トンネル開通編
頭を拡声器にしたラムレトがこちらに向かって大きく叫ぶ。
「やっほークーヤくん!
トンネル工事が終わったようだよ。見に行くかいー?」
「あおおー」
終わったらしい。それならばまぁ見に行っておくか。するするとバステトから降りて着地。
それにしても揃ってこいこいと手招きしているがあれはまさかここから飛び降りろと言っているのか?
お断りだが。よし無視しよう。着地は任せたなどとするつもりは一切ない。私はデキる暗黒神ちゃんであるからして料金請求されることくらいわかっているのだ。
というわけでホテルの昇降機で安全安心に降りるのである。くるりと振り返ったところで腹に何かが回った。
「ん?」
なんじゃこりゃ。ピンクの……肉、紐?
ぐいぐいと引っ張ってみるが蛇のような強靭な巻き付きぢからで私の腹に回っている。大元を確認すべく辿っていくと……カエルの顔をした異界の神とばちりと目が合った。
「…………………………」
「ケロッ!!」
「ギャボーーーーッ!!!」
抵抗する間もありゃしない。とんでもない力で引っ張られてあっさりと屋上を外れて空中へと身体が投げ出される。
ビシッビシッビシッと私の身体をピンクの……こりゃベロか!! ベロが私の身体をバランスを見るように適度にあちこち打ち上げ小器用に空中回転させられて最終的な落下位置を調整された。
調整された後もそのまま落下速度が出すぎないようにする為か、引き続き腕やら足やら顔やらをベロが弾いてくる。ヌエーッ!!
良いようにボールの如く弾かれながらなんとか地面を見やれば、腰に手を当てて仁王立ちして余裕こいたカエル顔が舌をくるんと仕舞ってから舌を伸ばす準備かちょろちょろさせるのが見えた。
その隣でもおーおーこりゃおもしれーアルなぁって面した総裁が額に手を当ててにんまり顔で見上げてきている。
あまりにも腹立たしい。許せん!!
クワッと目を見開く。再び伸びてきたベロをビシッと手の平で攻撃した。私の目を逃れられると思うなよ。
「あっ! クーヤくんなにするんだい!! ケロッ!!」
「うるさーい!!」
シュシュシュと伸ばされてくるベロを手と足を駆使して撃ち落とす。私は負けない。私は勝つ!!
業を煮やしたのか、ほぼ同時と言っていい神速で以て放たれるベロの連撃。右に 一、左に二、そして真ん中からの三!!
そして真ん中のベロ影に秘されていた、第四のベロを撃ち落とす。常人であればここで凌ぎ切ったと安堵しただろう。だが、これをいなしたところで私に油断は無い。目を凝らす。
第四のベロから更に後方。横ではなく縦にされたベロはその筋肉を駆使し極限までその身を細めている。
リズムよく伸ばされてきていた四手より一拍遅れて放たれた五手目。尽く必殺の死線、然してこれこそが真の本命、外法の凶手である。
バインとイカ腹で跳ね返した。
「このー!! クーヤくん生意気なことするね!?
ケロケロケロッ!!」
「おりゃーっ!!」
続く追撃。螺旋を描くような弾道で飛来するベロはその速度を自在に変化させながら迫ってくる。大きさを変え、速度を変え、相対するものを幻惑させる搦手。
どこに逃げてもこちらを巻き取るであろうベロに向かって私が取った選択は至ってシンプル。
バッと両手を合わせて下を向く。足をカエルのように折り曲げて力を溜め、ベロがこちらに触れようとする刹那にビョンと空を蹴った。
そう、私は選んだのは空中加速。即ち前方への脱出である。敵中突破による離脱、これこそ暗黒神ちゃんの退き口。
「ナニッ!!」
「とーーーう!!!」
身体を捩じるようにしながら螺旋を描くベロの中心を抜ける。空中ドリルの如く回転する身体が加速度的に増していくスピードの中で遂に眩い光を放ち始める。
この身は敵を穿ち、貫き、屠るべく放たれた唯一本の矢。散れッ!! 銀河の果てへ!!
