第39話 見てはいけない物
この世界では簡単に車を入手出来る。食糧を収集するために民家を回れば何処にでも車が置いてあり、それを動かす鍵も住宅に入れば見つかるのだ。俺が居た前世に比べると文明は遥かに進んでいる。前世では馬車ですら各家庭に一台なんてあり得ないし、王族や貴族や商会にあるくらいで、せいぜいロバが引く荷馬車があるのが関の山だ。だが恐ろしい事にこの世界では馬のいらない車がそこかしこに置いてある。
俺が感心してポツリと言う。
「全く凄いものだな」
するとミオが聞いて来る。
「なにが?」
「車だよ。何処にでもあるんだな」
「まあ一家に一台か二台は普通だからね」
「恐ろしい文明だよ。なぜゾンビごときで滅びるのか説明がつかない」
「ヒカルの世界に車は無かったの?」
「ああ。馬が引く馬車が移動手段だった」
「そうなんだ…」
俺たちはワゴンと呼ばれる車一台と、玄米が置いてあった建屋に置いてあったトラック一台に分かれて乗っていた。ヤマザキが言うには一度北上して、盗賊達がいると予想される市街地とは逆方向へ進み、それから大きく回って東京に行くのだそうだ。道を知っているヤマザキとタケルとユミがトラックに乗り込み前方を走り、俺とミオ、マナ、ユリナ、ミナミ、ツバサが乗るワゴンがそれを追跡する形になっている。ユリナが運転をしており隣りにマナ、俺は後部でミナミの隣りに座っていた。その後ろの席にミオとツバサが座っている。
雑木林を抜けて進んでいくが、突然草原のような広い土地に出た。するとユリナが言った。
「田んぼ道だけど、本当にこの道で大丈夫なのかな?」
マナがそれに答えた。
「恐らくヤマザキさんも感覚的に走ってるんだと思う。何処までも田んぼが続いているから、本当に東京に着くの? って感じちゃうよね」
「すっごく、長閑なんだけど。それにあまりゾンビは見かけないね」
「時おりポツリと見かけるのがゾンビなんだよね? 人だったりしないかな?」
「まあ止まって確認するリスクは避けたいよね」
「まあね」
それを聞いて俺が答えた。
「ゾンビだよ。なぜこんなところにぽつりといるか分からんがな」
すると今度は俺の隣りのミナミが言った。
「麦わら帽子とか、かぶってるし、たぶん…農家のおじさんじゃないかな? おばさんかもしれないけど」
「普通に農作業してたんだろうね…」
「かわいそう」
そんな話をしていると、前のトラックの後ろに黄色い光が点滅した。そして次第にゆっくりとなり道のわきに止まる。ユリナがその後ろに車を停めて言う。
「なんだろう?」
俺が確認する事にする。
「俺が聞いて来る」
そう言って外に出ようとするが、何処をどうすれば開くのか分からない。…と思っていたら、急にピーピー言いながら扉が開いた。そしてユリナが言う。
「お願い聞いて来て」
「ああ」
俺は急いでトラックの前方に行くと、窓を開けてヤマザキが言った。
「後ろの車に伝えてほしい。前方にコンビニがあるから、もしかすると物資があるかもしれない。立ち寄るので注意してくれと。そしてもしゾンビが居たら」
「ゾンビは俺が処理する。任せてくれ」
「本当に凄いよ。ヒカルのおかげでまるで何事も無かったように、建物の内部を確認できる」
「それはよかった」
そして俺は急ぎ後ろの車に戻り、ヤマザキに言われた事をユリナに伝えた。
「コンビニという場所があるそうだ。これからそこに立ち寄るから注意しろって」
「わかったわ。とにかくついて行けばいいのね」
「そうだ」
そして再びトラックが進み、道の左側にある緑と青の建物に入っていく。
俺が気配感知で捜査すると、周囲の車に一体と建物に一体、そして道向いの資材が置いてあるような場所に二体さまよっている。
ヤマザキがトラックを止めたので、俺は車内の女達に伝えた。
「ゾンビが数体いる。俺が始末するまで車を出るな」
皆が緊張の面持ちで頷き、俺が車を降りるとすぐに扉を閉めた。俺は包丁を握りしめて、前方のトラックのヤマザキの所に行きそれを伝える。
「ゾンビを始末するまで、トラックを降りるな」
「わかった。気をつけてな」
「問題ない」
ゾンビなど昼寝をしながらでも始末できる。俺はまず近くの車に忍び寄って中を見る。すると中に一体のゾンビが座っていた。俺が車の扉を開けると、こちらに気が付き俺に襲い掛かろうとする。しかしベルトに絡まって身動きが取れないでいるようだ。スッパリと首を落として動かなくしてから、すぐに建物の方に向かう。ガラスの扉を開いて中に入るが、そこにはゾンビはいなかった。ゾンビの気配をさぐると、カウンターのような場所の奥の部屋にいる。
「ぴゅいっ!」
俺は軽く口笛を吹いた。するとそれにつられて、ゾンビがカウンターの奥の部屋から出きた。すぐさま包丁を眉間に向けて投げつけて仕留める。ゾンビに近づいて包丁を抜きさり俺はその建屋を一旦出た。そしてヤマザキの所に行って声をかける。
「中は処理した。あとは道の対面にある、あの資材置き場のような所に二体。ちょっと待っててくれ」
「わかった」
