#191 わざわざ曲芸じみた戦闘機動をするつもりはない(しないとは言っていない)
いきなりこちらが全速力で突っ込んでくるとは思わなかったのか、敵のセイバーⅣの反応は一瞬遅れた。しかしそれは本当に一瞬のことで、すぐに相手も加速してこちらへと突っ込んできた。どうやらヘッドオンでの殴り合いに付き合ってくれるらしい。
「火力はそこそこだな」
セイバーⅣの主武装はどうやら二門の高出力レーザーであるようだ。クリシュナの重レーザー砲と比べると威力は劣るが、小型艦の装備している武装としてはかなり威力は高めのようである。軍用規格品か、あるいは兵器メーカー製の最新鋭商品だろう。
「宙賊艦とは比べ物にならないわね」
しかし、戦闘艦同士が真正面から相手に突っ込めば距離が詰まるのは本当に一瞬である。互いにレーザー砲を撃ち合いながら接近し、散弾砲の間合いに入る――寸前でセイバーⅣは軌道を逸らして離脱していった。流石にこちらの情報はある程度調べているらしい。
「散弾砲を嫌ったか」
「そりゃそうでしょ」
「お陰でこっちは助かるがね」
先に向こうが軌道を逸らして離脱をしたので、こちらは悠々とその後を追う。散弾砲はその存在を知らなければ相手にとって一撃必殺の武器となり、知っていた場合はこのようにヘッドオンから敵のバックを取るのに貢献してくれる大変ありがたい武器である。
シールド技術の無い戦闘機同士の戦闘はミサイルの一発、機関砲弾の数発で決着が着いてしまうが、分厚いシールドを持つ戦闘艦同士の戦闘はそうはいかない。戦闘艦同士の戦闘というのは如何に敵のシールドを無効化して敵船体にダメージを与えるか、という戦いになる。
普通はレーザー砲やシーカーミサイルなどを用いてチマチマとシールドを飽和させてから装甲を破壊し、その奥の船体にダメージを与える――という手順になるのだが、一部の兵器はそういったプロセスを吹っ飛ばして装甲や船体に致命的なダメージを与えられる。散弾砲もそういった兵器の一種である。
散弾砲の有効射程は非常に短いが、散弾砲の散弾は敵のシールドを大きく減衰させながら貫通し、更に装甲を貫通して船体に直接ダメージを与える効果がある。砲自体に特殊な機構が搭載されているらしい。
まぁ、少し離れてしまうとその効果が消えて「散弾ではなぁ!」とか言われそうなクソザコ武器と化してしまうのだが。それでもシーカーミサイルなどの投射兵器の迎撃には使えるから防御兵器としては有用だけど。
「ははは! どこへ行こうというのかね!」
「ヒロ様のテンションが高いです」
「久々に実機に乗れて気分が上がってるんでしょ」
その通りです。ここのところ帝城に缶詰になっていたからな。久々に感じる機体との一体感にテンションが上がらざるを得ない。
「さぁ、どうする? このままケツに着かれたら重レーザー砲で蜂の巣だぞ? それは嫌だよな?」
そう言いながら姿勢制御装置をオフにすると、旋回するような素振りを見せていたヴァイゼル卿のセイバーⅣが俺の言葉に反応するかのように急減速した。
そうだよなぁ? そうやって俺をオーバーシュートさせたいよなぁ?
