麦の収穫とその後の作業と
麦の収穫の時期は短い。
麦の穂が色付いてきて、その緑色だったのが僅かに残るくらい、粒を手に取ってみて、指では潰れないけど爪で傷つくくらいの時が収穫時期だ。
そんな時は5日間も保たない。
それより早くてはまだ実が大きくなり切らないし、それを越えると今度は収穫作業中に実がたくさん落ちてしまう。
その上、熟した後に雨に降られて濡れてしまうと、今度は芽を出してしまったり、腐ったりして保存できなくなってしまう。
それだから、とにかく麦は収穫時期が来たら、一気にその時期を迎えた場所は刈り取って、雨が降ってもそれに当たらないような場所に保存する必要があるのだ。
僕たちは全員で麦の刈り取りをした。
麦を刈り取るには、穂の部分だけを刈り取る方法もあるけど、僕たちは根本から刈り取る方法にした。 もちろん麦の茎の部分も利用するつもりだからだ。
麦を根元から刈る時には、根本の部分近くを足で踏み付けるようにして刈らねばならない。
麦は意外と簡単に根から抜けてしまうので、そうしないと鎌で根本を切ろうとした時に根が付いたまま抜けてしまうからだ。 土が付いた根元の部分を収穫に混ぜてしまうと、後からが大変になるから、それを避けるのは重要だ。
僕はこの収穫作業をしていた時に、問題点に気がついた。
春に麦を植える時に、僕自身は開墾の方を頑張っていたため、種をどんな風に蒔いているのかなんて気にしていなかった。 それは孤児院では畑の作業は女の子が主で、後から堆肥作りと出来上がった堆肥を畑に入れることは力仕事の部分が多いので男の子が主に担ったけど、作物を本当に育てる部分のほとんどはやはり女の子が主だったからもある。
麦は種を適当にばら蒔くという方法で植え付けられていた。
それだからだろう、麦が密に生えている部分とまばらな部分があり、また麦の株の間隔もバラバラなので、足で踏み付けるのもしにくいのだ。
それだけならともかく、密な部分と疎な部分があるからだろう、すぐ近くの麦の株でも一つの穂に着いた実の大きさや数といった出来に違いが大きく一定しないのだ。
「これは改善しないとダメだな。
春麦の植え付けの時には、ちゃんと蒔くようにしよう」
「何がダメなの? 普通に、と言うより、とても良く稔っているじゃん」
僕の独り言に気がついたルーミエが、そう言ってきた。
ルーミエにとっては、ごく普通の当たり前の栽培方法だったのだろう、そこに何も問題を感じていないみたいだ。
僕が問題を感じるのは、頭の中の知識のおかげなのかもしれない。
でもさ、とても大変だった雑草取りでも、こんな風に無秩序に麦が植っていたら、やりにくくて大変だったはずなんだけどな。
麦を穂だけではなく、根元から刈ることにも利点だけではなくて問題点もある。
一番大きな問題点は保管するのに場所をより沢山必要とすることである。
僕たちは刈り取った麦をとりあえず男女双方の作業場に積み上げて行く。 雨が降った時に、雨が掛からないようにだ。
本格的な夏の前の雨の時期ほどではないけれど、この夏の終わりから秋に向かう時期も、ある程度定期的に雨が降る。
その雨の合間になる時に、焦って麦の収穫をしている訳だ。
一部の刈り取った麦は、作業場の中に竹の竿を渡し、それに根元で束ねたモノを振り分けるようにして干されている。
作業場に刈り取った麦を積み上げているのは、あくまで仮であって、麦は脱穀して粒だけにして保存するつもりだ。
刈り取るには都合が良い麦の穂の乾き具合でも、脱穀するにはまだ乾き方が足りない。
麦の穂から実を落とすには、刈り取った時よりももう少し乾かした方が簡単に茎から外れるのだ。
そのために竿に干して、一部をより乾きやすくしているのだ。
大急ぎの収穫が終わった後は、今度は脱穀だ。
これもなかなか大変な作業なのだけど、脱穀自体は今までよりも楽な作業になっているはずだ。
今まで脱穀という作業は、適当な太さの竹を2本手に持って、その竹の間で穂をしごいて実を落としたり、穂をクルリという竹竿の先に回転する部分を作った道具で叩いたりして、実を落としていた。