俺はすぐに道をまたぎ資材の間を抜けて中に入ると、ウロウロしているのが一体。俺は縮地で次の瞬間そのゾンビの後ろに立って首を刎ねる。そしてその首を持ったまま更に奥に入ると、俺に気が付いたゾンビがのそのそと歩いて来た。俺は持っていたゾンビの頭を、歩いて来るゾンビの頭に思いっきり投げつける。バシャー! と頭を飛び散らせゾンビは動かなくなった。
「よし」
そして再びヤマザキの所に戻り伝える。
「周囲三百メートルにゾンビはいない。コンビニとやらを調べよう」
「ははっ…そりゃ凄い…」
するとその後ろからタケルが言った。
「ヤマザキさん。ヒカルはもっとすげえんだよ。皆はあまり見てないと思うけど、ほんとスーパーマンなんじゃねえかって思う」
「いや、それは俺も東京で見たからな。だけど一緒に行動してこんなに心強い人は、世界どこを探してもヒカルだけだろう」
「ちげえねえ!」
そんな会話をしてヤマザキ達がトラックを降りて来る。それを見たユリナ達もワゴンを降りて鍵をかけこっちに来た。
「ゾンビは大丈夫?」
「始末した」
「よかった…」
そしてヤマザキが皆に伝える。
「コンビニは無傷に見える。とにかく中を確認していこう。トイレも済ませた方が良い」
「そうね。見ていきましょう」
俺を先頭にして皆がコンビニに入った。するとタケルが言った。
「だいぶ荒らされてんなぁ」
そしてユミが周りを見て言う。
「でも、少しは残ってそうよ」
「よし、皆で手分けして食べられそうな物や飲めそうな物を探そう」
ヤマザキの号令で皆があちこちを物色し始めた。良く分からないが俺も中を見て回る。するとここにも沢山の本が置いてあった。
こんなところにも本棚があるなんてな。本なんて貴重な物が、無造作に置いてある辺り文明の差を感じる…
そして俺は小さな本を手に取ってみる。するとそれは文字では無く線で描かれた絵がたくさん載っていた。コトバは分からないが物語が書いてあるようだ。恐らくは絵本のような物なのだろう。しかも同じものが何冊も置いてある。その隣の大きい本を手に取ってみると、カラフルな服装を来た女達が載っていた。しかも全く同じ本が何冊も重なっているようだ。
「凄いな…」
なぜ同じ物が何冊も用意できるのか? これは教えてもらった写真という物だ。物語のような物ではないが、なぜ女達は皆姿勢をとっているのか? 何のために作られた本なんだ?
そして俺はまた隣りの本を手に取ってみる。するとその本は何か透明なものでグルグル巻きにされており、中を見る事は出来なそうだった。するとそこにタケルが来た。
「なんだ? 本見てんのか?」
「ああ。ここにはいろんな本がある。絵本から写真の本までいろいろだ」
「そうだな。こういう場所はいたる所にあるんだぜ」
「そうなのか? 凄いな」
「そうか。ヒカルの世界じゃこういうのは無いんだな」
「無い」
そしてタケルの視線が俺の手元に移った。
「何の本だ?」
「知らん。何故か透明な布で巻かれて開かないようになっている」
「そりゃビニールだ。手で簡単に破く事が出来るぞ、破いて見てみろよ」
「いいのか?」
「良いも悪いも、誰も咎めるやつなんかいねえ世界だよ」
「わかった」
そして俺は手にもった本のビニールを破いて、その本を開いてみた…
「はっ?」
パン! とその本を閉じた。するとタケルが少し驚いた様子で言った。
「な、なんだよっ」
「なんだこれは?」
俺は動揺していた。若い女が煽情的な格好をして誘惑しているのが見えた。タケルが俺から本を取り返して中を見る。
「なーんだ。グラビアアイドルじゃねえか」
「グラビアアイドル?」
「そうだ。なんつーかこういう水着を着て、こんな格好をする仕事の事だ」
「タケル。これは娼館の女か?」
「何言ってんだ?」
「こんなところで気軽に見れる本に、女がこんな格好をしてていいのか?」
「は? 良いも悪いも仕事だしな。それを買う人がいるって事だよ。てか週刊誌のグラビアくらいどうって事ねえだろ。きょうび小学生でも見るぜ」
「そうなのか…、ちょ、ちょっともう一回見せてくれ」
「ほらよ」
俺はタケルから受け取った本を開いてみてみる。するとまるで男を誘うような目つきで、裸同然の女が載っている。
「昔はもっとどぎついの売ってたんだぜ。全面的に無くなっちまったけど、このくらいどうって事ねえって」
「そういう物なのか…」
すると後ろから声がかけられる。
「何か良いのも見つけた?」
ミオだった。俺は慌てて本を床に落としてしまう。
「あ、週刊誌見てたんだ? もう食べ物はないみたいよ」
するとタケルが答える。
「わかった。じゃあ出発だな」
「そうだね。ヒカルも大丈夫?」
「あ、ああ。そうだな行くか」
どうやらこの世界ではこんな本は普通の事らしい。俺はその本を拾って元の場所に戻し、タケルと共にコンビニの外へと出るのだった。ミオに見られた事でなぜか俺の鼓動は早くなってしまう。まるで見られたくないところを見られたような気分だった。タケルもミオも何事も無かったようにしているが、俺は薄っすらと浮かんだ額の汗をぬぐうのだった。