「ウワーーーーッ!!」
「光になれェーーーーっ!!!」
「なにしとるネ」
空中キャッチされた。もごもご。そのまま地面に降ろされる。ちえっ!!
もうすぐでラムレトを光に出来たというのに。
「ま、茶番はこれぐらいにしてと。トンネルに向かおうか」
「よろし。クーヤもメルトもそのうちギャグで相打ちになりそうアルな。
やるのはいいアルがやるなら私の目の届く範囲でやるネ」
「え~」
「えー」
ぶーぶーするがアーアー聞こえなーいされてる。おのれ。いつか必ずや九龍の目を盗んで相打ちになってくれる。そして伝説になるのだ。
企んでいると九龍が何やら懐から取り出した。あれは、まさか……クルコ!!
馬鹿な、いつの間に!? 恐らく農林大臣カミナギリヤさんによるものだろう、何せ焼印が付けられている。ブランド化の為に早生の一個を九龍にだけ提供したに違いない。
ぴょんぴょんとジャンプして奪い取ろうとするが、脚長族が手を上にあげてしまえば文字通りのお手上げだ。
「よこせー!!」
「九龍君なにそれ!? 美味しそうな匂いがするんだけど!!」
「ほれ、行くアルよ」
目の前で齧られた。ギャーッ!!
「ん、こりゃ美味ぇアルな。いい名産品になりそうアル」
てくてくと歩いていく九龍に向かって二人でよこせよこせちょうだいちょうだいと喚いて纏わりついていると、いつの間にやらトンネルのところまで来ていた。
いいように誘導されてしまったらしい。
「ほれ」
「ヤッター!!」
クルコの残り半分が私に与えられた。すぐにかぶりつく。あぐあぐむしゃむしゃ。……美味い!!
このジューシーさ、そして濃厚な味わい。滴る果汁が口いっぱいに溢れる。柔らかな食感の中には果物にありがちな繊維質は無く突っかかるような感触もない。
思いっきり齧り付くと新たにじゅわぁと果汁がこぼれた。種付近にも渋みなどは無く、半透明の袋のようなものがあり蜜袋と呼ばれるらしいそれを齧ると違う食感も楽しめてしまい、まさに二度美味しい。
おおクルコ、どうしてそなたはクルコなのか。
「僕には!?
贔屓だ贔屓だ!!」
「しょうがねーアルなぁ」
ラムレトにもポイとクルコの皮を加工したらしいものが与えられた。袋を開けた瞬間から匂いがものすごい。
瑞々しい甘さを掻き立てるような芳醇な香りはその一袋だけで周囲を甘い香りで満たす程だ。なんてこった。
「美味しい匂いだ!!」
「で、これが工事終わったトンネルであるか。
見た目は大して変わりねーアルが」
「む」
言われて覗き込む。確かに見た目は特に変わりない。工事は完了したようなので工事中の看板もなく、いつも通りのトンネルがあるだけだ。
ただ、出入り口の大きさはちゃんと拡張が反映されているようで大人一人が通れるサイズの穴が開いている。ふむふむ。これハシゴつけた方がいいな。
同じ事を考えたらしいラムレトがずるんと身体から排出した砂で簡素なハシゴを取り付けた。……このハシゴはラムレトの身体で出来てるのか? ちょっと嫌だな。
まぁ今は我慢しよう。
さて、ちょっと考える。初の商品だ。まずは試用運転が必要だろう。
炭鉱のカナリアよろしく適当な奴を放り込んでもいいが、それで真面目に死んでしまってはブラックどころではない。労災認定を食らって即時営業停止になってしまう。
となればだ、安牌なのは残念ながら私であろう。何せ一度行ったことがあるわけだしな。
「ちょっと安全確認で行ってくる。地獄だし」
「ん」
言いおいてハシゴに足を掛けて一段一段ゆっくりと降下。温度、匂い、その辺は特に変なところはない。
地面に開いた穴なので最初の景色は当然ながら地中だ。地層が変化してゆくのを眺めつつ降りていけばやがて光は頭上のぽかりと開いた丸い光のみとなり、見えるものは目の前の白いハシゴだけとなった。
