第41話 ホームセンター
そろそろ包丁の耐久力が限界に近づいている。俺がガススタの方を見ると、まだトラックとワゴンは動いていない。ゾンビを近づけないように処理しているが、次第にゾンビの数が増えてきているようだ。次の一体のゾンビを斬った時、ボキリと包丁の刃が柄の部分から取れてしまった。
「限界か」
俺はすぐにその場を離れて、ガススタまでの百メートルを一瞬で移動した。
「うわ! びっくりした!」
突如出現した俺を見てユリナが尻餅をつく。
「すまん。あと武器がもう無い」
するとヤマザキがこっちを向いて言う。
「トラックは終わりそうだ! だけどワゴンがまだなんだ! 発電機でやっているから給油機を一台しか動かせないんだよ」
俺はヤマザキの所に行って聞く。
「ワゴンはどれくらいで出来る?」
「五分だ」
五分か…何体かのゾンビは到達してしまうだろう。
「すまんが武器が無くなったんだ。給油を切り上げる事は出来るか?」
「…そうなのか? なら皆でトラックの荷台に移るか…」
「ああ」
俺達がそう結論付けようとした時、ガソリンスタンドでごそごそと物色中のタケルが言った。
「おーい! ヒカルぅ! これなんか使えねえか?」
俺はすぐにタケルが見ている物を見にいく。するとそこには何に使うか分からない道具が置いてあった。いろんな形の恐らく何かに使う工具のような雰囲気だ。
「これこれ!」
タケルが差しだしてきたのは、曲がった鉄の棒のようだった。
「これはなんだ?」
「どうだろう? バールって言えば、喧嘩とかで使うイメージあるしどうかと思ってな」
俺はジッとバールを見つめる。
「これは…いけるかもしれん」
「あとこれは整備士用のベルトか何かだと思うんだ。着けて見ろよ」
「なるほど」
そう言ってタケルが俺の胴体をぐるりと回して、へそのあたりでベルトをぱちりと留めた。どうやらいろんなものを携帯できるベルトのようだ。
「そしてこれ」
そういって何か細い尖った物を渡してくる。
「ドライバーだよ。多分そこに差し込むんだ」
タケルは俺が着けたベルトの脇にドライバーという尖った物を差し込んでいく。
「ほら!」
俺はそこにあったバールと呼ばれる鉄の棒を両手に持ってみる。そこそこの重さもあり、包丁よりもかなり打撃の威力はあるだろう。それにもまして間違いなく耐久性は高い。もしかすると魔力を込めてもすぐには壊れないかもしれない。
「使えるかどうか試してみよう」
俺はその場でバールを振り回してみる。
ピュンッ! ピュンッ! シュバッ!
「すごいな…」
「すごいわ…」
「凄すぎる…」
ヤマザキとユリナとタケルが、俺のバールさばきを見て感嘆の声をあげた。確かにこの道具はかなり武器として優秀かもしれない。次に腰に差したドライバーを瞬間的に抜き去り、壁に向かって投げつけてみる。するとしっかりと取っ手の根元まで刺さり込んだ。
「タケル! これは使えるぞ」
「ははっ…。ていうかさ、ドライバーがコンクリートの壁に根元まで刺さってんだけど…」
「とりあえずあるだけくれ」
「わかった」
タケルがその辺りからかき集めて来たドライバーをベルトにさしていく。そして空いたところにバールを二本差し込んで、両手にバールを一本ずつ持った。
「何か…すげえカッコいいんだけど」
「私も思った」
タケルとユリナが俺の姿を見て言うが、俺にしてみれば全くカッコよくない。神器のプレートメイルや盾、そして神器の兜なんかをフル装備でつけたらそりゃもうカッコイイのだ。彼らは神器の神秘的なカッコよさを知らないから、こんなもんでも喜んでいるのだろう。
「じゃ、行って来る。ヤマザキは急いでくれ」
「わかった」
そして俺がガススタの前に出ると、既に三十メートル付近までゾンビが迫ってきていた。ちょっとだけゆっくりと武器を試す時間に使ってしまったらしい。
俺は一気にゾンビに迫りバールをピュンッ! と音をさせて回した。すると一気に首が飛ぶ。
「凄く楽だ…」
そして俺の視界の端に、ガソリンスタンドの方向に向かっていくゾンビが見えた。
「突光閃!」
持っていたドライバを投げた次の瞬間、ゾンビの頭に大穴が開いた。そしてその先に居たゾンビに方向を曲げると、そいつの頭にも穴をあける。
「フォークより扱いやすいな」
そして俺は十メートルほど先に見えるゾンビに縮地で迫り、すぐにバールで首を飛ばした。
「これはだいぶ丈夫だぞ」
腰に二本のバールの予備があるし、武技を試してみてもいいかもしれん。
数体のゾンビが固まってこっちに来ているのが見えたので、俺はバールを前方に構え方向を定める。
「円斬!」
次の瞬間俺はゾンビを通り過ぎた。俺の後にはゾンビが五体立っているが、一瞬遅れて細切れになって飛び散った。
「よし! 使える!」
包丁よりずっと強度が高い。しかもゾンビ相手なので斬るよりもかなり効率が上がる。もちろん魔剣や神器のような強度は無いだろうが、ゾンビ相手くらいなら調節が効く。
「魔法はどうか」
ゾンビの弱点である打撃攻撃に更に火魔法を重ねてみることにした。俺は剣に魔法をかけてそれで戦う事が出来るのだ。
「フレイムソード!」
俺のバールから炎が上がり、それが斬撃となってゾンビどもに飛んでいく。するとゾンビ数体が真っ二つになり死体が燃え出すのだった。
「まあ…剣より、飛ばないし切れ味も悪いか…。まあ仕方あるまい」
討伐効率がいいと思った俺は、数発のフレイムソードを繰り返して使ってみる。しかし数発目にバールが燃え尽きて溶け落ちてしまった。
「持たないか」
するとガススタのほうから口笛が上がった。
ぴぃぃー!
