14-30 イグドラ大森林 地龍の取り扱い方
エルフの森を出てすぐの十分な広さを確保できる平原へとやってきた俺達とイエロさんにシアンさん。
木々に囲まれた景色からはるか先まで見通せる平原に出るとなんだか開放感があるなあと、肩や背中が凝った訳でもないのにんんーっと体を伸ばしてしまう。
「ご、ごごご、ごご主人様様!? 本当に、本当に!! 大丈夫なんだよね!?」
横で大袈裟な程に挙動不審な様子で俺に何度目かの問いをかけるのはイエロさん。
見事なまでに腰が引けており、俺の服を掴んで放してくれないでいるので確実に皴になると思う。
「だ、大丈夫なんじゃないかな……。ご主人様様が余裕そうなんだから、きっと大丈夫なんじゃないかな?」
シアンさんも流石にこれから来るのが龍だと分かっているからか、若干顔色が悪く見えるな。
というか、持っている大型の武器が震えているしな……。
一応昨日事前連絡はしたんだけどなあ。
その時はぽかーんとしてはいたけど、ここまで取り乱してなかったはず。
もしかして、冗談だとでも思われていたのだろうか?
「昨日説明した通り、普段から結構付き合いもあるから大丈夫だよ。……多分」
「なんだか最後に不穏な言葉が聞こえたんだけど!? そりゃあ地龍に手を貸してもらえるのなら精霊樹にとっては大きな助けになるとは思うけれども龍だよ龍! 最強生物故に傍若無人! 私達エルフの森だって何度火龍に燃やされかけた事か……っ!」
「龍を見た事はないけど、ハ、ハクイドリなんか比べ物にならない相手なんじゃないかな……」
というか、イエロさん程じゃないにせよミィやシオンも不安そうな面持ちだな。
意外な事にミゼラは落ち着いているのだが……ああ、なるほど。
ウェンディが片手で抱きしめつつ頭を撫でて何かを囁いているおかげか。
きっと安心する言葉をかけてくれているのだろう。
「え、エミリーは心配してないのです? 隼人様達もシロ達もいないのです」
「大丈夫でしょ。生物として上位である地龍を相手にする以上断言は出来ないというだけだと思うわよ」
エミリーは多分俺から話を聞いているから問題ないだろうと判断しているのだろう。
優雅に岩に腰かけて気持ちよく流れる風を感じながらミィの頭を撫でていらっしゃる。
「皆心配性っすねえ。大丈夫っすよー! まあいざ戦闘になったら自分とシオンでなんとかするっすよ!」
「いやいやいや。お、お館様? お館様の事は信じていますが、私絶対戦力にはなりませんよ? レンゲさんと出来る事と言えば全力で皆さんを連れて逃げる事しか出来ませんからね!? というかそれでも生存率は限りなく低い相手ですからね!?」
「いやそんな事になったら俺のスキルで皆で逃げるよ……」
「そ、そうですね! そうした方が安全ですよね! その際は時間を稼ぐので疾く出してくださいね!」
シオンは多分、シロやアイナ達や隼人がいないから戦力的に何かあったらと考えていたんだな。
流石にたまたま虫の居所が悪かった等、気まぐれな事が起こらなければ大丈夫だと思うぞ?
まあ、誰が来るのかにもよるか。カサンドラであれば全く問題ないと思うんだけど……こういう時に来るのは大概あいつだからな。
とりあえず、呼び出してみないと分からないので昨日作った超特濃魔力球ではなく、同サイズの少し多めに魔力を注いだ魔力球を地面に置いて少し離れて様子を見てみる事にした。
置いてすぐは風が平原の草を揺らす音しか聞こえなかったのだが、段々と遠くから地響きが聞こえてきた。
これはあれだな。多分カサンドラではない。
あくまでも俺の勘なんだが、なんというか……質量による力強さというか、野太さというか……魔力球に対する絶対的な欲求のような執念を感じるような音のように思えるのだ。
やがて音が近づいてきて大きな揺れが起こり、直下から段々と浮上してくるなと思ったタイミングで魔力球を置いた地面が割れ、地中から飛び出して来たのは……。
「いっただっきまああああああっす!!!」
やはりレアガイアか……まあそれはいい。それはいいんだが……なんで人型で来たんだろうか?
