目黒駅
目黒駅 | |
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西口(2007年4月) | |
めぐろ Meguro | |
所在地 | 東京都品川区上大崎 |
所属事業者 |
目黒駅(めぐろえき)は、東京都品川区上大崎にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東急電鉄(東急)・東京地下鉄(東京メトロ)・東京都交通局(都営地下鉄)の駅である。
所在地は目黒区ではなく品川区であり(後述)、同区最北端の駅である。なお、目黒区にある駅で「目黒」を駅名に冠する駅は、中目黒駅である。
乗り入れ路線
[編集]以下の4社局4路線が乗り入れ、相互間の接続駅となっている。
- JR東日本: 山手線 - 電車線で運行される環状線としての山手線電車のみが停車し、線路名称上は山手線である山手貨物線を走行する埼京線・湘南新宿ラインの列車は停車しない。また、特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属している[1]。駅番号「JY 22」
- 東急電鉄: 目黒線 - 当駅が起点。下記2路線および2023年より相模鉄道各線と相互直通運転が行われている。かつては「目蒲線」と称していた。駅番号「MG01」
- 東京メトロ: 南北線 - 当駅が起点。開業当初から多くの列車が赤羽岩淵駅から埼玉高速鉄道線への直通運転を実施している。駅番号「N 01」
- 都営地下鉄: 三田線 - 当駅が起点。駅番号「I 01」
東急・東京メトロ・都営地下鉄の駅は、目黒線と南北線および三田線の間で相互直通運転を行っている。3社局の路線が乗り入れる共同使用駅で東急の管轄となっている。3者の乗り入れで1者が管轄する珍しい事例の共同使用駅である。
また、南北線と三田線は、当駅から白金高輪駅までの区間で駅・線路設備を共用している。当該区間については、南北線を運行する東京メトロが第一種鉄道事業者として施設を保有しており、三田線を運行する東京都交通局は第二種鉄道事業者となる。
歴史
[編集]- 1885年(明治18年)3月16日:日本鉄道の駅として開業[2][3]。旅客営業のみ。
- 1906年(明治39年)11月1日:日本鉄道が国有化、国有鉄道の駅となる[2]。
- 1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定により山手線の所属となる。
- 1923年(大正12年)3月11日:目黒蒲田電鉄(現在の東急)の駅が開業[3][4]。
- 1929年(昭和4年):目蒲線目黒駅に東横第2食堂が開設される[3]。
- 1936年(昭和11年):目蒲線駅舎が木造モルタル造2階建てに改築[3]。
- 1942年(昭和17年):目蒲線ホームが3両編成対応になる[3]。
- 1953年(昭和28年)12月12日:目蒲線駅舎が鉄筋コンクリート造地上2階・地下1階建てに改築[3]。
- 1965年(昭和40年)10月1日:国鉄駅において手荷物及び小荷物を東急線方面との連絡のものに限定、配達の取り扱いを開始[2]。
- 1967年(昭和42年)
- 1968年(昭和43年)2月:目蒲線に券売機と改札機が一体となった「自動券売改札機」を設置[新聞 2]。
- 1984年(昭和59年)2月21日:国鉄と東急線の連絡荷物の取り扱いを廃止[2]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、国鉄の駅は東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅(山手線所属)となる[2]。
- 1990年(平成2年)6月2日:JRの駅に自動改札機を設置[5]。
- 1991年(平成3年)
- 1992年(平成4年)
- 1993年(平成5年)
- 1994年(平成6年)2月28日:東急⇔山手線の連絡改札口を閉鎖[9][15]。このため、山手線側に仮設の改札口が設置された[15]。
- 1997年(平成9年)7月27日:東急の駅が地下駅となる[3]。
- 2000年(平成12年)
- 2001年(平成13年)
- 2002年(平成14年)4月2日:JR東急目黒ビルが開業[報道 6][17]。アトレ目黒がオープン[報道 6][17]。
- 2004年(平成16年)4月1日:帝都高速度交通営団(営団地下鉄)民営化に伴い、南北線の駅は東京地下鉄(東京メトロ)に継承される[報道 7]。
- 2006年(平成18年)4月28日:東京メトロの定期券うりばの営業を終了[18]。
- 2007年(平成19年)3月18日:東急電鉄・東京メトロ・都営地下鉄でICカード「PASMO」の利用が可能となる[報道 8]。
- 2010年(平成22年)8月28日:山手線ホームでホームドアの使用を開始[報道 9]。
- 2017年(平成29年)3月15日:アトレ目黒1・B館がリニューアル[報道 10]。
- 2019年(平成31年)3月30日:びゅうプラザの営業を終了[19]。
- 2021年(令和3年)4月30日:東急電鉄の定期券売り場の営業を終了[報道 11]。
- 2023年(令和5年)12月9日:東急連絡改札口にお客さまサポートコールシステムを導入[20]。
駅名と所在地
[編集]駅名は目黒駅であるが、駅の所在地は目黒区ではなく品川区である。開設時に遡っても、目黒村でなく大崎村に位置している。
駅名選定の経緯は残されていないが、目黒不動尊や目黒川など周辺には「目黒」を冠する名称が多い。設置場所については、蒸気機関車の煙や振動が農作物に悪影響を与えると心配した地元農民の反対運動のため、目黒川沿いに鉄道を建設する当初計画が変更されたとする伝承(目黒駅追上事件と称される)がある[21]。一方、地理学者の青木栄一はこうした伝承のほとんどは文献資料などの根拠を欠いたものであると述べている。
こうした通説の否定を踏まえ、杉山淳一は、目黒駅が大崎から渋谷までのほぼ直線上になった路線上にあることに着目し、目黒川沿いに鉄道を敷いた場合のコストを考慮した上で路線が計画され、結果的に現在の設置場所に目黒駅が設けられたのではないかと推測している[22]。
このような経緯から、当駅周辺では落語「目黒のさんま」に因んで、品川区側と目黒区側の両方で「目黒のさんま祭り」がそれぞれ別の団体によって異なる日に開催されている[注 1]。
駅構造
[編集]JR東日本
[編集]JR 目黒駅 | |
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東口(2018年1月) | |
めぐろ Meguro | |
◄JY 23 五反田 (1.2 km) (1.5 km) 恵比寿 JY 21► | |
所在地 | 東京都品川区上大崎二丁目16-9 |
駅番号 | JY22 |
