相手の望みとは
引き出物、たまにすごく処遇に困るものがありますよね。
昔は新郎新婦の写真絵入りのお皿とかマグカップとか、謎のオブジェとか妙なのが結構あったらしいですよ。
身勝手な両親を見てユフィリアは思ったことがある。
押しつけは良くない。最低限、相手に対して配慮や遠慮を持つべきだ。
自分にとっての魅力が、周りにとっても同じとは限らないのだ。逆に、自分に興味がなくても、他の人にとっては魅力が溢れているなんてこともある。
「ギフトカタログ、ですか?」
「はい。招待客のグレードに合わせた引き出物候補一覧を用意するんです。
特産品などを絵と文章で説明し、欲しいものを選択して選んでいただく。もちろん、その引き出物は厳選させていただきますが、同時に来賓の方の意向も反映されます」
出されていた食事をもう一度食べたい。展示されていた調度品や、貴人たちの装飾品や衣装が気になる。相手の様々なニーズに合わせられる。
ユフィリアは一本の煙管を手に取る。胴は艶やかに磨かれた木目が美しく、吸い口と雁首や黄金製で繊細な螺鈿と彫金技術を駆使して装飾が施されている。
「正直、私なんかはこの煙管はあまり……ですが、ミストルティンではもっと太く短いシンプルなものが多いんです。
このように華奢な造形や繊細な絵付けは斬新であり、芸術性がありますよね」
中高年男性には煙管の愛用者が一定数いる。基本、お金の負担の多い趣味なので、貴族や豪商向けでの嗜好品だ。喫煙目的ではなく、燻した煙を使って服薬や香水代わりに使う人もいる。
正直、従来のずんぐりした煙管と、華奢で瀟洒な煙管――どちらが取り出して、スタイリッシュに見えるかと言えば、断然後者だ。
慣れている形が良い人もいるだろうけれど、実用以外にも欲しがる可能性があった。煙管コレクターもいる。引き出物限定デザインなんて、コレクター垂涎の品である。
これだけ綺麗なら、この一本をきっかけにゼイングロウの煙管に人気が出るかもしれない。
「女性はこの扇などが好みそうです。我が国では羽根や布製の扇が多いのですが、紙にこんなに繊細な絵を施す物はありません。木材の加工技術も、目を見張るものがあります」
「前例はありませんが、面白い発想です。ここの所、各一族の競争心が苛烈になっていますし、このままでは生産地に問題を発生させて辞退させ、自分ところの商品を、という過激な一派も出てくるのも時間の問題です」
「そんなトラブルが……」
「すでに、いくつかの候補地でいざこざが起きているんです。まだ小さい規模ですし、グレーゾーンなので処罰できません」
いつものことなんですけどね、とミオンは苦笑する。
高位の格を持つ獣人は、敬愛と畏怖を向けられる。その恩恵にあやかろうとする商魂たくましい商人は多い。
彼らの結婚式では毎回ブライダル商戦が起きている。
「そうそう。ゲット様からお願いされてね。引き出物のおまけで、美髪剤を入れたいと提案が……」
ユフィリアが口にした瞬間、部屋中の獣人たちの目が光った。比喩ではなくギラァッと底光りしたのだ。
ユフィリアは彼らのその眼差しに、今まで感じなかった殺気にも似た野生の闘志を感じ、後ろに下がってしまった。
そんなユフィリアを逃がすまいといわんばかりに、多くの人が詰めかける。
「絶対採用してください!」
「是非! 是が非でもお願いします! あの護衛たちが使っている姿を見て、本当に羨ましくって!」
「どのグレードからいれるんですか!? 引き出物もらうなら、みんな入っていますか!? 」
その勢いに、ユフィリアが尻込みしてしまう。
皆が吐息も鼻息も荒い。ここまで熱心に求められるのは嬉しいが、圧が強すぎて目を回してしまいそうだ。
「その、まだ決まっていないの。お話の話題の一つとしてあがって……」
ヨルハも言っていたし、ゲットにも太鼓判は押されていた。ゲットとしては流通前に宣伝したいという思惑もあるのだろう。
「はい、そこまで! 我々の要望はユフィリア様に届いたでしょう」
ぱんぱんと手を叩きながら、ミオンが引き剥がしていく。
床には詰めかける集団を阻止しようとして、轢かれた護衛たちが数名倒れている。足跡だらけの全身が、彼らの頑張りを主張していた。
ミオンは助け起こすことなく、弟たちを含め不甲斐ない同僚を見ていた。
「この程度で倒れるなんて、情けない……」
辛辣だ。しかも「訓練を追加だな」と手厳しいことまで考えている。
心配そうなユフィリアの視線に気づいたミオンは、先ほどの厳しい顔がなかったかのようにころりと変えて、にっこり笑う。
「さて、無事引き出物案も決まりました。それぞれに引き出物候補のアピールする文章を作成させ、絵の得意なものに添付絵の作成を依頼しましょう」
「それは生産元の十二支族の方には依頼しないのですか?」
「文章は文字数制限や校閲でコントロールできますが、絵はその書き手のタッチが影響する上、過剰に美化されたら厄介です。版画で作らせればカタログの絵も激しい偏りも出ないでしょうし」
ミオンは有能秘書のようだ。凛とした美人で、てきぱきと働く姿は素敵だ。中性的な美貌と確かな腕っぷしに憧れが多く、同性からも人気が高い
簡単に要点をまとめ、ギフトカタログ案を十二支族の長たちへ通達すると、意外と好評だった。
新しい取り組みに面白がりつつも、どこが多く発注されるか牽制試合があったそうだが、それは置いておく。