俺が振り向くとヤマザキが丸を作っている。給油が終わったのだとすれば、ゾンビをかなり消したこちら側が進み易いだろう。そう思って俺は手招きをする。するとヤマザキがもう一度丸を作って俺の合図に返事をくれた。
俺がゾンビを消していると、そこにトラックがやって来る。
「ヒカル! 終わった! 行こう!」
ヤマザキが叫ぶので、俺は走って来たトラックの天井に飛び乗るのだった。トラックがゾンビを潰していき都市部を抜けて郊外へと出る。トラックから後ろを見るとユリナが運転するワゴンがしっかりついて来ていた。しばらく進んでゾンビが居なくなったところでトラックが停まる。
「どうしたヤマザキ?」
「燃料は十分だが、タケルが言うんだ」
「なんだ? タケル?」
「バールはどうだった?」
「ああ、調子がいい」
「ならよ、ホームセンターに寄った方が良いんじゃねえかと思って」
「ホームセンター?」
するとヤマザキが説明をしてくれた。
「そういう工具を売っているところだ。言われてみれば鉈とかもあるな」
「なるほど、いい考えだタケル。皆の武器もジュウ一本じゃ心許ないだろう?」
「だがホームセンターを探さなくちゃならない」
「どんなところにあるんだ?」
「一旦、市街地をさまよう必要がある」
そして俺は自分が持っているバールと、ベルトに刺さっている工具を見て言った。
「かなり効率よくゾンビは狩れると思う。包丁より耐久性もあるし、大量にあればかなり有効だろう。回り道をしても良いと俺は思う」
「わかった! それじゃあ、ホームセンターを探す!」
「ああ」
トラックはホームセンターとやらを目指して走り出した。市街地にはゾンビがいるものの、数はそれほどまとまってはおらずに時おりトラックで踏みつける事で対応できた。しかしすぐにはホームセンターは見つからず、しばらくの間市街地をぐるぐると回る事になる。俺は屋根の上からヤマザキに聞いた。
「どうだ?」
「もしかしたら郊外にあるかもしれん」
「ならそちらに移動したほうが良くないだろうか?」
「わかった」
その時タケルが言う。
「あ、まて! あったあった!」
タケルが指を指しており、どうやらそこにホームセンターがあるらしい。
「ほんとうだ」
ヤマザキも言う。
そしてトラックは真っすぐにホームセンターに向かい、広い敷地へと入っていく。だがホームセンターの敷地にもゾンビがウロウロしているので、俺はすぐさま飛び降りて片付けた。
「ヤマザキ! 周辺にゾンビはいるが、どうやら建物の中にはいないみたいだ!」
「よし、入り口にトラックをつけよう」
俺はトラックを離れ付近をうろついているゾンビを片付けて行く。トラックの方を見ると、ヤマザキが俺に手で丸を作って準備が出来た事を知らせて来た。入り口に行くとタケル達が立ち往生していた。
「どうした?」
「扉が開かない」
「扉の大きさからすれば、そのままトラックで押し破った方がいいだろう。そして皆が入ったらトラックで入り口を塞ぐんだ」
するとヤマザキとタケルが顔を見合わせて驚いたように言う。
「なんかヒカルも、この世界にだいぶ慣れてきたようだと思ってな」
「マジでな。とにかくヒカルの言ったようにしようぜ」
そしてトラックは後ろに下がり、そのままガラスを割って後部から中に突っ込んだ。そして一旦トラックを前に出し、皆が車から降りてホームセンターの中に入っていく。トラックの窓からヤマザキが叫んだ。
「俺はここで見張っている! ゾンビが来たらクラクションを鳴らすからな!」
「ああ、わかった」
ホームセンターとやらの中にはいろんなものが置いてあった。これからの移動の為に使えそうなものはたくさんありそうだった。俺がタケルに連れられて工具売り場へと行く。するとそこにはバールやドライバーがたくさんぶら下がっており、ハンマーのような物もある。
「タケル。これは使えそうだ。大きめの物を中心に持ち出してほしい」
「あいよ」
俺とタケルは工具が置いてある棚から、次々に武器になりそうなものを持ち出す。
「タケル!」
ユミが呼んでいる。
「どうした?」
「発電機あるけど重くて持てない!」
俺とタケルがユミの所に行くと、大きな鉄の箱のような物を動かそうとしていた。女達が動かそうとしたが重くて無理だと言う事だった。
「俺が動かしてみる」
俺が右腕でその取っ手のような場所を掴んで、勢いをつけて持ち上げたら軽すぎて尻餅をつきそうになる。だがギリギリバランスをとって転ぶ事はなかった。重いというからつい身構えてしまった。
「これを持って行けばいいのか?」
「うん…」
ある程度、必要な物を集めたところでマナが言った。
「やっぱりさ。食料品は無くなってる」
タケルが答えた。
「まあ仕方ねえ。恐らく店員たちが持ち出したんだろうよ」
「そうだね」
「とにかく必要な物はあと無いか?」
とタケルが言うのと同時くらいに、プッップー! とヤマザキから合図があった。
「俺が外のゾンビをかたずけて来る。皆はこれをトラックの荷台に乗せてくれ」
「わかった!」
そして俺はすぐさま入り口に向かい、トラックの下をくぐって外に出るのだった。すると広い敷地の向こうから数体のゾンビがこちらに向かって来ているのが見えた。
なるほど…、これじゃあ魔力の無い人間が市街地で物資回収する事は出来ないか…
俺はバールを握りしめてゾンビに向かって歩いて行くのだった。