#075 営業ノルマ
「……うむ」
小型情報端末に表示される『ぼくがかんがえたさいきょうのメイドロイド』を見て頷く。これでもかと自分の好みを詰め込んでみた逸品だ。
背は高めで、俺と同じくらい。髪の毛の色は色々選べたのだが、見慣れた色が良いだろうということで黒にした。長さは腰まであるサラサラのストレートロング。清楚な黒髪ストレートロングは男の夢ですよね。手入れは絶対大変だろうけど。
おっぱいの大きさは大きすぎず小さすぎず。エルマ以上ミミ以下な感じに。全体的に肉付きはよく、むっちりめに。衣装はヴィクトリアンな感じのメイド服。フレンチな感じなのも悪くないが、黒髪ロングメイドにはヴィクトリアンメイド服が似合うだろう。
顔の造形は難しい。俺に3Dモデリングなどできるはずもないので、プリセットの中から大まかな方向性を決めていき、更に無数にあるサンプルパーツを組み合わせて好みの顔を決めていく。これは迷った。母性溢れる感じにするか、クールな感じにするか……悩んだ末にクールな感じにした。
性格付けにも悩んだ。好きに作れるからこそ悩んだ。そして折角のメイドロボなのに、感情豊かにしすぎてメイドロボという希少価値を潰して良いものだろうか? という考えに至った。無感情な感じというのがメイドロボキャラのアイデンティティなのではないか、と。
感情豊かなメイドロボキャラというのも世の中には沢山いるだろう。俺も何人か思いつく。しかし、そういったキャラクターに魅力が生まれるのは、無感情でクールなメイドロボらしいメイドロボキャラがいてこそのものではないだろうか。対比とギャップがあってこそ感情豊かなメイドロボというキャラが光るのだ。異論は大いに認める。
そういうわけで、感情値という項目は最低ラインに近い値に設定した。愛情値や忠誠値というパラメーターもあったのだが、こちらは高くしておいた。これは文字通り、主人に対する親愛や忠誠の高さを示す値であるらしい。クーデレって良いよな。
あとは機体自体の性能だが、こちらはひたすらハイスペックにしてみた。小型陽電子頭脳に最大容量の記憶デバイス、金属骨格は軽く、強靭な戦闘艦の装甲材にも使われる特殊合金製、人工筋肉は耐久力と出力に優れる特殊金属繊維。この人工筋肉は全身を覆っているため、機体の中枢機関を守る装甲としても機能する。
プログラムは用意されているものは大体突っ込んだ。基本の奉仕プログラムに加えて護衛・戦闘プログラムや秘書・オペレータープログラム、その他諸々もだ。まさに万能メイドだな。なんでも「メイドですから」で済ませてしまう強キャラって俺好きだよ。
流石に武器の内蔵はできないので、いざ戦闘となると適切な武器を装備させる必要があるが、適切な武器を装備させた場合の戦闘能力はパワーアーマーを装着した歩兵を凌駕するだろう。パワーアーマーを着た俺より強いかもしれん。
こうして黒髪ロングクーデレパーフェイクトメイドロイドが爆誕したのであった。データ上は。
流石に発注はしないよ。だってこれ、オプションを盛りに盛りまくって合計金額が47万エネルになってるんだぜ。流石にオモチャとしては高価すぎるし、メイドロイドにかまけているヒマなんてないからな。買うつもりはないぞ。無いったら無い。
「素晴らしいですね。メイドロイドのアーキテクトとして働けるのでは?」
「うおぉ!?」
出来上がった黒髪ロングクーデレパーフェクトメイドロイドのデータを眺めてニヤニヤしていると突然声をかけられて本気でびっくりした。誰かと思えば、球体端末のミロが木のベンチの後ろにふよふよと浮いてピカピカと盛んに発光しているではないか。おい貴様、何をしている。その発光はなんだ。まるで盛んに通信をしているネットワーク機器か何かに見えてくるんだが?
「そのピカピカ光るのをやめろ」
「これは申し訳ありません。少し通信をしていたもので」
「何をするつもりだ。このタイミングでの通信とか嫌な予感しかしないぞ」
「そのアプリケーションの注意事項、同意事項には勿論目を通して頂けたと思います。ユーザーの作成したデータは随時そのアプリケーション提供者よって収集されます。そして収集されたデータは提携企業と共有され、提携企業はそのデータを利用することが許されています」
「適当に同意を押してしまった!」
アプリケーション利用時には注意事項や同意事項にしっかりと目を通そうね!
