10
一週間後、また洗濯場にシーツを洗いに来た時、
端のほうで洗っていたら、私を目の敵にしている使用人に怒鳴られた。
中年の痩せた女でいつも怒っているような使用人だ。
女官長の指示というよりも、この使用人自身がこういう人な気がするが、
普段より機嫌が悪い時だったようで、怒鳴られるだけでは終わらなかった。
小さい洗濯板を投げつけられ、これはさすがに痛いだろうと思ったのに、
洗濯板は私にぶつかることなく下に落ちた。
ぶつからずに落ちた?…防御されてる?
どうやら過保護な監視さんが魔術で防御してくれているようだ。
他からは私に洗濯板がぶつかったように見えたようで、
少し離れた場所にいた人が助けに入ってきた。
「こんな小さな子にぶつけるなんて…
こっちにおいで。一緒に洗濯しよう?」
見たことのない若い女の使用人だった。
さすがに同じ使用人が間に入ったのが気まずいのか、
私に洗濯板を投げてきた使用人はふんっと鼻を鳴らしてどこかに行ってしまう。
「助けてくれてありがとう。」
「いいのよ。大丈夫?ぶつかったとこ痛くない?」
「うん、大丈夫。」
見たことのない使用人だけど、下級の使用人には見えなかった。
所作が綺麗で、髪も手入れされているように見えた。
あかぎれしている手も、長年水仕事をしているようには見えない。
日に透けるような薄茶色の髪は平民でもありえるが、
緑色の瞳は貴族の血を引いている証拠だ。
没落した家の貴族令嬢とかだろうか。
王宮の仕事は下級の使用人といえども貴族の紹介状が無ければ勤められない。
エリーと名乗ったこの使用人のことが気になったけれど、
今の自分ではどうすることもできないと思い、黙ってシーツを洗った。
エリーも何も言わずに洗濯を続けている。
黙々と洗濯する水音が聞こえる中、
少し離れた場所にいた使用人たちが話しているのが聞こえた。
「そういえば、先週のこと聞いた?
食事会の後、女官長の機嫌悪かったらしいわね。」
「聞いたわ~公爵が違う愛人のところに行っちゃったんでしょう?」
「そうそう。最近はあまり女官長のところへは寄らないそうね。」
「じゃあ、女官長の時代も終わりかもね。
イライザ姫が正式に王太子様の養女になったら、
公爵も後見として王宮に住むことになるのかしら。」
「そうなんじゃないの?今だって、月の半分は王宮にいるようなものだし。
愛人の部屋を渡り歩いて、だけど!」
「あのハズレ姫と違ってイライザ姫はお優しくて優秀だって話だけど、
公爵には似なくて良かったわよね~。」
「ねぇ、本当にハズレ姫じゃなくてイライザ姫が跡を継ぐことになるの?」
「ええ、そうだって話よ。ハズレ姫は我儘ばかりで使用人にも乱暴するから、
昔からいる厳しい使用人しか近寄れないって話だし、
王女教育も嫌がってひとつもすすんでないってよ。
代わりにイライザ姫が王女教育と同じものを公爵家で受けられているって。」
「そうなんだ!じゃあ、もう決定なのね。」
あぁ、私につけた王女教育の教師たち、どうしたのかと思っていた。
辞めさせたらお祖父様に報告が行くだろうし、
予算とかもあるだろうし、どうごまかしたのかと思っていたんだよね。
そのままイライザの教師にしてしまったのか…あれ、これって横領になる?
王女の費用から出されているはずだもんね。監視さん報告してくれるかな。
「イライザ姫が継ぐのはうれしいけど、
それで公爵がまた王宮内に愛人増やすのはちょっとどうかな。
もめごとが増えるのは困るのよねぇ。
あぁ、ほら、エリーは気をつけなさいよ。
若くて綺麗な使用人は無理やりにでも愛人にするって話だから。」
「……ええ、気を付けます。」
気を付けるように言われたエリーは青ざめていた。
あぁ。叔父様のことだから、エリーを見つけたら間違いなく手を出すだろうな。
まだ十代後半だと思うし、おそらく元貴族だと思う。
公爵の愛人になって裕福に暮らすということを望むものもいるだろうけど。
エリーはそうじゃないようだ。
どうにかしてあげられないかなと思いながら部屋に戻った。