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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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卒院

 なんだか慌ただしく過ごしているうちに、僕とルーミエが学校に通いだしてから一年近くが経ってしまった。

 一年という月日が流れると、僕らには日常に大きな変化をもたらしてしまう。

 つまり孤児院の一番の年長者たちが孤児院を卒業することになるのだ。

 前の年は、この時に大騒ぎになったのだが、今年は去年と同じ意味では騒ぎにならなかったのだが、別の大きな話題があった。

 何かというと、孤児院を出ることになるウォルフとウィリーが、領主様に直接に衛士として雇われたのだ。


 領主様は、男爵という爵位を持つ貴族ではあるのだけど、元は一介の冒険者であったので、元からの自分の家臣のような者は持たない。

 冒険者時代の仲間や、男爵という爵位を貰う活躍をしたりした時に知り合った人とか、色々なルートから必要な人材を集めているのだけど、人材不足は常に感じているらしい。

 それにやはり子飼いの家臣がいないのは色々と不便があるようで、領主様は子飼いの家臣にするために、自分のところに2人を引き取ることにしたらしい。

 年齢から考えると高レベルであるのに加えて、学校に通っていた訳でもないのに読み書き・計算などが出来るということで、これから鍛え教育すれば大きく役に立つようになるだろうと考えたみたいだ。

 領主様は2人を最初から家臣として迎え入れたいと考えていたみたいだが、2人はそれを固辞して、単なる衛士として雇ってもらうことにしたみたいだ。


 「ナリート、あと2年したらお前も孤児院を出ることになるからな。

  俺たちは、それを待っているのさ」

 「俺たちは、お前たちが孤児院を出たら、また一緒に何かしたいと思っているんだ。

  またみんなで冒険者として活動しても良いし、お前らも領主様のところで世話になるというなら、その時には俺たちも正式に世話になることにしても良い。

  まだ時間はあるから、考えといてくれ」


 「うん、わかった。 ちゃんと考えておくよ」


 何故か僕ではなくてルーミエがそう答えて、ウォルフとウィリーも苦笑している。


 「まあ、そうだな。 ルーミエはずっとナリートと一緒にいるだろうから、ルーミエに頼んでおくのが良いのかもしれないな。

  ルーミエ、この2年でその後はどうするかを考えておいてくれ」


 「大丈夫、任せて」


 ルーミエは聖女なんだから、孤児院を出る時となれば、僕なんかとは違う未来が待っているような気がするのだけど、そんな安請け合いして良いのかな。

 ウォルフとウィリーは、ルーミエが聖女だとは知らなくて、単なる村人だと思っているから、軽い気分でルーミエに僕と一緒に2年後のことを考えるように言っているけど、僕はそう安請け合い出来ない。

 ルーミエのことももちろんだけど、2人のことだって、領主様のところで家臣になるのが2人の[職業]、弓士と剣士をもしかすると一番活かす道なのかもしれないしね。

 まあ、2年後なんて、どうなっているのか分からないから、今はこのままで良いや。


 ところで、2人が卒院するまでの間に、一角兎を狩りまくっていたためか、僕たちは冒険者のクラスが一つ上がった。

 最初は冒険者証が木の板の、まあ見習いというようなクラスだったのだが、青銅クラスになったのだ、つまり冒険者証が銅の板に変わったのだ。

 冒険者としては一人前と認められたことになる。


 僕たちは孤児院を卒園する年齢になる前に、特例として冒険者登録してもらえた訳で、それだけでもちょっと異例で注目を集めたのだけど、孤児院の食生活改善のために一生懸命一角兎を狩り、また荷車やナイフを買うための資金を集めるためにも狩らねばならなかったので、その量が多かったので一人前と認められることになったのだ。

 僕たちが考案した竹で作った盾で一角兎を狩る方法は、安全に一角兎の狩が出来る方法として他の冒険者にも真似されるようになり、この村の冒険者には定番の方法となった。

 一角兎を狩ることは、冒険者の一番基本的な収入源で、そればかりを行っている冒険者も少なくない。

 一角兎は最も弱くて、討伐が易しい魔物ということになっているのだが、逆に冒険者が最も多く命を落としたり、怪我したりする魔物でもある。

 弱い魔物だから油断するというのももちろんあるだろうけど、地面に穴を縦横に掘って巣を作る習性のある一角兎は、索敵をしっかりして狩をしているつもりでも、索敵がしきれず、気がつけば多くの一角兎に囲まれて攻撃を受けるという事態になりやすいことも理由だろう。

