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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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一角兎狩りも仕事になった

 1匹目の時のことがシスターにバレてしまって、ちょっと焦ってしまったのだけど、シスターはあまり深く追及してこなかった。

 良かった、と僕はほっとしながら、当初の目的の自分の[次のレベルになるのに必要な経験値]と、ルーミエの[次のレベルになるのに必要な経験値]を見てみた。


 僕はその結果がちょっと嬉しくて、少し考え込んでいるシスターに言った。


 「シスター、シスターの言ったとおり、どうやらこの盾、罠として認められているみたいです。

  今回はルーミエが止めを刺したのに、ちゃんと僕にも経験値が入ったから、確実に罠になっているのだと思います」


 「あら、そうなのね。 良かったわね」


 シスターの返事は、意外に素っ気なかった。


 「ナリート、一角兎はどのくらいの経験値になったの?

  スライムと同じで、1 の経験値なの?」


 「いや、たぶん一角兎は普通は経験値は 2 だと思う。

  盾が罠扱いになったみたいで、罠師の特別なところで、合わせて 3 の経験値になっているけど」


 「それじゃあ、私が仕留めたから、さっきので私に 2 の経験値が入ったの?」


 ちょっと僕はルーミエをガッカリさせることを言わねばならなかった。


 「えーとね、さっきのでは、僕に 2 の経験値が入って、ルーミエには 1 の経験値だった」


 「そっか、そうだよね。

  スライムとは違って、攻撃してくることがないように押さえつけられているのを、トドメを刺しただけだもんね。

  それで、攻撃してきた一角兎を盾で受け止めて押さえつけたナリートより、私の方に多くの経験値が入ったら、やっぱりおかしいものね」


 ずるいとか言われるかと思ったのだけど、割と自分で納得してくれた。


 一角兎を僕の作った盾を使って狩った場合の経験値なんてことはともかくとして、まずは獲物の一角兎をどうするかの問題がある。

 重要なタンパク源だから持って帰るのは当然なのだけど、今は血抜きをしただけで、僕の壊れた竹槍の両端にぶら下げて持っている。


 経験値に対しての関心が、僕だけでなくルーミエも意外に薄いのは、スライムの罠で得られる経験値と比べると、得られる経験値がずっと少ないからだ。

 僕は当然そうなのだけど、ルーミエだって毎日スライムの罠で 2 以上の経験値が入っているし、今ではそれよりももしかしたら、[職業]聖女で得られる特別な経験値の方が多いかもしれないからだ。

 どうやらルーミエの場合は、シスターと同じように回復魔法を使ったり、薬を作ったりすることだけでなく、結局ルーミエだけしか今のところは出来ない、7歳に満たない小さい子まで見ることができる力を使うと、それも経験値になるようなのだ。

 スライムの罠の経験値では僕の1/10にもならない筈なのに、ルーミエの[全体レベル]は今現在 6 で、もう少しで 7 になる。

 次のレベルに必要な経験値は1レベルが上がるごとに前の3倍だから、レベルが上がってくると急激に上がりにくくなるとはいっても、僕がスライムの罠で荒稼ぎという感じで経験値を得ているのに今レベル8だから、ルーミエのレベルの上がり方は凄まじいと思う。

