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鼻がもげた雪だるま

作者: 八原


 それは僕が小学生五年生の頃のことだ。


 僕の故郷では、よく雪が降る。


 そして馬や兎などが普通にそこらへんを闊歩(かっぽ)するとんでもなく田舎なので、必然、都会のようにゲーセンに行ったりなどはできるはずもなく、やる遊びと言えば雪だるまを作ることくらいなものだった。


 そして事件はそんな時に起きた。


「なんだなんだ、一体」


 僕は朝起きて、家の前で木で鼻をくくったような顔を浮かべた。


 昨日、いや、昨日も、一昨日も、そのまた前の日も、僕の作ったゆきだるまの枝で作った鼻の部分がなくなり、丸くへこんでいたのだ。


 それはもう、子供に悪戯で殴られてんじゃないかって思うような、そんな感じに。


「むぅ、つまらん」

 

 悪戯なんだとしたら、あまりにもつまらな過ぎる。


 そう思い、しばらくは放っておいたのだけど、しかし、ここまで続くと放置することもできない。


 人が熱を込めて作った雪だるまをないがしろにしやがって。


 ……雪だるまに熱を込めちゃあちょっと、可哀想だけれど。


 というわけで、僕は仕方なく、姉に相談することにした。


 一個上の姉は僕と違って頭が良い。

 

 姉に問えば、きっと問題は瞬く間に雪ならぬ、氷解することだろう(……ちなみに、それなら最初(はな)から姉貴に相談しとけよという話かもしれないが、姉は頭が良いが、その分性格が悪い。そのため、極力したくなった。あと、男の矜持(きょうじ)というのも)。

 

「姉貴、これこれこうこうなんだ」

「ふーん」

 

 雪だるま鼻無くなり事件から3日後。


 僕が毎日起こるそれについて説明すると、こたつに入ってしんしんと降る雪を眺めながら姉はそんな風に面白がりも、露骨につまらなそうにするでもなく、ただそう言った。

 

 そして、


「ばっかだなー弟は。そんなことも分かんないの」

 

 そして案の定、相談したことを後悔した。


 いっそ、「やっぱいい。自分で考える」と言いかけるが、しかし、今は雪だるま君の敵討ちがある(だから雪だるまに熱をあげちゃあ以下略)。今更引くに引けない。そのため、僕は文句を歯の裏側あたりで食い止め、ぎりぎり飲み込んだ。


「じゃあ、姉貴には分かったってのかよ」

 

 姉貴はすぐに答えた。


「ああ、分かるね。分かりすぎるね。種はものすごく簡単なことさ。けど、すぐに教えちゃあ面白くない。君はどう思うのかな」


 僕は答えた。


「子供の悪戯でしょ」


 じゃなきゃあ、わざわざ鼻の部分をめりこませたりいないだろう。


「ふむ。不正解」

 

 いい笑顔で姉貴は告げた。


「なんで分かんだよ」

「簡単なことさ。ここは田舎だからね。うちの近くに子供は私達以外いない。だとすれば悪戯をするような人間はいない。もちろん大人も、子供らしさの可愛い象徴である雪だるまを壊したりはしないだろう」


 そんなことも分からないなんて、雪だるまの方がもしかして脳があるんじゃないのかい、と姉貴は言った。雪だるまの中に閉じ込めたくなるが、文句を心の中に閉じ込めて、僕は訊いた。


「じゃあ、誰がやったってんだよ」

「んー、誰ってわけじゃあないんじゃないのかな」

「は?」


 呆れたような声が出た。


 意味が分からない。じゃあ、雪だるま自身が鼻の部分を自らめり込ませているとでもいうのか。


「君は、パブロフの犬というのを聞いたことがあるかな」

 

 とかそんなことを言うと、姉貴はあろうことかそれを無視して、逆にそんな風に脈絡もなく問い返してきた。

 

 なんだ。それは。


「やっぱり知らないか。駄目だね。これはね。犬に餌を与える直前に、ベルを鳴らしていると、ベルの音を聞くだけで犬が涎を垂らすようになったという現象なんだよ」

「だから、それがなんだっていうんだよ」

 

 まるで話にならない。この人は僕の話をきいていたのか。


「それが関係大ありなんだよ。犬だけに、大ありじゃなくて犬ありなんだよ。ねぇ、雪だるまの鼻って言ったら何を連想する?」

「はあ?……人参、とか」


 僕は答えた。まぁ、雪だるまの鼻と言ったらそれぐらいしかないだろう。僕はもったいないので使わないけど、よくインターネットで雪だるまに使われているのをよく見る。一晩にして動物に食われてしまうというのとセットで。


 ………動物?


 ってもしかして!


「そう。人の悪戯ではない。雪だるま。人参。そしてここは田舎。パブロフの犬効果。それを考えて導きだされるものといえば、何かな?」

「兎……」

「うむ」

 

 姉貴は得意げに頷いた。

 

 そうだ。

 

 僕が作った雪だるまには使われないけれど、他人の家で人参が雪だるまの鼻に使われていれば。

 

 それを食べる兎が、僕の作った雪だるまを見れば。

 

 思わず、鼻の部分に飛び込んでくるのではないだろうか。

 

 さっき姉貴が「誰でもない」と言ったのは、人ではなく動物という意味だったのではないか。動物に誰という呼称はなかなか使うまい。


 ……むう。またしても、やられた。


「……教えてくれてありがとう。これで鼻を明かしたって感じ?」


 素直に褒めるのは癪だ。


 だから僕はちょっと掛詞っぽく皮肉を言ってみた。

 

 それを受けて、姉貴は微笑んだ。


 皮肉気な笑みを浮かべて。


 そして言った。


「いいや、種を明かしたのさ」


 雪だるまくらい寒いギャグだった。


とある社会人サークルの執筆会で書いたものです。もし、執筆会に参加されていて、この作品を見ていらっしゃる方がいましたら、当人ですので、ご了承ください。

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