今回僕は、竹製の千歯こきを作って、それで脱穀作業をしたのだ。
本当は足踏み式の脱穀機を作りたかったのだけど、材料の木材はその程度ならどうにかなりそうだけど、回転する部分につける歯にする金属が手に入れられなかった。
千歯こきの歯は竹で作っても役に立つのだから、これも竹でも作れるのではとも思ったのだけど、実験している時間の余裕はないし、それ以上に回転させるためのクランク部分なんかは負荷がかかりそうで、金属以外で作るのは耐久性から難しいかとも考えたからだ。
ま、一番は時間がなかった。
で、簡単な竹製の千歯こきとなった訳だけど、それでも今までの方法から比べれば、作業効率は随分と上がった。
千歯こきを使うようになっても、実が取れずに穂ごと茎から取れてしまうモノが出たりして、そういうのはクルリの世話にもなったりと、なかなか手が掛かる。
それだけじゃなくて、千切れた茎や葉、それにどうしても混ざってくる土や砂も除けるために、脱穀した実は竹製の箕から少しづつ振るうように落として、そこに風を当てて、風の力で落ちる場所が変わることで選別する。
そうして選り分けて、やっと倉庫に保存する形となるのだ。
保存する袋も、こちらは乾いた藁の茎を叩いて柔らかくして、それを編んで作った袋だ。
そうやって作った袋に、脱穀して混ざりモノを選り分けた麦の実を入れて、一番最初に作った建物に、その本来の目的を果たさせて積み上げて行く。
積み上げ始めた時、何だか僕はすごく感動した。
それは僕だけじゃなく、最近来たばかりの町の子たち以外はみんな感動していた。
「もう、あそこで寝たり出来ないね」
ルーミエがなんだか少し寂しそうに言った。
「ああ、この建物はまだそんなに長い時間じゃないけど、春の一番最初から本当に世話になったな。
でも、こういう風に使うことを想定して建てた建物だからな。
本来の使い方をされて、喜んでいるんじゃないか。 『今までが違う』と、この建物は言っていると思うぞ」
ウォルフがそんなことを言った。
「うん、そうだね」
ジャンがそう答えたけど、僕たちは妙に感傷的な感じだった。
やっとここまで来たという嬉しさと、なんだか寂しさが混ざった気分だった。
とは言え、この建物は町から来た子たちが寝るのに使ってもいた建物でもある。
町から来た子たちは、寝起きする場所をまだ壁に土を塗りつけて硬化させていない、風通しが良く、雨が少し横殴りに降ると吹き込んでしまう建物に移らねばならなくなってしまった。
まだ寒いという時期ではないので、さほど困りはしないのだけど、それでも風が自由に吹き抜けたり、雨が吹き込むのは嫌なので、まだ本格的に壁を作っている暇はなかったので、麦を運び込んだ作業場の屋根を真似て、彼らは自力で竹の枝の部分を取ってきて、それを壁に結えて、風と雨を遮る工夫をしていた。
麦の茎の部分、麦藁は袋を作るのに使うといっても、とてもそれだけで使い切れる訳が無い。 いや、それで使う量など出る麦藁の量の一部でしかない。
それ以外の麦藁を何に使ったかというと、床材としてだ。
僕たちの家の床は、竹をそのまま使っているので、竹の丸い形そのままに凸凹がある。
そして竹には節もあるから、どうしても隙間がある。
夏場は、建物の土台には風を通すために穴も設けてあることもあり、床下に入る空気がその隙間を通ることもあって、涼しく過ごす一助になっていたとも思う。
でも今後は寒くなる訳で、空気が隙間を自由に通るのは上手くない。
そこで竹の床の凹凸を、その床に麦藁を敷くことで無くそうと考えたのだ。
そうすれば隙間は塞がるし、凹凸もなくなるので、より快適な床になる。
計画では、袋を作るのと同じ技法で麦藁を編んで、布状というかマットみたいに作って、それをその上に敷いて、より一層快適にしたいと思っているが、とりあえずは余ったというか処理しなければならない麦藁を移動することの方が重要だ。
