成人してから
「あなたたちも、あなたたちが城と呼んでいるここの開拓がある程度一段落しないと、とても子どもを作っている時間がないことは、最初から理解しているのよね」
「はい、それはもちろんです。
でも、それを全体的に考えてしまうと、新人さんを受け入れていくと、毎年開拓をし続けなくてはいけないことになって、そこに何時までも私たちが関わって行くと、いつまで経っても一段落ということにはならないことになってしまいます。
だから私たちは、区別して考えることにして、それぞれの年の人が自分たちの開拓が一段落したら、そうしたら子どもを持っても良いことにしようと話し合いました」
エレナが自分からシスターに積極的に答えている。
たぶんエレナは町の子たちが最初ここに来たのは、自分が無分別に城作りのことを町の教会の子たちに話してしまったからだと考えているからだろう。
まあそれは仕方のないことであったし、将来的には視野に入っていたことだから、時期が少し早まっただけのことである。
ただまあ確かに、町の子たちまでもが来るようになっていないで、自分たちの村の卒院生だけで最初の数年と考えていた計画だったら、まだ今年もこの離れた丘の上の開拓だけで、のんびりとした開拓となっていたことだろう。 そして稲作が計画通りにいって、食料の自給が次に来る新人の分も考えても可能となれば、一段落と考えて良い状態なのかなと考えていたのは確かだ。
そう考えてみると、すぐにたくさんここに他の村の卒院生も含めて送り込んで来ることを考えた領主様たちが一番悪いんじゃないか。
エレナの答弁は、僕は知らない話が含まれていて、あれっと思ったのだけど、ここの男連中はみんなそう思ったみたいだ。 きっと女の子たちで話し合った内容なのだろう。
「それから15歳になってからにしようとも決めているよ。
そうすればまだ落ち着いた所が少ない間は、子どもの数はそうは増えないはずだし、妊娠・子育てで減る人手も少しづつ増えるだけだから」
ルーミエも、そう付け加えると、シスターは言った。
「男の子たちは、どう考えているの?」
「えーと、僕たちは女の子たちみたいに、話し合っている訳ではないので、僕自身の意見を言わせてもらうと、女の子たちの言う様に一段落したらという様な状態にはならないだろうから、忙しい中でどうしたらいいかという最初の実験というか、先例に僕とマイアがなるのかなと思っていました。
その僕らを見て、ウォルフとエレナとかが、次の年からの自分たちを考えてみることになるのかなぁ、なんて。
それで、僕らの子どもの後が少し離れてしまう可能性もあるのかなと、マイアと話したこともありますけど。
でもまあ、僕とマイアが子どもを作ろうとしても、すぐに出来るかどうかも分からないですし、あくまで仮定の話ですけど、可能性としてはそれが一番あるかなと」
今度はウィリーが率先して答えたのだけど、なんだかすごくもう具体的で、ええっと思った。 僕だけかと思ったら、ジャンも同じ感じだ。
うーん、僕とジャンは年下だから、まだまだ先のことだと思っていたから、女の子と一緒に寝てても、そこまでのことはまだ全然実感を持てずに具体的には考えていなかったけど、女の子たちだけでなく、ウィリーももう近い将来のこととして具体的にも考えていたんだな。 マイアに色々言われていたのかな。
「マイアも、自分が女の子の中で一番年上だからと、色々考えたり、自分が最初になる覚悟みたいなのをしていたみたいだけど、マイアの夫になるウィリーも考えていたのね。
まあ私もウィリーの言うように、エレナが言う区別して考えようとしても、まだとてもじゃないけど一段落という状態にはならないと思うけどね。
その辺をナリートは、どう考えているの?」
僕はちょっとだけ考えてみただけで答えた。
「今年はまだ、稲作も実験的な段階で、その結果によって、来年の麦と米の作付けを考えなくてはいけないし、上手くいったとしたら稲作を広めるかもしれない。 その辺りはフランソワちゃんとも相談だけど。
同じようにまだ少し種を集めただけの綿の栽培も、今年種を植えてみてどうなるかだから、来年の予定は立てられない。
糸クモさん関係のことは、僕にはもっとどうなって行くか、想像できない。
どっちにしろ、どうなったとしても、まだ春になったばかりだけど、来年は当然だけど、これからの2-3年で僕たちが一段落という暇な感じになるとは思えない。
ウィリーと同じで一段落したらという様な状態にはならないと思います」
