EP.39『助けたいのなら命を懸けろ』
大天才であり、大魔法使いである事は決して誇張ではない。ディアーナはジョナサンよりも遥かに優れた魔法使いだ。魔塔にいては、いつまでたっても下の人間の面倒を見るばかりで夢見た自分にはなれないと理解し、早々に魔塔主を別の者に任せて、さっさと魔塔を出て行った。
ディアーナの最初の研究が、オーラと魔力の関連についてだった。どちらも人間の体内に宿る特殊なエネルギーであり、いずれも本人の自由意思によって操る事ができるものだ。人体に強く結びつく特殊なエネルギーの研究は五年にも及んだ。
「……与えられるものなら捨てる事もできると信じて研究を続けたが、私の五年はさっぱり意味のないものだと思い知らされたよ。現時点で、そしてこれから先も、オーラを消失させるには命を懸けるしかない」
届いたコーヒーを飲みながら、ディアーナは淡々とそう語った。
「君たちが知るのは、いや、およそ一般的に知られるのはオーラの色と、その能力の違い。発現条件……。さらにそこに加わる要素が正と負のエネルギー関係だ」
聞きなれない言葉に、ニコールが尋ね返す。
「正と負のエネルギー関係……とは、どういうものなんです?」
「うむ、それを今から説明してあげよう」
懐から小さな手帳を取り出して、ぱらぱら捲っていく。
「正と負のエネルギーっていうのは非常に単純なものだよ、お二人さん。正のエネルギーはあらゆるものに干渉するが、負のエネルギーにはそれがないのさ」
いずれも感情によって生み出される力でありながら、正のエネルギーは人間の純粋さから生まれる特別なものだ。魔力のように負のエネルギーを持たず、またいくつかのオーラは負のエネルギーへの干渉が可能だった。
それが弛まぬ情熱と別名のつくオーラと、純潔の白銀と呼ばれるオーラ。まさしく、アライナとニコールが該当する能力である。さらに言えば、白銀のオーラに限っては、あらゆるオーラにさえ干渉する能力まで持っているのだ。
「だから魔力でオーラを消すなんて考えは捨てた方がいい。君たちに求められるのは、生きるか死ぬかという、この世で最も大きな賭けなわけよ」
手帳を二人に見せる。ディアーナが記したのは、古い本の中身と同じく、オーラわ消す手段として白銀のオーラを纏った剣でむねを貫く事だ。
「そんな……。ではアダムを助ける方法は他に何かないのですか!?」
机に手を突いて立ち上がったニコールが、逃げていく希望に追いすがるようにディアーナに言った。絶対に助ける方法があるはずだと信じたかった。
だが、ディアーナはまっすぐ見つめ返して臆さず答えた。
「人の命を助ける事が簡単だと思うな。この世に広まる医学が、どれだけの亡骸によって組み立てられたものか。考え事はあるかな、お嬢ちゃん」
手帳を懐にしまって、ニコールをディアーナの鋭い視線が射貫く。
「命ナメんなよ。助けたいなら命懸けろ。右を向けばくたばる未来しかない。だが左には可能性が残ってる。どちらかしかないんだよ」
言い返す言葉が出てこない。まったくその通りだと感じて、ニコールはただ唇をかみしめる事しかできなかった。
「ニコール、大丈夫ですよ。やるだけやってみませんか?」
袖を掴んで座るよう促しながら、アダムスカが言った。不安も纏わず、ただ信じると言わんばかりの瞳で。
「アダム……。でもこの方法は危険すぎる。アイデン隊長に刺されたときだって、私がオーラ使いだったから助かったに等しいんだ。あの出血量は────」
間違いなく命を落とす。そう言いかけたところで、ディアーナが口を挟む。
「おいおい、早計だな。オーラには干渉できないと言ったが、人体に対して私たちが手の施しようがないと、ひと言でも言ったか?」
新しく届いたコーヒーを飲み、ディアーナは優雅に。
「私とジョナサンで治療を手伝おう。医者にかかるよりは生存確率が幾らかあがるだろう。ただの傷であれば、私たちの方が治すのは確実に上手い」
希望はある。絶対に助けられる保証はない。いくらかの失敗の可能性はもちろんあるが、大魔法使いの威信に賭けて救ってみせると自負がある。それは、これまで成功例の少ないオーラ消失現象後の生存確率を引き上げる歴史的快挙になる。
「とはいえ魔力もそう簡単なものじゃなくてね。魔力は全員がまるで違う個性を持つ。ひとりひとりの顔立ちや体型が違うようにだ。そういうものを混ざり合わせた場合のリスクを減らすために、やはり待ってもらう必要があるわけ」
からっぽになったカップを置いて、ディアーナはさっさと席を立った。これから忙しくなるぞ、と楽しみな顔をしてアダムスカの肩をバシッと叩き────。
「期待していたまえ。君の命は二日後には救われる」
去っていくディアーナの背中を見送り、ニコールは静かに席に着く。自信に満ち満ちた姿は大魔法使いらしいと言っていいのか、なんとなく信用できる気がした。
「上手く行くといいですね、ニコール」
「……うん、そうだね」