番の子供たちは逞しく生きていく。
番物を読んでいて思いついた。
動物虐待を連想させる記述がありますので苦手な方はご遠慮ください。また性的に問題ある描写もありますので、ご了承ください。
アルストロメリア王国。人の王国の中では列強にあたる国。その理由は龍人国の支援を受けたからである。この国は何回か龍人の番が出ており、王族にもその血が流れている。今回、龍国から婿を取ることになったのはこの国の王太子が不慮の事故で亡くなり、娘が一人しかいないためだった。
挙式を済ませ、初夜の寝室。
ドライは大柄ではあるがしなやかな体つき。しかも美形。少し憂いをもつ表情は、世の女性に守ってあげたいと思わせる。もっとも龍人。普通の人では力の差がありすぎるのだが。
龍の婿ドライは、アルストロメリア王国の姫であり、妻のアーリアに対して宣言した。
「私は、君にまことの愛を与える事は出来ないと思う」
真摯な表情でドライはアーリアを見つめる。アーリアは、ドライの目をみながらも悲しげな瞳で見つめる。
「私では龍人のあなたにはそぐわないのですが?」
ドライは慌てて否定する。
「そんなことはない。君は美しいし、聡明だ。非常に素晴らしい女性だ。僅かな交流だったが、それは分かる」
「……同情ならば止めて下さい。私の何が分かると言うのですか?」
ドライは悲しげな顔をしてつぶやく。
「いや、分かる。それほどの所作。しなやか礼法。細やかな知識。清潔かつ美しさを、引き立てる薄化粧。目立たない気配り。それらを身につけるのにどれだけの努力が必要かわかる。大変だったろう。その元にあるのは君の意思力だ。それを持つものは滅多にいない。龍人を含めてもな。どのような美しさよりも素晴らしく感じる」
「ならば、なぜ、私を愛することは出来ないと言うのですか?」
再度ため息をつくドライ。
「まず、最初に言おう。私は君を愛するよう努力する。それは龍人の誇りにかけて宣言する。それに、私自身も君を好ましくおもっている。もし、何か気に食わね事があれば私を滅しても良い。その覚悟はある。だが、」
と、ここでドライは悲しげな顔をした。
「龍の、番を求める本能はとてつもなく強い。聡明な龍人でさえも狂わせるほどに。そして、君はその矢面に立つ。番が見つかったら君を粗末に扱ったり、酷い事をするかもしれない。いや、してしまうだろう。だから、私が嫌なら白い結婚で構わない。愛人を作り、その子を跡継ぎにしても構わない。そうすることが貴方の幸せになるのなら」
「でも貴方は私を愛してくださるのでしょう?」
「……君は素晴らしい人だ。君のためなら何でもしよう。ああ、天地天命にかけて誓おう」
アーリアはほほえむ。
「ならば、あなたは酷い事をしないと信じます。私も貴方のそのお心遣いが出来るお人柄、お慕いしております。もし、貴方の番がもし見つかったら、そちらを優先して下さい。その覚悟もあります。ですが、それまでは」
アーリアは、ドライの胸の中に飛び込む。
「私を愛して」
その夜、影は一つのままだった。
……数年後。
ドライはアーリアと共に、アルストロメリア王国の為に力を尽くした。その仲睦まじく、周囲のものが常に苦笑いするほど。
また、彼らは2人の子宝に恵まれた。上の嫡男は聡明で、良き王になると期待されている。もちろん陰に日向にドライとアーリアの尽力があるのは言うまでもない。もちろん国の運営にも、問題は常に発生するものの、二人の指導力と大臣や貴族たちの協力、国民の尽力で乗り越えて行った。
二人は幸せと言えた。
しかし、崩壊の序曲は近づきつつあった。
ある朝食時、ドライはうめいた。アーリアは卵料理を食べる手を休めて夫に聞く。
「どうかなさったのですか?」
ドライは悲壮な、それでいて嬉しげな声を上げる。
「かすかに、番の気配がする」
アーリアは内心思った。ああ、ついに恐れていたことが来たのか、と。
「どちらのほうなのかわかりますか? その、番のいる方向とか」
ドライは夢うつつな瞳で宙を見る。
「……わからない。ただ、この近くにいる」
アーリアは首をかしげた。今のとこら王宮内に人員の入れ替わりはない。ドライもほとんど全ての人間を知っている。番なら会っただけでわかると彼は言った。つまり王宮にはいないはず。いや、完全に全ての人と顔をあわせているわけではない。出入りの商人や下働きの身分の低い者などは入れ替わりがある。そのうちの一人かもと、彼女は思った。
