2話 ルームと結合
結局あのあとは三一階層で黒鬼を斃したり馬鹿みたいにデカい馬ことバイコーンを斃したりしてレベリングを行い、俺のレベルが三二に、奥野のレベルが三〇となり、彼女のジョブが【侍】から【武者】に昇華したのでささっとダンジョンから引き上げた。
侍の上って武者なの? と思わないでもないが、その辺はシステムさんの匙加減なので気にしてはいけない。元々レアな職業だし、色々と判定もあるんじゃないかな。多分。知らんけど。
「それじゃ! お先に失礼します!」
「はいよ」
ダンジョンから出ると同時にどこかへと駆け出す奥野。
彼女も月曜の午後から水曜の夕方までずっと潜っていたので、色々気になる点があるのだろう。
風呂とかトイレとか服とか臭いとか、色々あるのだ。
そう言った諸々の細かいことを気にしないでおくのが男の優しさというものなので、大人しく見送ることにする。
俺のルームは使わないのか、って?
信用がね、まだそこまでないから。
さすがに出会って一か月も経っていない少女をそこまで信用するのは無理がある。
俺としてはそう思っているのだが、向こうはどうなんだろうか。
ドロップアイテムの確認とか分配に関して何も言わなかったことから、それなりには信用されていると思うのだが、はてさて。
いや、もしかしたら『そのくらいそっちでやって! (支部長としての)役目でしょ!』というメッセージなのかもしれない。
どちらにせよ分配を誤魔化すつもりはないので問題はないのだが、なにか釈然としないものを抱いたり抱かなかったり。
「まぁいいか」
彼女が誰かに騙されて損をすることになろうともそれはどこまでいっても彼女の問題。俺は俺でするべきことがあるので、さっさと寮に帰ってとづまりしてシャワー浴びてすっきりしようと思いました、マル
―――
「さて」
そんなわけで自室に戻って体と頭をすっきりさせたわけだが、問題は何も片付いていないわけで。
いや、まぁ問題というほど深刻ではないのだが。
「【過客】と【結合】な」
ベッドの上で考えるも一向に明確なビジョンが浮かばないジョブとスキルである。
ナニをどう結合するのか。
そもそも時間を超えてきたからジョブが昇華したという仮定が正しいのかそうではないのか。
考えることは多々あれど、証明する手段がないのが問題だ。
「とりあえず【過客】は諦めて、スキルの検証だな」
スキルの検証方法は簡単。使えばいい。それだけだ。
「そんなわけで、ほい【結合】……あれ?」
反応がない。
まるで俺がイタい人のようだ。
「いやいやいや。おかしいだろ」
ベッドの上に一人で座って、空中に手を向けながらおもむろに【結合】とかほざく人間がイタいのは確かだが、スキルってそういうもんでしょ?
使うとなんとなく効果とか利用方法が頭に浮かんでくるもんでしょ?
それこそ蜘蛛が生まれた時から巣の張り方を知っているように、なんとなくでも使い方が理解できるもんじゃないの?
実際、ルームはそうだったし。
「なのに、なんで結合さんはなにも反応してくれないんですかねぇ?」
反応がないというのも一つの反応というが、さすがにこれは想定外だ。
「もしかしてルームとの併用が前提なのか?」
そう思ってルームと一緒に使ってみるも、やはり反応は無し。
まぁ、ルームを結合されても困るからこれはこれでよかったんだが。
ここで我がスキル【ルーム】について簡単に説明しよう。
基本的にはアイテムボックスと同じ異空間にスペースを作る収納系スキルである。
アイテムボックスとの大きな違いは、スキルの使用者が認めた人間であれば誰でも中に入れることと、中のスペースをある程度設定できるところにある。
スペースの広さはレベルによって変わり、レベル一のときは容量が八㎥だったものが、レベル一〇を超えたら二七㎥に、レベルが二〇を超えたら六四㎥とどんどん広くなり、俺のレベルが六三だったときは最大容量が三四三㎥まで拡張されていた。
で、俺たちはこのスペースをいくつかの部屋に分けて使っていた。
具体的には。
ドロップアイテムを収納する部屋。
予備の装備を収納する部屋。
リビング。
男性用の寝室。
女性用の寝室。
シャワールーム&トイレと排水菅。
貯水タンクと汚水タンク。といった感じである。
まるでアパートかなにかのようだが、実際にそんな感じだった。
部屋の高さを三・五メートルにすることで、縦横一辺七メートルの空間を二つ作れたのが成功の秘訣と言えるかもしれない。
ちなみにシャワーやトイレで使う水は俺が魔法で出してタンクに入れていたし、お湯が欲しいといわれたときは俺が魔法で温めたし、汚水は俺がダンジョンに穴を掘ってから捨てていた。
あれ? 俺、働き過ぎ?
水なら大魔導士も出せたよな? むしろ俺よりもよっぽど余裕があったよな? 当初ヤツは『俺はいざというときの為に魔力を節約しなければならないのだ』とかほざいていたが、そんなの寝れば回復するよな?
「やろう。サボっていやがったな!」
ギルドが提唱している”助け合いの精神”はどうした。
あと他の連中もだ。あいつら、知ってて黙っていやがったな。
『”人”という字は支え合っていない。短い方が一方的に支えている』と言ったのは誰だったか。
「くそが。所詮俺は短い方だったか」
また一つ衝撃の事実に気付いてしまったが、あくまで記憶の中の出来事。
ここで恨み言はいうまい。
……今後連中の為にこのスキルを使うことは絶対にないけどな。
いいように使われていた頃の記憶についてはさておくとして。
つまるところ【ルーム】は最初から内部での結合や分割が可能なスキルなのだ。
これに加えて、手を翳しただけで対象をルームの中に入れることができる【収納】や、ルームの中にあるものを任意で取り出すことができる【取り出し】を使うことで、アイテムボックス持ちの商人と同じようなことが可能になるのだが、ここにも【結合】が入る隙間はないと思われる。
「なら剣聖の【見切り】のように、完全に独立したスキルなのか?」
試しに、右手にリンゴを、左手にペンを用意して結合を使ってみる。
「【結合】……なにもおこらないな」
うん。知ってた。
言い訳するようでなんだが、元からリンゴとペンが結合するわけないと思っていたし、結合していたら逆に困っていたと思うから、これに関してはスキルが発動しなかったことを喜ぶべきだろう。
「しかし、こうなるとますますこのスキルの使いどころが分からないな」
記憶の中のギルド職員が言っていた。『アイテムボックスや鑑定のように、人間に嫌われるスキルはあっても、無駄なスキルなど存在しない』と。
俺もこの意見には賛成だ。
一見すれば無意味なスキルでも、必ず何かしらの意味があるはずなのだ。
だってユニークジョブの上位職に備わっているスキルだぞ?
使い道がないなんてありえないだろう?
むしろ使わないと損をするスキルである可能性が高いんじゃね?
そう考えた俺はできる限り色々とやってみたのだが、このスキルの糸口っぽいのがつかめたのは、検証開始から約一時間後のことであった。
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