大蟻の巣を退治する
「おい、ナリート、何か良い方法を考え出して教えてくれ」
最近では珍しく、領主様の館の中で僕はそんなことを言われた。
この頃は僕たちは当然なのだろうけど、領主様も率先して大蟻の討伐ばかりに出ていて館に居ること自体が珍しいのだ。
「なんで僕みたいな子供にそんなことを言うのですか? 領主様自身や周りの偉い人たち、それに討伐に行っている冒険者の人たちとか、僕より色々と詳しかったり経験がある人がたくさん居るじゃないですか」
「いや、儂も含めてだが、あいつらは駄目だ。 もう妙に固定観念みたいなモノが出来上がっていて、大蟻と戦うとなると横からハンマーで叩き潰すモノということ以外考えられん。
確かにそれをする為の戦術というか、どうやったらこちらに被害がなく大蟻を討てるかは色々と研究しているし、その戦闘経験も豊富だ。
だが、それだからなのだろう、お前たちが考えた柵を登らせて腹を見せてる時に攻撃するなんてことも考えつかなかったし、そういう方法があると知って感心はしたけど、それを自分たちもやって、自分たちの戦闘を有利にしようとか考える者もいない」
うーん、確かにそうだけど、それは解る気もするんだよね。
今集まっている冒険者の人たちは、今までのハンマーで叩く戦法で、大蟻の数が多いこともあり十分な戦果を挙げている。 わざわざ新しいことを試して、不慣れ故の失敗を起こすリスクを取る必要はないのだ。
僕たちがハンマーを使わないのは、レベルはたぶん他の大蟻の駆逐に関わっている冒険者にだいぶ追いついたのではないかと思うのだけど、年齢故の体格差は如何ともしがたく、他の冒険者の人たちと違ってハンマーを振り回すのに適さないからだ。
その意味では女性の冒険者の人たちも同じじゃないかと思うのだが、大蟻の討伐ということで集まった冒険者たちだからか、ハンマーを振り回すのに適した体格の男性冒険者ばかりが多いのだ。
それも戦法が変わらない大きな理由かもしれない。
「柵というか塀というか、とにかく大蟻を登らせて腹を狙うという戦い方は、これからはハンマーを振り回すのは苦手な冒険者にその方法が伝わって、広まるかもしれないが、今即座にということではないし、それをしようという冒険者も少ない。
この戦法で、今の状況は変わらない。
もっと、こう、一度に大蟻を大量に撃退するような方法はないか?」
そんなこと言われたって、簡単に思いつく訳がない。
「お前らみたいな、まだ考え方が柔軟な連中なら、何か考えつかないか?」
確かに、どうも大蟻を駆除している数よりも、日々増えていく数の方が多いような気は僕たちもしている。 領主様がそれに苦慮しているのは分かる。
「こんなに大蟻って増えるんですね。
こんなに増えるなら、なんでもっと大蟻だらけになっていないんですか?」
「それはナリート、大蟻も餌になる物がいなければ、生きてはいけないからからさ。
巣の周りの餌を食い尽くしたら、大蟻自身も滅びてしまう。
その辺の兼ね合いだな。 今回は一角兎が増えたので餌が豊富だからだろう」
「それなら大蟻を退治するんじゃなくて、餌を減らす方向で、一角兎の方を大々的に狩ったら良いんじゃないですか」
「馬鹿か、お前は。
そんなことしたら、一角兎を狩っている大蟻まで、この町の方向に押し寄せて来るぞ。
大蟻にとっては人間だって餌に過ぎないんだ。 狩るのにリスクが高いから、強いて狙うほどの餌じゃないというところだろう、大蟻にしたら。
他に餌が無いということになれば、リスク覚悟で俺たち人間を主目的にして狩ろうとしてくるぞ」
あ、確かにそうだ。
つまりは今までみたいに、大蟻の数を徐々に減らすしか無いのかな。
大蟻を減らしている数が増える数より少ないなら、もっと多くの冒険者を集めて大蟻を減らす数を増やすしかないと思うのだが。