彼女の思いも裏腹に、ドライはウキウキした様子でアーリアに頼んだ。
「すまん、少し、王宮内を歩いても良いか? 番がいればすぐに分かると思う」
アーリアは、無理やり微笑んでドライに答えた。
「どうぞ」
「済まない」
ドライはソワソワして外に出る。それを見て、アーリアは顔を伏せた。
「……私、捨てられるの?」
過去の文献にも、龍人の番を求める本能は強い、と記されていた。場合によっては他のあらゆる事を投げ出しでしまうほど番を優先しすぎることがある。番の監禁、や執拗なつきまといをする。それを讒言したり止めたりしたら即殺害。下手したら番の為に戦争を引き起こした事があるとも。
少なくとも昨日までは優しく勤勉で素晴らしい夫だった。だが、今の様子はただの恋煩いに狂った男にしか見えなかった。
「やっぱり、本能には勝てないのね」
アーリアは涙を流した。番が見つかったら、やはり自分は……
彼女の予測は、数日後に現実となってしまった。ドライが番を見つけてきたのだ。
「アーリア、番だ! 番を見つけてきた」
アーリアは信じられない思いで夫を見た。そう、信じられない。目の前の光景がまさしく信じられない。
ドライが大事そうに抱きしめている彼女はうるさく騒いでいた。
「コケー、コケコケコケ、コケコッコー」
アーリアは、恐る恐るドライに聞く。
「あの、ドライ、お尋ねしたいのですが」
「聞くまでもないよ。彼女が私の番だ」
アーリアはまじまじと見つめる。ただのニワトリ。ドライは羽根をバタバタさせて興奮しているニワトリを大事そうに抱えていた。その表情はとろけ切っていた。
「いや、確かにわからんはずだ。まだ、あの時は生まれてなかったのだな。もしくはひよこだったのか」
ドライの顔は心底幸福感に包まれていた。
「なんでよりにもよって、ニワトリなの?」
アーリアは途方に暮れていた。いや、種族の違いも人や、獣人とかならまだ想像できた。幼女や老女もまあ、想像出来た。もちろんこれらの状況でも無体なことはしないよう夫はしつける準備は出来ていた。しかし、ニワトリ? いや、そんなことは想定していない!
ドライはアーリアの表情を見ておずおずと言う。
「安心してくれ。ちゃんと面倒見る。部屋にいれていいか?」
アーリアはどう言っていいか分からなかった。
ドライは、そんな彼女の様子を見て、少し迷ってから言った。
「彼女の寿命はせいぜい七年。それまでは彼女のそばにいたい。もちろんこれまで通りあらゆる事をする。君のことも大切にすると約束する。もし、彼女にかまけるだけならば、私の命、絶ってかまわん」
「いえ、そこまでしなくても。ニワトリでしょ」
アーリアは、取り敢えず考えを改めた。要するにペットを飼うのだと言うことだと。浮気じゃないし。しかし、私もニワトリと一緒に暮らすということ? いや、王妃がニワトリと同衾? ありえない、と、彼女は思った。
「取り敢えずわかりました。でも私は別居します。流石に鶏のにおいをつけて王宮内に出るわけには行きませんから」
アーリアの言葉にドライはしょげた顔で手をとった
「済まない。だが、抑えられない衝動なんだ」
「……わかりました」
それから1年ほどは穏やかに過ぎていった。アーリアも、ニワトリに愛着を持ち出していた。結構愛くるしくなついてくるので。いやかなりうるさく鳴くのだが。ドライも番にのめり込まず政治に社交に力を注いでいた。また、アーリアとも仲良くやっていけた。王妃であるアーリアを優先してくれた。むしろ、アーリアがニワトリを可愛がり多くの予算をかけてニワトリの為の宮殿を建てようとした時はドライが怒ってしまったくらい。
だが、あることによって転機が生じる。
ニワトリの卵が金色に輝き出したのだ。
その報告を聞き、アーリアはまさかと思い、ドライを詰問する。
「何があったのですか?正直に答えて下さい」
ドライは気まずそうに口を開く。
「その、辛抱たまらずに……」
「……どれだけサイズ差があるとおもってるんですか!」
「……なんとかなった」
「……じゃあの卵は貴方の子ども……」
