リーダーの行く末
あたしは、ナリートに朝、声を掛けておいたから、今日はナリートはいつもより早く林から戻って来るかと思って、あたしも早めに水場に行くために、普段より自分が任されている農作業を頑張って進めた。
「ちょっと早目だけど、自分の分を終わらせたから、あたし、水場に行くね」
あたしが小さい子たちが体を洗うのを手伝う係になっているのを、みんなは当然解っているのだけど、急いだりするのはナリートのせいだと思っているらしくて、時々揶揄われる。
「ああ、朝、声かけてたもんね、何か約束したの?」
「そんなんじゃない、朝はちょっと用があっただけ」
あたしは何か言っても、余計にいじられるだけだと分かっているから、そそくさとその場を離れて水場にやって来た。
もしかしたら、もうナリートも来ているかなと思っていたのだけど、私の期待は簡単に裏切られた。
そんな期待が裏切られたどころか、ナリートは全然戻って来ない。
朝、声を掛けておいたのにと、ちょっとあたしは頭にきていたのだけど、シスターが小さい子を連れて来る時間になってしまった。
「あら、今日はナリートくんはまだなの。 遅いわね」
「昨日、私がナリートに任せちゃったから、今日は仕返しされたのかも」
「そんなことしないわよ。
ナリートくんは、ルーミエちゃんの具合が悪くなったのを、凄く心配していたのだから、昨日は」
シスターにそう言われて、私は怒っていた気分が落ち着いたのだけど、そうしたらなんだか凄く心配になってきた。
いつものナリートならば、朝あんな風に私が言えば、絶対に大急ぎで林から戻って来るはずなんだ。 なのに戻って来ないのは、絶対におかしい。
一度そんな風に考えてしまったら、本当に凄く心配になって、それしか考えられなくなった。
あたしは、小さい子に水を汲んでやりながらも、なんだか心臓がドキドキしてきていた。
2番目の小さい子を連れて来た時に、まだナリートが居ないのを見て、シスターも言った。
「おかしいわね。 ナリートくんが普通ならこんなに遅れるはずがない。
何かあったのかしら。
とりあえず大急ぎで、最後の子たちを連れて来るから、ルーミエちゃん、1人だけど頑張って手伝って、小さい子を部屋に戻して」
「はい、シスター」
シスターも何かあったのではと心配し始めたようだ。
シスターはすぐに大急ぎで残りの子たちも連れてくると、私と一緒に小さい子が体を洗うのを手伝っている。
もう少しで、小さい子の体を洗うのが全員終わるかなという時に、孤児院の入り口の方から、大声でシスターを呼ぶ声が聞こえてきた。
「シスター、どこにいますか、助けてください」
「ルーミエちゃん、ここをお願い。
小さい子たちは部屋に戻して」
シスターはそれだけ言うと、あたしを残して、急いで呼ばれた方に向かって行った。
あたしは大急ぎで、体を洗っていた小さい子の手伝いを終えて、服を着せてやって、自分たちの部屋に行きなさいと追いやった。
そうしてから、私も騒ぎの方に急いで向かった。
騒ぎはまだ、孤児院の入り口だった。
あたしはすぐにナリートが倒れて寝かされているのに気がついた。
あたしがナリートに駆け寄ろうとすると、シスターがあたしの姿に気付いた。
「ルーミエちゃん、転んだり、引っ掻いたりで小さな傷を作った子がたくさんいるわ。
そういう子たちと一緒に水場に行って、傷のところを水で洗って、まだ血が出ていたりするちょっと酷い子にはヒールをかけてあげて。 でも自分が倒れない範囲でよ。
ナリートくんは大丈夫、ナリートくんはヒールの使いすぎで倒れているだけだから。
私はスライムにやられて、もっと酷い子の治療をするから」
あたしはシスターに、秘密にしておくようにと言われていたヒールを使えと言われてびっくりしたのだけど、今は秘密にするとか言ってはいられない状況なのだとすぐに思った。
男の子たちにくっついて水場にまた戻って、あたしは傷の酷い子にヒールを何度も大急ぎでかけた。
レベルが上がったかも、と朝の時点で何となく感じていたのだけど、絶対にレベルが上がっていると、あたしは確信した。
だって、ヒールを6人にかけたけど、私は前の時みたいに疲れて倒れそうになってはいない。
水場での男の子たちの治療を終えて、また私はシスターがいる所に戻ると、年上の男の子が泣き声でシスターに頼んでいた。
「シスター、ナリートを助けてやって。
こいつは、俺たちを助けるために、俺は1回だけだけど、こいつは何度もスライムの攻撃を受けたんだ。
それなのに、その後、スライムの攻撃を受けた奴にヒールをかけたりしていて、その途中でぶっ倒れたんだ。
シスター、こいつを絶対に助けてやって」
「ほらほら、落ち着いて。
ナリートくんは大丈夫よ。 体力を使い切って倒れただけだから。
服は何箇所も溶かされちゃっているけど、ナリートくんはスライムの酸攻撃に耐性があるから大丈夫よ。 皮膚が赤くなる程度で済んでいるわ。
