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郷愁

作者: 泉田清

 深夜目を覚ます。ゴオオ・・・、遠くで音がする。それはガタンガタン・・・、とも聞こえた。心地よいリズムで、遠くを走る電車の音かもしれない、そう思いながら再び眠りに落ちた。


 川沿いの道を走っていた。助手席にいるのは親戚(叔父でも叔母でもいい、あるいは曾祖父でも曾祖母でも)だ。体調を崩してしばらく実家にいた(私はアパート住まい)。回復したのち「独りでも家にいたほうがいい」という希望を尊重し、私が家まで送り届けることになったのだ。川沿いの集落には商店街があった。開いている店は僅かだ。「そこを右に曲がると駅があるんだよ」親戚が教えてくれた。この辺の住人は昔、ここから三つか四つの山を越えた町へ、電車に乗って遊びに行ったという。

 とても驚いた。「山を越えた町」は現在の私の勤務地である。何十年も前。確かに駅前にはデパートがあった。周辺の商店街は中々の賑わいだった。初売りともなれば大変な騒ぎで通りには人が溢れた。子供自分で金は無かったが、歩いているだけで楽しかったものだ。いまデパートの跡地は葬祭センターになっている。商店街も殆どが店を閉めた。田舎でひときわ立派なのは葬祭センターと老人ホーム。何処も同じである。人々が買い物に出かけるのはバイパス道路沿いのショッピングセンターなのだ。


 川沿いの道に入る前。山をV字にくり抜いたような峠道を通った。入口には古い蕎麦屋がある。

 ある冬の夜。ショッピングセンターの帰り、峠道を通ると、下りの緩やかな右カーブでハンドルを取られた。路面が凍結していた。街灯やコンビニの明かりがグルグル回る、地球は回っている、緩慢な意識の中で我を失う。そのまま右回りに一回転して反対車線で停止した。周りには人も車もない。田舎で良かったと心底ホッとした。

 今は助手席に親戚を乗せている。何だか緊張する。「あの蕎麦屋には教職員がよく来るんだよ」親戚が言うには山の上には学校があり、蕎麦屋と学校は階段で繋がっているという。雪が降ったら危なそうだ。


 「V字峠道」の山の、一つ手前の山で、ソーラーパネルの工事が行われていた。広い範囲の木々がとぐろを巻くように伐採され山が禿げあがっていた。禿山にポツンと鳥居が立つ。こういう光景を何度も目にした。こんな信心深いわけでもない、観光で賑わっているわけでもない田舎でも、信仰に対する跡がみてとれる。そう思うと少なからず感動する。同時に無秩序に行われる太陽光発電開発に違和感を覚える。様々な影響があるだろう。昨今の頻発するクマの出没もその一端だと思う。

 ある親戚(助手席のとは別の)の家の裏山に鳥居があった。遠い昔遊びに行った時の事。鳥居をくぐり奥へ進むと、たくさんの木枠が打ち捨てられていた。「ある親戚」はかつて養蚕業を営んでいた。「オカイコサン、オカイコサン」と言っていたのをよく覚えている。ムシケラにサン付けとはね。かつてオカイコサンを養った木枠は山の中に打ち捨てられたわけだ。しかし感謝せねばなるまい。財産を築いた「ある親戚」は最も多く小遣いをくれたのだから。


 いま、助手席にいる親戚がくれる小遣いは普通ぐらいだった。それが送迎料。

 土手の上を散歩する老人がいた。クマはああいった、一人で行動する老人を標的にする。老人が一人で行動する傾向がある、ともいえる。私の住む町、および勤務地でクマの目撃情報は今のところない。隣町ではあるようだ。隣町に住む同僚がいうには「クマは川を伝って山から来る」そうだ。山沿いはもちろん河川敷での目撃例も多いという。とするなら、あの散歩する老人はなおさら危険ではないか。

 「この辺でクマは出ないの、川によく出るって聞いたよ」話しかける。「クマなんていないよ!」それまで夢見心地だった親戚の表情が一変した。「クマなんて出たことないよ!」鬼気迫る表情で叫ぶ。そうだ。我々は今に生きている。安楽で美しい、過ぎ去ったものの中では生きられない。


 無事、親戚を自宅に送り届けた。川沿いの集落を抜け別の道を通ってみた。細く住宅を縫うようにして続く道。とても小ぢんまりとした、しかしよく整備された無人駅に突き当たった。何台もの自転車が停められている。確かにこの辺りは新築の家が多い。向かいには保育所があり、中には何人かの子供たちがいた。今でも電車は住人たちの足なのだ。

 どんな田舎にも新しい世代は生まれる。その事実は独り者に希望を与えた。新しい世代、新しい希望、新しい世代、新しい希望、念仏のように唱えていると、細い道は意外な場所に出た。「V字峠道」の蕎麦屋の前。ここに繋がっていたとは。グウウ、腹が鳴る。ちょうど昼時である。


 車を停める。ここで昼食を摂るか大いに悩む。初めて入る店はいつも緊張するものなのだ。

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