「と、言うことになるな」
「騎士団長! 陛下のニワトリの卵を保護しなさい! あらゆる番のニワトリの卵を!」
その後もニワトリは金の卵を産み続けた。
それから四年たち、ドライの番は1200個の金色の卵を産み、永眠した。ドライの悲しみは酷く、1週間ほど泣き喚いていた。しかし、番がいる頃からもしっかり仕事をしていたし、アーリアの事は大事にしていた。番が亡くなってもそれは変わらなかった。流石に一緒に寝る事はなかったし、今後もないだろうが。
息子のフォースはこの時点で有能さを表した。予算を立て、国家事業として卵の管理をしたのだ。1200個の卵は腐ることもなく魔力を展開して生きていた。しばらくして、少しずつ孵化していく。孵化した金色の卵の雛、ひよこを後宮の一部を使って育てたのだ。幸いと言うべきか、殆どの雛は普通のヒヨコだった。後宮はいつしか養鶏場と化して行った。
そして、数年がすぎ。
ドライとアーリア、そしてフォース、娘のフィアが食卓に付く。そこでドライは家族に聞いた。
「ロックはまだなのか?」
アーリアは複雑な表情でドライに言う。
「おかしいですね。食いしん坊のあの子が」
フォースが諦め顔でつぶやく。
「また何か厄介事に顔を突っ込んでいるのですよ。あいつのことだからちゃんと後始末してきますから、心配いらないでしょう。全く可愛くない。あいつのことは忘れて食事にしましょう」
フィアが、そんなフォースに文句を言う。
「駄目よ。家族そろってこその朝ご飯でしょう。少し待ちましょうよ」
その話題のロックがどこからともなく現れた。
「遅れてごめんなさい、お父さん、義理母さん、兄さん、姉さん」
その場にいる全員がほっとしていた。ロック以外。
「では、食べるか。ロック、お前のことだから何かあるのだろうがあまり遅くならないようにな」
「はい」
アーリアは複雑な表情でロックをたしなめる。
「貴方のことは信頼してます。いろいろな事件や事故を解決してくれたのだから。でも、心配しますから時間を守って下さい。あと、何かあったら独断先行しないできちんと大人に報告すること良いですか!」
「はい」
アーリアの説教を聞いて、フォースは仏頂面で言う。
「ほんとそうだ。独断先行は許せない、もし勝手気儘にしたいならこの国の王になるんだな」
「兄さん、僕には無理だよ。兄さんも、いや、家族の皆がわかるでしょう」
「ええ? なんで? こんなにかわいいのに」
フィアはロックを手のひらにのせる。ロックは孵化して5年。可愛くも威厳がある立派なヒヨコである。
しかしその外見は可愛いものの、体力、知力、魔力は父親を凌ぐ。そして今だひよこであるため、今後の成長が期待されている。
更に国家の危機を何度か救っているひよこである。
「兄さん。わかってるでしょう。僕はニワトリでさえないひよこ。誰が僕を後継者に望みます? 第一ひよこの僕ですが後から普通のひよこやニワトリになるかもしれないのですよ。やはり、王族の地位には力不足。臣籍降下が良いですよ。いや、ひよこを王族にすること自体が間違ってますよ」
ここで、アーリアが激しく言った。
「駄目です。あなたはドライの息子。下手したらこの国の中でも優秀な存在なのですよ。かっこよさはともかく、可愛さでは最高よ。貴方のお母様の残したうちの一人。王族としてちゃんと育てるわよ。ひよこだからなんだというのですか!」
「いや、ひよこだからですよ。人じゃないんですよ。仮に百歩譲っても、第一600匹いるし、あと600個孵化前の卵もいるし、僕一匹いなくてもよくないですか?」
「そんなことない」
と、家族たち。
「1202人の子どもを持つ大家族。私に素晴らしい家族をくれた番に感謝している。お前はその大事な家族の一人。見捨てはしない」
胸を張るドライ。
「大丈夫。この人の子どもだからちゃんと面倒見るわ。第一みんな可愛いじゃないの。みんな面倒見るわよ。ちゃんとお嫁さんやお婿さんも世話するわ。王族としてね。歴代の王族が持ってた後宮の予算使って養鶏場も作ったし。まあ、フォースがだけどね。でも私も計画には賛同してるのよ」
フォースは難しい顔をする。
