15-6 ギゴショク共和国 朝からの来訪者
今日の朝食はキングピグルのベーコンとコウケイコッコーの卵を使ったベーコンエッグに白パンとシンプルなもの。
キングピグルは豚肉の中でもかなり高価なのだが、美味いから最近は豚肉と言えばこれなんだよな。
コウケイコッコーは鶏の卵よりも一回り大きいくらいで、黄身が大きくて白身が少ない、濃い旨味を持つ最近買い始めた卵だ。
シンプルだがキングピグルもコウケイコッコーの卵も値段相応の良いものなので贅沢な朝食といったところだろう。
値段は朝食らしからぬのだが、一度この世界の食材の美味さの上位を知ってしまうとお金よりも美味しさの優先度が増してしまうのは仕方ないよな。
高くとも美味しいのだから、勿体ないとは思わないんだもの。
そんないつもと同じ食卓のいつもと同じ朝食……なんだが……。
「……ご馳走様」
「シロ? もういいのですか?」
「ん。おかわり4回した」
「そうですけど……4回だけでいいんですか?」
「ん。今日も美味しかった。お外行ってくる」
お皿を持って流し台へと運ぶとそのまま外へと行ってしまうシロ。
牛串がもう食べられないかもしれないと聞いてから、おかわりの数がいつもよりも少なくなる程に落ち込んでいるようだ。
「……ねえ主様。シロ大丈夫なの?」
シロの様子が気になって静かに食事をとっていたソルテ。
普段はシロがソルテのおかずを取ったりと朝っぱらから騒がしくてドタバタしているのが常なのだが、最近大人しいシロを見て流石に心配になったみたいなので皆にも恐らくの原因は話してある。
「んんーどうだろうな……。時間が解決してくれるかどうか……。どうにか出来るならどうにかしてやりたくもあるんだが……」
「ご主人料理得意っすし、ご主人が作れたりしないんすか?」
「流石に無理だな……味は分かるけど、作り慣れてるおっちゃんでも他の材料で再現出来ないみたいだしな」
料理が得意と言ってもあくまでも元の世界の知識が少しあるだけの素人だからなあ。
こっちの世界で工夫されて生み出された食べ物の再現というのは俺には難しいだろう。
それに僅かな違いでもシロならば感じ取ってしまうだろうし……。
「ふむ……牛串か。あそこの牛串は確かに美味かったからなあ」
「……シロと出かけるといつもご飯は牛串なのよね。手もほっぺもタレでべたべたにして、幸せそうに食べるのよ」
「それにあのお店はご主人様と一緒に食べた思い出が多いですからね。余計にショックなのでしょうね……」
「となると、他の物じゃあ代替にもならないよなあ……」
言っちゃあなんだがもっと美味い物はいくらでもあるけれど、美味いだけじゃあないんだもんなあ。
俺としてもあの牛串は思い出の味だし、なくなるのは寂しいんだよなあ。
とはいえ、他国の問題じゃなあ……。
「ひらめきました! ここはお館様がシロさんを抱いてしまうのはどうでしょう? シロさんは切望していますし、お館様の愛と体力で圧倒して他の事を考えられないようにしてしまうんです!」
「シオーン? 今真面目な話をしてるんだよー」
「あ、はい。すみましぇん……ううう……このどんよりとした空気を変えたくて……」
流石に全員からジト目を向けられては謝るしかないだろう。
でも確かに、どんよりとした空気を皆で出すのは良くないな、とシオンの頑張りだけは認めて頭を撫でてやる。
リーンゴーン――。
「お客様でしょうか? こんな朝早くに珍しいですね」
確かにこんな朝早くに呼び鈴は珍しいなあ。
門の前にはアイリスの所のシノビの子達がいるし……一体誰だろう?
「ん」
「シロ? 外に行ってたんじゃないのか?」
「ん。外出たら家に来るって言うから案内した」
「やあやあやあ朝食のさなかにすまないね」
「オリゴール?」
それと……メイラにダーマにアイリスとアヤメさん?
なんだなんだどうした?
この国のトップが朝っぱらか揃い踏みな上にどうにも真剣な面持ちのようで遊びに来た訳ではなさそうなんだが……まさか、以前言っていた北地区の統括をやれと言う話か?
絶対に嫌だぞ?
「お兄ちゃん早速で悪いんだけど、今日来たのは他でもないんだ。ちょっとお願いしたいことがあってね」
「お願い?」
やはりか?
