63.法則
2021/10/06 修正しました。
魔術学校にやってきて一ヵ月。
それまでの日常生活では、どうしてもサンプルを集めることができなかった。
魔術師が少なかったからだ。
クノンが見えるものは、魔術師と魔術師以外で分けられる。
何かが一部しか出ていない者が、魔術師ではない者。
何かが全部出ている者が魔術師だ。
まず魔術師ではない者。
角だったり羽だったり、英雄のような左右色の違う瞳だったり漆黒の堕天使の翼だったりと。
出ている一部に統一性はないが、「一部出ている」という制限は守っているように思う。
全身がぼんやりしているという、唯一例外のようにも見えたクノンの父アーソン・グリオンという存在もだ。
何かの「一部が身体の表面に出ている」と考えると、法則に反してはいないと思う。
まあ、消去法なのだが。
魔術都市ディラシックへ来る道中にも、同じように全身ぼんやりに見える人が何人もいたからだ。
父も含めてその人たちは魔術師じゃなかったので、違う方に分類した。
ここに来るまでは、サンプルが少なかったので何とも判断しづらかったが。
来てからはっきりしたことが多々ある。
その一つが、見えるものによる法則だ。
魔術師と魔術師じゃない人とは、やはり根本的に見えるものが違う。
違いすぎるのだ。
クノン自身も含めて、魔術師は「一部出ている」とか、そんな生易しいものではない。
がっつり出ているのだ。
はっきり、それが何なのか一目でわかるくらい、はっきりくっきりしっかり出ているのだ。丸見えなのだ。
今のところ、魔術師か否かの法則は、外れていないように思う。
丸見えなのが魔術師だ。
そして、この学校に来て多くの魔術師を見てわかった、新たな法則は――
「俺はこの城を拠点とする『実力の派閥』代表ベイル・カークントンだ。まず謝るよ。まだ派閥に所属していない無関係の君を呼び立てて悪かったね」
クノンの正面に立つ、三人。
その真ん中の一人が名乗った。
――彼は金属の塊のような生物を背負っている。
見上げるほど巨大で、鈍色の鉄の塊にしか見えない、丸みを帯びたそれは何なのか。
クノンにはわからなかった。
だが、法則に乗っ取れば、きっと何らかの生物だろう。
もし生物じゃなければ法則崩れとなるかもしれないが……
――新たな法則とは、魔術師の分類だ。
魔術師の背後に憑いている存在の姿形と傾向で、ある程度その魔術師の属性がわかるようになったのだ。
水は水棲生物。
火、土は地上の生物。
風は大気に漂う魔力。
光と闇はサンプルが少ないので、まだはっきりは言えないが――
光は白い物質。
闇も生物のようだ。
魔属性は、今のところ会ったことがないので、これだけはわからない。
もしかしたら完全な人型がついていたジュネーブは、魔属性なのかもしれないが、違う可能性も大いにある。
多少の例外……たとえば蟹なら陸にも棲んでいるし、地上の生物だって地中の生物であることもある。
もっとサンプルが集まれば、より詳細に情報が読み取れるようになるかもしれない。
今目の前にいる一人も、分類に反する存在であるので、まだまだ信憑性はあやしいものである。
ただ、魔術師たちに憑いているものが何なのかは、依然として謎のままである。
――まあ、ここからは後でゆっくり考えるとして。
「しかし呼ばれた理由はわかりますよね? 私は『合理の派閥』代表ルルォメットと申します」
次は、右の男性。
――彼は黒い樹木を背負っている。
まるで己の影であるかのような、光のない夜から切り抜いた切り絵のような、若木である。
そう、彼が例外の一人である。
植物も生物と判断していいのだろうか?
