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学園での生活も三か月が過ぎ、授業にも慣れてきた。
周りからの視線もほとんど感じなくなり、
ダグラスとルリと過ごす毎日を楽しめるようになっていた。
「あぁ、そっち見ないでいいよ。行こう。」
「あ、うん。」
こんな風にカイルとクリスだけでなく、
ダグラスも先に気が付いて私を違う道へと連れて行く。
大抵、その直後にイライザの甲高い声だけは聞こえてくるが、
すぐに離れてしまうために何を言っているのかまでは聞こえない。
「しかし懲りないな、イライザ嬢も。
もうほとんどの者はイライザ嬢の話を聞かなくなったというのに。」
「そうなんだ。でも、イライザと一緒にいる友人は多いのでしょう?」
カイルが取り巻きに弟がいると謝ってきたけれど、
そんなことはカイルのせいじゃないと思う。
辺境伯領で居場所が無かったカイルが、そんなことで責任を感じる必要は無いし、
一度も話したことがないというその弟に文句を言いたくなる。
「友人というか、イライザ嬢の周りにいるのは令息たちだから…
恋人になりたくてそばに居るんだろう。」
「イライザをお嫁さんにほしいってこと?」
「え?イライザ嬢が公爵を継ぐんじゃないの?一人娘なんだろう?」
「…あのね、エドガー叔父様が王宮で問題を起こしたせいで、
公爵じゃなく一代公爵になっているの。
イライザは公爵を継げないから嫁がないと平民になっちゃうみたいなの。」
「え?本当に?
…じゃあ、きっとそのことを令息たちは知らないんだと思う。
イライザ嬢のそばにいる令息たちは嫡男じゃないんだ。
三男とか四男ばかりだから、実家の爵位を継げない。
イライザ嬢の婿になりたくてそばにいるんだろう。」
「ええ?そうなの?」
本当に?と思ってカイルとクリスを見たら、無言で頷かれる。
そっか、二人はこのことに気が付いていたんだ。
「…知られたらどうなるんだろうか。」
「イライザとは学園を卒業したらもう会わないと思うから、
下手に関わって揉めるのも嫌なんだよね。」
「じゃあ、もう関わらないでおこう。」
もめごとは避けたい私と、勉強を邪魔しそうなことは嫌うダグラス。
関わらないでおこうと意見が一致し、今まで以上にイライザをさけることになった。
そうして避け続けて一か月が過ぎた頃、
お祖父様に謁見室へと呼び出された。
また何かあったのだろうと思っていくと、やはり渋い顔をしている。
「どうしました?」
「ココディアから書簡が届いた。
第三王子を学園に編入させてほしいと。」
「第三王子ですか?」
隣国ココディアはお父様よりも少し年上の陛下が正妃と側妃を一人ずつ娶り、
四人の王子と一人の王女がいる。
正妃はお母様の姉なので、正妃から産まれた王子二人と王女一人は私の従兄弟になる。
第三王子は正妃から産まれた三番目で…たしか私の二つ上だったはずだ。
「急に学園に編入なんて、どうしてでしょうか?」
それほどこの国の学園に特別なものはないし、
外交を担うというのなら自国の学園を卒業した後で問題ないはずだ。
実際に第二王子であるフリッツ叔父様は学園を卒業した後で他国を回っている。
「実は少し前にソフィアとの婚約を打診されて断った。」
「え?」
「どうもココディアは誤解しているようで、
ソフィアと結婚したものが国王になると思っているようだ。
そのため、その婚約は受け入れられないと断ったのだが…。
おそらく実際に会ってソフィアに承諾させればいいと思っているんだろう。」
「えぇぇ。私と結婚したとしても王配の一人になるだけですよね。
しかも他国の王子だとしたら、政治にかかわらせることもできませんよね?」
「そうだ。いくらなんても他国生まれの王子を政治にかかわらせるのは無理だ。
王配として子の父親にということなら考えられるが、わざわざ他国の血を入れる必要もない。
ソフィア自身がココディアの血をひいているのだからな。
これ以上の和平も必要ない。だから断るしかない。」
「ですよねぇ。」
わざわざ留学してきて私に会ったところで、
恋も知らない私が王子に求婚されて受け入れるのは想像できない。
ものすごく優秀な王子だったとしても王政に関われないなら意味が無いし。
王族が留学してくるとなると、それなりに案内とかしなきゃいけないんだろうか。
…ちょっとそれは面倒かもしれない。
「第三王子は学園の三学年に編入になる。
三学年にはバルテン公爵家の二男がいるだろう。
第三王子の案内はそいつに任せることにする。
…ただ、気をつけなさい。ソフィア、これを渡しておく。」
「はい?」
お祖父様から渡されたのは、銀色のネックレスだった。
雫型の青貴石がつけられたネックレスは、何らかの魔力を感じる。
これはただの飾りではない?
「本当なら王太子になる時に渡すものだ。
他国では魅了の効果がある魔術具を身につけている王族もいる。
それをつけていると、その効果を弾いてくれる。
その上、逆に作用するから、魅了をかけられると嫌いになる効果があるんだ。」
「魅了を逆に作用させるんですか?
…それはすごいですね。」
200年前にはなかった効果に驚いてネックレスを見る。
私が亡くなった後、何度も戦争が起きていた。
その間に王族を操るような魔術具も生みだされ、
それに対抗するものが作られて来たんだろう。
ネックレスをつけると、ほわっと温かみを感じる。
自分を守ってくれるものだと思うと、よけいにそう感じるのかもしれない。
「第三王子は来週から通い始めるそうだ。
学園で会うこともあるだろうが、特に気をつかう必要はない。
こちらが下手に出る理由は何もないからな。
…もし、戦争になったとしても大丈夫だ。
あんな形でイディア妃が離縁して帰ったことで、
戦争が起きてもいいようにこの数年間準備してきている。
ココディアから輸入している鉱物は、数年間購入しなくても済むように買いだめしている。
それにフリッツがココディアに代わる産出国を見つけてくれている。
嫌なことを我慢する必要はない。
ソフィア、もうすぐお前は正式に王太子になる。
そのことをわかっていなさい。」
「はい、お祖父様。」
戦争になっても大丈夫。
平和を望むお祖父様からその言葉が出るということは、
第三王子との婚約話はかなり強引に持ち掛けられたんだろう。
学園で会ったら何を言われるのか…。
少なくとも友人として仲良くはなれそうにないと思った。