今回は選ばれるのは難しいと思っていた一族には、朗報だ。自分たちにもチャンスがあると売り込み文句を張り切って考えているそうだ。
数日後にはそれぞれの一族が考え抜いた商品のアピール文章と、写実的な作風を得意とする版画職人から見本絵が来た。
見本誌は結構な厚さになったが、ぺらっぺらの号外チラシのようでは安っぽくなるのでこれくらい重厚でいいだろう。
それに合わせて装丁も整え、革張りに金箔を使った飾り文字なども使った表紙で豪華に仕上げた。気合いが入りまくった結果、まるで図鑑や辞書を思わせる重厚感である。方針が決まるや否や、怒涛のスピードである。
ちなみに護衛やメイドたちは一足先に、見本誌を手にどれが欲しいと騒いでいる。
持ち出し厳禁なので、ヨルハ直々に許可を得た一部の者の特権だ。
無事にカタログが仕上がったユフィリアは一安心していると、あまり見ない役人からが相談を持ち掛けてきた。
「ユフィリア様、少々よろしいでしょうか? 衣装の件でも再度確認がありまして」
やってきた役人は、そわそわと落ち着かない。何か緊急事態なのだろうか。
彼女が近づくと、ふわりと匂いがした。どこかで嗅いだ気がするけれど、あまりに薄っすらして分からない。
「まあ、それは大変。伺いますわ」
この前の衣装合わせで、残りは本当に微調整だと思っていたのにトラブルでも発生したのだろうか。
あれこれと多忙にしていたら、気づけば結婚式まで一か月を切っている。
お色直しは少なめにしたので、衣装のトラブルが起きてしまえば穴埋めが難しい。
護衛やメイドたちも当然ユフィリアに付いて行く。結婚式が近づくにつれ、緊張感が増している気がする。
なんとなくなのだが、空気が張り詰める時がある気がするのだ。
「着付けをしますので、メイドの方以外は外でお待ちください」
「私が同席してもかまわないでしょう?」
女性であるミオンなら大丈夫だろうと申し出る。護衛でも異性が入ったら、ヨルハが怒りと嫉妬でこの場を赤く染めかねない。
「裾が長い衣装を試着するのです。部屋を広く使うので、最低限の人数だけでお願いします。人目を避けるようヨルハ様からお達しもありますし、万一にでも衣装に傷つかぬようにするためです」
見たところ、衣装を確認する部屋はあまり広くなさそうだ。
結婚式の目玉の一つである花嫁衣装のお披露目は式の場以外ありえないから、人目は避けるべきだ。事故を避けるためにも、安易な移動はできない。
ミオンはあまり良い顔をしなかったが、ユフィリアが宥める。
「今はどの部署も立て込んでいて、ちょうど良い部屋がなかったのでしょう。優秀なミオンたちを信頼していますもの。申し訳ないけど、待っててくださる?」
少し前に、祭具に損傷があり急遽一斉点検を行うことになった。
結婚に使う祭具だけでなく、その後に控える祭りや儀式などの分も運び出され抜き打ちチェックが行われた。
いくつかに不備が見つかり、予算を編成して作り直したり修理をしたりと騒ぎになったものだ。
それをきっかけに、祭具だけでなく倉庫の備品も見直す動きも出ているそうだ。
「……扉のすぐそばには立たせていだきます」
表情を複雑そうにしたミオン。色々思い悩んだが暗殺者などの不審な気配はしないので、ぎりぎりの譲歩をした。
荒事は得意だが、繊細な衣装や装飾品の取り扱いは苦手だ。ついでに同僚も似たようなもの。うっかり足跡をつけたり、壊したりしたら目も当てられない。
ミオンの葛藤を察したユフィリアは微笑んだ。
「ふふ。開けるときは気をつけなきゃね」
ユフィリアは笑うと一気に華やかになる。穏やかで可憐な性格で、ヨルハの溺愛も理解できる。
力がモノを言う獣人世界。力強さとは程遠いが、ユフィリアを慕う獣人は増えつつある。
ユフィリアが消えていった扉を背に、ミオンは考える。
(……馴染みの針子がいなかった。衣装担当の役人にあいつもいたか?)
今日来たのは普段は雑用をしている、使い走りかもしれない。
動きを見る限り素人だ。一級品の伽羅の匂いが漂っていたから、いいとこの出身でコネを使って入ったのかもしれない。
(伽羅と言えば、フウカ様はいつも衣に香を焚き染めていたな)
ミオンたち――嗅覚の良い獣人には苦痛なほど纏わせていた。
格の低い獣人は、人よりはマシ程度の感覚しか持ち合わせていない者もいる。嗅覚にばらつきもあるので、香油や香水などを好んでつける者もいた。
フウカもそのタイプで、自分をより魅力的に見せるために使っていた。
(ヨルハ様は嫌がっておいでだったけれど、ずっと気づかなかったな)
体の線の出る衣装も、しなを作った声も、甘えるような上目遣いも――あらゆる媚態を鬱陶しがっていた。
最近はユフィリアがいる時だけは露骨ではなくなった。以前は殺気に近い嫌悪を放っていたのだが、鈍感なフウカには察しなかった。
(基本、べたべたされることも近づかれることも許さない方だからな……)
だから、ユフィリアを連れて来た時は驚いたものだ。
人間の女性を、あんなに慈しみながら抱き上げていた。その触れ方が、視線が、全身で愛おしくて嬉しくて仕方ないと雄弁に物語っていた。
片時も離れてなるものかと態度で示していたのだ。
だが、それを知っていてまだヨルハに言い寄るフウカの胆力は、ある意味尊敬する。ダイナミックな自殺行為。死に急いでいるようにしか見えない。
読んでいただきありがとうございました。