#142 一撃離脱一撃離脱一撃――。
「んんー……?」
最初に異常に気づいたのはミミだった。いや、正確にはミミがそんな声を上げる原因となったデータをハンガー経由でクリシュナに送ってきたメイか。
とにかく、クリシュナのコックピットで最初に異常に気づいたのはミミであった。
「どうした?」
俺の中では既に嫌な予感が加速度的に増加している。隣のサブパイロットシートに座っているエルマも同じように思っているのか、眉間に皺を寄せながらコンソールを操作してブラックロータスから送られてきているレーダーやセンサー関連のデータを表示させているようだった。俺も同じようにコンソールを操作して情報を確かめる。
「これ、アウトポストですよね……交戦してません?」
「ヒロ……」
「ヒロ様……」
「俺ぇ!? 俺が悪いの!?」
流石にそれは理不尽ではなかろうか? 俺が言ったからフラグが立つなんてことあるわけがないじゃないか。俺にそんな運命操作能力があったらもっと有意義なことに使うよ。と、思っていたら整備士姉妹から通信が入った。
『兄さん……』
『お兄さん……』
「俺は悪くねぇ!」
というかそれを言うためだけに通信を入れてくるんじゃない。姉妹との通信を切りながら俺はメイに通信回線を開く。
「状況は把握した。戦闘に巻き込まれる可能性が高いから、安全を最優先に、出し惜しみはナシだ」
『安全を最優先に、ということであれば事態が落ち着くまで様子を見るという手もありますが』
「それも手ではあるけどなぁ……まぁ状況の詳細を確認してからだな。アウトポスト付近で防衛戦闘をしている帝国軍側が負けるとはあまり考えられないが、あまりにも劣勢だったら逃げることも視野に入れる」
明らかに劣勢な中に突っ込んで死ぬのは御免だ。勝ち馬に乗るのは良いけどな。
とは言っても、前線基地に配備されている固定型の防御兵器というのはそれはもう強力なものばかりだし、それに駐留部隊も加わって戦っているというのであれば帝国側が劣勢ということはほぼ無いと思うけど。
『承知致しました。間もなくイズルークス星系アウトポストに到着致します。通常空間への帰還まであと三十秒です』
「了解。いつでもクリシュナを射出できるようにしておいてくれ」
『はい、お任せください』
メイトの通信が切れたのを見計らってメインモニターの設定を変更し、ブラックロータスの光学センサーが捉えた映像を投影できるようにする。
「さぁて、どんなもんかな」
画面上で線のように流れていた星々がその動きを止める。超光速ドライブ開始時、終了時に聞こえる轟音が聞こえないのは、クリシュナがブラックロータスの格納庫内にいるからだう。
まぁそんなことはどうでもいい。戦況は……戦況は……?
「あれ? 思ったより拮抗してないか?」
「そうみたいね」
「うわぁ……凄い数」
ミミが大量の結晶生命体と交戦している帝国軍のアウトポストとその駐留部隊を見て顔を青くしている。これはあれだな、ちょっとした規模の戦争になってるな。
小型の結晶生命体がアウトポストや帝国航宙軍の船に向かって突撃をかけてはシールドに弾かれて迎撃され、中型の結晶生命体は光弾や光線で攻撃を行っては反撃で粉砕され、大型の結晶生命体からは小型や中型の結晶生命体が次々と生まれ出ては帝国航宙軍に襲いかかっている。
今の所、帝国軍側の迎撃が結晶生命体を寄せ付けてないようだが、帝国軍側の攻撃も小型種や中型種の壁に阻まれて殆ど大型種に届いていない。
小型、中型種を生み出す大型種とて無限にそれらを生み出せるわけではないので、このまま迎撃を続けていればそのうち結晶生命体側はその数を減らすことになるだろうが、それは帝国軍側も同じで無限にその迎撃能力を維持できるわけでもない。
「壮絶な消耗戦になっているな」
「そうね。アウトポストや駐留部隊の残存物資量や疲労度によっては戦況が傾く可能性があるわね」
「やるかぁ……メイ」
『はい』
「回頭してハッチを一番右側の大型種に向けてくれ。クリシュナを最大速度で射出後、再回頭して援護を頼む。あと、帝国航宙軍に通信をして大型種を叩く旨を伝えるのと、報酬を弾むように交渉しておいてくれ」
『かしこまりました』
「結局やるのね……というかあの中に突っ込むのね」
「エルマさん、いつものことです」
嫌そうな顔をエルマに対し、ミミはもうなんか半ば悟ったような表情になってるな。よく訓練されてきて結構なことだ。
と、ミミの成長に感心していたらどうやら回頭が完了したようだ。ハッチが開き、帝国航宙軍と結晶生命体が激戦を繰り広げている戦場が真正面に見えてくる。
『進路上に多数の結晶生命体がいますが』
「構わん、出してくれ」
『承知致しました。ご武運を』