やはり統括の話なのか?
お前が登場時に突っ込んでこないって事は、きっと真面目なお話なんだろう?
「お主、最近共和国が一方的に同盟を破棄してきた件はもう知っておるか?」
「あ、ああ……詳しくは知らないけど一応……」
「その件で困った事が起こっているんです」
「あー……そうだろうなあ」
牛串屋だけではなく、各所で同じような事が起こっていても不思議ではない。
シロもそれを聞いて牛串屋の事を思い出したのか耳を畳んでしまったので同じ方を向くように軽く抱き寄せる。
「察しがついているのであれば話は早いですわね。ただ、我々も突然通告を貰いまして、現状何も把握できていないのです」
「使者を送ろうにも条件がございましてね。それがどうにも……我々では話を聞く事も難しく……」
「なんでもあの国に現れた自称王は強者を求めているとかでね。使者であろうとも強者でなければ会いもしないそうなんだ」
「そういえばおっちゃんもそんな事言ってたな」
美味い物や綺麗な装飾品、強い者を好むと……かろうじて異性をかき集めてはいないようだが、十分なやばさだよな。
で、うちに来たって事は……。
「あー……そういうことか……」
「うん……。はっきり言って、個人での戦力で考えるとこの国だとお兄ちゃんを置いて他にはいなくてね」
「まあ……シロもいればこの国で最上位の冒険者である紅い戦線もいるしなあ」
別に故意的に集めた訳でもないんだが、一般人が有するには過剰なまでの戦力ではあるだろう。
一般人な俺にお願いしに来たってのも分からなくもない……か。
「お館様お館様」
「加えて万能美少女なシオンまでいればそうなるのか」
イエイ! お館様に美少女もつけてもらいました! と、小ジャンプをして喜ぶなシオン。
褒めて欲しそうだったから美少女を追加はしたが、多分さっき同様真面目な話をしているからね。
今はこの空気を換える必要はないからね。
ともあれ、5人が来た理由は分かった。
正直、他にやりようがなくもないとも思うけど……それこそアイリスにはアヤメさんやシノビがいるんじゃとも思う。
が、個人の武であれば確かにシロやアイナ達の方が上……なのか。
「俺に使者になれって事だよな?」
「……なって欲しい、かな。お兄ちゃんは嫌だって分かっているからね」
「そうだな」
一応命令ではない。って感じか。
俺が嫌がるのが分かってはいても、お願いをしないといけないくらい困った状況……と。
「主様」「ご主人」
うん。分かってる。
渡りに船みたいな話だよな。
共和国の事をどうにか上手い事出来れば牛串屋のおっちゃんの香辛料もなんとかなる……かもしれない。
だが……と、そんな事を考えていると、服をくいくいっとシロに引っ張られたので顔を向ける。
「……主。危ないと思う」
「そうだな。俺もそう思う」
国家間のやり取りを俺なんかにどうにか出来るとも思えないし、強者を求めているようなやつの所に行くというのはリスクが高い。
強者を求める理由がただ単に強い者が戦う姿を見るのが好き……なんてものであれば良いのだが、十中八九戦闘はあるのではないだろうか。
「突拍子もないお願いとは承知の上ですわ。とはいえ現状お願いせざるを得ない状況なのです」
「すまぬな。断って貰っても良い。じゃが、受けてくれると助かる」
「うーん……」
俺という男は誰よりも平穏を求めており、危険に自ら近づくような馬鹿な真似はしない。
もし何もないのであればオリゴール達には悪いが間違いなくお断りさせていただくんだが……。
「シロはどうしたい?」
「ん? シロ?」
「多分、上手く行けばまたおっちゃんの牛串が食べられるぞ」
「ん……牛串は食べたい。でも、主を危ない目には合わせる訳にはいかない」
俺を心配してくれているシロの耳はぺたんと畳まれたまま。
上目遣いの瞳には俺を想う優しさの他に、僅かに寂しさがまだ宿っているように見えたので、抱き寄せていた力を少し強めて温もりを感じる。
「そっか……分かった。受けるよオリゴール」
「え!? いいの!?」
うん。
ソルテやアイナは「そうよね」「うむ」と、頷いてくれているし、ウェンディは心配そうな顔をしているが、ミゼラとレンゲはしょうがないわねといった様子である。
シオンは……なんだその引いてる表情は……。
「まさか……でしたね。若様。お願いする立場ですが、正直危険もあると思いますよ?」
「ん。主。ダーマの言う通り危ない」
そうだなー。
俺もいやーな予感はしてるんだがなあ……。
でも、シロの寂しい顔は堪えるんだよ。
美味しい物を美味しそうに食べて、頬を膨らませる程詰め込んで、「主、美味しい」って幸せそうに笑うシロが俺は好きだからなあ……。
「シロは不安か?」
「ん。わざわざ危ないと分かっているところに行くべきじゃない。シロは主を守るために強くなってる。でも、何事にも不測の事態はある」
「……じゃあ撤退の判断はシロに任せるってのはどうだ?」
「ん? シロが?」
「ああ。シロがこれ以上は危ない。って判断したら即時撤退。俺よかシロの方がそういう判断は出来るだろう?」
危機察知能力が俺とは段違いに高いだろうし、心配なシロが危険だと判断したら即時に座標転移で関所も気にせずアインズヘイルへと帰る。
俺だとギリギリまで判断が付かない可能性もあるので、これなら安全マージンは取れていると思うのだがどうだろうか?
