米法辞典 5版』(東京大学出版会、1991年)ISBN 9784130311397
- 鄭淑娜『中華人民共和国国家勲章和国家栄誉称号法解読』(中国法制、2016)ISBN 9787509371978
- 服部秀一著『法律学全集 第2巻』(有斐閣、1962年)
- 新村出編『広辞苑 第六版』(岩波書店、2011年)ISBN 400080121X
- 松村明編『大辞林 第三版』(三省堂、2006年)ISBN 4385139059
- 松村明監修・小学館『大辞泉』編集部編『大辞泉 増補・新装版』(小学館、1998年)ISBN 4095012129
- 美濃部辰吉著『美濃部達吉著作集』(慈学社、2007年)ISBN 4903425169
- 李城外著、萩野脩二、山田多佳子訳『追憶の文化大革命 下巻:咸寧五七幹部学校の文化人』(株式会社ボイジャー、2014年)
報道資料
[編集]- 『朝日新聞』2000年5月22日夕刊
- 『産経新聞』2017年11月29日東京朝刊
- 『読売新聞』1997年8月26日東京朝刊
- 『読売新聞』1999年6月3日東京朝刊
- 『読売新聞』2008年8月27日東京朝刊
- 『読売新聞』2013年11月1日東京朝刊
- 『読売新聞』2005年6月21日東京朝刊秋田版
- 『読売新聞』2006年7月19日西部朝刊北九州版
- 『読売新聞』2013年10月22日東京朝刊