これ使うか! 魔王のカードだっけ?
やっぱ深層のモンスター達は強い。闇竜の力が加わったせいか、バケモノ感が段違い。
俺たちは一階下に降りて行く毎に、とんでもないモンスター達との戦いを繰り広げることになった。
まず驚いたのが、入り組みまくった迷路と大量のゾンビ達。角を曲がるごとに気持ち悪くてしぶといゾンビが襲いかかってくる。
「きゃあー!?」
意外にも、これに一番ビビっていたのは玲奈だった。危うく狭い通路で爆発魔法をぶっ放しそうになっていたので、俺が前に出てゾンビを切り倒す。
「えい!」
これまた意外なことに、ホラーなモンスターと勇敢に戦っていたのは葵ちゃんだ。ホーリーライトがゾンビ達を昇天させまくってる。
氷堂さんはここの迷路を覚えているらしく、ほぼ迷わず最短で階段を見つけてくれた。
『ゾンビモンスター達はほぼ消滅しました。葵さんの活躍です』
「え、AIさんに褒めてもらっちゃった!? ありがとうございます」
AIミリアも葵の頑張りを評価してくれたっぽい。ほっこりしつつ階段を降りた先では、さっきまでとは全く異なる世界が待っていた。
まず、天井があまりにも高い位置にあり、フロアはたった一つの大部屋っぽい。
次の階段までの距離は一キロくらいかも。
『ファイアプテラノドン【狂】の群れが現れました』
「ん? いなくね」
『天井近くを飛行中です』
ミリアに言われて空を見上げると、確かに十匹以上もでっかい空飛ぶモンスターがいて、こちらに向かって火を吹いてきやがった!
「きゃあ!?」と悲鳴を上げながらなんとかかわす葵ちゃん。氷堂さんは冷静にかわしながら、次の手を考えているようだ。
あんなに高いところを飛び回られちゃうと、手が出せないよなぁ。どうしようかと考えていたら、自信満々なギャルが前に出た。
「っしゃあ! じゃあここはあたしがやっちゃうか」
「え? 大丈夫なのか」
「ガチ余裕ー! 見ててよ」
っていうか周りが火の雨状態。最近の日本の夏より暑くなってる。
マジ勘弁してくれとか考えていたら、夏フェスとか好きそうな玲奈が両手を高く上げて魔法を放った。
黒い何かが周囲を覆い、数秒後には驚くほどドンドンとファイアプテラノドンが大地に落ちていく。
「すげー! なんだこれ」
「しゃー! グラビトン! これ上にも使えっから」
重力魔法かぁ。しかしこういうのって、大体にして地面にいる奴に使っているわけで。
こうして空にいる奴にまで使えるあたり、玲奈は意外にも魔法の才能があるのかもしれない。
「落ちろ落ちろー!」
その後はガーゴイルとか、ジャイアントコンドルとかが群をなして襲ってきたけれど、ギャルの重力にあっけなく撃沈していくばかり。
すげーな、うちのギャル。
「玲奈さんを連れてきたのは正解だった」
「え? 全然ー! まだまだっしょ」
氷堂さんに認められ、まんざらでもなさそう。
「ね? ど? ど? あたしけっこう頑張ってるっしょ」
「ああ、すげえよ」
「あはは! ね、今度は二人で潜ろっか」
『必要ありません』
「ちょ!? また出たし! ミリたん」
『……この先、ヘルナイツ【狂】の気配があります。ご注意ください』
さらに階段を降りた時だった。もうすぐ深層も終わり間近らしいんだけど、ここで聞いたことのないモンスターの名前が出る。ミリたん呼びはスルーされた。
フロアは先ほどと同じ、というかもっと広い大部屋のようだ。奇妙なことに、少し先が黒い何かで埋め尽くされている。
「なんだろ?」
俺はボックスから取り出していた神秘なる槍を掲げてみる。すると槍から白くて明るい光が周囲を強く照らしていった。
「あれは……黒騎士の集団か」
隣に佇む氷堂さんが、焦りを顔に浮かべて言った。
「これはまずいぞ。ただでさえ強力な騎士型モンスターであるヘルナイツが、恐らくは千以上この場にいる。闇竜の力によるものなのか、数が多すぎる」
ヘルナイツは全員が凶暴そうな馬に跨っていて、剣や槍や大楯、弓矢など様々な武器防具を装備していた。
:ヘルナイツってたしか、一匹でも強敵じゃなかった
:大抵はヘルナイトっていう単体で出るんだよな
:単体でもめっちゃ強いんだが
:これは絶望的すぎる
:ランカーでも無理だと思う
:闇竜の影響が底なしでヤバいんですが
:今回ばかりはマジで逃げたほうがいい
:怖い……
:とにかく避難や!
:いや、カゲトラならいける
:いけー!
:ってか、四人で相手できる集団じゃないぞ
:カゲ君以外けっこう召喚カード使ってるよね?
:魔法とかもあんま効かないし
:無理ゲー過ぎん??