所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
所属路線 | ■山手線 |
キロ程 | 4.1 km(品川起点) |
電報略号 | メク |
駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
ホーム | 1面2線 |
乗車人員 -統計年度- |
90,602人/日(降車客含まず) -2023年- |
開業年月日 | 1885年(明治18年)3月16日 |
備考 | |
島式ホーム1面2線を有する地上駅。改札は橋上と地下の2か所にある。また、東急線との連絡改札口が設置されている[20]。東急線連絡改札口にはお客さまサポートコールシステムが導入されており、早朝および深夜の一部時間帯を除き、遠隔対応のため改札係員は不在となる[20]。
山手線では2012年度から2017年度にかけて各駅にホームドアを設置する計画があり、目黒駅では2010年8月から他駅に先行して供用が開始された[注 2]。目黒駅では過去、1992年3月18日と3月19日の2日間にわたり、外回りの最後部1両分を使用してホームドアの設置・稼働試験が行われたことがあった[10][新聞 3]。
2016年より首都圏の駅で導入されたJR東日本の駅ナンバリングは、当駅が導入第一号となり、同年8月20日未明に駅名標が駅ナンバリング入りのものに交換された[報道 12][新聞 5]。
のりば
[編集]番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
---|---|---|---|
1 | 山手線 | 内回り | 品川・東京・上野方面 |
2 | 外回り | 渋谷・新宿・池袋方面 |
(出典:JR東日本:駅構内図)
-
中央改札口(2019年9月)
-
ホーム(2021年4月)
-
JR・東急連絡改札(2023年3月)
東急電鉄・東京メトロ・都営地下鉄
[編集]東急・東京メトロ・都営地下鉄 目黒駅 (目黒線・南北線・三田線) | |
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ホーム(2018年6月) | |
めぐろ Meguro | |
所在地 | 東京都品川区上大崎四丁目2-1 |
所属事業者 | |
電報略号 |
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駅構造 | 地下駅 |
ホーム | 1面2線 |
乗降人員 -統計年度- |
(東急電鉄)-2023年- [東急 1]254,897[* 1]人/日 (東京メトロ)-2023年- [メトロ 1]101,677[* 1] 人/日 (都営地下鉄)-2022年- [都交 1]81,374[* 2]人/日 |
開業年月日 | 1923年(大正12年)3月11日 |
乗入路線 3 路線 | |
所属路線 | ■東急目黒線[* 3] |
駅番号 | MG01 |
キロ程 | 0.0 km(目黒起点) |
(1.0 km) 不動前 MG02► | |
所属路線 | ●東京メトロ南北線[* 3][* 4] |
駅番号 | N01 |
キロ程 | 0.0 km(目黒起点) |
(1.3 km) 白金台 N 02► | |
所属路線 | ●都営地下鉄三田線[* 3][* 4] |
駅番号 | I01 |
キロ程 | 0.0 km(目黒起点) |
(1.3 km) 白金台 I 02► | |
備考 | 共同使用駅(東急電鉄の管轄駅)[23] |
島式ホーム1面2線を有する地下駅。駅自体は東急電鉄が管轄しているため、フルスクリーン式ホームドアを採用している南北線では唯一の可動式ホーム柵設置駅である。ホームや各社局乗務員詰所、変電所、信号機器室、通信機器室、ポンプ室などが地下4階にあり、改札口や駅事務室、換気機械室、各社局乗務員事務室などが地下3階にある[24]。
自動券売機は東急電鉄・東京メトロ・都営地下鉄の3種類のものが設置されているので、目的地に応じた券売機を利用する必要がある。ただし、白金台駅・白金高輪駅への乗車券購入は東京メトロ・都営地下鉄のどちらのものを利用しても差し支えなく行える。また、PASMO、SuicaなどのICカード乗車券へのチャージ・PASMOの新規発行や定期券(磁気・PASMO)の発行は駅業務を所轄している東急電鉄が行っており、東京メトロ・東京都交通局の自動券売機ではチャージができない。また東京メトロ・東京都交通局の定期券・PASMO書き込み式企画乗車券の発行もできない(東急電鉄⇔東京メトロ・東京都交通局の連絡定期券は「定期券」と表示のある券売機で発行可能)。
東急電鉄の駅長所在駅であり、「目黒駅管内」として、当駅 - 奥沢駅間を管理している[23]。なお、東京メトロの駅としては、霞ケ関駅務管区溜池山王地域の被管理駅[25]、都営地下鉄の駅としては、日比谷駅務管区日比谷駅務区の被管理駅である[26]。
東京メトロ最南端の駅である。また、東京メトロとしては品川区に属する唯一の駅でもある。
のりば
[編集]番線 | 事業者 | 路線 | 行先 |
---|---|---|---|
1 | 東急電鉄 | 目黒線 | 大岡山・日吉・新横浜・二俣川方面[27] |
2 | 東京メトロ | 南北線 | 赤羽岩淵・浦和美園方面[28] |
東京都交通局 | 都営三田線 | 西高島平方面[28] |
- 当駅の目黒線不動前寄りにはシーサスポイントがある。2006年9月25日から2008年6月21日までは、目黒線の上り列車のうち、当駅終着の各駅停車がこのポイントを経由して下りホームである1番線に到着した後、上りホーム2番線に到着する後続の上り急行へ接続後、下り各駅停車武蔵小杉行として発車していた。しかし、同年6月22日以降は多くが南北線・三田線直通となったため、ごく一部の折り返し列車しか使用していない。
- 当駅折返しの南北線・三田線の列車は終夜運転以外では長らく設定がないが、このうち南北線方面からの当駅止まりの列車は開業後初めて2021年3月13日より設定されている[報道 13])。
-
東急・東京メトロ・東京都交通局コンコース(2007年4月)
-
東急・東京メトロ・東京都交通局改札(2016年9月)
地上時代と地下化工事
[編集]東急線開業当初は2面3線の地上相対式ホームを持つ頭端式の地上駅であり[3]、その後1953年に駅ビルが建ち、地下1階に東急ストアが入居していた[3]。正面に改札口が設置されたほか、1番線のホーム中央に1994年2月28日まで山手線ホームへの連絡改札口が設置されていた[9]。1997年7月27日に現在の構造になったが、山手線ホームへの連絡改札口は引き続き設置され、東急電鉄とJRで別々になった。
東横線複々線化工事[注 3]に伴い、1991年(平成3年)4月から駅全体の地下化工事に着手した[9][7]。