「それが出来ればとっくにやっている。
正直なことを言えば、もう冒険者に呉れてやる報奨金の予算が底を突いているんだ。
今でもどうにかこうにか他の予算を削っている状況なんだから、これ以上増せん。
お前らも随分と儲けたみたいだが、それが払えなくなったら、今いる冒険者だってこの地を去ってしまうだろう。
だから予算が厳しいのは冒険者に知られないように絶対秘密だ。 冒険者に何か方法がないかと相談できないのは、それが大きな理由だ」
うん、冒険者にしてみれば、金にならないのにこの町で体を張って大蟻と戦う理由は無い。 この町にそれでも戦うような理由とか義理とかがある冒険者の数なんて高が知れているだろう。
「ナリート君、関係書類見てみます? ナリート君なら見ればその意味が理解できるでしょうし」
なんか文官さん、顔が怖いんですけど。
「とにかく、急に何か思いつくことなんて僕には出来ません。
みんなとも話して何か方法が無いか考えてみます」
「おう、期待しているからな」
何だか領主様に結構本気の雰囲気で言われてしまった。
僕は小さい子たちのために、井戸のところで水汲みをしている時にみんなと相談した。
最近は僕とルーミエだけでなく、ジャン、エレナ、そしてシスターまでが井戸の水汲みにドロップウォーターの魔法を使っている。 もちろんプチフレアも一緒に使って水を適度に温めている。
暖かいお湯を体を洗うのに使えるようになって、いつも小さい子に強請られるようになったからではあるのだけれど、ジャン、エレナ、シスターもそうやって使うことで、それぞれの項目が上がることを知ったので、積極的に使うことを心がけるようになったからだ。
つまり、3人も[全体レベル]が上がって、僕たちはみんなレベルが10になったのだ。
ルーミエはすぐに上がったし、それに続いてウォルフとウィリーも[全体レベル]が 10 に上がった。
次は僕がやっと 11 に上がるかなと思っていたのだけど、それよりも先にジャンとエレナに追い付かれてしまった。
10 から 11 になる為の経験値はたくさん必要だから、追いつかれてしまうのは仕方が無いのかもしれない。 以前は必要とする経験値の数値に対して、スライムの罠で僕が得られる経験値の数が割合として割と大きかったから、他の人より僕のレベルが上がるのが早かったのだけど、10 から 11 になるのに必要な経験値の大きさと比べるとスライムの罠で得られる経験値は多くはないし、大蟻で得られる経験値の方が割合としては大きい。 その結果である。
シスターがレベル10 になったのは、この事態に動員されたのが僕たちだけでなく、シスターも町のシスターも、そしてマーガレットも、怪我した冒険者の回復要員として動員されたからだ。
きっとヒールを掛けまくって、マーガレットもレベルが上がっただろう。
レベルが 10 になると、それまでとは違って、[全体レベル][体力][健康]といった主要な項目以外、というか何かしらの努力によって出来た[項目]は、それ以前のレベル 9 までの時と違って、[全体レベル]が上がる時以外でも上がる。
それが解ってからは、ジャン、エレナ、そしてシスターは俄然張り切って魔法のレベル上げをしている。
もちろん僕もルーミエも、それに影響されて毎日魔法も目一杯疲れ切るまで使うように心掛けている。
そんなこんなで、僕はみんながレベル 10 に達してから、やっとレベル 11になった。
みんなからちょっとだけ抜け出せて、少し嬉しい。
「という訳で、領主様からどうしたらもっと多くの大蟻を討伐出来るか、考えるように言われたのだけど、みんなも考えてみてくれないか」
「単純に数を短い時間で減らすのなら、僕たちが狩る方法で、今は討伐に出ていない女性冒険者なんかにも出てもらって、人数を増やすしかないんじゃないか。
