久々のデート
最強防衛ラインが一緒
珍しく、ユフィリアがおかんむりだった。子供のように白い頬をぷくりと膨らませ、瞳を剣呑に細めている。
彼女の前で、気まずそうに座っているのはヨルハだ。
「ヨルハ様? またお色直しを勝手に増やそうとしましたね?」
「だって、綺麗だったから。ユフィの可愛い姿をもっと見たくなって……」
「もう、ダメだって言ったじゃないですか。お色直しを入れたら、式の流れが崩れちゃいます。せっかく皆さんが色々と考慮して順序を決めたんですから」
しゅんと肩を落とすヨルハ。バレてしまって残念半分、怒られて反省半分だ。
ヨルハからお色直し追加をゴリ押されていた役人は、その後ろで感激の涙を流していた。
圧倒的なオーラを持つヨルハに考えを改めるよう提言するのが難しく、かといってすでにほぼ決まりかけた式の流れを変えるのはきつすぎる。
どうしようと胃をきりきりさせていた最中、ユフィリアが訪ねてきくれた。彼女は衣装の確認中、見覚えのない服に気づいてヨルハの思惑を察したのだ。
「どうしても、ダメ?」
ヨルハは一縷の望みをかけて、涙の滲んだ瞳でユフィリアを見つめる。
首を傾げたその背後に、小さなあの梟が見えた気がした。ユフィリアが一瞬声に詰まる。
「…………そんな顔しても、ダメったらダメ!」
一瞬だけ間があった。
誰もがそう思ったが、ここでユフィリアに耐えきってもらわないと、調整が大変である。
それにしても、すごい光景だ。服飾関係に無関心で、たいていのことに無関心。デフォルトが冷然としたヨルハがここまで必死に食い下がるとは。
そして、それに対して物申すユフィリアの頼もしさよ。
ヨルハにこんな表情させることにも敬意を抱く。
本人はヨルハを叱れるくらいには、この手の我儘に慣れている様子。叱られている時でさえ、ヨルハは表情が緩んでいる。
「チュッチュー?」
そんな中、リス妖精がひょっこり顔を出した。
ユフィリアがハッとしたようにきょろきょろと周囲を見る。一通り試着は済ませたはずだけれど、すっかり時間を気にするのを忘れていた。
「え? あ。もうそんな時間?」
ヨルハはご機嫌で立ち上がり、ユフィリアを抱き寄せる。
きょとんとした愛しい番にキスを贈り、ダンスに誘うように手を取ってエスコートをする。
「デートの時間だよ、ユフィ。行こう?」
今日はやけに食い下がらないと思ったら、お楽しみの時間があってのことだったのか。
もしかしたら、試着衣装に追加お色直し分まで入れたのは、ユフィリアがすぐに仕事を切り上げ、ヨルハに物申しに来ると想定してなのだろうかと疑ってしまう。
「……もう!」
そう言いつつも、ユフィリアも楽しみにしていた。
途中から自分からヨルハの手を握り、身を寄せる。どうしても表情が緩み、にやけてしまうユフィリアは頭をヨルハに押し付けて隠そうとする。
その仕草に、ほんの少しだけヨルハの顔が真顔になった。こっそりと手で顔を覆い、こみ上げるあれやそれを押し込む。
すべてを見ていたリス妖精だけが、生暖かく微笑んでいる。
皇室用の牛車――実質、ヨルハとユフィリア専用である。艶やかな黒漆に黄金と螺鈿で装飾が施されている。今日の馬車は蓮池で鯉が飛び跳ねる姿が描かれている。
窓はないが、御簾の部分から外が見える。その反面、外からは中が見えにくい。
車を曳く牛は立派な角を持つ大柄な牡牛だ。眩いほどの白い牛で、角は黄金のように艶やかだ。一頭ではあるが、その足並みは揺るぎなく、一定の速度で進んでいく。
「甘味屋以外に寄りたいところある?」
「市場に行ってみたいです。この国独自の素材を見て見たくて……」
「市場なら、日を改めたほうがいいかも。早朝からやっているから、午後だと品数が少ない。残っている品も鮮度が落ちているから」
「そうなんですか?」
「人気の店は午後には店じまいするところもあるから、朝一が狙い目だね」
どうせなら、良いものが並んでいる時間帯に行きたい。
でも、一度は市場を見てみたい気持ちもあると迷っていると、言いにくそうにヨルハが頬を掻く。
「あと、今は結婚式前でお祭りムードだからね。便乗商品が多いんだ。少し変わり種が多い。
ユフィの欲しいものがいつも通り並んでいるかと言われれば、ちょっと微妙かな……」
そういえば、以前甘味屋に行った時も運命の番パンケーキがフェアメニューとして大きく宣伝されていた。
よくよく見れば、大通り全体もその傾向が強くなっている気がする。
「残念ですが、今日は諦めます。そのかわり、シンラ様に教えていただいた、お菓子屋さんへ行っていいですか? コクトウマンジュウ? というのが特に美味しいらしくて」
「じゃあ、お土産に買っていこうか」
食べ物ばかりを欲張っている気がする。言っていて恥ずかしくなってきたが、ヨルハがそんな要望すらも嬉しそうに聞いているから、ユフィリアもつられて笑う。
「そうだ。お守りを買った店に行っていい?」
「もちろんです。色々あって、面白いお店でしたよね」
お守りもそうだが、雑貨が豊富だった。ちょっとした置き物や日用品、衣類まで。
やろうと思えば、お店の人を家に呼んで自宅で買い物もできる。だけれど、自ら足を運んで気ままに商品を見るのも楽しいものだ。
ゼイングロウに来てから、心の赴くままに好きなものを手に取れるようになったのも大きい。
ヨルハと話に夢中になっていると、いつの間にか甘味屋に着いていた。
記憶ではもっと遠い印象だったけれど、意外と近かったのかもしれない。
ヨルハが先に出て、エスコートの手を伸ばしている。その手を借りて牛車の外に出ると、わあっと歓声が上がった。
皆が「やっぱり番様だ」「きらきら! きれい!」「ヨルハ様の表情が」と口々に感想を述べながら騒いでいる。
「席を予約していたから、入ろう。奥の個室だから、ゆっくりできるよ」
「は、はい……」
少し恥ずかしい。
考えてみれば、ミストルティンで言えば国王夫妻が来るようなものだ。周囲の騒ぎも仕方のないことだろう。
ましてや、ここは上流階級限定タイプのお店ではない。
(ミストルティンならカフェでも格調が求められるし、護衛がつくのよね)
最強の恋人が一緒にいるから、身軽に動けるのだ。
突き刺さる視線にかちこちになり、ぎこちないユフィリア。そんな彼女に気づいたヨルハが、手を伸ばしてふわりと抱き上げる。
「大丈夫? マイレディ」
「……はい」
ヨルハが傍にいる。そう思うとだいぶ気が楽になる。ヨルハ自身も積極的にユフィリアを好奇の視線から庇い、強引に前に出てこようとする者には凍てつく一瞥で止まらせた。
ふと、ユフィリアは何か違和感のようなものを覚えて周囲を見渡す。
何か、気になるものを見た気がする。だけれど、人混みが多すぎて分からない。
気のせいだろうか。
もし敵意のある相手なら、ヨルハが動くはず。彼の洞察力は、並外れたものだ。
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