地平の不動前駅に対して当駅は高台にあり、同駅から特認となる40‰の急勾配を登って運行していた[29]。地下化後は不動前駅から下り4‰の勾配に緩和され、地上から約20 m掘り下げた地下駅に至る[29]。
当駅は起点(行き止まり式の終着駅)であり、地下化工事期間中は運転本数の少ない昼間時間帯(10時頃 - 16時頃)に片側の線路のみを使用した単線運転とすることで、負担の大きい夜間作業の低減と工事費用の低減を図った[30]。
具体的には1991年(平成3年)11月、当駅近くに設置していた折り返し用の両渡り分岐器を約500 m離れた目黒川の手前付近に移設(片側渡り線を2基)し、ここに架線の開閉所を設置した[7][31]。ここから当駅までは単線並列運行となり、昼間時間帯に片側の線路を線路閉鎖・饋電停止(架線を停電させる)を行うことで、工事作業に使用させるものである[30]。
また、地下化切り替え工事は上下線とも一晩で地上線から地下線へ切り替えることを想定していたが、実際には切り替え作業工程が多く、終電後から初電までの時間内では収まらないことが判明した[32]。このため、事前作業で新上り線のみを地下線へと切り替え(地上の2番線への発着はできなくなる)、1997年(平成9年)7月26日は終日にわたり、地上の1番線のみを使用した単線運転を行った[32]。そして、同日終電後に地上1番線への仮設桁(仮線路)を撤去し、上下線とも地下線への切り替え工事が完了した[32]。
利用状況
[編集]当駅の1日平均乗降人員は、1999年度(平成11年度)まで約30万人程度で推移していたが、都営地下鉄三田線、東京メトロ南北線の開業により、東急目黒線との直通が始まり、2000年度(平成12年度)以降は利用客が増加した。2017年度(平成29年度)における4社合計の1日平均乗降人員は約71.6万人であり、年間では約2億6100万人となっている。
- JR東日本 - 2023年度(令和5年度)の1日平均乗車人員は90,602人である[JR 1]。
- JR東日本の駅の中では赤羽駅に次ぐ第36位。
- 東急電鉄 - 2023年度(令和5年度)の1日平均乗降人員は254,897人である[東急 1]。
- 東京メトロ - 2023年度(令和5年度)の1日平均乗降人員は101,677人である[メトロ 1]。
- 東急目黒線との直通人員を含んでいる。
- 都営地下鉄 - 2022年度(令和4年度)の1日平均乗降人員は81,374人(乗車人員:41,721人、降車人員:39,653人)である[都交 1]。
- 東急目黒線との直通人員を含んでいる。三田線の駅では神保町駅、大手町駅、三田駅、巣鴨駅に次ぐ第4位。
年度別1日平均乗降人員
[編集]各年度の1日平均乗降人員は下表の通り(JRを除く)。
年度 | 東京急行電鉄 / 東急電鉄 |
営団 / 東京メトロ | 都営地下鉄 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
1日平均 乗降人員 |
増加率 | 1日平均 乗降人員 |
増加率 | 1日平均 乗降人員 |
増加率 | |
2000年(平成12年) | 132,948 | 34,834 | [備考 1] | 31,332 | [備考 1] | |
2001年(平成13年) | 170,698 | 28.4% | 51,488 | 47.8% | 46,057 | 47.0% |
2002年(平成14年) | 180,398 | 5.7% | 57,400 | 11.5% | 52,915 | 14.9% |
2003年(平成15年) | 186,301 | 3.3% | 65,748 | 14.6% | 55,720 | 5.3% |
2004年(平成16年) | 191,340 | 2.7% | 66,210 | 0.7% | 58,153 | 4.4% |
2005年(平成17年) | 195,425 | 2.1% | 70,088 | 5.9% | 61,453 | 5.7% |
2006年(平成18年) | 203,745 | 4.3% | 74,879 | 6.8% | 66,370 | 8.0% |
2007年(平成19年) | 221,429 | 8.7% | 86,549 | 15.6% | 73,493 | 10.7% |
2008年(平成20年) | 235,367 | 6.3% | 90,332 | 4.4% | 77,589 | 5.6% |
2009年(平成21年) | 241,585 | 2.6% | 92,666 | 2.6% | 80,825 | 4.2% |
2010年(平成22年) | 235,597 | −2.5% | 93,678 | 1.1% | 78,990 | −2.3% |
2011年(平成23年) | 236,572 | 0.4% | 94,530 | 0.9% | 78,127 | −1.1% |
2012年(平成24年) | 241,718 | 2.2% | 98,495 | 4.2% | 81,069 | 3.8% |
2013年(平成25年) | 248,074 | 2.6% | 102,998 | 4.6% | 83,424 | 2.9% |
2014年(平成26年) | 251,530 | 1.4% | 105,289 | 2.2% | 85,305 | 2.3% |
2015年(平成27年) | 259,382 | 3.1% | 109,114 | 3.6% | 88,327 | 3.5% |
2016年(平成28年) | 267,662 | 3.2% | 112,752 | 3.3% | 92,429 | 4.6% |
2017年(平成29年) | 276,680 | 3.4% | 118,326 | 4.9% | 97,236 | 5.2% |
2018年(平成30年) | 285,661 | 3.2% | 122,861 | 3.8% | 102,086 | 5.0% |
2019年(令和元年) | 286,145 | 0.2% | 122,641 | −0.2% | 105,218 | 3.1% |
2020年(令和 | 2年)185,621 | −35.1% | 78,456 | −36.0% | [都交 2]68,840 | −34.6% |
2021年(令和 | 3年)199,638 | 7.6% | 81,059 | 3.3% | [都交 3]71,285 | 3.6% |
2022年(令和 | 4年)[東急 2]223,329 | 11.9% | [メトロ 2]91,094 | 12.4% | [都交 1]81,374 | 14.2% |
2022年(令和 | 4年)[東急 1]254,897 | 14.1% | [メトロ 1]101,677 | 11.6% |
年度別1日平均乗車人員(1880年代 - 1930年代)
[編集]各年度の1日平均乗車人員は下表の通り。
年度 | 日本鉄道 / 国鉄 |