メイの声と同時にクリシュナの慣性制御装置でも殺しきれないほどのGが発生し、全身がパイロットシートに押し付けられるような感覚が襲いかかってくる。やっぱり外部要因による加速には慣性制御装置の効きが甘いな。
「プランはっ!?」
強いGに耐えながらエルマが叫ぶように問いかけてくる。
「最大速度で突っ込んで、対応される前に対艦魚雷を大型種にぶち込んで颯爽と逃げる! 一撃離脱だ!」
「そ、それっ……作戦ですか……っ!?」
ミミが苦しそうな声で突っ込んでくるが、勝算はある。奴らは帝国軍と真正面から殴り合っているので、その敵意は完全に帝国軍に向いている。つまり、今なら奴らの不意を突きやすい。
無論、それも簡単には行かない。ある程度連携して敵へと攻撃する中型種以上の結晶生命体はともかくとして、ほぼ本能と反射のみで動く小型種はクリシュナに向かってくる可能性が高いからな。
だが、精々砲弾のように自らの破片を撃ち出してくるか、体当たりするかくらいしか攻撃手段のない小型種の攻撃ではクリシュナのシールドを削り切るのは難しい。互いに加速した状態で正面衝突でもすればわからないが、そんなヘボは俺がやらかさない。
中型種以上の結晶生命体は反応が遅いから、俺に敵意を向けた時には俺はもうその空間を駆け抜けている。中には追ってくるやつも居るかも知れないが、結晶生命体がひしめいている中では奴らも同士討ちを避けるために強力な光弾攻撃や光線攻撃は放てないし、身体が大きくなればそう簡単には他の個体を押し退けて俺を追うこともままならない。
そうやってもたついている間にクリシュナは敵大型種に肉薄して対艦反応魚雷をぶち込んでやるってわけだ。
「そらっ、行くぞ! ウェポンシステム起動! 歯ぁ食いしばっておけ!」
「了解!」
「はいっ!」
クリシュナは更に加速して結晶生命体の群れへと突っ込んでいく。無論、それに反応して小型種が向かってくるが、俺は回避に専念して発砲を控えた。何故かと言えば、下手に発砲して敵意が帝国軍ではなくこちらに向いたら、一気に押し潰されてしまう恐れがあるからである。
無論、最終的には多くの結晶生命体から敵意を向けられることになるのだが、今はまだその時ではない。
「ひゃあああぁぁぁっほぉぉぉぉう!」
キラキラと輝く結晶生命体の間を縫うように擦り抜けながらただひたすらに大型種に向かって突き進む。結晶生命体は見た目だけならきらびやかで綺麗なんだよな。トゲトゲした宝石でできた矢じりみたいな感じだ。しかも色とりどりで見た目だけなら実に美しい。
「危機的状況のはずなのに、実はあまりやることが無いのよね」
「私も、こうも乱戦だとサポートのしようがないです……」
破片弾程度じゃクリシュナのシールドはそう減衰しないからシールドセルをバンバン使うような状況じゃないし、下手に群れの中でチャフやECMを使うと結晶生命体の注意を惹きかねないからな。ミミに至っては俺の視界の隅に短距離レーダーと中距離レーダーのウィンドウを置いたらもう殆どすることがない。というか、警告を発しようとしても、この距離だと間に合わないんだよな。船の近距離センサーが発する警報のほうが早いし。
「っしゃオラァ!」
ついに小型種と中型種の壁を抜け、大型種に肉薄した。ここまで近づくと大型種から射出されたばかりの小型種やここに来る過程で注意を惹いてしまった中型種が俺の後ろで集団を形成しつつあったが、時既に遅しだ。
「まず一発目!」
クリシュナの下部ウェポンデッキから射出された反応弾頭搭載の対艦魚雷が凄まじいスピードで大型種へと突き進んでいく。本来対艦魚雷というものは弾速が遅いものなのだが、今のクリシュナのように発射する機体そのものが高速で動いていると、その慣性が対艦魚雷に乗るようになっている。結果として、高速移動しているクリシュナとほぼ同じスピードで対艦魚雷は宇宙空間を突き進むことになるわけだ。
弾頭が炸裂する前に俺はクリシュナの進路を変え、次の目標に艦首を向ける。そうして数秒後、艦の後方で対艦魚雷の反応弾頭が盛大に炸裂した。バックモニターの映像では目標の大型種だけでなく、クリシュナを追ってきていた小型種も相当数が爆発に巻き込まれたようだ。奴らはシールドを展開しているわけではないから、ああいった爆発に巻き込まれると飛び散った味方の破片で損傷するケースがままあるんだよな。
「よーし、次行ってみようか!」
「はいはい、シールドはちゃんと管理するからご自由に」
「私も追ってくる敵の量が多くなりすぎたら警告しますね」
景気よく一匹目の大型種を撃滅した俺は意気揚々と次の獲物へと向かうのであった。
え? 一撃離脱はどうしたって? 今ちゃんと離脱してるじゃないか。離脱先が次の一撃先ってだけだよ。さぁ、思う存分引っ掻き回してやろうじゃないか。
ヒット・アンド・アウェイ・アンド・ヒット・アンド・アウェイ・アンド・ヒット……_(:3」∠)_