それよりあなたは、水で洗っただけで、ヒールをかけてないでしょ。 今、凄く痛いでしょ。
ほら、スライムにやられたところをこっちに向けて。
ヒール!」
やっぱりシスターのヒールはあたしのヒールとは威力が違う。
男の子のスライムに溶かされていた皮膚が、シスターのヒールでみるみる治っていった。
治療がされて自分の痛みが治ったからだろうか、その男の子はさっきよりも落ち着いた調子で、シスターに聞いた。
「シスター、本当にナリートは大丈夫なの?」
「本当よ。 ナリートくんは前にもスライムの攻撃を受けてしまったことがあるから、それでスライムの酸攻撃には耐性があるの」
「そうなのか、それじゃあ、良かった。
でもということは、俺もこれで耐性が出来たのかな」
「そんな風に思っちゃダメよ。
ナリートくんは、前に1度だけ攻撃を受けたことがある、という訳ではないの。
わかるでしょ、何度も今君が感じた苦痛を受けているのよ」
「うげっ、俺、2度と嫌だ」
何となく、大声でシスターに話していた年上の男の子が静かになったので、その場全体が落ち着いた感じがした。
あたしは、はっと思って近くにいた男の子に聞いた。
「他に治療が必要な男の子はいる?」
「大丈夫。 大きな怪我をしたのは、今のが最後だから。
小さい怪我には、今、シスターの部屋に傷薬を取りに行っているから、それを使うってシスターが言ってた。
あいつ、自分がこの中では一番年上だから、治療は一番最後でいいって、我慢していたんだ」
一番年上と聞いて、あたしはあれっと思った。
「一番年上って、リーダーは?」
「あいつは、一番最初に勝手に逃げちゃったよ。
あいつの命令で、こんなことになったのに」
その子は吐き捨てるように言った。
それからみんなで手伝って、意識のないナリートたちや、スライムにやられて大怪我を負った子を、自分の寝床に運んだり、歩いて行くのを手伝ったりした。
私はナリートが心配だったので、ナリートの寝床について行ったのだけど、その時になって、意識のない3人のもう1人が、ナリートの寝床の隣のジャンだと気がついた。
もう1人は年上の男の子だった。
そうこうしているうちに、夕食の時間になったのだけど、シスターは
「動いて食べられる子は、ちゃんと夕食に行きなさい」
と言ったのだけど、シスター自身はスライムに攻撃されて、大怪我を負った男の子たちの近くを離れずに、まだ順番に診て回っている。
あたしもシスターが診て回っているから、ナリートの側を離れないで、ついでに熱を出しているジャンの頭に絞った手拭いをのせてやったりしていた。
「ルーミエちゃんも、ま、仕方ないわね。
一度食堂に行って、今食べに来ていない子たちの分は別に取り分けておいてくださいと、食堂のおばさんに言ってきてくれる?」
あたしはシスターの用事を済ませに食堂に行って戻って来たら、ナリートが目を覚ますところだった。
「シスター、ナリートが目を覚ました」
あたしがシスターを呼ぶと、シスターはナリートと少し話をして、それからナリートに「食事をして来なさい」と言った。
あたしは、それに付いて行こうと思ったのだけど、その前にジャンともう1人年上の一番具合が悪そうな2人の、もう温くなってしまった手ぬぐいを交換して行くことにした。
どうやらその2人は、ナリートと共に戦って、スライムを討伐したらしい。
スライムを討伐した後の熱が出たりは、あたしも経験しているので、心配ないことは分かっているけど、それでもちょっと同情して、そのくらいのことはしてやりたいと思ったのだ。
それにあたしがスライムを討伐した時は、ナリートに守られていて、スライムに攻撃されるなんてことはなかったのだけど、この2人はスライムの攻撃を受けてもしまっている。
余計に少しは世話してあげないと、という気持ちになっていた。
それで私が少し遅れて食堂に行くと、ちょうどリーダーがナリートに殴りかかっていったところだった。
あたしはナリートが殴られて、顔を腫らしたり、血が出たりすることになると思って、叫ぼうとしたのだけど、その前に逆にリーダーがナリートに殴り返されて吹っ飛んだ。
リーダーはナリートに全く敵わずに、自分が伸びただけだった。
あたしは、これからどうなるのだろう、と思った時、シスターが走るようにしてやって来た。
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「ナリートくん、もういいわ。
もうみんなのところに戻っていいわ。
神父様、よろしいですね」
「ああ、構わない。
ナリート、反撃するな、とは言わないが、もう少し手加減を覚えなさい」
「神父様、それはちょっと。
ナリートくん、行っていいわよ」
ナリートくんは神父様の言葉に、なんて答えたら良いのだろうかと困った顔をすると、私たちに頭を下げて部屋を出て行った。