目黒蒲田電鉄 | 出典 |
---|---|---|---|
1884年(明治17年) | [備考 2] | 未開業 | |
1885年(明治18年) | 10 | [東京府統計 1] | |
1886年(明治19年) | 9 | [東京府統計 2] | |
1888年(明治21年) | 28 | [東京府統計 3] | |
1890年(明治23年) | 38 | [東京府統計 4] | |
1891年(明治24年) | 37 | [東京府統計 5] | |
1893年(明治26年) | 59 | [東京府統計 6] | |
1895年(明治28年) | 144 | [東京府統計 7] | |
1896年(明治29年) | 234 | [東京府統計 8] | |
1897年(明治30年) | 311 | [東京府統計 9] | |
1898年(明治31年) | 381 | [東京府統計 10] | |
1899年(明治32年) | 375 | [東京府統計 11] | |
1900年(明治33年) | 400 | [東京府統計 12] | |
1901年(明治34年) | 442 | [東京府統計 13] | |
1902年(明治35年) | 417 | [東京府統計 14] | |
1903年(明治36年) | 431 | [東京府統計 15] | |
1904年(明治37年) | 277 | [東京府統計 16] | |
1905年(明治38年) | 304 | [東京府統計 17] | |
1907年(明治40年) | 496 | [東京府統計 18] | |
1908年(明治41年) | 615 | [東京府統計 19] | |
1909年(明治42年) | 785 | [東京府統計 20] | |
1911年(明治44年) | 1,501 | [東京府統計 21] | |
1912年(大正元年) | 1,598 | [東京府統計 22] | |
1913年(大正 | 2年)1,409 | [東京府統計 23] | |
1914年(大正 | 3年)1,178 | [東京府統計 24] | |
1915年(大正 | 4年)1,256 | [東京府統計 25] | |
1916年(大正 | 5年)1,617 | [東京府統計 26] | |
1919年(大正 | 8年)2,919 | [東京府統計 27] | |
1920年(大正 | 9年)4,163 | [東京府統計 28] | |
1922年(大正11年) | 6,431 | [備考 3] | [東京府統計 29] |
1923年(大正12年) | 11,921 | [東京府統計 30] | |
1924年(大正13年) | 16,386 | [東京府統計 31] | |
1925年(大正14年) | 15,637 | [東京府統計 32] | |
1926年(昭和元年) | 18,275 | 20,371 | [東京府統計 33] |
1927年(昭和 | 2年)18,110 | 23,274 | [東京府統計 34] |
1928年(昭和 | 3年)16,356 | 24,046 | [東京府統計 35] |
1929年(昭和 | 4年)16,216 | 24,508 | [東京府統計 36] |
1930年(昭和 | 5年)15,247 | 12,293 | [東京府統計 37] |
1931年(昭和 | 6年)14,243 | 22,868 | [東京府統計 38] |
1932年(昭和 | 7年)13,714 | 22,221 | [東京府統計 39] |
1933年(昭和 | 8年)13,788 | 22,651 | [東京府統計 40] |
1934年(昭和 | 9年)14,109 | 22,827 | [東京府統計 41] |
1935年(昭和10年) | 14,591 | 23,492 | [東京府統計 42] |
年度別1日平均乗車人員(1953年 - 2000年)
[編集]年度 | 国鉄 / JR東日本 |
東京急行電鉄 | 営団 | 都営地下鉄 | 出典 |
---|---|---|---|---|---|
1953年(昭和28年) | 35,534 | 未開業 | 未開業 | [東京都統計 1] | |
1954年(昭和29年) | 37,788 | [東京都統計 2] | |||
1955年(昭和30年) | 39,957 | [東京都統計 3] | |||
1956年(昭和31年) | 41,612 | 51,373 | [東京都統計 4] | ||
1957年(昭和32年) | 44,243 | 55,774 | [東京都統計 5] | ||
1958年(昭和33年) | 46,217 | 58,228 | [東京都統計 6] | ||
1959年(昭和34年) | 49,545 | 61,208 | [東京都統計 7] | ||
1960年(昭和35年) | 52,388 | 64,038 | [東京都統計 8] | ||
1961年(昭和36年) | 53,631 | 66,181 | [東京都統計 9] | ||
1962年(昭和37年) | 56,664 | 69,315 | [東京都統計 10] | ||
1963年(昭和38年) | 60,581 | 71,693 | [東京都統計 11] | ||
1964年(昭和39年) | 62,084 | 71,200 | [東京都統計 12] | ||
1965年(昭和40年) | 61,585 | 68,881 | [東京都統計 13] | ||
1966年(昭和41年) | 62,099 | 65,733 | [東京都統計 14] | ||
1967年(昭和42年) | 63,110 | 65,231 | [東京都統計 15] | ||
1968年(昭和43年) | 63,727 | 64,925 | [東京都統計 16] | ||
1969年(昭和44年) | 59,710 | 63,597 | [東京都統計 17] | ||
1970年(昭和45年) | 60,910 | 62,847 | [東京都統計 18] | ||
1971年(昭和46年) | 104,246 | 61,391 | [東京都統計 19] | ||
1972年(昭和47年) | 104,263 | 62,671 | [東京都統計 20] | ||
1973年(昭和48年) | 105,666 | 63,458 | [東京都統計 21] | ||
1974年(昭和49年) | 108,381 | 62,658 | [東京都統計 22] | ||
1975年(昭和50年) | 106,273 | 61,219 | [東京都統計 23] | ||
1976年(昭和51年) | 107,581 | 59,953 | [東京都統計 24] | ||
1977年(昭和52年) | 105,622 | 59,622 | [東京都統計 25] | ||