 1匹だったら弱い一角兎も、数多くが四方八方から攻撃してきたら、なかなか対処が厳しい。

 僕たちがしている盾を使った狩の方法は、そういった事態を大きく減らしたのだ。


 僕たちは自分たちで狩った一角兎の数だけではなく、その方法を始めて普及させたことも功績として考慮されたみたいだ。

 それで子供ではあるけど、狩ってくる一角兎の数は他の冒険者に負けていないから、一人前と認められることになったのだと思う。

 実際問題として、チラッと周りの冒険者を見てみると、そのレベルはウォルフ・ウィリー・エレナと同じくらいだったりする。 中には下の者もいる。

 3人のレベルは今では7だから、この世界での成人になった時の大体のレベルである5から比べると、子供なのにもうそれを超えてしまっている。


 レベル1から5になるのに必要な経験値は全部で40なので、それほど大したことはない。

 でもそこからは、レベル6になるには81の経験値が必要で、レベル1から5になるのに必要とした経験値の倍以上必要となるのだ。 レベル7にレベル5からなるのに必要な経験値は324となって、レベル1から5になるのに必要な経験値の8倍以上となってしまう。

 これが成人時にレベル5くらいの人が多く、一般的にはレベルが6とか7で止まってしまっている人が多い理由だ。

 冒険者に高レベルの人が多いのは、やっぱり魔物を狩るということが経験値を得るのに効率が良いからで、3人もその恩恵にしっかり与っている訳だ。


 ちなみに僕はレベル10から動いていないし、シスターはレベル9、ルーミエはもう少しでレベル9になりそうなレベル8だ。

 フランソワちゃんはレベル6になるのは、誰も予想していなかった早さだったのだが、そこからは村での農業指導が必要なくなってきたので、レベル7に上がっていない。 さすがにフランソワちゃんを狩りには連れ出せないし、スライムの罠でフランソワちゃんが得られる経験値では、なかなかレベル7になるだけの経験値は溜まらない。

 マーガレットが今はレベル5でもうすぐレベル6だけど、将来的にはフランソワちゃんより先にレベル7になるかもしれない。 マーガレットはヒールとイクストラクトを使うことで経験値が増えるからだ。


 しかし、レベルが上がるに連れて、必要とする経験値がグングン上がって行くことを考えると、領主様のレベル36というのはとんでもない数値だと思う。


 「領主様はどうしてそんなに高レベルなんですか?」


 「それはやっぱり、お前らが狩っている獲物よりずっと高レベルな魔物を退治していたからだろう。

  高レベルな魔物を狩れば、やっぱり多くの経験値が入るんじゃないか、俺にも解らんが」


 要領の得ない領主様の答えに僕は、高レベルって言ったって、どれだけ高いレベルの魔物を狩ることが出来るんだよ、なんて思ってしまった。

 だって、僕が次のレベル11になるには19683の経験値が必要な訳で、罠でスライムを狩ってその経験値を得るとしたら、13122匹も狩らねばならなくなり、さすがにそんなにスライムがいるのか、いや長い時間がかかるだろう。

 一角兎を狩るのでも無理だろう、それ以前に一角兎が絶滅しそうだ。


 と、諦め気分で思っていたのだけど、僕は大きな勘違いをしていたことに気がついた。

 僕は普通の場合レベル1の魔物を倒すと1の経験値が得られ、レベル2の魔物を倒すと2の経験値が得られることから、レベル=経験値だと思っていた。

 それは確かにレベル1のスライムとレベル2のスライム、または最も角が小さいレベル2の一角兎ではその通りだから、そうだと思い込んでいたのだけど、レベル3の一角兎からはそうではないことが分かった。

 別のことを検証している最中に、僕は偶然レベル3の一角兎を倒して得られる経験値は3ではなく5であることに気がついたのだ。

 それに気がついた僕は、一番角の長いレベル4の一角兎を狩った時に、注意深くどれだけの経験値が入るのかを確認した。

 予想というより期待していた通り、レベル4の一角兎を倒して得られた経験値は4ではなくて14だった。

 つまり僕らがそのレベルになるまでに必要とした経験値に1足した数が、そのレベルの魔物の持っている経験値となる訳で、レベル5の魔物だとしたら、僕らがレベル5になるのに必要な全経験値は40だから倒せば41の経験値が入ることになる。

