8話 チートを使って楽しいの?
さて、この名前からしてチート感満載な指輪だが、実のところ俺としてはそこまで『ズル』と言われるほどのモノではないと思っている。
どこがだ! とツッコミを受けるかもしれないが、少し待って欲しい。
そもそもこの指輪は『有料のダウンロードコンテンツをインストールする必要がある』とか『クリア後の隠しダンジョンにしかない』とか『特定の知識が無いと絶対に手に入らない』とかといった感じの、特定の方法でなければ手に入らない類いのモノではない。誰でも手に入れることができるモノなのだ。
この指輪の入手方法は単純にして明快。
なんと新宿にあるダンジョンの五〇階層を攻略すれば手に入れることができるのである。
ちなみに五〇階層のボスはこの指輪以外にも【全ステータス+一〇〇】という破格の効果を持つ指輪をドロップするので、倒せるなら早めに倒しておくことをおすすめする。
尤も、俺たちが六九階層に挑んでいた十五年後の世界であっても五〇階層を攻略していた探索者はいなかったので、実質俺たちしか持っていなかったようだが、決して手に入らないブツではない。
上記の理由から、誰かが五〇階層を攻略した際に譲ってもらうなりなんなりすれば俺と同じくレベル一の段階からこの指輪を使ってレベルアップをすることは不可能ではないのだ。
よって、俺はこの指輪を『今はズルかもしれないが、これからはそうでもなくなるモノ』として認識しているのである。
まぁ、現時点でこれを持っていること自体他の面々からすればズルなのだろうが、そもそもこれは俺のモノだ。
文句があるなら五〇階層を攻略してこい。
ついでに言えば、これは初心者を鍛えるためにダンジョンが用意したアイテムだと思うので、こうして使うことこそが正しく活用していると言えるのではなかろうか。
ちなみに十五年後の世界に於いてこの指輪は、俺のルームの中に封印されていた。
理由は『使いどころがないから』という、元も子もないものだった。
いや、最初は誰もが喜んだのだ。
実際五一階層から六〇階層までは、皆が二つの指輪を装備してレベルアップに勤しんでいたものだ。
しかし、その喜びは長くは続かなかった。
なぜか。
六〇階層を攻略した際に得られたアイテムが、我々にこの指輪を継続して使うことを赦さなかったからだ。
六〇階層で我々が得たアイテムは二種類。
その名を【状態異常耐性(極大)の指輪】と【環境適応の指輪】という。
……名前を見れば効果を多く語る必要はあるまい。
これらが過酷な環境であるダンジョンを探索する際、極めて有効なアイテムであることは間違いない。
装備することに異論はないのだが、ここで一つ問題があった。
それが、ダンジョン特有のルール『指輪の装備効果は片手に一個ずつ。計二個まで』というものである。
ダンジョンではなぜか片手に二つ以上の指輪を装備すると、不思議な力が働いてお互いの効果が相殺されてしまうのだ。
そのため探索者が装備できる指輪は左右に一つのみというのが常識であった。
強化か、それとも適応か。
探索者なら誰もが悩む究極の選択であった。
とはいえ、悩む時間はそれほど必要としなかった。
なぜならこれらのアイテムを得た俺たちはこう考えたからだ。
「ここでこの装備が出たってことは、装備しなかったら死ぬってことだよね?」と。
満場一致でその意見に賛同した俺たちは、新たに得た二つの指輪を装備することにしたのであった。
そうして踏み入れた六一階層で、俺たちは自分たちの考えが正しかったことを実感した。
なんと六一階層以降は【状態異常耐性(極大)の指輪】と【環境適応の指輪】が無ければ、先に進むことなど不可能な空間だったのである。
具体的には、所々から毒ガスや石化ガスや腐食ガスが噴き出るのは当たり前。
熱かったり寒かったりするのも当たり前。
その上で酸素濃度が異常に薄かったり、異常に濃かったり、放射能塗れだったり、実験用に連れて行ったモルモットが何もないところで破裂したり、何もないところで溺れたり、何もないところでなぜか別のイキモノに変化したりするような、悪意満載の空間だったのだ。
あそこまでくるともう、ステータスがどうこうという次元の話ではなかった。
それらを実感したギルドナイトの面々は、せめてもの抵抗としてステータスアップの指輪を装備したまま五一から六〇階層の間で周回マラソンを行い、可能な限りレベルを上げてから一気に七〇階層まで挑むことを選んだ。
そうしてこれ以上レベルが上がらないところまでレベルを上げたギルドナイトの面々は、使わなくなった成長率倍化の指輪をギルドに預け、後進を鍛えるために使わせる……ことはなかった。
理由は嫉妬、もしくは既得権益の保持になるのだろうか?
剣聖曰く「子供や弟子に使わせるならまだしも、何が悲しくて何の関係もねぇ奴らに楽をさせた上で俺たちより強くしてやらなきゃならんのだ。欲しいなら自分で手に入れればいいんだよ」とのこと。
他の面々も似たような感じだったし、俺にも似たような感情はあったので、この指輪についてはギルドへ報告しないことが決定された。
その上で誰も抜け駆けしないよう、ブツは俺が預かることとなった。
この指輪を秘匿することについては各自が冗談ナシの本気も本気。ダンジョンから帰還した後にギルドの職員がルームの内部を確認するときなどは、各自が装備する形で誤魔化すほどの徹底ぶりだった。
その甲斐あってか、隙あらば俺を利用して利益を得ようとしていた連中もこの指輪についてどうこう言ってくることはなかった。
完全に我々だけの秘密、というわけだ。
そのため、もしギルドナイトの面々に俺と同じ記憶があったのであれば、何を差し置いてもこの指輪を回収しようとするだろうことは想像に難くない。
少なくとも俺が持っているかどうかを確認しにきたはずだ。
そうであるにも拘わらず、今になっても一切そのような働きかけがないことから、彼らに記憶が無いのは明白だった。そんなわけなので、俺は遠慮なく彼らの装備を利用させてもらうことにしたのである。
もしも俺がチートを使っていることを誰かに知られた際、悪感情と共に「チートを使って最強になって嬉しいか?」と聞かれたら、俺は迷わずこう答えるだろう。
「チートを使わずに死ぬよりマシだ」と。
使えるモノは何でも使う。
それができて初めて一人前の探索者なのだから。
もちろん、俺とて鬼ではない。
彼らに記憶があり、この指輪を含む装備品などの返却を求められたら応じることに否はない。
元々彼らのモノなのだから、返すのは当たり前の話である。
しかし、しかしだ。
彼らに記憶がなく、返却を求められないのであれば、それらの装備を俺が使っても問題はなかろう?
当時だって預かっていた予備の装備を使う許可は得ていたしな。
よってこれは”装備の保管代金として預かっている装備を使わせてもらう”という、ただそれだけの話なのである。
最強の探索者が使っていた装備と効率的にステータスをアップさせるアクセサリ。
さらには俺しか知らない最先端の知識と、俺にしかできないダンジョン攻略方法もある。
これだけあって最強を目指さない探索者がいるだろうか?
いや、いない (反語)。
しかしながら、さすがの俺もいきなり最強装備でダンジョンに向かうような真似はしない。
出る杭は打たれるし目立つ装備は奪われるのが探索者。
それを持っているのが学生の商人となれば、むしろ奪わない方がおかしい。
探索者どころかギルドの良心にも欠片の信頼も置いていない俺は、一定のステータスを得るまで目立たず騒がずひっそりとレベルアップに勤しむことにしたのであった。
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