「とは言っても本当に何をするつもりだ? いくらなんでもこのハイスペックなメイドロイドを作るだけの資材は用意してないだろう」
絶対に無いとは言い切れないが、流石に無いだろう。無いよな? 我ながら希望的観測だなぁ! ここの物資輸送システムとか品揃えというか製造システムの徹底ぶりを考えると絶対に無いとは本当に言い切れないなぁ!
「それ以前にもし作ったとしても俺が買うとは限らないし、他の人に売れるとも限らない。そんな不確かな状況で製造することも無いだろうし、まさか作ったから買えと押し売りすることも無いだろう? 無いよな?」
「勿論です。この機体は試作としても作るにはコストが高すぎますので」
「そうだよな」
「しかし外観に関しては当施設の生産施設で製造可能ですし、陽電子頭脳については私の演算領域の一部を割り当てれば擬似的に搭載したのと同じ状態を再現できます」
「おいやめろ馬鹿」
「データ収集にもなりますし、最終的にキャプテン・ヒロがフルスペック品を購入してくだされば当方としても喜ばしいので。その際にはデータ収集中に蓄積したデータも移行できますよ」
「なんでそんなに俺にメイドロイドを売りつけようとするんだよ!」
「営業ノルマがありますので」
「急に世知辛いことを言い始めた!?」
「キャプテン・ヒロは理想のメイドロイドを手に入れられる。企業は儲かる。そして私は営業ノルマを達成してボーナスを貰える。素晴らしいWin-Win-Winな関係ではありませんか?」
ミロの球形端末がピカピカと光る。あーあー聞こえなーい。というか陽電子頭脳が貰えるボーナスって一体何なんですかね?
「それに、私の存在意義はお客様のニーズに応えることですから」
「そのつもりがあるならやめておけよ」
「そんなことを言っても本心では少しワクワクしているでしょう?」
「ぐっ」
実際のスペックはともかくとして、俺がアプリ上で作ったメイドロイドが実際に目の前に現れたらそりゃ……そりゃワクワクするに決まっているじゃないか。ああするとも。男の子だからな!
「では、そういうことで」
一方的にそう言ってミロの球形端末はピューッとどこかに飛んでいってしまった。いっそ撃ち落とした方が良かっただろうか? 無駄な行為だな、うん。データはとっくにこの惑星を統括している陽電子頭脳に送信済みだろう。
うーん、エルマは何も言わないと思うが、ミミがなんだか妙にメイドロイドの導入に反対してたんだよなぁ。過去に何かあったんだろうか? 後で聞いてみるかな。感情を獲得している陽電子頭脳の扱いがどういうものなのかについてもよくわからないし。人権とかあるんだろうか?
「ヒロ様っ!」
「うおぉ!?」
考え込んでいたところを急に背後から声をかけられてまた驚いた。なんだ、今日は俺に後ろから声をかけて驚かすのが流行っているのか?
「ど、どうしました?」
「いや、なんでもない。ちょっとびっくりしただけだ」
逆に驚いているミミに手を振ってそう答える。驚くミミの隣ではエルマが呆れたような表情をしており、クリスはミミと同様に少し驚いた顔をしていた。
「なんで後ろから声をかけられるだけでそんなに驚いてるのよ……何か疚しいことでもある人間の反応よ、それ」
エルマがジト目で俺を睨んでくる。ははは、流石はエルマだ。大当たりだよ! ここで誤魔化しても後で発覚するに違いないので、俺は正直に話すことにした。ミミ達をここで待っている間に例のメイドロイドのパンフレットに目を通していたこと、パンフレットからメイドロイドを仮組みするアプリに誘導されて趣味全開のメイドロイドをアプリ上で設計して遊んでいたこと、そしてミロがそのデータを使って俺に売り込みをかけようとしていること……洗いざらい全てだ。
「……」
話を進めていくうちにミミの表情がどんどん不機嫌なものになっていく。ミミのこの表情は珍しいな。エルマは……生暖かい視線を送ってきている。その目で見るのはやめろ、俺に効く。そしてクリスは別になんとも思っていないというか、ミミの不機嫌な様子が不思議なようだった。それは俺も不思議だ。
「ミミさんはなんでまたそんなに不機嫌なのかな?」
「メイドロイドはダメです」
「ダメですか」
「ダメです」
頑ななミミに困惑した俺はエルマに助けを求めてみるが、彼女は肩を竦めてみせた。エルマにもわからないということだろう。そしてクリスのこの不思議そうな表情を見る限り、別にメイドロイドという存在自体が世間に受け容れられていない存在であるというわけではなさそうだ。