太ましいままの身体をイルカジャンプのように放物線を描いて飛んだのだが、イルカというか大きなトドの方が近く感じてしまった。
空飛ぶトドなんて、つい見てしまうだろう……。
しかもお前、人型というだけじゃなくてなんで全裸なんだよ!
あ、違う! 一応服を着ていて辛うじて大事な部分は隠れているようだが……服? 布か? いや、鱗だな。
小さな鱗で一応大事な部分を辛うじて隠しているようだ。
そんなどうでも良いところに注目をしてしまったが、レアガイアは見事に地面を陥没させながらも着地を決め、魔力球の味に顔を蕩けさせていた。
「んっふー! いつ食べても君の魔力球は美味しいねえ!」
「レアガイア……お前何で人の姿なんだ?」
「んふ? それはねえ! 最近気づいたんだけど人の姿の方がより魔力の味を美味しく感じられるんだよ! しかも……小さくても大きく感じられるんだよ!」
口の中をモグモグさせて答えるレアガイアはやはり相変わらずだったな……。
そりゃあ口が小さくなれば大きく感じることだろうよ。
まあ龍形態で村の中には入れないだろうし手間は省けてはいるのだが……。
さて、こんな姿ならばイエロさんやシアンさんも怖がることも……あれ?
「あわわわ、あわわわわわ……」
「う、うう……」
イエロさんはぎゅっと掴んでいた俺の服から手を放していて俺が近づいてもそのポーズのまま動けないようで、シアンさんは斧を力強く握りしめているものの戦闘態勢すら取れていないまま固まってしまっていた。
周囲をよく見て見るとシオンは緊張感を持っているようだし、ミィもエミリーを守れるようエミリーの前に立ち、ミィの武器である腰に付いたナイフをいつでも取れるようにまるで西部劇のガンマンの決闘の時のような状態で警戒しているようだ。
……待て待て。
確かにレアガイアは地龍ではあるが、見て見ろ今の姿を。
尻尾と角のおかげで辛うじて龍種に見えなくもないが、だらしなくたるんだ腹や正面から確認できない首に威厳の無く緩んだ顔などおよそ恐れる要素は無いだろう。
ダイエットの効果は一応出てはいるようで、多少出会った頃よりは痩せた気もするが未だメタボリックドラゴンのままなんだぞ?
しかもほら機嫌は良いみたいだし威圧感も感じないと思うのだが……駄目ですか。
あれか? 内包する魔力とかが見えているとか、内に秘められた暴虐性などを感じ取っているとかなのだろうか?
戦闘系ではない俺やミゼラにはきっと感じ取る事が出来ないものなんだろうなあ。
「ほれで? なんで私を呼び出したの? あ、もしかしてカサンドラちゃんよりもお母さんの方が良いの? 困ったなあ。やっぱりこのカサンドラちゃんよりも大きなおっぱいの豊満ボディが良いんだね!」
「それはない。あとそれはおっぱいじゃない」
「相変わらずこの件には手厳しいな君……。でもほら。少し痩せたんだよー! 君達のせいで走るだけじゃなくカサンドラちゃんと手合わせしなくちゃいけなくなったからね! 今日はカサンドラちゃんがいないんだからもっと労って! 具体的には魔力球もっとちょうだい!」
「カサンドラがいない?」
そういえばいつもならば諫めに来てくれると思うのだが、来る気配が無いな。
何かあったのだろうか?
「そうだよー。今カサンドラちゃんは他の龍種の長への挨拶廻りに出かけてるんだよ。ほら。地龍の長は私からカサンドラちゃんになったからね! 代が変わったよーって、各地の長に挨拶に行かなきゃいけないんだけど……教えるのすっかり忘れちゃってたんだよね!」
「……それお前、カサンドラが他の龍の長に怒られる奴じゃないのか?」
多分それってきっと結構大事な事なんじゃないの?
そんな軽いノリで小さなミスのように言っているが大丈夫なのか?
