20話 せっかくだから俺は青のクスリを選ぶぜ
月曜の放課後。
切岸さんにポーションを渡した後に奥野と合流して彼女の事情やらレベリングの際にはステータスを二〇%上昇させる指輪を装備させることやらを伝えて納得させ『さぁこれからダンジョンの浅い階層に行って安い魔石でも漁るか』なんて考えていたところ、但馬さんから『可能であれば明日の放課後社屋に来て欲しい』という旨の連絡があった。
「呼び出しって、なにかあったんですか? あ、切岸さんの面接とか?」
「いや、面接は親父さんとの話し合いの後でいいらしい。今回はあれだ、なんでも事情を聴いた黒羽なんとかの親父さんが龍星会に謝罪の連絡を入れてきたことの報告と、四〇〇〇万の入金を確認したからさっさと受け取りに来て欲しいってさ」
生徒会長だった姉が輝夜で親父が林太郎なのは知っているんだが、未だに弟の名前が分からん。
今更聞くのもどうかと思うが、奥野も知らないみたいだし別にいいか。
「はぇ~。意外ですね。ギルドのお偉いさんなんですよね? ”子供のお遊び”にちゃんと四〇〇〇万円支払ったんですか? てっきり圧力をかけてきたり、ごねたり、最低でも値切ったりしてくると思ったんですけど」
うん。中々いい勘をしている。
「俺らがただの学生だったら向こうもそうしただろうな」
確かに(相手の)血と汗と涙が流れ、金やら命やら入り乱れる事前交渉こそ連中の土俵。
連中が行うビジネスに於いて、恫喝やら焦らしやら値切り交渉は当たり前に行われている。
そんな戦場に生きる連中の中に、”子供のお遊び”に四〇〇〇万円もの大金を支払うような契約を結ぶ間抜けはいない。
しかしながら、基本的にギルドの役人たちは一度締結された契約を破ることを是としないため、彼らの中には『交渉は契約を締結する前に限られる』という、暗黙のルールが存在する。
これは主に自分が契約によって得られる利益が得られなくなることを忌避してのものであり、自分が損をするような契約に関してはその限りではないのだが、それでも彼らは正式に結ばれた契約を破棄することを恥――そもそも自分が損をするような契約を結ぶこと自体が恥――と考える人種なのだ。
探索者を自分から死地に赴き素材を持って来てくれる働き蟻と見下し、そうでない国民を下等と見下す彼らであっても、否、彼らだからこそ、同格の人間が定めた暗黙のルールは遵守するのである。
そんな彼らからすれば今回の件は、学校内という極めて特殊な環境下に於いて息子が勝手に結んだ馬鹿みたいな内容とはいえ、正規の手続きを踏んだ上で結ばれた正式な契約と見做される。
同僚たちが潜在的な敵である以上、これを破棄、ないし内容を捻じ曲げるには、さしもの黒羽の親父もできなかった――不可能ではないかもしれないが時間や情報が足りなかった――のだろう。
事実、今回は向こうから龍星会に詫びの連絡を入れているしな。
誤魔化せないのであれば、後はガタガタと騒がず、あくまで大人の責任として契約を遵守するしかない。
そうすることが一番ダメージが少ないと理解しているからこそ、さっさと金を支払って幕を引いた。
それだけの話だ。
「で、但馬さんからすれば、今のところこの金は俺と奥野のモノであり、龍星会のモノではないからな。大金を預かるような間柄でもないので早く受け取りに来て欲しいっていうのは当然の言い分だと思う」
「それはそうでしょうねぇ」
一般的に四〇〇〇万円は大金だ。
俺としても大金を預かってもらうのは気が引けるし、さっさと受け取りに行くのも吝かではない。
しかし、なんだ。
「やられたな」
「……」
例の決闘騒ぎによって生じた債権の支払い期限は一週間。
それを過ぎればギルドと龍星会の話し合いに発展していたのだが、逆に言えば今日中に債権の支払いを終えてしまえば、ことは”学生同士のいざこざ”で終わってしまう。
黒羽の親父はそこのところをきっちり見越した上で支払いをしたのだろう。
今まで動きがなかったのは、恐らくバカ息子が報告をしていなかったから。
それを危ぶんだ娘が報告をしたって感じだろうか。
「余計なことを」
「……」