俺は姿勢制御スラスターを操作してクリシュナを縦回転させ、ヴァイゼル卿のセイバーⅣを追い越しながら艦首を彼の機体に向けて散弾砲を連続で叩き込んだ。連続で発射された無数の散弾がセイバーⅣのシールドを貫通し、その船体を穴だらけ――にはせずに装甲に当たって激しく火花を散らす。
模擬弾だからな。模擬弾じゃなかったらセイバーⅣはバラバラに引き裂かれて爆発四散していたことだろう。試合終了のブザーがクリシュナのコックピット内に鳴り響く。
「おぉっとぉ!? 何が起こったぁ!? キャプテン・ヒロのクリシュナがヴァイゼル卿のセイバーⅣを追い越したかと思ったその瞬間、ヴァイゼル卿のセイバーⅣに撃墜判定が出ました!」
「データを確認して――これは……」
「解説のミロク大尉、一体何が起こったのでしょうか?」
「ヴァイゼル卿のセイバーⅣはキャプテン・ヒロのクリシュナに追われ、一方的な展開になりかけていました。そこでヴァイゼル卿が旋回をすると見せかけて急減速をかけ、キャプテン・ヒロのクリシュナをオーバーシュート――つまり追い越させようとしたわけですね。そうすればセイバーⅣはクリシュナの背後を取れますから」
「なるほど、しかし何故セイバーⅣに撃墜判定が出たのでしょうか?」
「キャプテン・ヒロは恐らくセイバーⅣの取る手を読んでいたのでしょう。セイバーⅣの上面を追い越す際に姿勢制御装置を切り、姿勢制御スラスターで機体を縦回転させて艦首をセイバーⅣに向けながらセイバーⅣを追い越し、その際に無防備なセイバーⅣの上面部に二門の大型シャードキャノンを撃ち込んでいったのです。シャードキャノンはごく近距離に限りますが、シールドと装甲を貫通して直接船体に大ダメージを与えることができる兵器です。あの距離で喰らえば小型艦ではひとたまりもありません。キャプテン・ヒロの読みと操縦技術は神がかっていますね」
「なるほど……あ、別角度からの映像が来ました。なるほど、こうしてみると一目瞭然です。巨大な戦闘艦がまるで曲芸師のように宇宙空間で舞っていますね。しかもその瞬間に攻撃を仕掛けるとは」
ちなみに、万が一あの散弾砲の斉射で仕留めきれていなかった場合でも追い越した先でクリシュナはセイバーⅣに艦首を向けていたので、大きくシールドを減衰させたセイバーⅣに四門の重レーザー砲が一斉に火を噴いていた。そこからは引き撃ちモードに移行するもよし、セイバーⅣが逃げるならまたケツを追い回すのでもよし。どちらにせよ俺に負けはない。
え? 俺に負け筋はあるのかって? 無論ある。わざわざ言う気も無いし、そうされたところで完璧に俺を追い込むのはかなり難しいと思うけど。俺だって負け筋ができるだけ少なくなるように機体を組み上げているからな。少なくともクリシュナのこの機体構成は俺にとって負け筋が非常に少ないベストと言える構成だ。
アナウンサーと解説の女軍人さんが姿勢制御装置とは、みたいな話をしているが、それを聞き流して俺達は帝国航宙軍のドックへと帰還した。このドックは今回の催しの舞台となっている帝国航宙軍の訓練宙域に隣接して建造されているもので、訓練宙域を利用する軍艦の整備を主に行っている施設だ。ここには今回の御前試合に参加している選手達の乗艦がズラッと並んでいる。
「ダメージは負ってないが、一応チェックしておいてくれ。あと散弾砲の模擬弾を補給してくれ」
『了解』
帝国航宙軍の整備士にそう伝え、パイロットシートに身を沈める。
「疲れた?」
「そういうわけじゃないけどな。久々の戦闘を終えて少し気が抜けた」
「緊張しっぱなしよりは良いと思います」
無駄にハイテクな空間固定式ドリンクホルダーから冷たい飲み物を摂取し、一息吐く。
「優勝まではあと何回だ?」
「特に何もなければ五回ですね」
「五回ね、思ったより少ないな」
「十日足らずで機体とパイロットを帝都に用意できる人が少なかったんでしょう。ゲートウェイの存在を考慮しても情報が行き届く速度というものがあるし」
「それもそうか」
ゲートウェイを利用したゲートウェイ通信や情報だけを船よりも速い速度で伝達するハイパースペース通信を使っても辺境宙域まで情報が行き渡るのには時間がかかる。情報を受け取ってから出立の準備を済ませ、今日という日程に合わせて帝都まで来られる参加者がどれだけ居たかという話だろう。