 でもまあそれ以上にシスターは凄いと思うのだけどね。

 シスターはルーミエより、特別に経験値となる行為が少ないと思われるのだけど、今現在レベル 8 で僕と同じだ。 というか僕より先にレベルが上がった。

 つまり、どれだけ毎日シスターとして特別に経験値となる行為を一生懸命していたのか、ということだと思う。


 僕はもう少しで孤児院のある僕たちの村の塀が見える位置まで戻って来たところで、シスターに寄り道を提案した。

 「シスター、ちょっとだけ、いつも行く川原に寄り道したいのですけど、ダメですか?」


 「なんで寄り道したいの?」


 「この狩った一角兎を処理してから戻りたいと思って。

  それと食べられない部分を、スライムの罠の餌にしたいんです」


 シスターはどうしようかちょっと考えてから言った。

 「そうね、兎の肉を身取るのは孤児院ででも出来るでしょうけど、川で行う方が水を簡単に使えて楽でもあるわね。

  それに、この獲物はナリートくんとルーミエちゃんが獲ったのだから、2人が自由にして良い権利があるわ」


 「そんな大袈裟なことではなくて、兎の肉はみんなのご飯のおかずに入れれば良いと思うのですけど、えーと、食べない部分てありますよね。

  頭とか、足の先のところとか、内臓の一部とか。

  そういうところ食べないですよね。 何か食べる方法があるのかな、僕は知らないけど」


 僕はスライムの餌にする気満々だったのだけど、シスターに説明しているうちに、だんだんもしかしたら全部食べれるのかな、と思って不安になってきた。


 「うん、そうね、そういうところは普通は食べないかな」


 「やっぱりそうですよね。

  そしたら、そういう部分はスライムの罠の餌にしたいんです。

  そうすれば、僕だけでなく、みんなの経験値になるから」


 「なるほど、確かにそうね。

  みんなの経験値が増えてレベルが上がって、[体力]と[健康]の項目のレベルを上げたいということね」


 「はい、単純にそれだけだとダメなのもわかっているけど、その数字が上がると、確実に何もしないより体力や健康が良い方向に行きやすいと思うから」


 「うん、絶対そう」


 ルーミエが僕の言葉を後押ししてくれた。

 ルーミエは寄生虫の問題を克服して、それ以降レベルも上がったので、以前とは比べ物にならない程、体力もついたし健康になったから、その効果を実感しているからだろう。

 シスターもその点は疑っていないようだ。

 自分でもここのところレベルが急激に上がったので、自分の体力なんかの向上を実感として感じているのだろう。


 「そうね、今では女の子たちが作ったスライムの罠もあるのだったわね。

  多くの子たちのレベルが上がれば、それはとっても良いことでもあるわ。

  いいわ、少し帰りが遅くなってしまうけど、寄って行きましょう。

  私もナリートくんたちが川原に作ったスライムの罠というのが、実際にどうなっているのかにも興味があるから」


 あ、そう言われてみれば、シスターは川原に一緒に来たことが確かになかった。

 スライムの罠をみんなで作るようになった頃から、寄生虫のことでシスターは大忙しだったから、見に来る機会を逸してしまっていたのだ。


 急いでいつもの川原に向かい、僕とルーミエで簡単にその場のことを説明した。


 「なるほどね、確かに安全に関しても工夫しているのね。

  それにしても、罠師という[職業]のナリートくんの本領発揮なのだろうけど、スライムの罠だけじゃなく、魚の罠も良く出来ているわね」


 本当はもっとしっかりとシスターに説明したりしたいところだけど、時間がないので、早々に一角兎の解体に取り掛かる。

 シスターがまだ辺りを見て回っているうちに、僕とルーミエは解体した物を包むための大きな葉っぱと、結ぶための蔓など必要そうな物を周りから採ってくる。

 石のナイフで解体を始めようとしたら、シスターから声を掛けられた。


 「ナリートくん、兎の解体なんてしたことないでしょ、どうしたら良いか分かるの?

  私がやろうか」


 「シスターはやったことがあるのですか?」


 「私は田舎の農家の出身だから、もちろんそのくらいの経験はあるよ」


 「僕はどうすれば良いかの知識はなんとなくあるのですけど、実際にしたことはもちろんないので、教えてくれると嬉しいです」


 「あたしも教わりたい」


 シスターは僕から石のナイフを受け取ると、かなり手慣れた手つきで兎の解体を始めた。


 「ナリートくんはすぐに血抜きをしていたから、その重要性は分かっているのね。

  解体するには本当はもっと川の水に浸けておいて、全体を冷やしてからの方が良いのだけど、今は時間がないから仕方ないね」


 シスターは、腹を割いて内臓を取り出す時の注意や、内臓の食べられる部分とそれ以外の部分、食べられる部分の処理の仕方、皮の剥ぎ方、そんなことを詳しく説明してくれながらも手早く解体していった。


 「肉を部位ごとに分けたりはしないんですか?」


 「一角兎は、普通の兎よりも大きいけど、それでもそんなに大きい訳じゃないから、調理の時に必要に応じて分けることで普通は構わないのよ。

  時によっては分けることもあるのだけど、今は細かく分けると運びにくくなるから分けずに大きいままね」


 2匹のうちの1匹は、こうしてシスターに解体してもらい、もう1匹を僕とルーミエで真似をして解体したのだけど、時間は倍以上掛かったのに、仕上がりはボロボロだった。

 やっぱりなんとなく知識があるだけでは、上手く出来ないことはたくさんある。

 僕とルーミエが解体に苦戦している間にも、シスターはアドバイスしてくれながら、持ち帰る内臓の部位を葉で包んでまとめたり、自分が解体した方を持ち運びしやすいように紐をかけたりしてくれていた。


 そんなことをしているうちに、血の臭いに寄って来たのか、僕たちの周りにはスライムたちがかなりの数集まってきた。

 僕とルーミエはこういった光景は少し見慣れてきているので、どうとも思わなかったのだけど、自分たちがいる中洲は安全だと知識としては知っていても、シスターは初めてのことなので、ちょっと緊張しているようだ。

 僕は7箇所のスライムの罠の、餌を仕掛ける竹の竿の部分を取りに行こうとしたら、シスターが心配して声を掛けてきた。


 「ナリートくん、罠に近づいて大丈夫なの? スライムがたくさん集まってきているよ」


 「シスター、よく見てください。

  川の水のあるところから、罠のところまでスライムが居ない道が出来ているでしょ。

  ちゃんと安全に罠に餌を仕掛ける道を作ってあるんです」


 僕はそうシスターを安心させて、竿の仕掛けを取ってきた。

 昼間、一度みんながたぶん餌を仕掛けたのだろうけど、どの罠もしっかり餌は無くなっていた。

 僕はルーミエにも手伝ってもらって、一角兎の使わない部分を少し小さく切ったりして、餌を取り付けていく。

 慣れている魚と違って、一角兎の不要の部分を使うのは、ちょっとなんというかグロく感じてしまって、ルーミエは嫌がるかと思ったのだけど、ためらいを見せずに手伝ってくれて、途中からはシスターも見よう見まねで手伝ってくれた。


