30
学園が始まって二週間目。
午前授業だった慣らし期間が終わり、今日から一日授業になる。
午前の授業が終わり、昼休憩の時間になる。
「本当に俺も一緒でいいのか?」
「うん、せっかく仲良くなれたんだし、一緒に食べようよ。」
この一週間でダグラスとはすっかり仲良くなっていた。
というよりも、私を庇った発言をしたせいで、
ダグラスはA教室の他の令息たちとは話さなくなっていた。
その責任を感じてというのも少しあるが、
前列で隣ということもあり、課題を一緒にやることも多い。
そうしてわかったのは、ダグラスは努力というものを評価する人間のようだ。
身分や貴族としての立場というものを無視するわけではないが、
その上で努力や人間性というものをよく見ている。
王女という立場をわかっていながら、
それでも勉強する学生として見てくれるダグラスは貴重な友人になっていた。
昼食は護衛であるカイルとクリスも一緒に食事を取るため、
王族用の個室を使うことになっていた。
普通は護衛が一緒に食事をすることはない。
だが、個室であれば他から見えない。
交代で食事をさせるくらいなら、毒見を兼ねて一緒に食事したほうが早い。
どうせならと、その個室での食事にダグラスも誘ってみた。
食堂に入ると学生たちががやがやと食事を楽しんでいる。
広い食堂の奥に個室があるため、学生たちの横を通り過ぎていく。
何か視線を感じた。そちらを見ようとしたら、すっとカイルが私の横に立つ。
大きなカイルの身体に隠れて向こう側は全く見えない。
成長期で伸びたといっても他の令嬢よりも小柄な私では、
カイルに隠されるとすっぽりと覆われてしまうようだった。
「カイル?」
「さ、個室はあちらです。」
何やら意図的なものを感じたが、カイルが見なくていいというのならそうなのだろう。
少しだけ泣いているような声が聞こえたような気がしたが、個室に入ると聞こえなくなる。
部屋の奥の席に座ると、カイルとクリスが目くばせをしていた。
「…カイル。さっきのは何があったの?」
「食堂にアレがいました。」
「アレ?」
何のことだろうと思っていると、クリスが大きなため息をついた。
「姫さん、忘れているならそのままにしておいてあげたかったが、
そういうわけにもいかないらしい。あそこにいたのはイライザ嬢だよ。」
「あぁ…そういえば。イライザも学園にいるんだ。」
そういえば二つ上のイライザは三学年にいるはずだ。
すっかり存在を忘れていた。王太子の仕事で忙しかったのもあるし、
もう会うことも無いと思っていたのもある。
甲高い声を思い出すとざわりと嫌な気持ちがよみがえる。
最後に会った時の蹴られたふとももをなんとなくさわってしまう。
もう痛みもないし、カイルに治してもらったのに…。
「大丈夫だ、心配するな。ちゃんと守るから。」
カイルの大きな手で背中を撫でられ、ゆっくりと深呼吸する。
ルリの心配そうな顔とダグラスの渋い顔が目に入った。
あぁ、二人も一緒にいるんだった。ちゃんとしないと。
「姫さん、無理しなくていい。
ルリはもちろん、ダグラスにも知っておいてもらいたい。
今日、この後イライザ嬢のことを聞くために人を呼んでいる。
そろそろ来るだろう。」
めずらしく真顔のクリスの言葉通り、すぐにドアがノックされた。
「入れ。」
ドアを開けて入ってきたのは、金髪を一つに結んだ眼鏡の学生だった。
私に気がつくとぺこりと頭を下げた。
あまり頭を下げ慣れていない感じがする。動きがぎこちない。
まだ学生なら仕方ないのかもしれないけれど。
「顔を上げて。」
「はい。」
やはり見たことのない令息だ。私より少し年上だろうか。
誰だろうと思っていたら、クリスがため息をつきながら紹介してくれる。
「姫さん、えっと…こいつは弟のデニスです。」
「え?そうなの?」
思わずまじまじと見てしまう。クリスの弟ということなら、バルテン公爵家の者か。
頭を下げ慣れていないというのもわかる。
公爵家のものなら、それほど下げる機会はないだろうから。
言われてみれば眉と鼻筋が似ている気もするけど、金髪緑目のデニスは身体が大きい。
筋肉がしっかりついているのか肩幅が広くて腕も太い。
すらっとした少年のようなクリスとは体型が全く違っている。
「デニス・バルテンと申します。学園の三年A教室です。」
「そうなんだ。先輩なんだね。」
「ここにデニスを呼んだのは、イライザ嬢の話を聞くためだ。」