僕はここまで言ってから、少し楽観的なことも言わないといけないと感じた。 何だか女の子たちががっかりしているからだ。
「でも、一段落という感じにはならなくても、人数が増えて、総体的に採れる作物なんかの量が増えたり、ここで出来ることも増えてくると、生活は色々と余裕は少しづつ生まれてくると思うし、そうすれば子どもも持ちやすくなると思う」
駄目だ、後の方はいかにも咄嗟の言葉という感じだった。
「まあ、制限を掛けようとしている私が言うのも変だけど、一段落しなくても、忙しくてもその中でも子どもは生まれて育っていけるものではあるわ。
そうでなければ、開拓しての新しい村なんて、どこにも出来ないわ。
ま、実を言えば私もそんな感じの中で生まれた1人なのよ」
シスターが農家の生まれだというのは知っていたけど、へぇそうなんだ。
「だから、開拓の忙しさだけを理由に、成人後にしなさいと言っている訳ではないの。
現実的なことを言えば、まだまだこの地方の生活は厳しくて、いつ何が起こって命を落とすことがあるかも知れない。 それは孤児となったあなたたちは骨身に沁みて実感していることだよね。
そこで子どもを持てるチャンスがあれば、躊躇わずにそれを活かそうと考えるのも理解できる。
でも、私がもう少し待てという理由も、命を大事にしたいからなのよ。
知っているでしょうけど、教会のシスターは重い出産に立ち会う機会もかなりある。 また、孤児院出身の子たちは頼れる所も少ないから、孤児院や教会にいるシスターを頼りにする人も多い。
そういった経験から一つ言えるのは、やっぱり若いうちの出産はリスクが大きい気がするのよ。
今までは孤児院出身の子たちは体格的に劣るという理由もあったと思う。 それは今のあなたたちには当てはまらないから、そこは良い方向に向かっているとは思う。
でもね、やっぱり私は安全を考えると、きちんと成人してからにした方が良いと思うのよ。
大丈夫、今までだったら、ちょっと分からないけど、今ここに暮らしているあなたたちなら、その時になっても、しっかりと今よりも成長して必ず生きていると思うわ」
この世界の死亡率は高い。
僕としては実感はないのだけど、孤児院での死亡率は周りと比べてきっと高かっただろう。 考えてみれば、ルーミエなんてすぐにでも死んでしまいそうな状態だった。
そこから寄生虫の駆除などの栄養状態の改善、水浴び・洗濯といった衛生状態の改善、調理時のクリーンの魔法による細菌対策などにより、孤児院では病気が劇的に減り、健康になった。
こういった効果は、孤児院だけに留まらず、村全体や、街などにも波及していった。
この数年で、この地方の死亡率はかなり下がったと思う。
この城でも当然だけど、その辺はきちんと徹底している。
トイレはきちんとしているし、風呂もほぼ毎日の様に入っている。 調理にも気をつけている。
それに何より、ルーミエはみんなの健康状態は常に気にしていて、ルーミエにはそれが見えることもあって、何かあればすぐに対処する。
死亡率が高いから、生きていてチャンスがあればそれを逃さずに子どもを得るというのは、少なくともこの地方の人にはきっと染み付いた考え方なのだろう。 孤児院出身の者には、もしかしたら余計に強い考え方なのかも知れない。
だからこそ、今の現状の諸々を考慮した上での、シスターの言葉なのだと思う。
シスターの言葉に、僕たちは従うという雰囲気になっている。
なんて言ったって、僕たちは孤児院は卒業して、自分たちだけで開拓をしているとはいっても、まだまだ子どもだという自覚はある。
それでずっと世話になっているシスターに諭されたら、それに従わないという選択は取れない。
男はジャンと僕は年下だから今直ぐにという切迫感もないから、すぐに従う気持ちになったのだけど、ウォルフとウィリーもそうらしい。
女であるエレナとルーミエの方が、少し抵抗しようとしている感じだったけど、部屋にいるフランソワちゃんとアリーも、もう従う気でいるみたいだし、既にマイアをはじめとした僕たち以外の人たちとも話はついているという感じだ。 2人も仕方ないと承諾した感じだ。
「えーと、少しだけ付け加えると、これはマイアたちにも言ったけど、成人するまで子どもは作らない様にとは言ったけど、一緒に寝るなとは言ってないわ。
そこまで制限しようとは、私は考えていないから安心してね」