というか教え忘れたんならお前の責任なんだからついて行って一緒に謝罪してあげなさいよ……。
「ええー大丈夫だよー。皆どうせ暇してるだろうし、まだ早いうちに代を譲ったって事を面白く感じて話を聞くくらいじゃないかな?」
「……そんなもんなのか」
「そんなもんだよ。龍種なんて基本暇だからねえ。寝ているばっかだし、つまらないものさ! その点私は今は充実しているからね! 汗水流した後に食べる魔力球は最高なんだよ! この味をあいつらは知らないと思うと優越感がたまらないね!」
おお……すごいどや顔。
汗水流した後……って事は、なんだかんだしっかり運動して痩せようとしているんだな。
確かに効果は出ているし、カサンドラがいない間もしっかり運動していたのかもしれないと思うと、少し見直したぞ。
「で? で? 本題に戻りたいんだけど何か私に用があるんでしょう? なんだか君から美味しそうな濃ゆい匂いがとってもするんだけど、何かな何かな何なのかな?」
「え……」
瞳を輝かせ、だばっと涎を出しながら迫ってくるほぼ裸の巨漢……。
ちょっと、これはなんか別の意味で怖い!
「ま、待て待て近づくな。今出すから!」
急いで超特濃魔力球を取り出すのだが、何で仕舞っておいたのに気付いたんだ……。
龍種は嗅覚まですさまじいんだな。
「ふお……? ふおおおおおおおおおおお!? なにこれえ……え、地の魔力の気配濃! 真っ黒でカチカチで黒光りしてるぅ……え、何? これを私にくれるって事?」
「ああ、でもその代わりの条件をきいて欲しい」
「条件? ……君さあ、本当に龍という存在に慣れ過ぎだよ。もう少し敬う心で私に貢物があっても良いと思うんだよ? 今ここにいる戦力じゃあ、私が少し顎を開いて閉じるだけでお終いだって状況くらいは考えてもらわないと……」
おっと、確かにこんなんでもレアガイアは地龍でありあの時の恐怖は未だに心に残ってはいるのだ。
忘れちゃならないというか、常に心には龍は危険であるとあらねばならず、元来俺はそういうのには敏感だったはずなんだが――。
「……お前そういう事は魔力球から視線を外して溢れ出る涎を止めてから言おうな?」
そんな姿じゃあつい忘れてしまうし、敬えないよ……。
食い意地はりすぎだろう。
威圧的な言葉を放ったくせに、威圧感がまるでなかったぞ……。
「ぐっ……まあいいよ。従ってあげる! じゃあ早速――」
「待て待て待て。成功報酬でこいつをプレゼントって事で」
「……君ねえ――」
「ちなみに魔力球は3つ用意した」
「ようし! さあ何をすればいいんだい!? まったく君は憎らしい程に私の扱い方がよく分かっているね!」
備えあれば憂いなし。
もしもの可能性を用意しておくことは、社会人の常なのだ。
という訳で、交渉は成立。
早速手伝ってもらう内容を告げたのだが――。
「え? 精霊樹が弱ってるの?」
「ああ。ちょっとこのままだと不味いみたいでな」
「そ、それくらいなら別に良いけどぉ……あれぇ? まさか……ねぇ……」
「えっと……何か問題があるのか?」
なんだか表情が少しひきつったような?
あと最後の方聞き取れなかったのだが、なんて言ったんだ?
「う、ううん! 何でもないよ! あ、魔力は何とでもなると思うんだけど生命力ってどうやって渡すつもりなの?」
「それは……鱗とか爪? を介して……?」
「ああ。それなら確かに少量の生命力が宿ってるね。でもそんなので足りる?」
え、足りないの?
というか、素材に含まれる生命力ってそんなに少量なのか?
えっと……じゃあ隼人達が集めている素材もかなり膨大な量が必要になるって事なんじゃなかろうか?
「と、とりあえず行ってみようか。精霊樹は昔から知っているし、どんな状態か見てみないとね!」
なんだか焦っているようにも見えたのだが気のせいか?
一先ず、不安を抱えつつもエルフの森へと入り精霊樹を見て見る事に。
その際に大きな大きな布を使って全身を隠せるマントを着けてもらうのは忘れなかった。