1978年(昭和53年) | 104,959 | 58,888 | [東京都統計 26] | ||
1979年(昭和54年) | 104,344 | 57,538 | [東京都統計 27] | ||
1980年(昭和55年) | 101,674 | 56,175 | [東京都統計 28] | ||
1981年(昭和56年) | 102,041 | 55,342 | [東京都統計 29] | ||
1982年(昭和57年) | 101,688 | 54,759 | [東京都統計 30] | ||
1983年(昭和58年) | 100,257 | 54,393 | [東京都統計 31] | ||
1984年(昭和59年) | 101,707 | 55,044 | [東京都統計 32] | ||
1985年(昭和60年) | 100,545 | 54,992 | [東京都統計 33] | ||
1986年(昭和61年) | 102,148 | 55,510 | [東京都統計 34] | ||
1987年(昭和62年) | 102,874 | 56,005 | [東京都統計 35] | ||
1988年(昭和63年) | 109,000 | 56,792 | [東京都統計 36] | ||
1989年(平成元年) | 110,227 | 56,934 | [東京都統計 37] | ||
1990年(平成 | 2年)113,460 | 58,997 | [東京都統計 38] | ||
1991年(平成 | 3年)116,563 | 60,541 | [東京都統計 39] | ||
1992年(平成 | 4年)115,753 | 59,786 | [東京都統計 40] | ||
1993年(平成 | 5年)115,455 | 59,025 | [東京都統計 41] | ||
1994年(平成 | 6年)114,745 | 58,526 | [東京都統計 42] | ||
1995年(平成 | 7年)113,478 | 58,178 | [東京都統計 43] | ||
1996年(平成 | 8年)114,063 | 58,389 | [東京都統計 44] | ||
1997年(平成 | 9年)112,956 | 57,748 | [東京都統計 45] | ||
1998年(平成10年) | 111,362 | 57,074 | [東京都統計 46] | ||
1999年(平成11年) | [JR 2]110,348 | 56,459 | [東京都統計 47] | ||
2000年(平成12年) | [JR 3]106,820 | 65,899 | [備考 1]18,032 | [備考 1]15,684 | [東京都統計 48] |
年度別1日平均乗車人員(2001年以降)
[編集]年度 | JR東日本 | 東京急行電鉄 / 東急電鉄 |
営団 / 東京メトロ |
都営地下鉄 | 出典 |
---|---|---|---|---|---|
2001年(平成13年) | [JR 4]99,547 | 83,365 | 25,677 | 23,123 | [東京都統計 49] |
2002年(平成14年) | [JR 5]99,413 | 88,047 | 28,642 | 26,619 | [東京都統計 50] |
2003年(平成15年) | [JR 6]98,561 | 91,128 | 31,716 | 28,055 | [東京都統計 51] |
2004年(平成16年) | [JR 7]97,463 | 93,285 | 33,230 | 29,227 | [東京都統計 52] |
2005年(平成17年) | [JR 8]98,344 | 95,141 | 35,660 | 30,940 | [東京都統計 53] |
2006年(平成18年) | [JR 9]100,006 | 99,151 | 37,795 | 33,370 | [東京都統計 54] |
2007年(平成19年) | [JR 10]105,073 | 107,148 | 42,934 | 37,044 | [東京都統計 55] |
2008年(平成20年) | [JR 11]106,132 | 114,792 | 44,849 | 39,688 | [東京都統計 56] |
2009年(平成21年) | [JR 12]104,923 | 118,170 | 45,666 | 41,353 | [東京都統計 57] |
2010年(平成22年) | [JR 13]102,310 | 115,482 | 46,118 | 40,447 | [東京都統計 58] |
2011年(平成23年) | [JR 14]101,998 | 116,049 | 46,680 | 39,997 | [東京都統計 59] |
2012年(平成24年) | [JR 15]103,033 | 118,374 | 48,478 | 41,489 | [東京都統計 60] |
2013年(平成25年) | [JR 16]106,538 | 122,849 | 50,627 | 42,647 | [東京都統計 61] |
2014年(平成26年) | [JR 17]106,504 | 124,778 | 51,845 | 43,633 | [東京都統計 62] |
2015年(平成27年) | [JR 18]108,163 | 128,566 | 53,705 | 45,177 | [東京都統計 63] |
2016年(平成28年) | [JR 19]110,219 | 132,732 | 55,493 | 47,253 | [東京都統計 64] |
2017年(平成29年) | [JR 20]111,655 | 137,241 | 58,260 | 49,130 | [東京都統計 65] |
2018年(平成30年) | [JR 21]115,560 | 141,532 | 60,551 | 52,120 | [東京都統計 66] |
2019年(令和元年) | [JR 22]113,496 | 141,790 | 60,470 | 53,724 | [東京都統計 67] |
2020年(令和 | 2年)[JR 23]72,657 | [都交 2]35,064 | |||
2021年(令和 | 3年)[JR 24]74,660 | [都交 3]36,486 | |||
2022年(令和 | 4年)[JR 25]83,770 | [都交 1]41,721 | |||
2023年(令和 | 5年)[JR 1]90,602 |
- 備考
駅周辺
[編集]- 権之助坂
- 権之助坂商店街
- 駅西口前周辺から権之助坂一帯の加盟店舗数250を超える商店街で、権之助坂商店街振興組合として8つの商店会からなっている[33]。
- 行人坂
- アトレ目黒