これハシゴの他にもランプかなにか取り付けた方がいいかもしれないな。私はいいが、暗いところでも見える種族でなければあちこちぶつかりそうだ。
思いながらカン、カンと音を立てて降りていくとやがて下のほうに赤い光が見えはじめる。どうやら地獄次元に辿り着いたようだ。結構降りた筈だが、もう少し下だな。
その光に向かうように再び静かに降りていけば赫灼とした光が周囲を照らし始める。うーん、冥府下り感。光に照らされた周囲は変わらず地中ではあるものの、明らかに法則性を持った模様を描いており物質界の土じゃありません感がひしひしと感じられる。
「お」
足元にうっすらと見える地獄に落とされた時に見た景色。地面は遥か先だが、つやつやとした反射光がもっと近い場所に見えている。どうやらあれがパイプらしい。透明なのか。ほんとに水族館のトンネル水槽だな。
ハシゴも途切れているし、ハシゴの下には白い砂が小さな山となっている。単に崩れただけではあろうが、これならわかりやすいな。
パイプの透明度が高すぎて何も無いようにしか見えず、このハシゴから降りるのは遥か彼方の地面に向かって飛び降りとしか思えないので普通に恐怖なので助かる。
足先だけを伸ばして砂山を崩す。つんつんとあちこち突付いて足元チェック。よし、ちゃんとパイプがあるな。それでもドキドキしつつそーっとパイプに降り立つ。これパイプに色かなんか塗ったほうが絶対いいだろ。ガラスの道じゃないんだぞ。
「……………………よし」
不安は不安だが、私が乗ったくらいではびくともしていない。このパイプ、うーん……手でペタペタと触れてその形を確かめる。足場である下のほうは真っ直ぐのようだが壁と天井は丸みがあるようだ。いうなれば卵型といったところだろう。
透明な壁にへばりつくようにして空中に吊り下がるパイプの、その反射する光をなんとか追って遠くへ続くパイプの先を確認する。
地獄の空はここが地の底であることを主張するかのように、赤い空、赤い雲の遥か向こうに薄っすらと地面が霞んで見えている。
幾つか土管のようなものが空の大地から伸びているのであれが多分私がいろいろなところに設置したトンネルだな。つまりこのパイプはあの土管同士と繋がっている筈である。私が今降りてきたトンネルも横から見れば土管なのだろう。
ここは物語や神話で言えば第九層まであるという地獄で最も地上に近い浅い層となるのだろうが、悲しいかな私がイチから作り直しの最中なのでここがホンチャンである。多分だが下層は全部埋まってしまっているのだろう。
なんせ見下ろす下の地面のほうにあのアパートらしきものが見えるしな。悲しいことだ。
よし。それではちょっとあっちの土管の方へ歩いてみるか。あの土管がどこのトンネルかは行ってみなければわからないが。リュックを背負い直していざ参らん!!
「……………………ヒョワッ!!」
一歩目を踏み出した瞬間、パイプが大きく揺れてすっ転び悲鳴を上げた。あばばばば!!
ぎし、ぎしと軋み音を上げて揺れている。
「ふむ、ここが泥犂アルか。地獄、冥界、奈落、私には然程身近だた概念じゃねーアルが。
このパイプ出れば死ぬ空気あるネ。あそこのあれは建物アルか?」
「やっほー。なんか僕としては落ち着くような?
冥界神の側面が反応してるのかなぁ。悪魔くん達はどこにいるんだい?
ちょっと見てみたいんだよねぇ、特にあの毛むくじゃらの子!」
「なんで来るのさ」
初手でギルドの一番偉いのと次くらいに偉いのが生身で突っ込んできおった。結果的に特に問題ないようだから良いが、命捨てがまり野郎共か?
私が単身ドキドキしながら来た意味がないだろ。なんとかしてくれよと頻繁に言われるわけである。飛び降りてくるのもやめろ。パイプが壊れたらどうしてくれる。
揺れるパイプは少しずつ落ち着いてきているが、それでもどやどやと歩き回れられる度に割と揺れている。地上に帰れクソジジイ共!