「なんでミミはそんなにメイドロイドを嫌うんだ?」
「別に……嫌っているわけじゃないですけど」
そういうミミの眉間には小さく皺が寄ったままである。とてもそうは思えない反応だ。
「とにかくロッジに戻りましょ。話ならロッジですればいいでしょ?」
「うん、それはそうだな」
エルマの言う通りなので俺はベンチから立ち上がり、皆と一緒にロッジに向かって歩き始めた。ショッピングエリアを抜けると緑が多くなる。ショッピングエリアは地面全体が舗装されていて洗練された街並み、といった光景だったがこの辺りは自然を感じさせるように造られているな。一見自然に見えるが、きっと視覚的に計算しつくされたデザインなんだろう。
「それでええと、何か嫌な思い出でもあるのか? メイドロイドに」
歩きながらそう聞くとミミは少しの間沈黙し、やがて自分の中で言葉の整理がついたのか口を開きはじめた。
「スクールに通ってた頃、仲の良い子が男の子と付き合ってたんです」
「うん」
ミミが学校に通ってた頃ってことはここ数年以内の話だろうな。まぁ、学校で学生同士が恋愛をするなんてのは珍しい話ではないよな。
「とても仲の良いカップルだったんですけど、ある時から男の子の方の付き合いが悪くなったというか……女の子への興味を失ったみたいな感じになったんですよ」
「話が見えてきたぞ」
つまり、男の子の家にメイドロイドが導入されて、その結果男の子はメイドロイドに骨抜きにされてしまったとかそういう話だろう。
「ご想像の通り、男の子の家にメイドロイドが来てて、そのメイドロイドに男の子が夢中になっちゃってって感じで……」
そこまで言って隣を歩いていたミミがチラリと俺に視線を向けてきた。つまり俺もその男の子のようになるんじゃないかとミミは考えているわけだ。そんなことにはならないと思うが。何せ俺にはミミとエルマがいるわけだし。
「多分大丈夫よ、ミミ。手は出すでしょうけど、溺れたりはしないと思うわ」
「手を出すことは確実視してるんだな」
「私とミミの両方に手を出してる実績があるじゃない」
「ご尤もです」
信頼の置ける実績である。ぐうの音も出ない。そしていきなり生々しい話が始まったせいでクリスが若干顔を赤くしている。ごめんな、教育に悪い存在で。
「なんだかんだでヒロはちゃんと私達を大事にしてくれてるじゃない。ちゃんと報酬も適正に分けてくれているし、対等なクルーとして扱ってくれているわ。ミミの気持ちも理解できなくはないけど、そこはヒロを信頼してあげなさいな」
エルマが諭すようにそう言ってミミの背中を軽く叩く。ミミはそんなエルマの言葉を聞いて押し黙ってしまった。そんなに深刻に考えなくても良いと思うよ。うん。
そして俺はと言うと、エルマの言葉にちょっとだけむず痒い気持ちになっていた。別に意識してなにか特別なことをしていたつもりはないが、これまでの行動がエルマにそう評価されているというのは嬉しく感じる。
「それに、いずれ私達に子供でもできたら役に立つわよ、メイドロイドは。今のうちに買っておいて信頼関係を構築しておいてもいいかもね」
「えっ」
思わず振り返ってエルマの顔を凝視する。
「ちゃんと避妊してるから大丈夫よ、今はね。でもこの先どうなるかなんてわからないでしょ?」
俺に視線を向けられたエルマはそう言って真顔で俺を見返してきた。
「お、おう。そうだよな」
帰る場所がどこかにあるっぽいエルマはともかく、ミミに関してはここまでくると色々と責任を取らなきゃいけないなぁとは考えてはいるけれどもね。いや、別にエルマに関しては責任を取らないというわけではないけどさ。
どちらにしてもその辺はほら、もう少し色々と落ち着いてから……ふふ、クズ男の思考をしていると自覚できるぞ。もう少し、もう少し猶予というかお互いにわかり合う時間が必要だと思うんだ。うん。でも何か考えておきますから許してください。
「まだ猶予というか、余裕はあるでしょうか?」
「そうねぇ、こいつの甲斐性的にあと一人か二人くらいなら?」
「頑張りますね」
エルマの言葉に色々と考えながら歩いているうちに背後でエルマとクリスの恐ろしい会話が展開されている気がする。俺は何も聞いてない。聞いてないぞ。
さぁ、ロッジに戻ろう。注文していた他の炭酸飲料もきっと届いているはずだ。いやぁ、楽しみだなぁ!