第65話 南の決心
やはり東京に来たのは正解だった。
それは、俺の見立てどおりだったからだ。急速に拡大したゾンビ感染は、人々を東京から追いやり寄せ付けなくなってしまっていたのだ。
銃があればこの世界の人間でも多少は動けるのかもしれないが、銃には弾丸というものを込めねばならず、それは有限なのだ。東京に発生した大量のゾンビに、銃を持った軍も手を付けられなくなったらしく、今ではその軍隊も消滅した。こうなる前に武器を大量投入する必要があったのだが、その前に軍隊がやられてしまったらしい。
その為、東京には手つかずの食料があちこちにあった。俺の目論見が当たり、俺達は一息つくことが出来たのだった。回収を始めてから食事の改善がなされ、俺達の生活は変わりつつある。
俺とタケルとヤマザキが一つの部屋で今後について話をしていた。
コンコン!
その部屋のドアがノックされ、ヤマザキが玄関に出て行って開ける。するとユリナとミナミが入って来て、二人が部屋を見渡している。そしておもむろにユリナが言う。
「なんか急激にゴージャスになってない? この部屋だけめちゃくちゃ立派なんだけど」
それにタケルが答えた。
「まあ人が死んでた部屋だからな、家具は全部下に下ろして内装を変えたんだ」
「まあそうだけど、とりわけベッドとかソファーとかがめっちゃ豪華。あとそのカーペットなに?」
俺達が立っている足元には、毛足の長い絨毯が敷かれている。
「ああ、これか? めっちゃ気持ちいいぞ」
「てか、なんでそこら中に敷いてあるの?」
「なんでって、歩きやすいからさ」
「そんなの見たら分かるけどさ」
するとヤマザキが言う。
「こりゃムートンマットだな。ヒカルが気に入っていっぱい担いで来たんだ」
ユリナとミナミが俺を見る。これは一つの店にあった物を全部持って来たのだが、それ以上の在庫は見当たらなかった。
「すまん。その店にあった物は全部持って来たんだ。他で見つけたら皆の部屋の分も持って来よう」
「別に元々部屋に敷いてあったものも良い物だったけどね、毛皮を敷き詰めるなんてさ」
「それならば物を探す為に、女の中の誰かを連れて行きたいところだが、東京はかなりゾンビが多い。誰か一人を選出してくれれば二人で行くが、一人以上を守るのは難しくなってくるんだ」
俺がそう言うとユリナは尻込みした。やはり女達は外に出るのを怖がっている。この拠点に来てから外に出たのは、俺とタケルだけで他は誰も出ていなかった。だがユリナと一緒に来たミナミが何かを言いたそうにしている。
「なんだミナミ?」
「ヒカル。出るのは夜だよね?」
そう聞いて来た。
「そうだ。むしろ連れて行くなら夜の方が紛れて良い、アイツらはまず眼と音で感知する。後は匂いだが、近寄らなければ悟られる事はない。俺だけなら日中でも行動できるが、皆の中の誰かを連れて行くとすれば夜だ」
「じゃあ…」
そう言ってミナミが黙る。
「どうした?」
すると代わりにユリナが言った。
「南ちゃんがね、役に立ちたいんだって。だから一緒にここに来たんだけどさ」
「そうなのか?」
「うん。あの…一緒に行く」
「無理をする必要はないぞ。対策を少しずつ覚えて動けるようにしていけばいいだけだ」
「違うの。私ね、学校で史学を専攻していたのだけど、博物館とかの位置を知っているのよ」
ハクブツカン…そう言えば、千葉に居た時にミナミはそんなことを言っていた。それで俺はピンときた。ミナミが言わんとしている事を。
「刀か?」
「うん、そう。ヒカルはそれだと戦いやすくなるって言ってたから」
するとヤマザキが言う。
「それは、どこにあるんだ?」
「両国国技館のすぐそば」
「両国か…ここから行くとなると、東京のど真ん中を突っ切る事になるな」
「そうなんだ」
距離があると言う事だ。それだけ危険性は上がるが…。するとタケルが言う。
「ヒカル、じゃあ単車で行けよ。あれまだ下に置いてあんだろ?」
「置いてある。だがミナミは本当に行くつもりなのか?」
「行く。だってそうする事で私達の生き延びる可能性が上がるって事だよね?」
