第46話:新居へ2
わたくしたちは再び馬車で王都南区でも中央区寄りの住宅街へと向かいます。
そこにあった小ぢんまりとした屋敷を買い取ったためです。
かつて豪商が住んでいた屋敷だったのですが、破産して抵当に入っていたものを王都中央銀行が押さえていたとのことで、クレメッティ氏から格安で譲っていただけることとなったのです。
屋敷としては小さめとは言え、ここは王都の準一等地。貴族の領地にあるカントリーハウスと比べるべくもないですが、タウンハウスと考えればそこらの貴族家よりは立派なものですわ。
屋敷の門を抜けたところで馬車が止まります。
「さあ、レクシー、新しいお家ですわ」
「まさかこんなところに住むことになるとは……」
そう呟きながら馬車を先に降りて、わたくしをエスコートしてくださろうとしたレクシーの身体が、ぎょっとして不自然に固まります。
「ふふ、大丈夫ですわよ」
レクシーが馬車を降り、わたくしが扉の前に立ちます。そこから見える屋敷の庭には、数多の使用人たちが直立不動でこちらに熱い視線を送っています。
レクシーがわたくしの手を取り、地面へと降ろしたところで、その使用人の先頭に立つタルヴォが良く通る声を放ちました。
「旦那様、奥様。お帰りなさいませ」
そして彼らが一斉に声を唱和させ、腰を折り頭を下げました。
ふふ、初回のパフォーマンスといったところでしょうか。
ちらり、とレクシーを見上げます。『何かお言葉を』そんな意味を込めて。ですが彼は慌てて首を横に振りました。仕方ありませんわね。
わたくしは一歩前へと出ます。
「あなたたち。良く戻ってきてくれました。わたくしはもはや貴族家の者でなく、その資産もまだ安定したものではない身であるというのに」
わたくしの声にタルヴォが答えます。
「我ら使用人一同、ペルトラご夫妻にお仕えできること、心から喜ばしく思っております」
「上級使用人だった者の中には、爵位を持つ家の者もいるでしょう。平民であるわたくしたち夫妻に頭を下げることに不満のある者はいないのですね?」
応えはありません。
「ではあなたたちは今からこのペルトラ家の使用人です。待遇については今後、全員と面談して決めさせて貰いますが、まずはタルヴォ、あなたを家令に任じます。男性使用人を統括なさい」
「畏まりました」
「ヒルッカ」
「はい」
かつてわたくしの侍女だったヒルッカを呼びます。
「あなたを家政婦長に命じます。女性使用人を統括なさい」
「畏まりました」
彼女は優雅に淑女の礼をとりました。
「センニ」
「はっ、はい!」
呼ばれると思っていなかったのでしょう。彼女は馬車の脇から急いで駆けてきます。
「彼女はわたくしたちが平民となってから雇った雑役女中です。公爵家の使用人であったあなたたちから見て至らぬところもあるでしょう。ですがきちんと同僚として扱いなさい。ヒルッカ、彼女の教育を任せます」
「畏まりました」
「よ、よろしくお願いします!」
ぴょこんと彼女が頭を下げました。
「また、あなたたちは使用人であると同時に、A&V社の社員であると扱います。この屋敷の管理にここまでの人数は不要ですし、その分はそちらの仕事も行って貰います」
タルヴォが尋ねます。
「侍女やメイドの数名が行っていた、魔力鑑定所の仕事でしょうか」
「ええ。ですがその事業を王都の四か所で同時に行います。簡単な作業ですが、あの技術が秘密である以上、信頼できる者にしか任せられません」
「ヴィルヘルミーナ奥様に信用いただいていること、我ら使用人一同の幸せにございます」
「ええ、それとわたくしを尊重する以上に、家長でありA&V社の社長たるアレクシ様に良くお仕えなさい」
「「はい!」」
「アレクシ様、何かお言葉を」
レクシーも一歩前に。わたくしと並びます。
「アレクシ・ミカ・ペルトラだ。俺は彼女とは違い根っからの平民で、正直言って君たちが仕えるに値する人物ではない。だが、そうあろうと全力を尽くそう。それを支えてくれると助かる」
「はい、旦那様」
こうして顔合わせを終えて屋敷へと入りました。
使用人たちは使ってなかった屋敷の改装や清掃を中心に働き、わたくしたちは荷物を侍従に預けると、屋敷の構造や部屋の説明を受けます。
決して広い屋敷ではありませんが、3階建てに地下室もあり、個々の部屋が少し狭めなのもあって逆に部屋数はしっかりと取られています。
上から下まで一通り時間をかけて見た後、レクシーが呟きました。
「なあミーナ。ちょっと聞いていいかな?」
「なんでしょう?」
「俺の部屋は?」
「ありませんわ」
「えっ」
二人でタルヴォを見ます。
「書斎、執務室が旦那様用の部屋でございます」
「研究は?」
「将来的には研究所や工場を別の土地に作る必要があると伺っております。暫定の研究開発施設は、旦那様がお煙草を嗜まれないとのことで、現在シガールームを改装してそれに使っていただく予定です」
「ああ、良かった。それと俺の私室は?」
「ございませんが」
「えっ」
わたくしが口を挟みます。
「夫婦の寝室がありましたでしょう」
「べ、ベッド一つしかなかったじゃないか」
わたくしはレクシーの腕を抱えるように取りました。
「わたくしを抱くかどうかはともかく、いいかげん諦めて同衾くらいなさいませ。そういうことですわ」