「残念ながら僕は君のような才能を持たない。それ以前に君には王の風格がある。また、臣下もお前には期待している。それは王家としては失えない。第一、君たちは父上の子どもたちだ。それは忘れてはいけない」
フィアは笑う。
「可愛いだけでいいよ。お姉ちゃんが守るから。ただのひよこだろうとニワトリだろうとね」
家族の温かい眼差しはロックの心も温めた。
「ありがとう」
家族が食事を始めると同時に、ロックはミミズをついばむ。食べながらロックは心の中にある衝動が大きくなっているのを感じていた。それは日を追う事に大きくなる。しかしそれは心の中に秘め、家族に感謝の念を伝えるのであった。
その一月後。
ロックが家出したと報告があった。
「あなた、これを見て!」
半狂乱になっているアーリア。実はロックの可愛さにメロメロになっていたのだ。しかし、王妃と言う立場の為、表に出せなかったのだ。もちろん残っているひよこたちも可愛がっているのだが。いや、ニワトリもだが。
ドライは手紙を見た。因みにロックは片足で羽根ペンを持ち手紙を書いたらしい。教師たちはロックの知識の吸収力と応用力に舌を巻いていた。しかもまだひよこ。成長力は半端ない。また、臣下たちもロックの才能に期待していたのである。
ドライは手紙をよみあげる。
「みんな、ごめんなさい。僕はやっぱりこの国の王や責任ある立場になれません。だってひよこだから。それに、番の匂いを感じました。探しに行きます。僕の事は居ないものだと諦めて下さい。まあ、あと1199匹の兄弟が居るから安心して下さい……だと」
ドライは珍しく声を荒らげて命じた。
「探せ!草の根分けても。我が国に必要な人材だ!探せ! そして彼の番を探す手伝いをするのだ。悲劇を生まないために!」
フォースはくそ、と言う。
「なんだよ。僕より王の資格があるのに。いろんな問題を解決してたじゃないか! みんな知ってるんだぞ。お前が王にふさわしいってな! 僕もそう思っていたのに!」
フィアも悲しむ。
「何よ。1200匹の中で一番かわいかったのに。私、修行して絶対ロック見つけ出すんだ!」
それから国王主導で捜索したものの、結局見つけ出す事は出来なかった。まあ、国中から一匹のひよこを見つけ出す事自体が無理だったのかもしれないが。
時が経ち、アルストロメリア王国はニワトリ王国と言われるようになる。1200匹の金のニワトリたちか軍事に行政に働き国を支えたためである。風のうわさではニワトリは王族だ、と流れたが定かではない。
ある村。
魔物が村を襲おうとしていた。巨大な熊型の魔物。
その前に一匹のニワトリが現れた。ニワトリは熊型の魔物に魔法を撃ち絶命させる。
「悪いけど、ここに僕の番がいるからね。守らなきゃ」
そう言うと、彼は番のいる家へと戻って行った。
蛇足。
金のニワトリは言葉をしゃべれる者は一握り。なお、声帯的に喋れない為、風魔法で声を出しているらしい。しかし普通に読み書きができることが判明。更に魔法も使え、全員一騎当千。王国を攻めてきた一万の兵を500羽で打倒した。なお、彼らの子孫は銀色のニワトリになった。金のニワトリほどの能力はなく、魔法も使えない。それでもかなりの能力を発揮した。だが、三代目になると普通のニワトリとなった。後の世においては、たまにアルストロメリア王国においては銀のニワトリ、金のニワトリが生まれることもある。その際には龍王の使いと言われ、大切に扱われている。
フォースはあとを継ぎ立派な王となった。事あるごとに、ロックに負けてられない、ロックならばもっと良い手を考えた。と、つぶやいていたという。なお、金のニワトリは彼になつき、生涯支え続けた。
ドライとアーリアは仲良く晩年まで暮らした。最も閨を共にすることはなかった。アーリアが亡くなったあと、彼は隠居し、歴代の王の相談役を務めた。
フィアは国を飛び出し、冒険者となってロックを探し続けたと言う。会えたかどうかは記録には残っていない。
ロックの記録は、家出以後残っていない。
後の歴史学者によるとアルストロメリア王国のニワトリに関する記述は過去の事件の抽象化とされていた。しかし近年の学説では、記載内容は真実ではないかと。その根拠として近年、金のニワトリが発見され、高い知能をもつことが確認されたからである。現在は検証が行われている。