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「…!!」
「!!……!」「…はなして!!」
何か声がするなと思ったら、女性の叫ぶような声が聞こえた。
離して?誰か襲われている?
足早にそちらに向かうと、女官の服装の若い女性が、
文官の服装のちょっとぽっちゃりとした男性に腕をつかまれていた。
男性が女性に無理やり迫っているように見える。
「そこで何をしている!」
カイルが咎めると、男性が驚いた顔で手を離した。
女性は手を離されてほっとした後、カイルを見て動きが止まる。
もしかしてカイルの知り合い?
「…これはこれは…。
少し恋人と痴話げんかしていただけで…お騒がせして申し訳ありません。
すぐに立ち去りますので…ご容赦ください。」
止めに入ったのが私たちだと気がつくと、
男性は質問したカイルに説明した後、私に向かって深く頭を下げた。
それに少しだけ嫌そうな顔した女性も、私がいることに気が付いたのか、
私へと向き直り深く頭を下げた。
…この女性見覚えがある。あ、エリーだ。
女性が以前に洗濯場で私を助けてくれたエリーだと気がついて、
この男性が言っていることが嘘だと感じた。
エリーがこんな場所で恋人と痴話げんかするような人には思えなかった。
今は確か…女官補助の仕事をしているはずだ。
女官とは制服のリボンの色が違うので女官補助だということがわかる。
「そこの…女官補助の者。顔をあげて?」
エリーにだけ顔を上げていいと許可を出すと、男性の身体がピクリと動いた。
やましいことあるんだろうなぁ。
エリーは自分だけ許可されたことに驚いたように顔をあげた。
そして、不安そうな目をして助けを求めるようにカイルを見る。
…やっぱり知り合いなんだ。
「いくつか質問をさせて?」
「…はい。」
「ここには何の用事で来たの?」
「東宮から本宮へ書類を届けに行った帰りでした。」
「そう。この男性は恋人?」
「いいえ、違います。」
「…!」
男性が何か言いたそうな雰囲気だったが、顔を上げる許可を出していない。
それなのに発言することもできないだろう。
「そう。何か行き違いがあったようだけど、
恋人でもないのに仕事中のものをこんなところに連れてくるのはダメよ。
今後はそのようなことが無いように。
カイル…その女官補助を東宮まで送り届けて。」
「……わかりました。」
不満そうな顔したカイルだったが、私の命令を人前で問い質すことはしない。
エリーはカイルに送られることがわかって、ほっとした顔になった。
カイルが先を歩くとエリーが後をついていく。
その二人が並ぶ後ろ姿を見て、なぜか苦しくて目をそらす。
男性が何か言い訳をしようとしていたようだけど、
それはほっといてクリスを連れて本宮へと道を戻る。
イルとダナが護衛でついてきているようだから、
少しの間くらいカイルが抜けても安全面での問題はない。
はぁぁ。今日は魔術の練習はできないようだ。
がっかりだけど、エリーを助けられたのなら良かったことにしよう。
「ねぇ、姫さん。
なんでエリー嬢をカイルに送らせたの?」
「エリーのこと知ってるって、やっぱり知り合いなんだ?二人とも?」
「学園の同級生だよ。卒業して以来会ってなかったけど。
姫さんの監視してた時に洗濯しているの見て驚いた。」
「そっか。」
学園の同級生なのは知っていた。後から調べさせたから。
クリスもカイルもあまり友達がいないようだったから、
学園の同級生でも知っているのかわからなかっただけ。
だけど、あの時。
カイルが止めに入った一瞬、エリーがカイルを見ていた。
知らない人に助けられたという表情じゃなかった。
その後もエリーはカイルにすがるような目をしていた。
何かあるのかな。もしかしたら昔の恋人とかなのかなって、ちょっと思った。
「で、どういうつもりで送らせたんだ?」
「エリーにね、洗濯場で助けてもらったけど、
私がエリーを助けるのはあれが精いっぱいだったの。
下級使用人から女官補助の仕事に変えることくらいしかできなかった。」
女官になるのは貴族の後ろ盾の署名が必要になる。
その女官が何かしたらその貴族が責任を持つというもので、
なかなか署名をもらうのは難しいらしい。
まぁそうだよね。
もし署名した女官がお祖父様の命を狙ったりしたら、その貴族も処刑になる。
知らない人間の後ろ盾になろうだなんて貴族はいないと思う。
だから、エリーは女官ではなく女官補助にしかなれない。
何年勤めても、貴族の後ろ盾がなければ女官にはなれない。
女官と女官補助では仕事内容だけでなく、給金と身分の差がはっきりしている。
文官も同じで、あの男性はきちんとした文官だった。
貴族の後ろ盾があるということで、エリーより身分は上になる。
…無理やり連れて行かれても、断れなかったんだろうなぁ。
そう考えたら、カイルに助けて欲しがっているエリーのことを、
何とかしてあげたくなった。
多分、エリーはカイルと話をしたいんじゃないかと思った。
そんなことを説明するとクリスは変な顔をしている。
「俺さ…姫さんはカイルを手放さないと思ってたよ。
ずっと自分のそばに置いて、誰とも結婚させないのかと思ってた。」
「それは…。」
「…そこまで考えてなかったって顔だな。」
「…うん。…カイル、結婚したら離れちゃう?」
「…どうだろうな。」
カイルとエリーがもしうまくいったら、私から離れちゃうのかな。
エリーは美人だし、優しいし、大人だし。
カイルと結婚したら、エリーは貴族の後ろ盾ができて女官にもなれる。
喜ばしいことばかりだけど…カイルがそばに居なくなったらどうしよう。
カイルの幸せを私は祝福できるのかな…。
「とりあえず、部屋に帰ろう?」
「…うん。」
心配したのかクリスが頭を撫でてくる。
こんな風にカイルが撫でてくることも無くなっちゃうのかな。
…今さらながら、自分のしたことに後悔する。
カイルがいなくなったら…どうしよう。