「そうなる可能性はある。その武器が俺の力に耐えられればだが」
「なら行かなきゃ。ただ面倒を見てもらってるだけなんて良くないと思って」
「俺はそれでも別にかまわないが。皆を東京に連れてきたのは俺だからな」
「役に立ちたいんだ」
ミナミの決心は堅いようだった。
「…わかった。いつ行く?」
「早い方が良いよね?」
「そうだな。早く試せればそれにこしたことはない」
「なら、今日の夜。今ヒカルはここを離れても大丈夫だよね? かなりの量の食料もあるし」
「その通りだ。駅周辺には、まだまだ食料がありそうだったからな」
「じゃあ今日行く」
「わかった。ならば今日の夜に決行する」
「うん」
ミナミは不安でいっぱいの顔をした。
彼女は空港で、賊に追い詰められ殺される一歩手前だった。だがこうやって自分を奮い立たせて皆の役に立とうとしているのだ。それならば俺が精一杯、力を貸してやるしかない。
「あまり怖がるな。俺がいる」
「わかった。夜までに何か準備しておくことはある?」
「ある」
「なに?」
「眠ってくれ。眠く無いかもしれないが、とにかく夜通し活動するのに体力が必要だ。よく食べて眠るんだ」
「う、うん」
するとユリナが言った。
「じゃあ、皆で南をメンテナンスするよ。今日行くんだね?」
「うん!」
「決まりだ」
俺が言うと二人は部屋を出ていった。ミナミには自分の部屋でゆっくりと休み、夜通し動けるようにしてもらう必要がある。
するとタケルが言った。
「ヒカルは休まなくていいのかよ」
「問題ない。だが万が一のこともあるから、俺も仮眠をとる事にしよう」
「それがいい」
それから俺達は飯を食い、少ししてから俺が横になる。深層まで眠り込み、起きたのは一時間後だった。俺が寝室から出ていくとタケルとヤマザキが俺を見てヤマザキが言った。
「相変わらずショートスリーパーだな」
「眠らなくても良いと言う事か?」
「そうだ」
「いや、俺は十分すぎるほど休息をとっているんだ。特殊な睡眠法を身に着けているからな」
「まあ、こんな世界じゃ眠らないに越したことはないが、眠らないと活動できなくなってしまうからな。ヒカルのその能力がうらやましいよ」
すると今度はタケルが言う。
「出発は夜だろ。それまで休んでていいんじゃないのか?」
「いや、その前に出来るだけ食料を回収してくる」
「まったく、勤勉つーかなんつーか」
「全てが訓練だ」
「凄い体力だよ」
「鍛え方が違うからな」
「へいへい」
そして俺はすぐにリュックを背負い外に出るのだった。最初の三十分程は、めぼしい場所を探し続け、その間に見つけた拠点から一番遠い店で回収する事にした。リュックをパンパンにした俺はすぐに拠点に戻る。
部屋に戻ると、タケルが笑う。
「もう行って来たのかよ!」
「なんというかコツが分かって来た。食料がありそうな建物の雰囲気も掴んできている」
ヤマザキが隣で言った。
「学習能力が高いな」
「それも力の一つなんだ。思考加速といって考える早さが各段に上がる。周りが止まって見える時すらあるんだ」
「そんな力があるんだな」
「そうだ」
そして持って来た食料を見分ける作業に入る。一応食える物を持って来てはいるが、猫の餌を持って来てしまった事もあったからだ。食えたから問題ないと思ったが、まさかペットの餌だとは思わなかった。
「もうすぐ夕方になるな」
ヤマザキが言った。
「ああ、ミナミは眠れただろうか?」
「どうかな?」
それに対しタケルが言う。
「まあなんとかしたとは思うがね」
「そろそろ起きなければいけない。寝起きすぐでは活動の効率が悪いからな」
「じゃ、ヒカルが起こしに行けばいいじゃん」
「…わかった。行って来る」
そして俺はヒカルとユリナがいる部屋へ向かい、扉の前に立ってノックする。女の部屋なので、不躾な事は出来ない。
「はい」
ユリナが出て来て扉を開けてくれた。
「そろそろ起きる時間だ」
「あ、南ちゃんは今寝室にいるけど、どうぞ」
そして俺は室内へと通される。確かに俺達の部屋とは雰囲気が違っているが、元々住んでいた人間は決して貧乏ではないと分かる部屋だった。
コンコン!