台車に乗せて柵を運べば、誰だって僕らの戦法はできるんじゃないかな」
「うん、僕もそう思ったのだけど、人数は増やしたくないらしいんだ。
長く時間が掛かるのもダメなのも理由は同じだけど、これは秘密なんだけど、冒険者に払う報奨金がもう底を突きそうなんだ」
「あ、なるほど、そういうことか。
それじゃあ手の打ちようがないじゃんか。
無理だよ」
「無理と言っても、だからと言って簡単に諦める訳にはいかないよ。
町からみんな逃げ出すというのは難しいよ」
ジャンがあっさりと白旗を上げたのに、ルーミエが文句を言った。
「でも、なんでナリートに領主様は相談してきたの?」
「僕というより僕らにということだったのだけど、固定観念に縛られていない僕たちなら何か新しい方法を考えつくかも知れないということらしい。
実際に柵を使って戦う方法を考えついたのも、僕じゃなくてジャンだったし」
「でも、どうしてそんなに大蟻は増えるの?」
エレナに続いてルーミエも質問してきた。
「餌の一角兎が豊富だからなんだって。 でも餌の一角兎を蟻の巣の近くから居なくなるように狩るのはダメだって、先に言っておくけど」
「どうして?」
「一角兎がいなくなったら、町に大挙して向かって来てしまうだろうってさ」
「あ、そりゃそうか」とジャン。
「でもさ、大蟻って、なんで巣の近くにしかいないの?
巣からあまり離れたところには大蟻はいないわよね。 斥候役みたいな、私たちが狩っている1匹とか2匹とか離れている大蟻だって、そんなに巣から遠く離れている訳じゃないわ」
「ああ、それはエレナ、大蟻は夜は巣に戻る習性があるからだよ。
大人の冒険者さんが言ってた。 それだから僕たちも夜は家に戻って静かに眠れるんだってさ」
エレナにジャンが答えたのだけど、僕もその答えを聞いて「なるほど」と思った。 僕の知らない知識だった。
「だったらさ。 夜のうちに、巣の入り口から水を入れたらどうかしら。
大蟻は川には近づかないんだから、水には弱いんじゃない」
「そう簡単にはいかないよ。
巣穴の出入り口から簡単に水が巣の中に入るなら、雨が降っただけでも大蟻は大被害になるはずじゃん、水に弱ければ。
そうならないということは、水が入りにくいように入り口のところに仕掛けがあるか、さもなければ水には近寄らないだけで、弱いという訳ではないのかも知れないってことだよ」
「そっか、そうだよね」
エレナとジャンの話は、アイデアとしてはボツになったけど、ちょっと考え方としては面白いんじゃないかと僕は思った。
集まっているところを一網打尽に討伐出来れば、それが一番良いに決まっている。
僕は今のヒントで思いついた。
「何も馬鹿正直に巣の出入り口から水を入れなくても良いんだよ。
それより夜のうちにその入り口を塞いでしまったらどうだろう。
出入り口をただ周りの土で塞ぐだけだとすぐに出てきちゃうだろうけど、僕らが練習で作っているレンガで塞いだら、固くて大蟻も戸惑うんじゃないかな。
まあ横に穴を掘って出てきちゃうだろうけど」
僕は何だか話し出して、しようとしていることを頭の中で想像していたら、何だかどんどんアイデアが出てきた。
「入れるのは何も水じゃなくても良いじゃん。 穴の中を熱いお湯で満たしてやれば良いんだよ。
レンガで塞げば、土で塞ぐよりも簡単には壊れないから、お湯を入れたら巣の中に溜まるんじゃないか。
それに熱いお湯を入れる場所だって、何も馬鹿正直に巣穴の出入り口じゃなくても良いんだ。 巣穴のトンネルの中で一番高い位置にある場所に、僕らが穴を開けて、そこから流し込めば、巣穴を本当にお湯で満たせるんじゃないかな」
「巣穴の大きさが分からないから、それはどうだか分からないよ。