 これなら確かに、領主様の言っていた「高レベルの魔物を倒していたから」という言葉になんとか納得できないこともない。


 僕が今までレベルが違う魔物で経験値がどれだけ得られるかに関して勘違いしていた一番大きな理由は、それはレベル3以上の魔物を狩った経験が少なかったからだ。

 レベル3でも、思い込んでいた経験値3との差が2しかないので、自動的に得られているスライムの経験値に紛れてしまい、その差に気づくことがなく、レベル4の一角兎は数がずっと少ないので、狩る数が限られていたからだ。 それでも違いは10しかないので、注意していなければ紛れてしまう。


 僕が気づいたのは、別口の経験値の入り方がありそうだと、自分以外の人の経験値の入り方にも細かく注意していたからだ。

 僕は一緒に狩りをする仲間には、自分やジャンも覚えられたのだから、シスターや聖女といった[職業]でなくても、ベテラン冒険者でなくてもヒールは覚えられる筈だと考えて、ウォルフ・ウィリー・エレナにもヒールを覚えてもらった。

 少し苦労したけど、やはり全員覚えることが出来た。

 それから生活魔法と呼ばれている魔法は、これは誰でも練習すれば使えるようになるという魔法なので、これもみんなにも覚えてもらう。

 魔法の基礎らしいことが分かっていたから、火種を作るプチフレア魔法だけでなく、生活魔法の全てを覚えてもらい、自分も含めてみんなで練習した。


 魔法を練習して使っていると、僕はシスターはもちろんだけど、ルーミエとマーガレットもヒールやイクストラクトを使うと経験値になることを思い出し、シスターや聖女という[職業]でないと魔法を使っても経験値にならないのかなと考えた。

 それで僕はみんなも含めて、経験値が入るかどうかを注意深く観察していたのだ。

 結論を言えば、やっぱりシスターや聖女でなくても、経験値はしっかりと入っていた。

 スライムを狩ればルーミエが狩人でなくても経験値が入るのと同じように、シスターや聖女でなくても、魔法を使えば経験値は入るのだ。

 ただし、シスターや聖女ほど、たくさんの経験値が入る訳ではないらしい。


 この経験値が入るかを細かく観察している最中に、レベルが違う魔物の経験値の違いにも気がついたのだけど、このことに僕はちょっと胸のモヤモヤが晴れる気分だった。

 一生懸命レベルを上げようとしていた訳ではないのだけど、いざ次のレベルが遠すぎて上がらないと思うと、なんとなくジリジリとした気分だったからだ。


 スライムと一角兎以外の、もう少し高レベルの魔物の討伐を狙っても、もう大丈夫だよな。

 次のレベルの魔物ってなんだろう。 確か一角兎が増えたからか、それを食べる狼の魔物が増えたと冒険者組合で話しているのを聞いたから、それかな。

 だとすると、さすがにちゃんとした防具もないと危ないよな。

 シスターは許してくれるかな、許してくれないだろうなぁ。

 そんなことを僕はワクワクしながら考えていたのだが、根本的に次のレベルの魔物を狩ることが出来ないことに気づいてしまった。

 そう、ウォルフとウィリーが卒院になってしまったからだ。

 大きな戦力ダウンで、これでは無理だった。



 2人が卒院したことで、今度はウォルフの代わりに誰がリーダーになるかが問題になった。

 エレンが一番の年長になるのだが、ここで決めるリーダーは主に柴刈りに出る男の子たちのリーダーだから対象にはならない。

 エレンと同い年の男の子もいるのだけど、正直に言って狩りに出ている僕やジャンとはレベルが違って、明らかに男の子たちの中では重視されてしまう強さが足りない感じがしてしまうようで、対象にはならなかった。

 結局、前の年にウォルフがリーダーになった時に、年少であっても僕を推薦したこともあり、今度は断ることが出来ずに最年長ではない僕がリーダーということに決まってしまった。