- 駅の地上に建設されたJRアトレビルの商業エリア。建物は1967年に建てられ、当時はJR目黒駅ビルが目黒ステーションビル、駅隣のビルが目黒ターミナルビルとなっていた。後年ステーションビルはサンメグロ、ターミナルビルはマイメグロとなり、さらにその後マイメグロはmicと呼称が変更された。2000年には2棟共に改装となり、改装中の休業期間を経て2001年10月には2棟併せてヒルトップガーデン目黒(サンメグロはヒルトップガーデングリーン館、マイメグロはヒルトップガーデンオレンジ館と呼称変更)となった。その後、再び改装を経て2005年12月にこのヒルトップガーデン目黒はATRE1(グリーン館建物がA館、オレンジ館建物がB館となっていた)となっている。2014年2月にB館が閉鎖され、3月にA館がリニューアルオープンし、その後はA館、B館の呼称は使用されていない。リニューアルオープン以降、旧A館の建物のみで営業していたが、旧B館の建物が2017年3月に再オープンした[報道 10]。JR東急目黒ビルの地上はもともと2002年4月からATREとしてオープンしていたが、ATRE1のオープンにともなってATRE2となっている。ATRE2には目黒区の目黒駅行政サービス窓口が設置されている[34][注 4]。
- 目黒雅叙園
- 大鳥神社
- 学校法人杉野学園
- 杉野服飾大学、ドレスメーカー学院。
- 目黒日本大学中学校・高等学校
- 旧・日出中学校・高等学校、芸能コースが設置されており、在学生・卒業生に多くの芸能人がいる。
- ホリプロ - 老舗芸能事務所。
- 日の丸自動車学校
- 山手線から教習コースが望める。黒いビルに大きな目立つ赤い球がめり込んでいる。
- EASE NEWYORK(イーズニューヨーク)・EASE PARIS(イーズパリ)
- JR東急目黒ビル - アトレ目黒2やNTTアド、ビーコン・コミュニケーションズ本社
- 新目黒東急ビル(旧・パイオニア本社跡地) - スターバックスコーヒージャパン本社
- パークタワー目黒
- 目黒セントラルスクエア
- 都営バス目黒車庫跡地再開発により整備され、オフィス棟とマンション(ブリリアタワー目黒ノースレジデンス・サウスレジデンス)、広場がある。
- その他、久米美術館などがある。
バス路線
[編集]都営バス[35]・東急バス[36] により運行される以下の路線が発着する。
東口
[編集]都営バスは東口ロータリー内、東急バスは目黒通り上(東行は駅北側、西行は駅南側)に分かれて設置している。停留所名は東急バス西行きのみ「目黒駅東口」、他は「目黒駅前」となる。
のりば | 停留所名 | 運行事業者 | 系統・行先 |
---|---|---|---|
1 | 目黒駅前 | 都営バス[35] | 品93:大井競馬場前・品川車庫前・都立産業技術高専品川キャンパス前 |
2 | |||
7 | 東急バス[36] | ||
a | 目黒駅東口 | 東98:清水・等々力操車所 |
西口
[編集]0 - 2番のりばは目黒通り上(駅南側)、3 - 5番のりばは目黒駅西口正面に設置。
のりば | 運行事業者 | 系統・行先 |
---|---|---|
0 | 東急バス[36] | 黒09:下馬営業所 / 野沢龍雲寺(循環) |
2 | 黒06:三軒茶屋駅 | |
3 | 黒01:大岡山小学校前 | |
3B | 黒01:清水 | |
4 | 黒02:二子玉川駅 / 等々力七丁目 | |
5 | 黒07:弦巻営業所 |
隣の駅
[編集]- 東京地下鉄(東京メトロ)・東京都交通局(都営地下鉄)
- 南北線・ 都営三田線
- ■各駅停車
- (東急目黒線) - 目黒駅 (N 01・I 01) - 白金台駅 (N 02・I 02)
- ■各駅停車
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b “JR東日本:きっぷに関するご案内>特定の都区市内駅を発着する場合の特例”. 東日本旅客鉄道. 2014年8月2日閲覧。
- ^ a b c d e 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』(初版)JTB、1998年10月1日、60頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- ^ a b c d e f g h i j 東急の駅、pp.84-85。
- ^ 東急の駅、pp.82-83。
- ^ 「JR年表」『JR気動車客車編成表 '91年版』ジェー・アール・アール、1991年8月1日、191頁。ISBN 4-88283-112-0。
- ^ 編集部「読者短信」『鉄道ピクトリアル』第41巻第8号(通巻第547号)、電気車研究会、1991年8月1日、111頁、ISSN 0040-4047。
- ^ a b c d e f g h 『鉄道ジャーナル』通巻331号、p.52
- ^ 編集部「読者短信」『鉄道ピクトリアル』第42巻第2号(通巻第555号)、電気車研究会、1992年2月1日、110 - 111頁、ISSN 0040-4047。
- ^ a b c d e 小林和明「輸送力増強等事業の工事区間見て歩き」『鉄道ピクトリアル』第44巻第12号(通巻第600号)、電気車研究会、1994年12月10日、110頁、ISSN 0040-4047。
- ^ a b 編集部「JR東日本 ホームにおける安全可動柵の現地試験」『鉄道ピクトリアル』第42巻第6号(通巻第561号)、電気車研究会、1992年6月1日、51頁、ISSN 0040-4047。
- ^ a b 編集部「読者短信」『鉄道ピクトリアル』第42巻第10号(通巻第565号)、電気車研究会、1992年10月1日、111 - 112頁、ISSN 0040-4047。
- ^ a b 編集部「読者短信」『鉄道ピクトリアル』第43巻第3号(通巻第572号)、電気車研究会、1993年3月1日、119頁、ISSN 0040-4047。
- ^ 編集部「読者短信」『鉄道ピクトリアル』第43巻第10号(通巻第581号)、電気車研究会、1993年10月1日、111 - 112頁、ISSN 0040-4047。
- ^ 編集部「読者短信」『鉄道ピクトリアル』第43巻第11号(通巻第583号)、電気車研究会、1993年11月1日、111頁、ISSN 0040-4047。
- ^ a b 編集部「読者短信」『鉄道ピクトリアル』第44巻第5号(通巻第590号)、電気車研究会、1994年5月1日、119頁、ISSN 0040-4047。
- ^ 鉄道友の会東京支部東急部会「2001年度 東急総決算」『RAIL FAN』第50巻第2号、鉄道友の会、2003年2月1日、8頁。
- ^ a b 「JR年表」『JR気動車客車編成表 '03年版』ジェー・アール・アール、2003年7月1日、185頁。ISBN 4-88283-124-4。
