43(カイル)
「姫さんはもう寝たのか?」
「ああ。めずらしく馬に乗ったしな。疲れたんだろう。」
学園と東宮にしか行くことのない姫様が、
王家の森まで馬に乗っていくのは体力を使ったんだろう。
夕食が終わる頃にはもう眠そうな顔をしていて、
湯あみが終わったら半分寝ているような状態だった。
いつもは年齢以上に落ち着いている姫様だけど、
ああいう状態になると出会った頃とあまり変わらなく見えるな。
思い出してしまったらにやけていたようでクリスにからかわれる。
「思い出し笑いって。よっぽど二人で行く湖は楽しかったんだな。」
「あぁ、まぁ、そうだな。楽しかったよ。
クリスを置いていったのは悪かった。
姫様は今度はみんなで行こうと言っていたよ。」
「まぁいいよ。カイルの事情もなんとなくわかってたし。
二人でゆっくり話せたのなら良かったよ。
もう色は隠さなくなったんだな。
今日はそのことを話してきたんだろう?」
「ああ。この色は関係ないって言われたよ。」
学園の入学が一緒だったクリスは、俺の本来の色を三年見ている。
王宮に来て色を変えた時は何か言いたげだったけれど、
それでも聞いてくることは無かった。
お互いに何か隠していることはわかっていたし、
聞かなくてもいいという関係は悪くなかった。
「…なんだか悩んでいるようだったけど、
カイルが姫さんから離れるとか想像できない。
どうせ王配の話を断ったとしても、
姫さんの隣に新しい護衛騎士がついたら慌てて戻ってきただろうよ。」
「…そうだな。
ココディアの第三王子に狙われてるって聞いたら、
俺の悩みなんてぶっ飛んでいったよ。
馬鹿だなって思った。あの時、姫様と約束したのを忘れてたなんて。」
ずっと一緒にいるって約束した。
姫様が俺を必要とするなら、ずっとそばにいて守ると決めた。
護衛騎士じゃなく王配に変わるからと変に動揺してしまったけれど、
姫様から離れて平気なわけなかった。
「思い出したのならいいよ。
忘れたままなら、何か言ってやろうとは思ってたけどね。
…王配の問題は解決したとして、第三王子の件は本気でやばいようだな。」
「あぁ、王配候補としてすぐに婚約というのは予想していたことだが、
まさか王族にされるとは…予想外だった。」
湖から戻って、姫様とクリスと共に陛下に報告にあがった。
王配候補に、姫様の婚約者になることが決まったと同時に、
フリッツ第二王子の養子となる手続きが取られた。
つまり、書類上は俺とクリスは王族の一員で、姫様の従兄弟ということになった。
「ただの婚約者じゃ弱いってことなのか、
公爵家と辺境伯家から口出しされるのをさけるためなのか…。
まぁ、どっちもかもしれないな。
公爵家はもともと王家の血筋だし、
カイルもその色だから問題ないと判断されたんだろう。」
「俺に関しては辺境伯領地の者と縁を切るためだろう。」
姫様に伝えたこともあるし、これから王配同士として知っていたほうがいい。
そう思って俺の祖父が前王弟だったことを説明する。
さすがに驚くかと思ったが、クリスは顔色一つ変えなかった。
「ふうん。じゃあ、姫さんの王配になるのに何も問題ないね。」
「あ、ああ。」
「まぁ、王配は最低でも三人だそうだから、もう一人必要になるけど…。
姫さんの近くにいる王配になれそうな奴ってダグラスくらいだよな。」
「ダグラスか。悪くないんだが、なんていうか。
姫様と話していると、完全に友人の会話なんだよな。
それに侯爵家の一人息子だし、王配になれるかどうか。」
ダグラスは血筋もいいし、才能もあって努力もする。
姫様にとてもよく似ていると思うが、二人の会話は完全に男同士の学生のものだ。
二人の間に色気というものを一切感じない。
…姫様自身がそういう意味では幼いままなので、仕方ないとは思うが。
王配の意味、ちゃんと理解しているのか心配になるが、
さすがにそれを言ったら怒られそうだ。
「まぁ、まだ時間あるから。
ただ、ココディアの王子をその三人目にするわけにはいかない。
明日からは二人体制に戻そう。」
「そうだな。」
最近は王太子の仕事量が増えて、姫様の護衛はどちらか一人がついていた。
明日からは俺とクリス両方ついていたほうがいいだろう。
どうしようもない仕事だけはこなさなければならないが、
その際は影の人数を増やしてもらうことにする。
「…姫さんはさ、いつかちゃんと誰かを想う日が来ると思うよ。
その時、俺はちゃんと笑って祝福できる。
カイルは?」
「姫様を祝福…?」
「考えてなかったって顔だな。
まぁ、いいよ。明日に備えて俺はもう休む。おやすみ~。」
いつか…姫様が誰かを想う日が来る?
俺とクリス以外の誰かに恋をする日が来る?
そういう意味では成長しなかった姫様にそういう日が来るというのか。
クリスに言われたことが引っかかって、なかなか寝付けなかった。