そう、伝説の探索者と呼ばれたこの俺……袋小路道宗だ!
探索者ギルド【リベリオン】を代表する配信者の一人、氷堂トウヤはある家へと足を運んでいた。
「失礼します。博士、お久しぶりです」
「おお、トウヤ君。どうしたんだい、珍しいじゃないか」
本や服、雑貨などが乱雑に散らかった畳の上で、白髪の男がノートパソコンと格闘していた。
彼はダンジョン研究の第一人者であり、正鬼博士と呼ばれている。
「実は今日、折いってご教示いただきたいことがありまして。博士は竜牙景虎、という探索者のことはご存知でしょうか」
丸テーブルの前に正座した氷堂は、前置きを抜きにしていきなり本題に入った。博士が面倒なやり取りを好まないことを知っていたからである。
「ああ。もちろん、名前は知っているがね。しかし、ああいった一時的に流行になる探索者というのは、珍しくないと思うよ。トウヤ君だって、よく知っているだろう」
正鬼は巷でよく聞く名前を耳にし、明らかにうんざりしていた。
「僕も初めのうちは、彼もよくあるタイプの、ただ配信者として急激に人気が出た青年、という認識でおりました。しかし、それが誤りであることを、認めざるをえないのです」
「ほう。君が見誤るとは珍しいじゃないか。それで?」
氷堂はジャケットの懐からスマホを取り出すと、ある配信画面を彼の前に差し出した。
「これは彼が以前、専用キーとやらでダンジョンを呼び出したとされる配信です。進化の洞窟といって、探索者レアリティを上昇させるアイテムを獲得するために潜ったとされています」
「……専用キー? 進化の洞窟? 君は何を言っているのかね」
博士はメガネをかけ、その動画をよくよく目を凝らして視聴した。時間が経つうちに、彼の瞳孔が大きく開かれていく。
「馬鹿な……こんなことが」
「彼はこの配信で手にしたアイテムを使用し、元々はRだった探索者レアリティをSRまで上昇させることに成功したと言います」
「あり得ない。何かしらのフェイクがあるはずだ」
「僕もそれを疑いましたが、偽装したとされるもの、嘘と断定できる情報がありません。さらに、これだけではありません。先日はメタル系モンスターばかりが出現するというダンジョンを、同じく専用ダンジョンキーなるもので呼び出したのです。それがこちらの配信となります」
続いて映し出される映像を、博士は食い入るように凝視した。汗が顔に吹き出してきて、必死でハンカチで拭き取っている。
「メタル系ばかりが出現するなどと! これは一体……さっきの専用ダンジョンキーとやらは、どこで手に入れたと言っている?」
「サブスクのサービスだと」
「サブ……スク?」
博士は口をだらしなく開けたまま、理解できない情報に混乱していた。
「配信機材に付属のサービスとして、毎月あらゆるサポートを受けているというのです。しかし、僕を含めて誰も、そのようなサービスなど聞いたことがありません。博士の見解をお聞きしたく」
「け、見解も何も! ワシも知らんよ! ちょっと待ってくれ。この男はおかしいぞ。ところで今、レベルはいかほどになっているのだ?」
今度は氷堂の顔に汗が浮かんでいる。
「実は、レベルはじきに100を超えるという申告でした。探索者カードは確認していませんが、メタル系モンスターを軽くあしらった実力を有しています」
彼が語る間にも、見たこともない王冠を被ったモンスター達が、画面の中で圧倒されていた。メタル系モンスターを軽く倒せる存在など、一体日本に何人いるというのだ。
「レベル……100……まさか」
「正直、僕ですらまだ100に届くところにいません。彼の申告と背後に見え隠れする底知れない力を見た時、震えが止まらなくなりました」
正鬼はため息を漏らしながら、メガネを外して眉間を指でほぐした。なんとか冷静になろうと努めているようだ。
「ダンジョン組合はどうしているのだろうな。それとあのダンジョン庁は、この件を調べているだろうか」
民間だが世界中に支所があるダンジョン組合と、日本国内で遅ればせながら五年前に設立されたダンジョン庁。
これら二つの組織はダンジョンに探索者、そしてモンスターのことならいつでも最新の調査を行なっている。