あと一日入金が遅ければ、この問題をギルドとクランの争いに発展させることができていたというのに。
そこで大々的に『ギルドの権力を使ってクランに所属している人員を引き抜こうとした』と騒ぎ立てて、現在各クランが抱えているギルドに対する不信感を募らせる。
その後で但馬さんらをレベリングして一緒に地方のダンジョンを攻略して、四〇階層攻略の先行者利益がハイポーションであることを公表したり、通常のドロップがポーションであることを公表することで、それを今まで隠していたギルドの信用に止めを刺す。
で、ポーションとハイポーションを餌にすることで、ギルドナイト以外にも深層に潜ろうとする探索者を増やし、徐々にギルドの一強体制を終わらせるって計画が台無しだ。
いや、まぁ今のままでも但馬さんらと一緒にダンジョンを攻略して先行者利益の存在を公表することはできる。
それを餌にして、今は中層から下層の安全圏でうろうろしているAランククランの探索者を深層に誘うこともできると思う。
だが、ギルドに対する不信感が足りなければ、それをしたところで『そういうのは隠すのが普通だし』で終わってしまう。
深層で得た素材の卸先がギルドである限り、一強体制は揺らがない。
彼らを引きずり下ろすためには、龍星会を中核としたクラン連合のようなものを作る必要があるのだ。
その第一段階が『ギルドに対する不信感を募らせる』だったのに。
期限に支払いを済ませられてしまったら、不信感を募らせるどころか『学生同士のいざこざでもきちんと謝罪と契約を遵守した』という実績を与えてしまうだけではないか。
事実、但馬さんも黒羽の親父の行動は素直に賞賛していたしな。
「はぁ」
「……」
今回の件では他のクランを巻き込む以前に、龍星会でさえギルドの行動に対して悪感情を抱いていない。
どう考えてもこれを蟻の一穴にしてギルドを崩すのは無理筋だ。
ここで焦ってギルドを潰そうとするのは不自然すぎる。
いくら”嫌い”といっても限度があるからな。
焦ればギルドではなく俺に対して不信感を抱かれかねん。
「仕切り直し、だな」
「……」
さすがは五〇年以上法の穴を掻い潜りつつ、人の命を踏み台にしてできた組織のお偉いさん。
保身に走ったときの嗅覚と行動力は見事の一言。
今回は五分に満たないおままごとで四〇〇〇万円を手に入れただけでも十分と割り切るしかないようだ。
……十分な利益だな。
じゃあこの四〇〇〇万円をなにに使うかって話なんだが。
「あっ、そうだ。(唐突)」
「え? どうしました?」
使い道を思いついた。
せっかくだから活用させてもらおう。
「今回の四〇〇〇万円でポーションでも買わないか? 半々で二〇〇〇万円って約束だったけど全部やるよ」
四〇〇〇万円あれば二個買えるからな。
必要量は六個だが、二個でもないよりはマシだろう。
奥野の両親の精神的にも、ゼロよりはよっぽどいいはずだ。
「……いいんですか?」
「かまわんよ。元々奥野の金だし」
俺の在庫には限りがあるし、出所が怪しいとギルドから疑いを持たれるからそうそう放出する気はなかったが、今回みたいにちゃんと入金された金で買う分には問題ない。
俺が損をするような気もするが、そもそもこの四〇〇〇万円は奥野を囲い込むにあたって用意したポーションの代金と同額ってことで設定した金額であって、最初から俺の価値は入っていないんだよな。
俺が黒羽なんたらの立場なら商人の男に値段なんか付けねぇし。
ならこの四〇〇〇万円は奥野の価格だ。
決闘だって奥野がやっても瞬殺できただろうから、それで金を貰うのもおかしな話。
というか、今後はダンジョンを周回してポーションどころかハイポーションを荒稼ぎする予定だし。
そのときになれば四〇〇〇万円なんてはした金だ。
それなら数分で稼いだあぶく銭でポーションを買わせて恩を売る方がいいに決まっている。
「あ、ありがとうございます! これからも頑張ります!」
「おう。よろしく頼む」
うんうん。
将来はともかく今はまだ貴重品であることに違いはないからな。
精々感謝してくれよ。
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