少なくとも、植物は初めて見た。
どの分類になるのかわからない。
「『調和の派閥』代表シロトだ」
最後に、左の女性。
――彼女は雨雲をまとっている。
擦れたインクのような色合いに煙る、いくつかの群雲。
時折光るのは雷だろうか。
分類でいえば風である。
そして、服と手袋に覆われている彼女の右腕は……恐らくない。
傍目にはあるように見えるが、クノンはそこから強い魔力を感じている。
肉体としてはきっと存在しないのだろうと、直感でわかった。
あったものを失ったのか、それとも生まれつき存在しないのかまではわからないが――
「初めまして。僕はあなたに会いたかった。ぜひ僕と過ごす時間を作ってほしいな」
彼女はクノンと同類だ。
クノンと同じように、魔術で、存在しない己が身体の一部を補っているのだ。
もしもクノンと同じく「英雄の傷跡」を持って生まれてきたのなら。
いや、そうじゃなくてもだ。
再現しているものは違うが、魔術で足りないものをカバーしているのなら、同志として強い興味を抱かずにはいられない。
――しかしクノンの言葉は、多くの者に誤解を招いた。
いや、まったく誤解でもないのかもしれないが。
「……」
五十人以上もいるこの場がしーんと鎮まり返る。
驚いたからだ。
本当に純粋に驚いたからだ。
誰もが、この状況で女を口説くとは思っていなかったから。
口説かれたシロトでさえ驚いているくらいだから。
――クノン・グリオンが女に甘い、女性が好きだということは有名だ。
元は普通の生徒である。
王族だ固有魔術だという名が売れそうな背景もなく、ただの二ツ星の魔術師としてやってきた。
師こそ最近有名になったあのゼオンリーだということで注目を集めたが。
それだって、あくまでも最初の引っかかり程度のものだ。
入学一ヵ月でここまで有名になったのは、本人が優秀であるがゆえである。
そして、名が広まるのと一緒に「女性に甘い、女好き」という性格も広まった。
クノンの話をするなら、二言目には言いたくなるくらい際立った、非常に強い個性だったからだ。
おかげで、現状すでに「クノンと言えば女に甘い」「クノンに頼みごとをするなら女性を通せ」という方程式が、常識のようになってしまっている。
――だが、それでもだ。
反感の視線と感情が渦巻くこの場において、「女に甘い、女好き」をさらけ出せる胆力である。
この状況でシロトに甘い言葉をかけられる度胸である。
全員の呼吸さえ止まったのではないかと、心配になるくらいの静寂だった。
この状況でまでそんなことが言える子供に、さすがに呆れ、感心さえ抱く者もいた。
クノン・グリオンの噂はすでに広まっているが――
話に聞くのと実物を見るのとでは大違いだ。
実際に見ると、いろんな意味で只者じゃなかった。
「――チッ! 何なんだよおまえ!」
時が止まったかのような静寂を引き裂いた雄々しき声の主は、「合理」のサンドラである。今日も実に威勢が良い。
「おいガキ! おまえこの状況わかってんだろうな!? おまえのせいであたしら集まってんだからな!」
サンドラがクノンに歩み寄る。
「でもっておまえのせいで三派がケンカになりかけてるのが現状だよ! どう落とし前つけるんだよ! 代表たちやほかの連中が許してもあたしは許さねぇからな!」
「もちろん」
クノンは頷いた。
「皆、僕のために集まってくれてありがとう。でも僕のために争わないで」
「おまえのためじゃなくておまえのせいだよ! おまえが! いいかげんな! 返事ばっかりしたからだよ!」
「初めまして。僕はクノン、あなたの名前は?」
「今あたしの名前重要か!?」
「だってあなたとは気が合いそうだから。きっと素敵な魔術を使うんだろうなぁ。このあと時間ある? 僕と魔術について語り合いませんか?」
――後に名を知るこのサンドラは、己が周囲に巨大な魚を遊泳させている。
……いや、そうか思えば、近くで見ると小魚の群れだった。
幻影効果である。
群れを大きな魚に見せかけ、捕食者から身を守るための知恵である。
まあ本当に気が合うかどうかはともかく、きっとクノンと同じ水の魔術師である。
気は合わないかもしれないが、話は合いそうだ。
「……やべぇこいつちょっと怖い……」
クノンの強心臓っぷりに、サンドラは腰が引けてきた。
「まあ落ち着けよサンドラ。彼は別に返答してないわけでも反抗的なわけでもないから。ちょっと発言が突飛なだけで……そうだよな? 俺たちの質問にちゃんと答えてくれるよな?――って言ってくれる?」
ベイルに発言を委ねられたシロトは、律儀に「まあ落ち着けよサンドラ~」から発言を繰り返しクノンに伝える。
露骨に男と女で対応が変わるなら、女性からの発言の方が響くと判断してだ。
「当然です、シロト嬢。あなたの質問になら、質問されている以上のことまで答えちゃいそうだよ」
本当に露骨である。
「もう手っ取り早くいきましょう。クノン、あなたはどこの派閥に入るつもりですか?――と伝えてもらえます?」
今度はルルォメットの言葉を受け取り、シロトは律儀に「もう手っ取り早く~」から繰り返してクノンに伝える。
「もちろんあなたの派閥に……と言いたいところですが、僕はたくさんの女性に誘われました。でも僕は一人を選べないから。だから全部の派閥に入ろうかなって思ってます」
…………
「勇気を振り絞って来てくれた女性の誘いに応じないで恥を掻かせるだなんて、紳士として許されないでしょ? 僕は紳士でいたいんです」
…………
二度目の静寂が訪れた。
クノンを見ている誰もが思っていた。
――こいつの紳士感たぶんすごくズレてるんだろうな、と。