僕らの家から始めて、次々と家の中に藁が敷かれていった。
うん、なかなか快適な床だと思う。
藁の量は、考えていたよりも大量で、それだけでは持っていく場所に困り、僕たちはベッドのマットを作ることにした。
僕たちのベッドというか寝床は、家を作った時からはちゃんと作ったのだけど、それは慣れ親しんでいる干し草を布で包んだモノだ。
僕たちはその下に、麦藁を束ねたりして作ったマットを置くことにしたのだ。
それによって高さも上がるし、寝心地も良くなり、寒くなった時には暖かいのではないかと思う。
結局、床に敷くマット作りが間に合わないこともあり、僕たちは簡単な麦藁を保管する倉庫を作ることになってしまったのは仕方がないことだ。
倉庫はたくさんあっても困ることはないから良いのだけどね。
麦の収穫とその後の脱穀などという大事が大体終わると、僕は次の作業を考えていた。
女性たちは、まだ床に敷く敷物作りが終わらずに、全員そちらの作業と普段の収穫を優先している。
男性陣には、まず秋麦の残った株元を、畑の土の中から掘り出して、天日に晒すことを優先してもらっている。
麦の畑は、この後でその株元は燃やして灰にして、それからもう出来上がっている堆肥も加えて畑に栄養を補って、春麦を植える準備を早々に進めなければならないのだ。
それと並行して、麦以外の収穫物、今のところは保存のしやすさを考えてまだ豆がほとんどだけど、それらの収穫もしていかなくてはならない。
葉物野菜も春に植えた物はそろそろ終わりで、これからの季節に収穫出来る物に切り替えていかなければならない。
こちらにも堆肥を撒きたいところだけど、まだそこまで大量の堆肥は出来ていない。
そうそう、忘れてはいけない。
その堆肥を得る為に、もう少しして、木々が葉を落としたり、草が枯れてきたりしたら、それらを大量に集めることもしなければ。
そうだった、トイレは今までは5箇所だったのだけど、人数が増えたので、数を増やした。
時間がなかったので、3箇所増やしただけだけど、臭いのあまりしないトイレは、新しく来た町の子たちにも、やはり特に女性陣には大好評だった。
そうそう、トイレに関しては一つ問題点が出ていた。
最初は、トイレを女性が使うトイレと男性が使うトイレを分けて使っていたのだけど、意外にも女性が使っていたトイレの一つが悪臭を放つようになったのだ。
なんでそこだけと思ったのだが、主に使っていたエレナの代の女性がその原因を自分たちで白状してきた。
「トイレを使った後、追加の木屑を加えるだけじゃなく、良く棒でかき混ぜるということだったのだけど、私たち、そのかき混ぜるのを怠っていたからだと思う。
正直に告白すると、その作業が重くてかなり大変なので、おざなりになっていたからだと思う」
なるほど、僕たちはレベルが上がっていて、体力や筋力の数字も大きくなっていたからか、その作業をさほど大変だとは感じていなかったのだけど、女の子たちにとってはなかなかの力仕事だったようだ。
そこで、変な区分けはやめて、なるべく全部のトイレを男女に関わらず、みんな公平に使うようにすることにした。
僕たち男も全てのトイレを使うようになり、棒で少しの間かき混ぜるのを積極的に行うようになると、悪臭を放つトイレは無くなった。
町から来た子たちにも、その点は気をつけるように伝えた。
トイレの数も増えたから、堆肥作りに使う量もより多く出来るはずでもある。
それに今のところは、脱穀時などに出たクズを、木屑の代わりに投入しても問題は出ていないので、新たに木の樹皮を擦って木屑を作る作業はまだ必要ない。
「ジャン、相談にのってよ。
今までのレンガだと、水路を作るのにちょっと強度が不安だから、それを焼いてもっと強くしようと思うのだけど、そのための窯はどこに作るのが良いかな。
やっぱり使う場所の近くということで、谷になっている場所に作るのが良いかな」
「ナリート、もう少し細かく事情を加えて説明してくれよ。