「ん……」
「大丈夫。シロの判断に絶対に従うからさ」
「……分かった」
「お」
「主がもう何を言っても引かないのが分かった……。ん。主はシロが守る。守れないかもしれないと思ったら即時撤退」
あははは。
よく分かってるな。
まあ危険に自ら向かっていくのは馬鹿だとは思うけど、ロウカクの時みたいに逃げたら駄目って状況でもないしな。
「って事なんだけど、構わないだろ?」
「うむ。こちらとしては感謝しかない。勿論お主達の命を最優先で考えて構わんぞ」
どうなるかは分からないけど、流石に命までかけるつもりはないからな。
でも出来る事があるのならやってみようじゃないか。
最悪、金に物を言わせて香辛料だけ大量に仕入れて来るって手もあるか?
「うおおおおお! おにいちゃあああん! ありがとぉぉぉおおおお! むぎゅ!」
感極まったのか抱き着いて来たオリゴールを俺とシロで顔を押さえて止める。
「それでは改めて、使者の件承ります。あ、勿論報酬は請求するからな。経費もよろしく」
牛串屋が使っている香辛料が使えるようになれば万々歳ではあるが、仕事である以上いただくものはいただくぞ。
経費もしっかりと請求させてもらう。
うちのはよく食べるから覚悟しておけよ?
「それは勿論。貴方様が喜ぶようなものをご用意しておきますわ」
「お、言ったなメイラ。期待するぞ?」
「ふふ。行ってくださるだけでも構いませんけど、同盟再締結のあかつきには更に必ずご満足いただけるものをご用意しますわよ」
な、なんで妖艶さを出してきたんだ?
ご満足との連想が……ふぁっ!
く、俺が伸ばした指を舐めるなオリゴール!
ちゅぱちゅぱすんな!
「若様。僕も若様をご満足させられますよ?」
「お前はいい」
「そんな……」
本気でがっかりしないでくれませんかね?
ったく……でもダーマのおかげですっかりクールダウンは出来たな。
「んー……」
「どうしたのよシロ」
「ん。シロのためだって分かってるから嬉しいけど、心配」
「ふふふ。こうなった主様は止まらないわよ。私達で主様を守ればいいだけでしょ」
「そうっすねえ。まあご主人のこういうところはいつも通りっすし自分達は露払いをするだけっすよ」
「そうだな。主君の良い所が発揮されてしまっただけだな」
「良い所、と申しますけど危ない事はやめていただきたいんですけどね」
「仕方ありませんよウェンディ様。そういうところも含めて、皆旦那様に弱いんですから」
「平穏を求めるとか言いながら自分からも危険に向かうんですから、皆さん大変ですねえ……。私もその大変に慣れて行くんでしょうねえ……」
「ん」
「あー……迷惑かけるな。だけどすまん。よろしく頼む」
はいはい。ってな感じで皆も納得してくれた……で、いいんだよな?
とりあえず共和国への使者となる訳なんだが……共和国に現れた王ってのは、一体どんな奴なんだろう。
話の分かる相手だと良いのだが、突然同盟を破棄するような王だから期待は薄いよなあ。
せめて、戦闘狂などではない事を願うばかりだな。