 僕たちはこの場から即座に逃げる準備を終えた。


 「僕が餌を罠に付けていきますから、その間にシスターとルーミエはこの場から去ってください。

  罠に餌が付いている間はスライムはそっちに集中すると思いますけど、無くなると、僕たちが持っている兎の肉の臭いに引き寄せられるかもしれないから、少し急いで逃げてください。 僕もすぐ後を追います。

  いないと思うけど、ルーミエ、逃げてる途中の森の中でもスライムに気をつけろよ。

  すぐに追いつくから大丈夫だと思うけど」


 荷物のほとんどは、先に逃げるルーミエとシスターが持っていってくれる。

 僕はスライムを、ルーミエとシスターが通る場所から離れた位置に誘導するため、なるべく遠くの罠から順番に餌を仕掛けていく。

 餌を罠に仕掛けていくと、餌がいつもと違うからだろうか、いつもよりも素早くスライムが罠に集まって来るような気がする。

 ちょっとだけ、慣れた作業なのだけど、少し急いで竿を罠にセットして、その場を離れた。

 でも逆に集まりが良いから、ルーミエとシスターが通るための十分な空間が開いた。

 その機を逃さず、ルーミエとシスターは走って去って行った。


 僕は時間を作るために、罠に餌を仕掛けるのは、次の罠に仕掛けるまでの時間はゆっくりにしていたのだけど、2人が立ち去ったので、一気にどんどん仕掛けて、僕もその場から立ち去った。

 2人に追いついてみると、そこまでの途中にはスライムは見かけなかったそうだ。


 スライムとの距離が取れたので、もうゆっくり歩いて孤児院に戻るのでも構わないのだけど、時間が遅くなり夕暮れになってきていたので、僕は2人から荷物を受け取って、そのまま少し急いで村に向かった。

 村の中に入るほんの手前になって、シスターは急に歩くスピードをゆっくりにして、僕に話しかけてきた。


 「ナリートくん、今日の実験をした上で、もっと一角兎を獲ろうと考えているでしょ」


 シスターには、嘘をついたり誤魔化したり出来ないので、僕は正直に答える。


 「はい。 やっぱり孤児院での食事は肉とか魚がたりてないと思うから、それを補うためにも獲ろうと思っています。

  それにあの獲り方だと、僕だけじゃなくて、友だち何人かでやれば、もっと安全により多く獲れると思う」


 「ウォルフくん、ウィリーくん、ジャンくんたちと一緒に獲ろうというのね」


 シスターに、僕の考えていることを言い当てられてしまった。

 彼らの[職業]が本当はそれぞれ弓士、剣士、槍士という戦闘むきの職業であることは、シスターにも伝えてあるし、彼らも[全体レベル]が上がってきたら、その適性を見せ始めていたので、シスターも僕と同じように考えたのだろう。


 シスターは、少しだけまた沈黙して考え込んでから、ちょっと迷いを断ち切るような調子で、もう村の境界の中に入ってから言った。


 「孤児院の予算が厳しくて、どうにも食事が貧しいのは、今のところどうにもならないわ。

  自分たちで出来ることで、それを少しでも解消できるなら、しないという選択は出来ないわ。

  分かったわ、ナリートくん、一角兎を狩ることを許します。

  でも、ナリートくん抜きでは狩らないように徹底して、最初は名前の出た4人だけにするのよ。

  彼らはそれぞれの[職業]の適性があるし、少しくらい何かあってもナリートくんがいれば治癒魔法も使えるから、大きなことにはならないだろうから。

  今日見た狩り方なら、まず怪我をすることはないと思うし。

  大丈夫よね、とにかく安全第一で行動するのよ」


 「はい、ありがとうございます。

  もちろん安全には最大限の注意を払います。

  盾も、止めを刺す武器も、今日の結果を反省して、改良して獲りますから、心配しないでください。

  川に来れない小さい子にも、一角兎を狩れれば肉を食べさせてあげられるから、なんとしても狩りたいと思っていたんです」


 「そうだよね、川に行けないと魚は食べれないもんね。

  あたしも、小さい子にも食べさせてあげたいな、と思ってた」


 ルーミエも、シスターに許してもらえて喜んでいた。

 実際に自分でも一角兎にとどめを刺したりしてみて、危険ではないと感じていたからでもあるのだろう。 きっと危険を感じていたら、単純には喜ばないと思う。


 ところで、獲ってきた一角兎の肉なのだが、さすがにその日の晩の食事には間に合わなかったのだけど、次の日の食事のおかずの具にちゃんとなった。

 肉の入ったスープなんて孤児院ではご馳走なんだけど、それでも一人当たりはほんの少しだ。

 それが、たった2匹でも、普段よりずっと多くの肉が入ったスープとなったので、みんなから喜びの声が上がった。

 僕は絶対にたくさんの一角兎を狩ってやる、と決心した。


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― 新着の感想 ―
魚に関してですが、 ギレンの件が無くなったのだから、 煙や孤児院への持ち帰り問題は解消されたのかと思ってました
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