第91話 遊園地
皆が温泉を堪能した後、館内にあった自動販売機を壊して飲み物を飲んでいた。この自動販売機という物はとても便利だ。都市のあちこちにあり、破壊されていなければほとんどの物に中身が入っている。
そして俺の側にはアオイが座っており、ジュースを飲みながら足をぶらぶらさせている。だいぶ俺達の暮らしに順応して来たらしく、俺が拠点にいる間は俺にまとわりついていた。
「美味いか?」
「うん」
「まだあるから好きなだけ飲め」
「いいの?」
「もちろんだ」
するとユリナがそれを見て言う。
「でもね。甘い物ばかり摂取するのは体に良くないわよ」
だが俺はユリナに言った。
「しばらくは良いだろう。アオイはやせ細っているから、何でも食べるといい」
「うん」
「まったく、ヒカルは葵ちゃんに甘いわね」
「頑張って来たご褒美だ」
「まあ、そうね。でも体調管理はさせてもらうわよ」
「ああ」
そして俺は寛ぐ皆を見渡して言う。
「温泉というものは、いいな」
するとユリナが言う。
「あら? 味をしめちゃった?」
「皆がこんなに喜ぶなら定期的に来ても良いだろう」
するとその話にミオが入って来た。
「いいねー。そんなに遠くないし、定期的に来ちゃおうよ!」
ヤマザキがそれを聞いて言う。
「そうだな。温泉を吸い上げるパイプが詰まらなければ、温泉は出続けるだろうからな」
「えっ? 詰まるとかあるの?」
「定期的にメンテナンスしてやらなければな」
「そうなんだ…」
と言う事は、その汲み上げの施設を管理する必要があると言う事か。そこで俺はヤマザキに聞いてみる。
「ヤマザキ。手入れの方法が乗っている本や、DVDはないのか?」
「わからん。あったとしても、レンタルビデオ屋にあるとは思えん」
「なるほどな。だが回収の時はそれを念頭に入れて動くとしよう」
するとヤマザキが笑って言う。
「ヒカルはよっぽど温泉が気に入ったようだな!」
「皆が喜ぶからな」
するとユリナが意地悪そうな表情を浮かべて言う。
「もしかして、皆の入浴シーンが見れたのが嬉しかったとか?」
「な、何を言っているんだ! そんな事はない! そう言う気持ちで言ったんじゃない」
「冗談よ! 冗談! そんな目くじら立てなくても」
「あ、すまん」
するとミオとユリナがクスクスと笑った。そしてミオが俺のほっぺを掴んで、こっそり耳元でささやく。
「ヒカル。顔が赤くなってる…」
「そ、そうか?」
「恥ずかしくないよ。というか恥ずかしかったのは私達だし、ユリナは照れ隠しで言ったのよ」
「そうか…なるほど」
ミオに言われ気持ちが落ち着いた。そんな話をしている所にマナとユミがやって来て言う。
「ねえ! 見ていくんでしょ? 遊園地!」
ユミの言葉にアオイが目をキラキラさせている。期待しているようだ。
「もちろんだ。それに、俺も見てみたい」
「そろそろ行きましょ!」
「ああ」
俺達は温泉を保全する為に、屋上から外に出る事にした。全てのドアと窓に鍵をかけて、屋上に集まり俺が一人一人下に下ろした。
「こっち!」
ツバサが手招きをする。俺は気配感知範囲を三百メートル四方に拡大した。そして皆に告げる。
「念のため、俺から三十メートル以上離れるな。ゾンビはちらほらいる」
寛いで緩んでいた皆の表情に緊張が走った。
「ヤマザキ、タケル、ミナミ、いざという時はそれを使え」
「わかった」
「あいよ」
「おっけー」
三人には銃を持たせている。女では唯一ミナミが銃に対しての抵抗が少なく、ゾンビを撃つ事にも全くためらいは無かった。日本刀が好きというよりも、武器の類が好きなようだった。
「俺がほとんどを処理する。仲間に弾が当たるといけないからな、撃たなければならない時は俺が合図をする」
「「「了解」」」
俺達が進んでいくと、草木が生えた中に何かの機械のようなものが見えて来た。それは龍の背のようにうねり骨組みのようになっていた。それをみたアオイが言う。
「あ! ジェットコースター!」
それにミオが答えた。
「そうだね! まだあるんだね。電気が通れば動くのかなあ?」
