34(カイル)
「そうか…イライザがソフィアの悪評を広めていたか。」
俺の報告を聞いた陛下はポツリとつぶやいた。
その声は乾いて、感情が読み取れない。
「実際にはイライザ嬢の周りの人間がイライザ嬢から話を聞き、
同情して広めていたようです。
本人が目立った動きをしていたわけではないので、
監視も気が付いていなかったようです。」
「エドガーはおとなしくなったし、
イライザもハンベル領にいる間はおとなしいと報告されていたから、
さすがに反省したのかと思っていたんだが。
いまだにソフィアを陥れようとしているとは…。」
ハンベル公爵になった第三王子は、あの一件でかなりきつく罰せられていた。
王女への虐待、王女費用の横領、不正な人事、不正な解雇、
公爵がした罪を数え上げればきりがない。
もちろん姫様には表向きの処罰しか報告していない。
陛下は公爵を処刑することも考えたという。
だが、処刑してしまうと王家の歴史を汚すことになり、
それによって貴族の忠誠も薄れてしまう可能性があった。
陛下が公爵にしたのは、むち打ちや財産没収だけではなく、
もう二度と性行為ができない身体にする罰だった。
公爵の愛人のほとんどが無理やり愛人にさせられていた。
それだけでなく、そのことを脅す材料にもしていたと知った陛下が命じたのだ。
公爵は男性としての機能を失った後遺症なのか、その痛みによる影響なのか、
一気に年を取ったように顔はしわだらけに、栗色だった髪は真っ白になり、
あの傲慢だった性格はどこかに行ってしまっていた。
変わり果てた公爵を見たせいか、公爵夫人も騒がずに過ごしているらしい。
公爵夫人もむち打ちの刑をしっかり受けているので、
何かあればまた罰せられると思っているのかもしれない。
そんな両親と一緒にハンベル領に送られたイライザ嬢は、
領民とほとんど交流することなく静かに暮らしていると聞いていた。
監視がついているため、ハンベル領から外に出ることはできない。
王都と違って高級品は手に入らないし、そもそも購入するようなお金もない。
文句を言わずにおとなしくしていると聞いて、意外だと思っていた。
まさか学園に来てから取り巻きを利用して悪評を流し、
姫様を蹴落とそうとしているとは思わなかった。
「もしかしたら…イライザ嬢は本気でソフィア王女を、
ハズレ姫だと思い込んでいるかもしれません。」
「どういうことだ?」
「ソフィア王女は王宮から外に出ることがありませんでした。
王宮で働く者たちはソフィア王女の優秀さがわかっていますが、
貴族の令息令嬢とは交流が無かったために、
実際の王女のことを知られる機会がありませんでした。
幼いころの王女、教師もついていなかった頃の王女しか知らないのであれば、
本気でハズレ姫だと思っている可能性があります。」
「…それもそうか。
魔力の問題もあり、他国から命を狙われるようなことがないように、
ソフィアの優秀さは広めないようにしていたが…それが良くなかったか。
まぁ、学園に入れば嫌でも成績は知られていく。
入学時の成績は次席のようだし、魔術についても問題ない。
噂については時間が解決するかもしれんな。」
「わかりました。少し様子を見てみます。」
本当なら今すぐにでも解決してやりたいが、下手に騒ぎ立てると誤解も生みやすい。
ハズレ姫ではないと俺たちが言いまわったとしても効果は無いだろう。
…悔しいが、この件で俺が表に立つとよけいにまずいことになりそうだ。
まさか四男がイライザ嬢についているとは思いもしなかった。
同じように考えていたのか、陛下が渋い顔をしてそのことを話し始めた。
「それにしても…カイルの弟か。面倒なことにならなければいいが。
辺境伯はあいかわらずのようだしな。」
「はい。手紙が何通か来ていましたが、すべて弟の件でした。
魔力が少なくても苦労しないように教師と交渉しろと。
ここしばらくは来ても読んでいなかったのですが、
さきほど確認したら最近の手紙には弟を文官として採用されるようにしろと。」
「文官に?王宮に勤めさせる気なのか?辺境伯の者を?」
「私も意外でした。
父上と一の兄が辺境伯の者を王宮に勤めさせるとは思えず。
ですが、もし弟がわがままを言ったのであれば、
父上は叶えさせようとするかもしれません。」
「…そうか。」
深く沈んだ様な陛下の声は、俺に対して同情しているように聞こえた。
父上は俺のことを自分の子だと認めず、母上を責めて、結果死なせた。
そのことを反省もせず、まだ俺のことを自分の子だと認めていない。
それなのに後妻の子の希望を叶えるためには動けと命令してくる。
…ため息をつきたくなるが、さすがに陛下の前ではと抑えた。
「カイル。やはり儂は、お前の血を公表したほうがいいと思っている。」
「それは…。」
「将来、このままソフィアのそばに居続けるつもりなら、
公表することも考えておくように。」
「…わかりました。」
姫様のそばに居続けるのなら。
馬車の中、俺の腕の中で幸せそうに眠る姫様の熱を思い出す。
もし、姫様が俺を選ぶのであれば、この迷いも捨てられるだろうか。