少しづつだけど他の場所に影響が出てきた
2度目となると前年の経験があるから、3年目の春は前の年よりも色々なことがスムーズに進んだ。
「まあ今年は新人は21人と、去年と比べると少ないからな」
ウィリーの言うとおりで、前年32人だったことに比べると、大分少ない。 2/3だ。
僕はここでの暮らしは、今までのように町や村で暮らすよりも大変だと思われて、ここに来たいという孤児の数が減ったのかな、と思った。
何しろ去年というよりはそれ以前だけど、去年ここに来る孤児を募集する時には、領主様が大分「優遇してやるぞ、援助してやるぞ」と甘い言葉で誘った気がする。
今年からそういった優遇措置はされないことになった。 まあその代わりとして、本来は3年は免除される税分を、僕らは初年から納めたのだけど、2年目は初年よりも納められる量が幸運にも増えたのに、2年目の分は納めなくて良いことになった。
きっとその分で、3年目の新人の必要を賄えということなのだろう。
そういう話はすぐに伝わる。
ここでの暮らしは、町には定期的に誰かしらが行き来しているから、後輩の孤児たちにはしっかりと伝わっている。
だから色々な大変さも伝わっていて、その上領主様の援助が今年もないとなると、今までと同じ方が良いと考える者が出るのは当然のことで、それで人数が減ったのだろう。 良く20人以上にもなったものだ。
「ナリート、あなた、何か思い違いしてない?」
「えっ、マイア、何が? 僕は今年も良く20人以上も来てくれたなぁ、って思っていただけだけど。
今までと同じ選択をしても良いのに、こんなにここに来ることを選んでくれる人がいて、ちょっと嬉しいような、責任を感じるような気分になっていただけなんだけど」
「やっぱり勘違いしているわね。
21人というのは、全員よ。 私たちの村の子も、あなたの2つ下は少ないでしょ」
「うん、僕の代と同じで3人だったけど、途中で遠くにいた親戚が迎えに来た子がいて、2人だけになっちゃったんだ。 どちらも冒険者になっているけどね」
僕らが鍛えて、木級冒険者として正式に登録してもらった2人だ。 何となくちょっとだけ誇らしい気分だ。
「今はそれは良いんだけどね。
つまり、私たちの村の孤児院からの人数が少ないのは、元々卒院する人数が少なかったからで、今年は同じように元々卒院する人数が少なかったのよ。
まあ今年は、あなたたちの友だちだったマーガレットみたいに、シスターの学校に通うようになった子と神父の学校に通うことになった子もいるというのもあるけど」
へぇー、今年は孤児たちの中に、シスターと神父の[職業]を持っていた者がいたんだ。
「それじゃあ、今年は領主様が治める領地の孤児院の卒院生は全部で23人だけだったってこと?」
「正確には24人ね。 シスターの学校に行ったのは2人だから」
マイアが詳しいのは、この春やって来た卒院生たちと僕たち、そして領主様たちとの間の橋渡しというか調整連絡役をマイアがウィリーと共に果たしたからだ。
シスターがシスターを辞めた影響で、今まで自然としていた役割をする者がいなくなり、誰かがそれをしなければならなくなったのだが、年上、ウィリーと一緒に行けば領主館でも問題ない、という2つの理由でマイアがその役になったのだ。
「あの2人は他の奴らとは違って、たぶん最初から役に立つな」
「ウィリー、その言い方は良くないわ。
あの2人がナリートたちに孤児院で鍛えられたから特別なのであって、他の子たちが劣っている訳じゃない。
あなたたちは自分たちが年齢からしてだけじゃなくて、冒険者の中でもレベルが上なんでしょ。 私も随分とレベルが上がったらしいけど、あなたたちには全然敵わないのだから。
もっと自分たちが変にレベルが高いんだという自覚を持ちなさいよ」
「うん、確かにそうかもしれない。
僕やエレナはさ、ナリートとルーミエがレベルが高かったから、自分たちはレベルが低いとずっと思っていたんだ、ウィリーとウォルフも領主様に鍛えられて高かったし。
最近になって、アリーと一緒することが多くなって、自分も周りの普通の人からすると高いんだと初めて気がついた」
「そうよね。 それに私、もう一つ気がついたのだけど、私たちの中ではナリートとルーミエが見えるから、レベルが上がったとか、高いとか、そういうのは日常的に話題になっていて普通のことなのだけど、他の人には見えないし、レベルが上がったことを実感したこともない人がほとんどだから、そもそもレベルという話も出ないのよね」