ヤマザキが顎に手を当てて言う。
「どうかなあ? ところどころさびているし、崩れたりせんだろうか?」
マナが楽しそうに言った。
「ねえ! あのレールの上歩いて見たくない?」
するとアオイが答える。
「歩きたい!」
それを聞いた俺が、その骨組みを眺めて言った。
「歩こう。俺が先に歩いて安全を確認する」
「「「「やった!」」」」
アオイ、マナ、ミオ、ツバサが喜んでいる。皆が喜ぶなら俺はそれで良かった。ミオの記憶をたどりながら、そのレールに乗れる場所をさがす。
「少ないけど、少しゾンビがいるね」
ユミが言うとタケルが答えた。
「多分どっかから迷い込んだみてえだな」
「怖い!」
アオイが言うので、俺はアオイをひょいっと持ち上げて肩にのせる。するとミオとツバサとミナミがそれを見て言った。
「いいなー」
「うらやましいわ」
「私もしてほしい」
それにタケルが笑って言った。
「おまえら、いい大人だろ! な、葵ちゃん。葵ちゃんの特等席だよな?」
「あ、あの」
「いいのいいの! 子供の特権!」
「うん!」
そして俺達はレールの上を歩いて行く。レールの上には人が歩くような部分があり、安全に歩く事が出来た。レールの高いところに上がって皆がとまる。皆が嬉しそうに遊園地内を見渡している。
そしてツバサが言った。
「うわぁ…なんていうか、青春って感じだよね!」
マナが頷いている。
「分かるわぁ…、なんか学生時代って感じ」
「男女三人ずつで来たっけなあ」
「私は女友達と」
「楽しかったなあ…」
「うん」
二人の話を聞いて俺は羨ましかった。俺の青春と言えば、ほとんどがダンジョン。その大半は魔王ダンジョンで過ごして来た。ダンジョンはこんな開放的な場所ではない。
「羨ましいな」
「えっ? ヒカルの世界にはこういう場所なかったの?」
「無かったと思う。物心ついた時から戦いに明け暮れていたからな」
「そっか…そうだったね」
「電気が通ればここは動くのだろうか?」
俺が言うとヤマザキが答えた。
「たぶん動くのもあるだろうな。ほとんどがさび付いていそうだけどな」
「あれはなんだ?」
俺が指さすとツバサが答える。
「観覧車よ。あそこに乗って上に登っていくの」
「楽しそうだ。あれはなんだ?」
「あれは、フライングパイレーツ! 大きなゆりかごみたいなの」
「なるほど」
ミオが俺の顔を見て笑う。
「なんか子供みたい」
「お、俺がか?」
「目をキラキラさせちゃって」
「どんなものか見て見たかったな」
その言葉を聞いてタケルが言った。
「じゃあよ! いつか電気を回復させてよ! 遊園地動かそうぜ! そこで皆で青春だな!」
マナとツバサが答えた。
「「いいねー!」」
「そんな事、出来るのか分からんけどな。目標の一つに加えようぜ」
タケルの言葉に俺は大きく頷いた。新たな目標が出来ると人間は更に生きる気力が増す。実現が難しそうな目標程いい。諦めることなく進めば、いつか必ず叶えられるだろう。
「あいつらを一掃しないとな」
俺が、レールの下の方で歩いているゾンビを指さして言った。
「なんか、ヒカルが言うとよ。マジで実現できそうな気がしてくるぜ」
「必ず叶えよう」
すると皆が拳を上げて言った。
「「「「「「「「おー!」」」」」」」」
遊園地に来た事が正解だと思った。ここには世界が平和だった事を思い出させるらしい。
「でもさ」
ユミが話し出す。
「もしかしたら、あの夢のテーマパークに盗賊が巣くってるかもしれないんだよね?」
「湾岸だからな」
「私達の夢の場所をさ、許せないよね」
「そう言う場所があるのか?」
「そう、千葉に有名な場所があるの」
「わかった。いずれ取り戻す」
俺にはもう一つの目標が出来た。その夢のテーマパークとやらを奪還する事だ。
「じゃ、いこうか」
ユリナの言葉に皆が頷き、俺達はそのレールを下っていくのだった。俺が皆の思い出を一つずつ取り返していく事で、俺の新しい思い出が刻まれていくだろう。この遊園地とやらも、いずれはゾンビが入れないように全てを塞いで動かす。アオイを見上げ俺はひとり誓うのだった。