これがちゃんと布告期間を設けての開催だったら参加者は数倍から数十倍に膨れ上がっていたんだろうな。
それから二度戦った。
第二回戦は帝国航宙軍のエースパイロットで、初戦でミサイル満載の傭兵艦と戦っていたニールセン少尉とはまた違った戦い方をするパイロットだった。戦闘機動が抜群に巧く、激しいドッグファイトになったが、近距離戦で負ける俺ではない。散弾砲の射界に捉えて穴だらけにしてやった。
第三回戦は機動騎士が相手だった。六門の高出力レーザー砲と二門のシーカーミサイルポッドによる速攻戦術を得意としているようだったが、残念ながら速度が遅かった。全速力で擦れ違い、後は反転して引き撃ちするだけで決着が着いた。
そして準決勝となる第四回戦は遂にゴールドランク傭兵との戦いになった。
「コルベットか」
「そうね。それも軍で採用している機種ね」
コルベットという艦種は傭兵が使う小型艦、中型艦、大型艦という区分で言えば大型艦に分類される艦である。実質的に傭兵が扱う艦としては最大クラスの艦だ。
これ以上大きい艦――つまり駆逐艦以上の大きさの戦闘艦に関しては運用コストや巡航速度、それに大き過ぎて傭兵の主戦場である暗礁宙域で使いにくい、といった理由によってメインの戦闘艦として採用している傭兵はほぼ居ない。ブラックロータスのような母艦機能を持つ艦に関してはまた別の話になるけど。
ちなみに、ブラックロータスは大きさ的に言えば巡洋艦に迫るクラスの戦闘母艦である。
まぁ、ブラックロータスの話を横に置いてコルベットの話に戻すと、基本的にコルベットという艦種はあまりサシの対人戦には向かない艦種である。戦闘用の大型艦なので足は早いし火力も十分だが、小型艦に比べるとやはり小回りがきかない。大型艦なので接近されると死角が多い。
故に、障害物の多い暗礁宙域での戦闘には向かず、基本的には暗礁宙域に近寄らない商船護衛などを主とする傭兵に採用される傾向がある。
「厄介なのが来たなぁ」
「ここ、障害物になるようなものが殆どないですもんね」
試合会場であるこの訓練宙域には障害物というものが殆どない。基本的に帝国航宙軍も暗礁宙域で戦闘をしたりはしないからな。こういった場所でコルベットを相手にすることの何が厄介って、それは勿論デカい分火力が高いという点である。搭載できる砲の数が多く、弾薬の積載量も多い。当然デカいぶん強力なジェネレーターを積んでいるので、小型艦や中型艦と比べると当然ながらシールドも分厚い。
「まぁ、なんとか距離さえ詰めてしまえばこっちのもんだ」
恐らく今まであのコルベットを操る傭兵と戦った選手達は近づく前に圧倒的火力で撃破されてしまったのだろう。火力とシールドを含めた装甲の分厚さは正義である。クリシュナが強いのもこの二点を追求しているからだからな。
「どうするの?」
「距離を詰めるさ。こういったシチュエーションで大型艦を相手にして勝てるようになって初めて対人戦中級者だぞ?」
「私の考える対人戦中級者像とヒロ様の考える対人戦中級者像が激しく乖離している気がします」
「奇遇ね、私もよ」
SOLにおいては小型艦による大型艦撃破――所謂ジャインアントキリングに関して非常に戦術研究が盛んであった。当然、大型艦による小型艦潰しの戦術も多数編み出されたわけだが、最終的に大型艦と小型艦がサシで戦った場合、小型艦側の方が有利であるという論が優勢であった。
これが中型艦相手だとまた少し変わってくるのだが、まぁそれは置いておこう。
それでもNPCを相手にする場合には大型艦のほうが有利な場合が多いし、持ち運んだり回収したりすることができる物資の量も大型艦の方が圧倒的に多いので、大型艦を使うことを好むプレイヤーも多数いたのだが。
まぁ、対人戦を考えなければ大型艦は色々と便利だからな。大型艦なら自動操作の艦載機を使える艦もあるし。フ○ンネルとかビ○トみたいな感じで。
「相手はゴールドランクだからな。気を引き締めていこう」
操縦桿を操作し、試合の開始に備えて待機場所へと向かう。さぁ、敵さんがどう出てくるか楽しみだな。