「確かに、ここに来て大分経つ奴らは、レベルが上がったと実感する時があったと思うけど、確かに来たばかりだと、それもないかもな。
まあその程度の低いレベルが普通なんだよな。 確かにそれは気を付けていないと忘れていそうだ。
俺たちだけじゃなくて、同じ村の連中はナリートのスライムの罠で、ある程度はレベルが上がっていたからな」
マイアに指摘されて、ジャンとエレナも話に加わり、ウィリーがちょっと反省したようだ。
「まあ、でも俺たちの村から来る連中も、今回の2人はちょっと特別かも知れないけど、来年からはきっと他の村と変わらなくなるだろうな」
「ウォルフ、どういうこと?」
ウォルフの言葉に即座にエレナが反応した。
「いやだってそうだろ。
忘れたのか? スライムの罠はナリートが作るのに加わらないと、経験値が作った者に入る訳じゃないんだぞ。 それはナリートの[職業]の特別な所だからな。
もうナリートは各村や町のスライムの罠作成に関わっていないから、それで退治されるスライムの経験値は誰も入ってないんだよ。 俺たちの村の連中も、そこは変わらなくなっているはずだからさ」
「そうだよな、だとすると、ちょっと今孤児院にいる連中たち、ちゃんと肉が食えているかが心配になるな。
あの2人に聞いてみるか、ちゃんと後継者を作っておいたかどうかを」
ウィリーがそんな心配を口にした。
スライムの罠で経験値を得られないと、僕とルーミエの最初の頃のように、スライムを自分で退治して経験値を得ないとレベルを上げられなくなる。 レベルが少し上がらないと、狩りも難しい。
今回来た2人は僕とジャンとルーミエが主に鍛えて、冒険者にした。 同じように自分の後継者を作っていれば良いのだけど。
でもまあ、それが普通なのだし、前よりも細かく孤児院に関しては領主様の命令で報告が上がるようになったから、きっと前の僕らの時のように、孤児院の食事にタンパク質が不足することはないのではないだろうか。 ウサギの肉は前よりもずっと安く、今では手に入るようにもなっているのだから。
ま、何であれ、僕たちが心配することじゃないな。
みんなもそう思ったのか、ウィリーの言葉はあっさりと立ち消えになってしまった。
この春新しく来た者たちの家なんかは、こっちの人数は増えていて、来る人数は少ないので、去年に比べれば楽に準備することが出来た。
しかし、川から引こうとしていた用水は、流石に作業が大変なので、新人たちが来るまでに終わらなかった。
新人たちのこの城での最初の作業は、用水作りの作業となった。
とは言っても、この作業で1番の肝となる土地を柔らかくするソフテンの魔法を掛けていくことは、僕らの村から来た2人を除くと全く出来ない。
最近はどこの孤児たちも魔法を使用する訓練を全くしていないということはなくなったが、訓練している生活魔法は火魔法のプチフレアだけというのがほとんどだ。 教える側の孤児院の大人が、それしか使ったことのない人がほとんどだから、まあ仕方がないのかも知れない。
という訳で、新人は土を運んだりの体力仕事となる。 まあ、ソフテンや掘って作った用水路の底や左右を固めるハーデンなどの魔法が使えるとしても、レベルの低い彼らではすぐに魔力が枯渇する。
僕らの村から来た2人も、ソフテンやハーデンの魔法は知ってはいたが、あまり使ったことはなかったみたいだ。
2人は少し自信過剰になっていたようだ。
一角兎を狩っていた2人は、孤児院では周りよりもレベルが高かった。
そう、昨春に来た僕らの村の孤児院から来た者たちよりも、自分たちの方がレベルが高かったのだ。 その先輩たちがしている作業なのだから、自分たちが出来ない訳がない、余裕でこなせると。
その甘い幻想はあっさりと初日で打ち砕かれ、彼ら2人はとことんこき使われる羽目になった。
村の先輩たちは、「お前らなら出来るだろ」と、自分たちと同等の仕事量を彼らに割り振ったからだ。
レベルの見えない彼らは、その2人がまだ自分たちよりレベルが上だと思っていたのだ。 レベルが上なら「出来るはずだ」と。
限界を超えて魔法を使うような状況に置かれた彼らは、疲労困憊という状況に陥ったのだが、自分たちよりレベルが上だと思っていた先輩たちは、それに気づかない。