「これだけ話題になっているのです。調査していないはずがありません。しかし、恐らくは具体的な情報は掴めていないのではと。僕の友人にはどちらにも働いている者がいますが、いずれも彼について明確な情報は得られていないのだとか」
「おかしい。……よし、わかった! ワシも竜牙君のことについて、できる限り調べておこう。君も何かあったら教えてくれ」
博士は後悔していた。これほどの逸材が現れていたなどと、軽視していた自分が恥ずかしい。
「ええ。彼さえ良ければ、ここに連れてくることもできるかもしれません」
「な、なに!?」
「上手くいけばですがね。では、よろしくお願いいたします」
氷堂は彼の家を後にすると、車に乗って夜の高速道路をひたすらに走った。
(景虎君はまさに、今のダンジョン探索に革命をもたらす存在かもしれない。今の時点で僕より強いことも、もう間違いない。一体彼は、どこまで行けるというのか。この目で見たい。次のダンフェスで……)
景虎は自らがこれほどの騒ぎを起こしているなどと、全く予想すらしていない。
しかし、日本国内の動きはまだまだ鈍く、遅いものであった。世界の大国では、すでに彼のことを必死に調べ続けている者が大勢いる。
彼は国内だけではなく、世界でも注目を集めているのだ。
◇
「遅いぞ、お前達。探索者チームの会議というものは、五分前集合が最低限。しかし意識の高いお前達は、十分前でも集まっていると信じていたぞ。それがまさか遅刻とは!」
とあるカフェで、一人の男が集まってきたメンバーに怒りをぶつけていた。
彼の名前は袋小路道宗。チーム袋小路の社長である。しかし、明らかに遅刻した事務所の稼ぎ頭、アイは逆ギレせんばかりの勢いだ。
「はあ? 収録で遅れるって言いましたよね? なんで普通に説教してるんです。後ここ、社長の奢りでよろしく」
「く……! いいから座れよ」
時間に遅れてきたのは彼女だけではない。最近所属になったばかりのノエル有栖川も同様であった。他の探索者も三名ほどこの場にやってきている。
「まあいい。今日はお前達に知らせることがあった。朗報だぞ、なんせ今度のダンフェスでは、絶対に失敗は許されねえ。だからこそ、アイのチームは最強の布陣で望む必要がある。分かるな?」
アイは面倒くさげに首を縦に振る。ノエル有栖川は分かっているのかいないのか、クールな態度を振り撒いているだけであった。
「だからこそ、お前達に最強に助っ人が登場したわけだ。そう、伝説の探索者と呼ばれたこの俺……袋小路道宗だ!」
ドヤ顔で言い放ったが、周囲の反応は寂しかった。風の音がはっきりと聞こえるほどに、静まり返っている。
この時、小声で探索者の一人が、もう一人に問いかけた。
「社長って、昔探索界隈で有名だったのか?」
「いや、分からん。ってか事務所に入るまで、名前も知らなかったし」
「おいお前達! 聞こえていたぞ! この俺を知らないとは何事だ!」
「ひえ!?」
「す、すいません!」
社長の一喝に、在籍ライバー二人は震え上がった。道宗は期待していた反応では全くなかったことに苛立ちつつも、とにかく話を進める。
出された料理を乱雑に食いながら、次のダンフェスに向けて周囲を煽ろうとした。
「おいアイ。お前は随分とまた、葵とかいう娘に差をつけられているな。もう埋められないくらいに」
「ええー、そんなことないですよ。あんな子供、今だけでしょう」
「今だけなのは、お前かもしれんぞ。とにかくここで決定的に負ければ、もう挽回はできん」
「は? 社長ー、そんなことばっかり言ってるからモテない、」
「ところで有栖川」
続いて彼が標的としたのは有栖川だ。
「お前の実績を買って採用したというのに、ここ最近の体たらくはなんだ。あれでは女子人気など地に落ちるだろうな。顔の良い探索者などいくらもいる。そろそろ、本気を見せてもらおうか」
(このオヤジ……調子に乗ってやがる)
有栖川は頷きつつも、内心では怒りの炎がギラついている。必然空気が悪くなってきたのだが、道宗はそういったことに無頓着である。
しかし、アイは葵に追い抜かされたことを指摘され、今怒りを発散せねば気が済まない。
「ってか社長もあれですよね。凄いことしでかしちゃったらしいですよねえ。元社員に睨まれて、会社で漏らしたんですよね?」