この日の話はここまでだったのだけど、この後、僕たちは女の子たちだけでなく、男の僕たちもシスターにしっかりと性教育を受けることになった。
とはいっても、妊娠しないためにはどうしなければならないか、ということに集中した話だ。
まだ本当に単純に一緒に寝ているだけに近い状況だった僕は、自分の性知識なんて意識しようとしたこともなかったのだけど、意識してみるとかなり詳しい知識が頭の中にあることにすぐに気がついた。
それでもやはり僕の頭の中の知識は、少しこの世界のことは知らないこともあるみたいで、避妊の為の魔法があることは知らなかった。
ただし、その魔法も万全という訳では無いらしくて、女の子が妊娠しやすい時期は避ける様にしなければならないらしい。
そこが僕たち男の子連中も含めて、詳しく教育された理由なのだろう。 いや、子どもを作るということは女性だけの問題ではないから、両性が等しく責任を持つように正しい知識を持つ必要があるのは当然だから、シスターが全員に教育するのは正しい姿勢だな。
少しして、ちょっとしたおしゃべりを僕たちはしていた。
「でもまあ、女の子たちのその日が来る周期が安定しないと、ちゃんとは避けられないということだから、僕やナリートにとってはまだまだ先の話だよね」
「ジャン、そんなことないよ。
私もフランソワちゃんも、そしてアリーも、最初の2・3回を過ぎたら、もう割と安定しているよ」
「もう、なんでルーミエはそう簡単にそんなことを男の子に言うのかな」
「あっ、エレナは安定してないもんね。
でもさ、自分の相手の男の子には、ちゃんと教えるべきでしょ。 そうでないと、一緒に寝ること以外だって、配慮してもらえないじゃん。
女の私たちは、人によって差はあるけど、女の子の日には出来ないことがあったり、調子が悪くなったりすることもあるのだから」
まあルーミエの言っていることは、僕も正論だとは思うのだけど、エレナは恥ずかしがっているし、ウォルフはちょっと困っているから、その辺で止めておいた方が良いと思う。
でもまあ、だとしたらまだウォルフとエレナはダメで、シスターの性教育が一番有効なのはウィリーとマイアかな、と僕は考えてしまった。
「そういえば、シスターは一緒に寝る相手はいないのかしら?」
フランソワちゃんが自分のことも話の中に出たから、話の内容を変えるためにか、そんなことを言い出した。
「シスターはシスターだから、相手は作れないよ」
普段は積極的には声を出さないアリーが、フランソワちゃんに直ぐに応じたのは、同様に自分の名前も出てきて恥ずかしかったからなのかな。
ルーミエは僕たちに対して、元々孤児院でずっと一緒だったから羞恥心が薄いのもあると思うけど、それ以上に、健康や体調という事柄が絡む話題だと、そこを重視するあまり、他のことを無視してしまう傾向がある。 [職業]聖女の影響なのかな。
「そうだった。 シスターはシスターだったっけ。
何だか私はシスターはシスターという名前で、シスターだということを忘れちゃってたわ」
「シスターはカトリーヌという名前だよ」
「ナリート、私だってもちろん知っているわよ」
「でもまあ、シスターは僕たちに対して、別に説法をしたりはしないからな。
朝晩のお祈りはちゃんとしているけど、それだけだからな」
「ウォルフ、俺だってお祈りくらいはちゃんとしてるぜ」
ウィリーがそう言ってウォルフを揶揄ったところで、シスターが近づいて来て言った。
「何だか私のことを話していたみたいだけど、なーに?」
「シスターは一緒に寝る男の人はいないのかな、という話になって、シスターなんだから、となって。
その後で、シスターは説法もしないから、という話」
ルーミエはちょっとだけ揶揄い口調でシスターに関係するそれまでの話の内容を説明したのだが、何だか予想していた反応と違って、ちょっと沈んだ感じでシスターはそれに返した。
「そうね。 私は説法をしたりはしないから、シスターとしてはあまりちゃんとしていないものね」
「ちゃんとしてないって、シスターは中級シスターじゃないですか」
シスターの胸には、それを示す茶色のリボンがその服に付いている。
シスターは成人して正式なシスターになった時に、初級を飛ばして中級シスターに任命された。 それから数年経つけれど、それでもまだシスターの年齢で中級の人は数が少ないだろう。
教会から期待されている若手シスターだという話は聞いたことがある。
「私の中級は、寄生虫関係で偶然なったものだから。
でも、もう私もシスターを辞めようかしら」