ルーミエが余りに疲れ切っている2人に気付いて、その思い違いが発覚した。
「同じ孤児院の後輩だからって、あんまり仕事を多くしてはダメだよ」
「いや、あいつらは俺らよりもレベルは高いはずだから、十分に出来る範囲だと思える仕事しか振ってない」
「あのねぇ、あなたたちはここに来てからレベルが上がっているから、あの2人よりレベルが上なんだよ。
あの2人がまさか自分たちと同じように出来ると思っていたんじゃないでしょうね。
昔、私たちが孤児院にいた時に、あの2人は鍛えはしたけど、後輩だよ。 そんなにいつまでもレベルが上な訳ないじゃん」
そういう理屈ではないと思うのだが、まあ良いか。
とにかく2人は仕事量を減らしてもらうことが出来た。 鼻っ柱はしっかりと折られたけど。
「マイア!! あなた知っていたわね」
シスターは、シスターを辞めて、この城に来てから、町に行くことを嫌がり、それからずっと城に居た。
それが、この春の新人が来る件で町との行き来が多かったマイアが、新人が来てすぐ後に町に行く者を出す時に、シスターに行くことを勧めたのだ。
「領主様がそろそろ顔を見せろ、とのことです」
僕らはどうせもうすぐまた大蟻退治で呼ばれて、その時には顔を会わすだろうから、その前にシスターなのかな、と僕は思った。
で、まあ、シスターが町に行って、戻って来たら、マイアに対して大怒りなのだ。
マイアは神妙に怒られている形をとっているのだが、どこか笑いを堪えている。
怒っているシスターと怒られているマイアに尋ねることもできないので、事情を知っていそうなウィリーに聞いた。
「ん、きっとあれだな。
シスターは公式にはシスターを辞めちゃったから、誰もがシスターのことを何て呼べば良いのか分からなくなっちゃったんだよ。
ここと同じさ。 ここでは結局、俺たちもそれ以外では呼べないからさ、前のままシスターと呼んでしまっているけど、それは他にシスターがいないから出来ることではある。
町だと他にシスターはちゃんといる訳だから、正式にはシスターを辞めているシスターをシスターとは呼べないから、それで結局、聖女様になっちゃっているんだよ」
「こらっ、ウィリー、変なことを教えないの!!」
「シスターは町の人たちに『聖女様』と呼ばれて、それを嫌がって、それを知っていたのに自分を町に行かせたと怒っているけど、私はシスターが『聖女様』と呼ばれてもおかしくないと思う。
この地の寄生虫の問題を解決して、この前の流行り病の鎮圧にも王都にも知られるほどの貢献をした。
町の人たちがシスターのことを『聖女様』と呼んでも、全然おかしくないよ」
マイアがそう説明してくれたが、言われてみれば確かにそのとおりで、『聖女様』と呼ばれて、全然おかしくない実績な気がする。
「冗談じゃないわよ。
領主様までふざけて『おう、聖女様、来たか』なんて言うのよ。 私はどう応えたら、どんな顔をしたら良いというのよ。
それに寄生虫のことだって、流行り病のことだって、私が自分がしたことだと誇れるような事ではないのは、みんなは良く知っているでしょ」
いや、現実的に考えて、シスターが一番大きな貢献をしていると思うし、十分に誇って良い事だと思うのだけど。
みんなそう思っているようだ。
「それにね、私の[職業]はシスターであって聖女じゃないわ。
本当に[職業]聖女のルーミエがいるのに、『聖女様』なんて呼ばれたら、恥ずかしくって逃げ出したくなる気持ち、分かるでしょ。
あっ!!」
みんな、「えっ」ってびっくりした顔をして、黙ったままただシスターとルーミエの顔を交互に見ている。
僕の罠師という[職業]は、かなり前からみんなが知っていたのだけど、ルーミエの聖女というのはしっかりと今まで秘密が保たれていたからだ。
あははは、とうとうみんなにバレてしまった。
シスターはしまったという顔で、ルーミエは困惑した顔で固まっていた。
みんなはちょっと事態に納得したのか、他にも視線を向けるようになった。
僕に「お前、知っていたな」という非難の目を向けないで欲しい。
「想いはいつまで憶えていられるのだろう?」
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こちらも2章目3話が終わりました。
「ファンタジー以外も読むよ」という方は、良かったらこちらも読み飛ばしていただけると嬉しいです。