- ^ “定期券うりばのご案内 > 定期券うりば営業終了のお知らせ”. 東京地下鉄. 2006年6月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年2月6日閲覧。
- ^ “平成30年度営業関係施策(その2)について提案を受ける” (PDF). JR東労組東京地本 (2018年12月13日). 2020年1月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月28日閲覧。
- ^ a b c d e “駅の情報(目黒駅):JR東日本”. 東日本旅客鉄道. 2023年11月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月9日閲覧。
- ^ “歴史を訪ねて 目黒の鉄道 1”. 目黒区. 2021年3月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月29日閲覧。
- ^ “目黒駅は品川区にあり、品川駅は港区にあるその理由”. マイナビニュース. マイナビ (2010年7月24日). 2022年8月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月15日閲覧。
- ^ a b 佐藤悠歩(東京急行電鉄鉄道事業本部運転車両部保安課)、佐藤宏至(東京急行電鉄鉄道事業本部運輸営業部サービス課)「駅務、乗務区のあらまし」『鉄道ピクトリアル』第65巻第12号(通巻第912号)、電気車研究会、2015年12月10日、47頁、ISSN 0040-4047。
- ^ 東京地下鉄道南北線建設史、pp.322 - 327。
- ^ 関田崇(東京地下鉄経営企画本部経営管理部)「総説:東京メトロ」『鉄道ピクトリアル』第66巻第12号(通巻第926号)、電気車研究会、2016年12月10日、17頁、ISSN 0040-4047。
- ^ 東京都交通局駅務管区処務規程
- ^ “目黒線標準時刻表 目黒駅 日吉・新横浜方面”. 東急電鉄. 2023年3月18日閲覧。
- ^ a b “南北線・三田線標準時刻表 目黒駅 赤羽岩淵方面 西高島平方面”. 東急電鉄. 2023年3月18日閲覧。
- ^ a b 『SUBWAY』通巻108号、p.58。
- ^ a b 『SUBWAY』通巻108号、p.61。
- ^ 『SUBWAY』通巻108号、p.60。
- ^ a b c 『SUBWAY』通巻108号、pp.62 - 63。
- ^ 権之助坂商店街 公式サイト
- ^ “目黒駅行政サービス窓口”. 目黒区役所 (2012年7月9日). 2014年8月2日閲覧。
- ^ a b “バスのりば>目黒駅”. 東京都交通局. 2014年8月2日閲覧。
- ^ a b c “目黒駅東口 のりば地図|東急バス”. 東急バス. 2023年5月14日閲覧。
報道発表資料
[編集]- ^ 『目蒲線の運行系統変更による線名変更などを実施 平成12年8月6日(日)から』(PDF)(プレスリリース)東京急行電鉄、2000年3月28日。オリジナルの2019年10月29日時点におけるアーカイブ 。2020年5月1日閲覧。
- ^ 『8月6日(日)から運行開始の目黒線と東急多摩川線のダイヤを決定 併せて東横線、池上線のダイヤも改正』(PDF)(プレスリリース)東京急行電鉄、2000年7月14日。オリジナルの2015年4月14日時点におけるアーカイブ 。2020年5月1日閲覧。
- ^ a b 『平成12年9月26日 営団南北線 溜池山王・目黒間、都営三田線 三田・目黒間開業 東急目黒線との相互直通運転開始 開業区間の運賃及び相互直通運転に伴う運行形態を決定』(プレスリリース)帝都高速度交通営団/東京急行電鉄/東京都交通局、2000年8月30日。オリジナルの2004年2月5日時点におけるアーカイブ 。2020年5月2日閲覧。
- ^ a b 『営団地下鉄南北線・都営三田線と相互直通運転を開始 平成12年9月26日(火)から』(PDF)(プレスリリース)東京急行電鉄、2000年2月7日。オリジナルの2018年2月18日時点におけるアーカイブ 。2020年5月1日閲覧。
- ^ “Suicaご利用可能エリアマップ(2001年11月18日当初)” (PDF). 東日本旅客鉄道. 2019年7月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月23日閲覧。
- ^ a b 『目黒の新たなランドマーク「JR東急目黒ビル」4月グランドオープン』(PDF)(プレスリリース)東日本旅客鉄道/東京急行電鉄、2002年2月5日。オリジナルの2015年4月14日時点におけるアーカイブ 。2020年12月17日閲覧。
- ^ 『「営団地下鉄」から「東京メトロ」へ』(プレスリリース)営団地下鉄、2004年1月27日。オリジナルの2006年7月8日時点におけるアーカイブ 。2020年3月25日閲覧。
- ^ 『PASMOは3月18日(日)サービスを開始します ー鉄道23事業者、バス31事業者が導入し、順次拡大してまいりますー』(PDF)(プレスリリース)PASMO協議会/パスモ、2006年12月21日。オリジナルの2020年5月1日時点におけるアーカイブ 。2020年5月5日閲覧。
- ^ 『山手線恵比寿駅、目黒駅のホームドア使用開始日について』(PDF)(プレスリリース)東日本旅客鉄道、2010年3月4日。オリジナルの2019年5月26日時点におけるアーカイブ 。2020年4月22日閲覧。
- ^ a b 『アトレ目黒1・B館 3月15日(水)AM10:00 RENEWAL OPEN!!』(PDF)(プレスリリース)アトレ、2017年3月1日。オリジナルの2020年5月20日時点におけるアーカイブ 。2020年5月20日閲覧。
- ^ 『定期券のお買い求めや払いもどしは、モバイルPASMO・Apple PayのPASMO・券売機のご利用が便利です!』(PDF)(プレスリリース)東急電鉄、2021年3月18日、2頁。オリジナルの2021年3月19日時点におけるアーカイブ 。2021年3月19日閲覧。
- ^ 『「駅ナンバリング」の導入を開始します』(PDF)(プレスリリース)東日本旅客鉄道東京支社、2016年8月4日。オリジナルの2016年8月20日時点におけるアーカイブ 。2023年3月12日閲覧。
- ^ 『2021年3月13日(土)東京メトロ全線でダイヤ改正 全線で終電時刻を繰上げます』(PDF)(プレスリリース)東京地下鉄、2021年1月26日。オリジナルの2021年1月29日時点におけるアーカイブ 。2021年2月4日閲覧。
新聞記事
[編集]- ^ “目黒民衆駅きょう開業”. 交通新聞 (交通協力会): p. 2. (1967年11月25日)
- ^ “「自動券売改札機」が登場 東急自由が丘と目黒両駅に”. 交通新聞 (交通協力会): p. 3. (1968年2月18日)
