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「ねぇ、この彼はあなたの護衛よね。すっごく綺麗。
決めた!この護衛は私のものにするわ。」
「「「「「は?」」」」」
「あ、心配しなくてもちゃんとお礼はするわよ?
あとで請求してくれたら支払うから。
さぁ、行きましょう?
ここにエディ様はいないようだから、一緒に探して!」
……えーっと。クリスを私の護衛だと思ったのは正解だけど、
どうして簡単に自分のものにできると思ったんだろう。
この子の名前すら聞いていないのだけど、請求してってどういうこと?
初めて会った他人の護衛をお金で買おうとしている?
こういうことをいつもしているってことなんだろうか。
「断る。」
私たちがあっけに取られているうちに、クリスが冷たく言い放った。
それはそうだ…クリスに命令できるような身分は、私かお祖父様くらいしかいない。
可愛らしいからといって令嬢のわがままを聞くような性格でもないし。
令嬢は断られたことが意外だったのか、一瞬動きが止まった。
もう一度動き出したと思ったら、にっこり笑って命令をした。
「聞こえなかったの?あなたは私が買うと言ったの。
わかりました以外の言葉はいらないのよ?」
「お前は馬鹿なのか?」
「…は?」
「どうして俺がお前よりも身分が低いと思っているんだ。
俺を買うだと?何を馬鹿なことを言ってる。」
これ以上ないほど冷たく返され、ちょっとだけ令嬢がかわいそうになる。
クリスが公爵家の出身で王族だと知ったら恥ずかしいだろうと思ったから。
社交界にしばらく出てこれないほど恥ずかしいだろうと思うと、
今のことは聞かなかったことにしてあげたくなる。
だけど、令嬢はクリスの言ったことを理解できなかったようだ。
「ちょっと!なんなの!この生意気な護衛は!
ちゃんと言い聞かせなさいよ!」
まだわかっていないのか、私へ文句を言ってきた。
ため息が出そうになる…と思ったら、
黙って見ていられなくなったダグラスが口を挟んだ。
「なぁ、お前は誰なんだ。
ここが王族専用の個室だと知らないで入ってきたんだろう?
お前が護衛だと思っている人は王族だぞ?」
「…は?」
「お前は王族相手に買ってやるから従えと言ったんだ。
どれだけ不敬なのかわかるか?」
「え?だって、学園にいる王子はエディ様だけでしょう?
この男が王族なわけないじゃない。」
「はぁ…知らないのか。この方はクリス様といって、
ソフィア様の婚約者でフリッツ第二王子様の養子になっている。
ついでにいえば王族になる前も公爵家の出身だ。」
「は?王女の婚約者?嘘でしょう?」
ここまで言われても理解できないのだとしたら問題だ。
さすがにこのまま放っておくわけにもいかないか。
「今聞いたことは全部本当よ。
ところで、あなたは誰?
王族専用の個室に許可なく入ってきて、名乗りもしないの?」
「うるさいわね。私は騙されないわよ?
王女の婚約者はカイル兄様だって聞いているわ。
私はアンナ・アーレンス。王女の婚約者の妹よ。」
アーレンス!辺境伯の令嬢…ということはカイルの異母妹?
おもわず隣にいるカイルを見たら、ものすごく渋い顔をしていた。
「お前がアンナ?」
「わかったら黙りなさい…って、もしかしてカイル兄様?」
「そうだ。…こんなに失礼な令嬢が妹だとは思いたくないけどな…。
お前が失礼なことを言った相手は王女のソフィア様だぞ。
ついでにいうと、クリスも俺もソフィア様の婚約者で間違いない。」
「は?二人とも婚約者?」
「ソフィア様は女王になるから、王配は三人持つことになる。」
「え?本当に二人とも婚約者なの?
信じられない。王女って、そういう人なの?
見目のいい男を侍らかすために三人も結婚するなんて!
こんなふしだらな女に良いようにされるなんて、カイル兄様も可哀そうね。」
「…この女、捨ててきていいか?」
「まて、俺が捨ててくる。」
「クリス様、カイル様、俺が捨ててきます。」
「私が捨ててきます!というか、絶対に許しません!」
ふしだらな女…あまりのことに頭が真っ白になる。
私が何も言えないでいると、周りの四人が一斉に怒り出した。
さすがに自分の味方がいないことを感じたのか、
「どうせカイル兄様なんて裏切り者なんだし、どうでもいいけど。」
そう言い捨てるようにして出て行った。
カイルが裏切り者?
「カイル、あれは本当に妹なのか!?」
「…俺としては認めたくないが、異母妹であることは確かだ。
王宮に戻ったらすぐに陛下に報告に行く。」
「信じられません!なんなんですか!あの子!
ソフィア様をふ、ふしだらだなんて!絶対に許せません!」
「あれは学園側にも報告したほうがいいですよ。
絶対に他でも何か問題を起こします。」
アンナがいなくなった後も、怒りは収まらないようだった。
「……なんか、ごめん。僕が追いかけられてたからこんなことに。」
「…俺からも申し訳ないです。
もっと上手にあしらっておけばよかった。」
あぁ、忘れていた。エディとアルノーを隠していたんだった。
壁の幻影を解くと、申し訳なさそうな顔をした二人が出てきた。
「エディ、あの令嬢に追われていたの?」
「ああ。僕たちを追いかけてきたのはあの令嬢で間違いないよ。
あの令嬢はC教室らしいんだが、授業が終わる前に抜け出してきて、
廊下で待ち構えていたんだ。」
「ええぇ?」
「エディを結婚相手にしようと思っているみたいでしたよ。
私を娶れたら王族として地位があがるでしょ、とかなんとか言って。
どうしてそう思ってるのかわからないんですけど…話が通じなくて。」
「あの令嬢と結婚したらエディの地位があがる?
意味がわからないわ。」
「僕も…まったく意味がわからないよ…。」
席に着いたらぐったりとするエディに、よっぽど大変だったのだろうと思う。
話をしていた時間は短かったのに私も疲れてしまっている。
周りのみんなは疲れるよりも怒りが先に来ているようで、殺気を感じる。
「とにかく、食事をしましょう?
急がないと、私たちは授業が始まってしまうわ。」
昼休みになったばかりのエディ達と違って、私たちはもう残り半分も無い。
とりあえず食事をして、この問題は帰った後で話し合うことを決めた。