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「…わかった。イライザとは別れる。ソフィアと結婚すればいいんだろう?」
「え?」
静かだと思っていたハイネス王子が、顔を上げて私を見た。
渋々、そんな感じの顔で私を品定めしているハイネス王子に、
まだそんなことをいうのかと呆れてしまう。
周りから冷たい目で見られているというのに、
まったく気が付いていないようで私へと手を差し出してくる。
「まぁ、好みではないが、綺麗な顔しているし、
結婚してやってもいい。これで文句は無いだろう。」
「お断りします。」
「はぁ!?なんでだ!結婚してやると言ってるのに!」
「私にはクリスとカイルという婚約者がいるの!
ハイネス王子は必要ないわ!」
あぁ、ようやく断ることができた。
さすがにはっきり断られ、ハイネス王子が崩れ落ちる。
それを後ろからハイネス王子の侍従が支えているのが見えた。
侍従もこの状況がまずいのを理解しているのか真っ青な顔をしていた。
この状況に一番騒ぎそうなイライザが静かなのが怖くて、
様子をうかがうとぷるぷると震えているのが見える。
うっすらと涙を浮かべ、唇を噛んだのか血が滲んでいる。
「…もう許さない!私からすべてを奪うなんて!
全部返しなさいよ!私のお祖父様を!王女としての立場を!
全部、全部、私のものだったのに!!」
悲鳴のように叫んだと思ったら、右手をふりあげたイライザから魔力を感じた。
「…っ!イライザ!それはダメ!」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
イライザの頭上に手のひら大の炎が無数に浮き上がる。
まずい。魔術が未完成のまま発動している。
あのままこちらに向かって投げても、いろんな方向に飛んで行ってしまう。
結界を張ろうかと思ったが、周りに人が密集していて、
このまま結界を張ったら弾き飛ばしてケガをさせかねない。
どうしようかと迷ったその時、イライザの頭上から水の塊が落ちてきた。
「…っ!?」
ばしゃあと水の塊を受け、炎は消えてイライザがずぶぬれになる。
イライザは呆然としながらも再度炎を出そうとするが、
そのまえに細いロープが飛んできて手足を拘束していく。
叫ぼうとした口もふさがれ、暴れようとしても何もできずに転がった。
「…良かった。クリス、カイル、ありがとう。」
「こうなることも予想していたからね。」
「一応は護衛騎士だからな。」
炎を消すためにクリスが水を被せ、そのあとカイルがイライザを拘束したようだ。
流れるような一連の動きに、周りで待機していた近衛騎士たちも見とれていた。
「騎士たち、ハイネス王子とイライザを確保しろ。」
「「「「はっ。」」」」
お祖父様の指示で、近衛騎士たちが慌てて二人を捕まえに行く。
そのまま廊下へと連れて行こうとした時、お祖父様が騎士たちに待ったをかけた。
「あぁ、連れて行くのはちょっとだけ待て。
こうなった以上はきちんと話しておいたほうが良かろう。
数年前、横領などの罪に問われて王都から追放になったエドガーだが、
そのさい公爵夫人も同じ罪に問われていた。
取り調べをした結果、公爵夫人は自分たちの罪を認めただけでなく、
イライザがエドガーの子ではないことも告白した。」
「……え?」
ずぶぬれになったイライザの目が大きく開かれる。
見たくないのに意思に反して開いてしまったかのように、
その目は恐怖の色に染まっている。
義叔母様がイライザを産んだ時に、
叔父様の子ではないかもしれないと疑われたとクリスから聞いていたけれど…
まさか本当にそうだったなんて。
「イライザの父親は学園で同級生だった商人の息子だった。
だがエドガーにそのことを伝えても、それでも離縁しないというのでな。
まだ九つのイライザに真実を伝えることはしなかった。
王宮への出入り禁止を命じていたし、儂と会うことも無いと思っていた。
王族でもないし、一代公爵の地位はたかが知れている。
わざわざ公表して傷つけることも無いだろうと思ってしまった。
だが、こうやって王位の簒奪をもくろむようなことになってしまうのであれば、
あの時に公表しておくべきであった。
儂の孫はソフィアとエディとエミリアだけだ。
イライザは公爵夫人の不貞の子であり、儂の孫ではない。」
公表された事実の重さに、広間中が静まり返る。
その中で、イライザだけがかすれた声でつぶやいた。
「…そんな…嘘だわ…お祖父様は私を愛してくれているはず…。」
「連れて行け。」
「…いや…いやよ…そんな。」
抵抗するイライザを引きずるように近衛騎士が廊下へと連れていく。
その後、侍従にささえられながらハイネス王子が連れて行かれた。
気が付かなかったが、ハイネス王子とイライザの後ろに令息が三人ついていたようだ。
事情を聞くためなのか、その三人も近衛騎士に囲まれて連れていかれる。
「…三の兄様!」
そのうちの一人、イリアがカイルに助けを求めていたが、
私を守るように立つカイルがそちらのほうを見ることは無かった。
全員が広間から出た後、お祖父様が手を叩いて注目を集め、
何事も無かったかのように明るい声を出した。
「さ、もめごとは解決した。
夜会を開かねば収穫の女神がお怒りになるだろう。
さぁ、飲んで騒いで祝ってくれ!」