- ^ a b “ホームからの転落防止「安全可動サク」を開発 JR東日本 山手線目黒駅で現地試験”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 2. (1992年3月19日)
- ^ “営団南北線 都営三田線 9月26日に目黒延伸開業/都心の新動脈完成”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 3. (2000年2月9日)
- ^ “目黒駅は「JY22」、JR東の駅ナンバリング導入開始 東京五輪見据え、外国人使いやすく”. 産経新聞. (2016年8月20日). オリジナルの2020年12月15日時点におけるアーカイブ。 2020年12月15日閲覧。
利用状況に関する出典
[編集]- JR・私鉄・地下鉄の1日平均利用客数
- JR東日本の1999年度以降の乗車人員
- ^ a b 各駅の乗車人員(2023年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(1999年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2000年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2001年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2002年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2003年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2004年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2005年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2006年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2007年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2008年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2009年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2010年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2011年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2012年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2013年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2014年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2015年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2016年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2017年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2018年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2019年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2020年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2021年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2022年度) - JR東日本
- 東急電鉄の1日平均利用客数
- ^ a b c 東急電鉄株式会社. “2023年度乗降人員 |東急電鉄”. 2024年6月8日閲覧。
- ^ 東急電鉄株式会社. “2022年度乗降人員 |東急電鉄”. 2023年11月3日閲覧。
- 東京地下鉄の1日平均利用客数
- ^ a b c “各駅の乗降人員ランキング|東京メトロ”. 東京地下鉄. 2024年6月24日閲覧。
- ^ “各駅の乗降人員ランキング(2022年度)|東京メトロ”. 東京地下鉄. 2024年6月24日閲覧。
- 東京都交通局 各駅乗降人員
- ^ a b c d 令和4年度 運輸統計年報 (PDF) (Report). 東京都交通局. 2023年11月3日時点のオリジナル (pdf)よりアーカイブ。2023年11月3日閲覧。
- ^ a b “各駅乗降人員一覧|東京都交通局”. 東京都交通局. 2021年11月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月13日閲覧。
- ^ a b “各駅乗降人員一覧|東京都交通局”. 東京都交通局. 2022年11月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月13日閲覧。
- JR・私鉄・地下鉄の統計データ
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参考文献
[編集]- 『東京地下鉄道南北線建設史』帝都高速度交通営団、2002年3月31日 。
- 宮田道一『東急の駅 今昔・昭和の面影』JTBパブリッシング、2008年9月1日。ISBN 9784533071669。
- 大石良一(東京急行電鉄工務部建設課)「東急の東横線輸送力増強計画にともなう大規模改良工事の概要の現場」『鉄道ジャーナル』第28巻第5号(通巻第331号)、鉄道ジャーナル社、1994年5月1日、50 - 56頁、ISSN 0288-2337。
- 豊田弘茂(東京急行電鉄交通事業部工務部第二工事事務所)「東急目蒲線目黒駅が地下化開業 〜単線運転を利用した駅改良工事〜」『SUBWAY(日本地下鉄協会報)』第108号、日本地下鉄協会、1997年11月28日、56 - 63頁、ISSN 0289-5668。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 駅の情報(目黒駅):JR東日本
- 目黒駅(各駅情報) - 東急電鉄
- 目黒駅/N01 | 路線・駅の情報 | 東京メトロ
- 目黒駅 | 都営地下鉄 | 東京都交通局