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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第二章

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EP.38『悩みは増える一方』

 歓談も程々に済ませたら、ニコールたちは観光よりも先にレスター伯爵邸へ向かった。たとえレイフォードに恩があるとしても、必要以上に関わりたくない。既に命を奪われそうな体験をして、誰が戦争を仕掛けようとしている国へ使節として向かうなど危険な任務につきたがるだろうか。


「信じられないよ。流石に共和国相手に使節団に加わるなんて危険がすぎる。あちらは戦争を仕掛ける気しかないんだ。行って殺されでもしたらどうする?」


 声こそ荒げていないが、言葉の刺々しさから静かな怒りを抱いているのが分かる。騎士をやめたのは、平穏な時間を得るためだ。証拠品の剣と証文のいずれかを持ち帰れば、疑惑は晴れて無実を勝ち得られる。それだけで十分。それ以上の名誉など必要ない。ただ平凡なニコールとアダムスカという人間でありたかった。


「気持ちはわかります、ニコール。アタシも出来れば受けたくはありません」


「出来ればって何。君は受ける気なの?」


 ニコールがムスッとした顔でアダムスカを見た。同じ気持ちではないのか、と不安さえ感じているような、悲しそうな瞳だった。


「受ける気というか、アタシは受けた方が良い気がするんです」


「……どうして?」


「そう悲しい顔をしないでくださいよ。理由はきちんとありますから」


 宥めるように抱き寄せて肩を擦り、止まった足を再び動かす。


「共和国との戦争が起きれば、どのみちアタシたちは戦力として駆り出される事になります。国の方針としてこちら側に拒否権はないでしょう。大規模な戦場に駆り出されでもしたら、それこそアタシたちの命がありませんよ」


 腕のある騎士が送られるのは大規模な戦場だ。ましてやオーラ使いともなれば、最前線に送られるのは間違いない。拒否権もなく、レイフォードは平等で、決して二人を安全地帯になど置いたりはせず適切な配置にするのは明白だ。


 ニコールは親衛隊でも指折りの実力者で、アダムスカは黒のオーラ使いともなれば配属先は目に見えている。戦場で与えられるのは勝利と名誉だが、その代償は明らかに釣り合っていない。重さがまるで違う。


「アタシたちが生きていくためには使節団に加わって共和国に入り、和平交渉を進める事じゃないかと思うんです。もしかしたら穏便に済むかもしれないし」


「……でも、共和国は戦の神を祀る人々の国だろう。野蛮が過ぎるよ」


 話に熱中していると、誰かにどんっ、とぶつかった。


「あっ、すみません」


 相手が尻もちをついたのを見て、ニコールが手を差し出す。


「やあやあ、結構。こちらが不注意だったよ。君、歩いてるだけなのに、まるで杭が刺さってるみたいにビクともしないんだねぇ、驚いちゃった」


 真っ白なローブに、エメラルドの小さなネックレスをした女性が、立ち上がってフードを脱ぐ。オレンジの爽やかな髪が風に靡いた。


「流石はニコール・ポートチェスターとアダムスカ・シェフィールド。会えて光栄だよ、騎士様。私はディアーナ・ラングレイスだ」


 差し出された手を握り返しつつ、戸惑いがちにニコールが尋ねた。


「……えっと、初めまして、ですよね。どうして我々の名を?」


「そりゃあ、魔塔から来たからさ。安心したまえ、偽名じゃないよ。私は魔塔の所属ではなくなった人間だから、名前を隠す理由もないんだ、規約に縛られないフリーの魔法使い、と言えば分かるかな。なにせ私は天才ゆえに、魔塔のルールに縛られていては先がないと判断して、後進の育成は今の魔塔主に任せて例外的に島の外を出歩く事を許可された、そりゃもう右に並ぶ者のいない────」


 早口な上に話が長くなりそうな気配を感じてアダムスカが口を挟んだ。


「つまり偉大な大魔法使いのディアーナさんが、なぜ魔塔に呼ばれて港町へ?」


「……あ、うん。君たちを探してたんだ」


 急にトーンダウンして残念なものを見る目を向ける。アダムスカに対する心象が、些か悪くなっていた。話を最後まで聞いてくれないから嫌、と。


「ま、私の好き嫌いはともかくとして、君たちのオーラに関する魔法の研究だが、結果を伝えたい。別の場所で話そう、講義以外の立ち話は嫌いなんだ」


「ちょっと待ってください、私たちが頼んだのは昨日ですよ? もう結果が?」


 ジョナサンが頼りになる人物を呼ぶと言った事自体が昨日なのだ。言えばそれから一日が過ぎただけで、もう魔塔に辿り着き、研究を済ませたというのか。あまりにも荒唐無稽な話を信じられずニコールが引き留めた。


「天才魔法使いは何でも知ってて、何でもできるのさ。だけど複雑な話になるから、少々時間をもらいたい。そのあたりの喫茶店で、コーヒーはそっちの奢り」


 呆気に取られながらも、先を行くディアーナを追って歩く。天才肌の魔法使いとは、これほどまでに自由なものなのだろうか、と不思議な気持ちになる。


 近場の喫茶店に着いたら、適当な席に座ってコーヒーとケーキを注文する。ディアーナは足を小さくぷらぷらさせて、町の景色を眺めながら言った。


「結論から言うけどさぁ。既にそれは私が魔塔を出て最初に研究した分野でね。────消せないよ、君の黒いオーラ。手段はひとつだけ、白銀のオーラ使いによるオーラ消失現象を起こす事。残念ながら、他には何も手はないんだ」

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