作るのは、谷になっている部分に木の櫓で通している部分の水路だよね。
そこを今度はレンガで作って丈夫な物にしようということで間違ってないよね。
強い風が吹いても壊れないようにする為に」
「うん、そう。 説明しなくても分かっているじゃん」
「ま、ナリートのことだから、そんなことだろうと思っただけだよ。
で、レンガはナリートやルーミエが作った物でも強度が足りないの。
それに、どんな作り方をするの。 全部をレンガで作るの」
僕はジャンに地面に図を描きながら、考えている水路の形を伝えた。
「こんな感じに、レンガで作った台というか橋の足を作って、足の間はこんな風に半分丸い形にして間を支えて、本体の丘とこっちをつなげる橋を作りたいんだ。
せっかくだから、水が流れる管を通すだけじゃなくて、人も上を歩けるようにしたい。
それで作り方だけど、台の外側部分は、しっかりしたレンガで壊れにくくする為に作って、でも全部をそうするのは大変だから、中の部分はレンガ作りにまだ慣れていない村のみんなや、新しく来た町のみんなにレンガを作ってもらって、練習を兼ねて埋めてもらったらどうかと思うんだ」
「なるほど、慣れていないみんなに練習も兼ねて中の部分を埋めてもらうのは僕も賛成だよ。
でもさ、外側の部分のレンガは、僕たちが作るということでしょ。
ナリートが作るレンガは特別強いけど、僕らが作るレンガも、他のみんなが作るレンガと比べると、かなり硬くて強いと思うけど、それだけじゃ足りないの?」
「確かにそうだけど、僕らが作っているレンガって、結局は土製の皿や椀なんかを作ることの応用じゃん。
そういった物は、みんな簡単に割れたりしてしまうから、それと同じように、やっぱり弱いんじゃないかな。
それに皿なんかも高級なのは、焼いて作ったりしているじゃん」
「それはそうだけど、あれは釉薬を掛けたりして、より表面を滑らかにしたり、色を付けたりすることが主目的なんじゃないかな。
確かに僕らが使っていた食器に比べると、領主様の館なんかで見た高そうなのは割れにくそうだけど、それでもやっぱり割れない訳じゃない。
それに今現在ここで使っている僕たちが作った食器は、村の孤児院で僕たちが使っていた食器よりも、ずっと強い気がするけどな、僕は」
「それはそうだけど、水路が風で壊れる度に修理しなければならないのは嫌だから、丈夫さは絶対必要だと思うから」
「僕はそこまでしなくても大丈夫なんじゃないかと思う。
それにだよナリート、それだけの物を作るのにどれだけのレンガが必要か考えてみてよ。 そしてそれを焼く為に必要な木の量も。
焼いた時に割れたりすることも、食器作りだと少なくないということだから、レンガでもきっとそういう無駄も出るよね。
そしたら余計に多くの燃やすための木が必要になる。
僕はそんなことの為に、貴重な木を伐って燃やすのは嫌だな。
そりゃやってみて、やはり風で壊れて、そうしなければならないと分かった時にはしなればならないかもしれないけど、最初からそこまでする必要はないと思う。
それにさ、壊れにくくするということなら、少なくとも内側を埋めるレンガは作る時に土だけじゃなくて、乾いた草の葉を切って混ぜれば、土だけより強くなるんじゃないかな。
きっと割れにくくなると思うのだけど、どうだろう」
確かに日干しレンガは強度を増すために、そういう工夫もする。
そうか、僕は魔法でレンガを作ることに囚われていた。 何も魔法で作らなくても良いのだ。
もしかしたら、魔法で作ったレンガよりも、そうでないレンガの方が強いということも考えられる。
待てよ、日干しレンガを作る時に、日に干すのは水分を抜く為だけど、湿地に道を作った時は、僕たちは官僚さんに水気を沢山含んだ土から水を抜くのを魔法でやらされたぞ。
あれを応用すれば、日干しレンガって簡単にできるんじゃないだろうか。
魔法と頭の中の知識を合わせたら、もっと色々出来るのではないかと考え始めたら、僕は頭の中が久々にグルグル回る感覚になった。