それにお湯を注ぎ込んでもどんどん冷めるだろうから、そんなに効果があるかどうかも分からないし、土に染み込んでしまう量が多くてそんなに満たされないかも知れないし」
「でもまず巣穴の大きさを調べてみないと駄目よね。
私たちだったら、地面の下の巣穴がどうなっているのか、大体見当がつくんじゃないかな。
私たちモグラ退治で、モグラが地面の下のどこにいるか探すのが得意になって、大体の穴のある場所が分かるようになったじゃない」
エレナに言われて、僕は余計に自分の計画が上手く行くのではないかという気がしてきた。
みんなもモグラの穴が地面の下でどちらの方向につながっていくのかを大体察知できるまでに索敵が出来るようになったのだけど、僕なら空間認識で、地上ほどではないけど地面の下も意識すれば認識できる。 大蟻の巣がどういう形になっているかは、きっと把握できる。
僕たちは領主様にも口を聞いてもらって、夜に外出することをシスターに赦してもらった。 もちろん大蟻の巣を調査するためだ。
その結果として、大蟻の巣は平原のちょっとだけ盛り上がったところに、広がっていて、出入り口が5ヶ所あることが分かった。
盛り上がったところにあるのは、たぶんエレナの考えたとおり、水が巣に入るのをなるべく防ぐ為だろう。
それから大蟻の巣のトンネルは、地上からそんなに深くない場所を通っていることも分かった。
僕はこれなら行けると思った。
僕たちはそれから数日、今まで以上にレンガ作りに励んだ。
そして大蟻の巣の出入り口を塞ぐのに十分な量のレンガが出来たら、雨の日を待った。
雨で地面が濡れていれば、大蟻の巣にお湯を流し込んだ時に、地面に染み込む量が少なくなると考えたのだ。
それと、もっと大きな理由は、雨が降っていれば、そうでない時とは比べ物にならないくらい、ドロップウォーターを簡単に使えるのだ。
つまり大量にお湯を大蟻の巣穴に注ぎ込むことが出来る。
この作戦は僕たちと、領主様の所で働く人たちの手によって行われた。
領主様の所で働く人には主にレンガの運搬と、出入り口を塞いでレンガを積むことをしてもらう。
その作業をしている時に大蟻がそれに気がついて邪魔をするために襲ってこないかを心配したが、大蟻は出入り口付近には居ないで奥に籠ってしまうみたいで、緊張の中の作業だが事故は起こらなかった。
そうして僕たちは巣の一番高い位置のトンネルに向かって上から穴を掘った。
金属製のスコップが用意されていたので、土もそんなに硬くなかったので難しい作業にはならなかった。
そうして出来たお湯の注ぎ込み口から、順番に出来るだけ多くのお湯を注ぎ込む。
一番最初はエレナ、次はジャン、ウィリー、ウォルフ、ルーミエ、最後が僕だ。
僕が一番最初に注ぎ込もうと考えていたのだけど、それはエレナに反対されたのだ。
僕が一番だと、一番注ぎ込める量が多いのだから、自分たちはその後だと役に立たないかも知れないと言うのだ。
それで、魔力量が少ないと思われる順番で、注ぎ込んだのだ。
「絶対に上手くいっているわ。 なんとなくだけど、経験値をたくさん得ている感じがするもの」
エレナがお湯を注ぎ込み終えるとそう言ったのだが、みんな同じように経験値を得ている実感があるようだった。
どうやら作戦は成功らしい。 大蟻の数をかなり減らせていれば良いのだけど、と僕は考えた。
僕の順番が回って来て、その日はその為に一切使っていなかった魔力全てを使って、僕もお湯をどんどん注ぎ込んでいった。
確かに、経験値をグングン得ているような感じがある。
みんなもだろうけど、僕ももうこれ以上魔法を使うと体力が尽きて気を失いそうになるほんの手前までお湯を注ぎ込んだ。
もう無理、と思った時だった。 僕はドンという感じで、大量の経験値を得た気がした。