「南ちゃん。ヒカルが来たよ」
「はい」
ミナミが出て来た。ゆるりとした楽な服装で休んでいたようだ。だが眠れたような様子はない。多少は休めていればいいのだが。
「眠れたか?」
「ウトウトかな」
「それでいい。行く前に起きて体を動かしておけ」
「わかった」
俺がそう言って部屋を出ようとした時。
「あの? あと準備する事は無いの?」
「無い。普段通りでいい」
「まるで、近所のコンビニに行くみたいだね」
「ヤマザキから聞いたところによるとバイクで数十分らしい」
「わかった。なら準備するね」
「ああ」
それから一時間ほどすると外が暗くなり始める。今度はミナミとユリナが俺達の部屋を訪れた。
「よし。心の準備は出来たか?」
「うん」
俺はミナミの目を見つめて最後の確認をする。
「なら、行くぞ」
「わかった」
俺がリュックを背負いタケルとヤマザキに見送られて部屋を出ると、ミオとツバサとユミとマナが廊下に立っていた。ミオがミナミに声をかける。
「南、気を付けてね」
「分かった」
ツバサが俺に言った。
「ヒカル、南をよろしくね。もうあんなひどい事はあわせたくないの」
「あんなことはもう無い」
「わかった」
そしてツバサがミナミの手を取っていった。
「これ持って行って」
「カロ〇ーメイ〇?」
「そう長丁場になったら栄養補給をして」
「うん」
「頑張って!」
「うん」
「あの空港でも負けなかったんだから大丈夫だよ!」
「うん」
俺は心配する皆にひと言話す。
「俺が責任を持って守る。皆も留守中は十分気を付けてくれ」
するとタケルがバールを俺に見せて言う。
「任せとけ」
「よし」
そして俺はミナミを連れてビルを降り二階から外に連れ出す。ゾンビに気づかれないように周囲を確認し、そっとバイクの所へとたどり着いた。
「バイクにまたがれ」
「う、うん」
「このリュックを背負ってくれ」
「は、はい」
俺は自分のリュックをミナミに背負わせる。どうやらミナミはガチガチに緊張しているようだった。
「ここではエンジンをかけない」
「えっ?」
「振り落とされないようにしてくれ」
「わかった」
ミナミがバイクにしがみつく。そして俺はキーを回しハンドルのロックを外す。
「走るぞ」
「うん」
俺はバイクのハンドルを握って、拠点が見えなくなるまで全速力で走る。しばらく足で走り続けて、ゾンビが少ない場所でバイクにまたがる。
「まるでバイクで走ってたみたいに早かった」
ミナミが言う。
「こんな軽い物、速力の妨げにはならん」
「軽い…って」
「行くぞ」
ドルゥゥゥゥゥン!
すぐにバイクのエンジンをかけて、俺とミナミは夜の東京を疾走し始めるのだった。車やゾンビを躱し、スピードを上げ始めるとミナミがしっかりと俺の胴に回した腕に力を込める。
「しっかりつかまれ」
「うん」
そして俺は更にスピードを上げるのだった。