さて、残るは1人だけ、今回の問題を起こした張本人のギレンくんだ。
私は部屋の扉を開けて、一度部屋から出て、廊下でギレンくんを呼んだ。
「ギレンくん、来なさい。
部屋の中で神父様も待っています」
ギレンくんはとても嫌そうに渋々という感じで部屋に入って来た。
昨晩ナリートくんに殴られた怪我は、私がすぐにヒールをかけたので、もう何の問題もない状態になっていることを私は一番に確認した。
ギレンくんに対して、神父様が話を聞き始めた。
「ギレン、今回の騒ぎについて、お前にも聞きたい。
どうしてこんなことが起きたんだい?」
「そんなのナリートに聞いてくれ、俺はナリートに殴られただけだ」
「ギレン、私が聞きたいのは、その事ではない。
それに、それも先にお前が殴りかかっていって、ナリートに反撃されたことを多くの者が見ている。
それなら、なぜナリートに殴りかかって行ったんだ」
「それはあいつが変な言いがかりをつけて来たから」
「ほう、どんな言いがかりをつけられたんだい」
「俺がわざとみんなをスライムの群れに向かわせたと言ったのさ」
「ギレン、君はそんなことはしていないと言うなら、何故もう柴を必要な分は集め終えていたのに、みんなをまた林の中に入るように命令したんだい。
そしてどうしてリーダーである君が先頭で入らずに後ろから命令するだけだったんだい?」
「それは俺が居た場所からが一番柴のありかが見えて、みんなを誘導しやすかったから」
「それならギレン、君が一番最初にスライムの群れに気が付けたのではないかい。
何故、離れていたナリートの方が先に気がついて、みんなを警告に走ることになったのかな?」
「そんなの俺には分からない。 ナリートに聞いてくれ」
「それじゃあ、みんながスライムから逃げようとしていた時に、リーダーであるギレン、お前は何をしていた」
ギレンくんは黙りこんでしまった。
「みんなが負傷者や、気を失っている者を何とか孤児院まで連れ帰った時、リーダーのお前は先に逃げ帰っていたのは事実だね。
何で先に逃げて来たんだ? お前がみんなを指示していた場所まで、スライムは来なかったのに」
「スライムが怖かったから、つい逃げちゃったんだ。 悪いのかよ」
「ギレン、お前の言っていることは、リーダーとして全くちゃんとしていなかったということだし、それだけじゃなく、お前の言っていることは、色々と矛盾していることは自分でも分かっているだろう。
ちゃんと本当のことを言いなさい」
「何だよ、神父様はナリートの言うことは信じて、俺の言うことは信じないのかよ」
「ギレン、話はナリートからだけ聞いた訳ではないよ。
ちゃんとみんなから話を聞いて、ナリートも含めて、みんなの言うことは一致しているんだよ」
「みんなは俺が嫌いだから、示し合せているのさ」
「それでは、お前は昨日のスライムに襲われたのは、あくまで事故だったと言うのだな」
「決まっているじゃないですか」
神父様は私の方を見たので、私は首を横に振った。
「ギレン、残念だ。 起こしてしまったことは仕方ないが、こうなったからにはせめて正直に語って欲しかったよ」
「神父様は俺が嘘を言っていると思っているのか」
「ああ、その通りだ。 それについてはシスターが教えてくれるだろう」
私はギレンくんに説明する。
「ギレンくん、シスターにはシスターという職業特有の『真偽の耳』という能力があるの。
名前のとおり、聞いた内容が本当か嘘かが分かってしまうのよ。
そして、ギレンくん、あなたが嘘をついているのも分かるのよ」
「汚ねぇ、神父様とシスターで、俺をハメやがったな」
「ギレン、残念だ。
お前のしたことは本来ならば、裁きの場に連れて行かれる事柄だ。
お前をこのままにしておくことは出来ない。
あと数日で、ここを卒業となり、卒業したら、卒業生の宿舎に入れてやって、自由にこれからの道を選ばせてあげたいと考えていたが、こんなことを起こした者にそんな待遇を用意することは出来ない。
お前には違う道を用意してあげることにしよう。
今日、今すぐにそちらに向かうように」
「神父様、それって石切場に行けということか?」
「ほう、お前でも知っていたか」
「嫌だ、俺はそんなところに行きたくない。
それなら俺はすぐにここを出て、自由に生きる」
「そんなことをすれば、お前は犯罪者として捕まって、足枷を嵌められて石切場で強制的に働かされる事になる。
どちらにしろ石切場で働くことになるのは変わらないが、足枷を嵌めたければそれも良いだろう。
ただし、そうなると余計に石切場から出ることは難しくなるだろうが」
「そんな、そんな」
「せめて自分から罪を認めれば、もう少し考えてやろうとも思っていたのだが、ここまで来ても自ら罪は認めず、逃げ延びようとするのでは仕方ない。
ギレン、自らの行いを深く反省しなさい」