コメント欄でも騒いでいるように、確かにこれはヤバい。連中の中心にいた騎士のリーダーっぽい奴が、ゆっくりと腰に差していた剣を抜く。
「も、もしかして……一斉に来ちゃうんじゃ」
「ヤバいっしょこれ!?」
葵ちゃんも玲奈も流石にこの状況には慌ててる。
「逃げたほうが良さそうだな」と氷堂さんが退避しようとした時だった。
『景虎様一人なら問題ありません。チームを守るには、召喚カードの使用が有効です』
俺一人なら尚更ヤバくないか、という疑問はひとまずおいておいて。とにかく緊急事態なのでカードを漁る。
「召喚カード……えーっと……あ! これ使うか! 魔王のカードだっけ?」
今まで使ったことのないカードを天に掲げてみる。でもこの時、ちょうど黒騎士のリーダーも剣を頭上に高々と上げていた。
すると、今までにない強者感を纏うモンスター千匹以上の大集団が、砂煙を上げながら突撃してきた。
「これはやばい!? ヤバいヤバい!」
俺は焦りつつ、剣を構えてどうにしかしようとするも、それ以上の変化にさらなる衝撃を覚えてしまう。
すぐに至近距離まで迫ってきた騎士達が、黒い衝撃に吹き飛ばされて消えていく。召喚カードから現れたそれは、俺たちの前に悠然と立っていた。
長い金髪を揺らしながら現れたのは、ゼルトザームという名の魔王だった。
そいつがやったことは、正直よく分かっていない。漆黒の騎士達で埋め尽くされんばかりの戦場で、ただ半身になって右手を前に向けた。
続いて現れたのは、真っ暗な闇の世界。黒くてよくわからない世界で、俺や玲奈、葵ちゃんは驚きの声を上げるしかなかった。
闇の中にいくつもの赤い輝きが走ったと思った数秒後、どうやら全てが終わっていたらしい。
その後すぐに闇が消え去り、あれだけの数でダンジョンを埋め尽くした騎士達が全部煙になって消滅していた。
『フロアのモンスターが全滅しました』
ミリアが淡々と教えてくれた内容を、まともに聞いてられたのは何人いただろうか。振り返った長身の男はかなり美形で、かつ堂々とした雰囲気を持っている。
「あ……ああ……」
氷堂さんが奴を見て青い顔になっていた。いつもの冷静な姿とは違っている。玲奈はぎゅっと俺の腕を掴んでいて、葵ちゃんはぺたりと座り込んでしまう。
全身から溢れ出るプレッシャーが凄いってことなんだろう。みんなの反応を見ていると、俺もなんか緊張してくる。
「一介の人間風情が我を呼び出すとは……貴様らは……」
言いかけて、魔王は俺のほうを見て言葉を止めた。
「……ミリアか。そうか、お前は……」
「え? なんだよ」
なんでAIのこと知ってるんだろ。ゼルトザームはすれ違いざまに、俺の肩に軽く手を乗せてきた。
「今度我が城に来い。話がある」
「え? あー、分かった」
交流機能を使えってことなのかな。そう言い残して魔王は静かに消えていった。
「……ぷはぁ! 何あれ、ガチ人外じゃん!」
なぜか息を止めていたっぽい玲奈が叫ぶ。近すぎてうるさい。
「怖かったです。でも景虎さん、普通に話してましたね」
「確かに。君は怖くなかったのか?」
葵ちゃんがようやく立ち上がり、氷堂さんも普段の冷静な感じに戻ってる。
「まあ、召喚してるから仲間なんで。そんなには……ってか、なんでミリアのこと知ってたんだ?」
『カードを召喚したことにより、こちらの情報を得たのでしょう』
「ふーん。そうなのか。ってか……ちょっと待った。コメント欄……」
:おお……おおおおお
:たった一人で全キルしやがった
:召喚カード中でも最強クラスか
:ってかこんなシーン初めてみたわ
:すげえええええ!
:どんだけ強い仲間いるんだよ
:うわあああああああ
:本人もアホみたいに強いのに、モンスターも規格外
:確信した。総合的にカゲっちは最強や
:真っ暗になった時、画面壊れたのかと思った
:あの闇の中で何があった?
:なんか怖いいいいいい
:お漏らししちゃった
:あああああああ画面観るのしんどかったぁあああ
:AIまで知ってる魔王
:ホラー配信かと思っちゃったぞ
:あんなモンスター見たことなかったけど
:ミリアちゃんと知り合いなん?
:魔王ってマジでいるのかよ
:フロア全部のモンスター倒したってどういうこと?
:これ恐ろしいのは、カゲトラはまだ四枚カードを残してるってこと
:そういえばカゲ君って、全然消耗してないよね、おかしいよね??
:どんどんカゲトラが怖くなってくる配信
:今ランカー達もこぞってこの配信観てるらしいぞ
:いよいよこの後は闇竜か!
『同接が三百五十万に到達しています。おめでとうございます』
「な、な……!? なんか急に増えてないか!?」
何よりも怖かったのは、ここにきて同接の上がり方が半端じゃなくなってきたこと。
それはこの先でも同じで、俺は魔王よりも同接のプレッシャーに怯みまくっていた。