 でも現実的には僕は狩りに行くし、それ以外の日は学校に行くので、前のように柴刈りをする時間はなくて、名ばかりのリーダーとなってしまって、本来ならリーダーの資格はないのではないかと思う。

 それでジャンが副リーダーということで、実質的なリーダーとなった。 ジャンも狩りに出るから、柴刈りに出るみんなと常に一緒という訳ではないのだが、それはウォルフも同じだったので構わないみたいだ。


 リーダー決めよりも切実な問題がある。 ウォルフとウィリーが抜けた為に、狩れる一角兎の数が減ってしまったことだ。

 5人で狩りをしていた時に比べると、3人になったら5人の時の半分の数も一角兎を狩ることが出来ないのだ。

 孤児院で食べる肉の量は、5人の時には肉も組合に売っていたくらいだから、そんなに減ってはいないのだけど、肉を売る余裕はなくなり、角や毛皮の数も半分以下しか売れなくなって、狩りによって組合から得られる金銭は激減してしまった。

 卒院して行った人は、ウォルフとウィリーがそれぞれの武器とナイフを持って卒院して行ったのと同様に、ナイフは自分の物として持って行った。

 当然卒院した者と変わらない人数が年長組に上がって来たりする訳だけど、いつの間には年長組には男女に関わらずナイフを持つということになっていたのだけど、新たな年長組にナイフをなかなか渡せない状況になってしまった。

 前はナイフなんて手に入らなかったから、石でナイフを作ったりしていたのだけど、一度良い物に慣れてしまうと、もう元には戻れなくて、ナイフが手に入らないと色々ととても不便を感じるようになってしまった。


 不便を感じるのは狩りでも同様で、もう5人での狩りに慣れてしまっていたので、たまにルーミエも加わって4人になるけれど、3人の狩りでは効率が悪く感じて仕方ない。

 それ以上に、僕はこれからの孤児院のことも考えないといけないと、改めて感じたのだ。

 今年はこのままだと3人だけど、来年になればエレナが卒院で僕とジャンの2人になってしまう。 その次の年には僕とジャンと、それにルーミエも卒院となるから、そうするとこのままでは一角兎を狩る者はいなくなり、孤児院で食事に肉が出てくることは以前の状況に戻ってしまう可能性があるのだ。

 僕はそこら辺も考えて、シスターに新たに年長組になった子から2-3人、狩りをしたい子を募ることにした。 エレナの例があるから、別に男の子に限りはしない。

 シスターもそれは考えていたようで、無理をさせないで危険のないように守ってあげながら育てるように、という注意だけで許された。

 結局、この年は男の子2人となってエレナが残念がっていたのだけど、その2人の[職業]は本当に村人だ。

 領主様も村人だというので、特別問題にはならないだろうと思うのだけど、ウォルフとウィリーが弓士と剣士で、すぐにそれらの武器の扱いに慣れて危なげがなくなったので、そういう何かしらの戦いに有利な職業の子が良いと思ったのだけど、やはりそういった職業の者は少ないみたいだ。

 エレナが狩人だったことも含めて、今までが幸運だったのかもしれない。


 もう一つの問題として、僕たちは領主様の計らいで、年齢条件が緩和されて冒険者として登録してもらえたのだけど、新たに加わった子も登録してもらわないと困る。

 冒険者として登録してもらえないと、冒険者組合で狩った物を買い取ってもらったりが出来ないからだ。

 それに地味だけど、ナイフも一応武器なので、冒険者だと買う時に少しだけ割引があったりもするのだ。

 僕は領主様に相談した。


 「とはいっても、そいつらは俺と同じで村人なのだろ。

  今のままで特例として冒険者登録をしてやれとは言えんな」


 「どうなれば、特例として登録してもらえますか?」


 「そうだな、一般的な成人になった時のレベル、つまりレベル5になっていて、尚且つ一角兎を実際に討伐した実績があれば、特例として認めるように言ってやろう。

  そうなったら、一度俺の前に連れて来い。 俺が見て確認できたら、認めるように一筆描いてやろう」


 僕はそれから、今回自分の孤児院の今後の肉の確保の問題を考えたことにより、今頃になって町の孤児院はその辺どうなっているのかな、と考えてしまった。

 差し入れに狩った一角兎を持って行ったりしたけど、普段はどうかなんて考えてなかったんだよね。


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