「俺が一緒なんだからマドロールに危険があるはずないだろ」―属国観光編①―
短編から一か月後ぐらい。
皇妃であるマドロールは今日もじーっと、ヴィツィオの姿を見つめている。
マドロールは時間があるといつもヴィツィオを見に来る。ヴィツィオを見ていることが幸せなマドロールの日課である。
「はぁ、ヴィー様、今日も世界で一番かっこいい……」
マドロールはどれだけ距離が近づいても、皇妃として美しい者を沢山見ていても、やっぱりヴィツィオが世界で一番綺麗でかっこいいと思っている。
ヴィツィオが文官の話を聞いていたり、書類に目を通していたり、訓練のために剣をふるっていたり――どんな時だってヴィツィオは世界で一番かっこいいのである。
ちなみに常にヴィツィオを見つめて暇そうに見えるかもしれないが、マドロールは皇妃としての責務はきちんとこなしている。ただ暇さえあれば見つめているだけである。
「マドロール」
ヴィツィオが声をかければ、マドロールは嬉しそうにはにかんでヴィツィオに近づく。
ヴィツィオ至上主義であるマドロールは、ヴィツィオの邪魔をしてはいけないと自分から話しかけずに見つめているだけの事も多い。大体、ヴィツィオが声をかけて近づく。
「ヴィー様、私が横にいても大丈夫ですか?」
「ああ。別にマドロールに見られて困るものもない」
「ふふっ、ヴィー様が私のことを信頼してくれていると思うとなんだか嬉しいです」
ヴィツィオとマドロールが結婚して、一か月。すっかりヴィツィオはマドロールに心を許していた。
ヴィツィオの見ている書類も見て問題ないと言うことで、マドロールも目を通してみる。
それは帝国の属国の報告書である。
『暴君皇帝』ヴィツィオの治める帝国は、いくつもの属国を抱える大国である。
マドロールは結婚して一か月、この帝国の凄さを実感しているつもりだが……属国のことをそこまで詳しく知っているわけではない。もちろん、皇妃として帝国に連なる国については勉強しているが……、それでも知らないことの方がずっと多い。
マドロールは興味深そうにその書類を読んでいた。
(『暴君皇帝と、聖なる乙女』だと帝国内のことばかりだったのよね。確か。ヴィー様は皇帝という立場だから別に自分で全て見て回る必要もないし。ヴィー様の手足として動いている方々が見て回っているのよね)
ヴィツィオは自らの足で属国に行ったりはなかなかしない。
マドロールが前世で知るヴィツィオも、わざわざ属国に自分から足を運ぶことはしなかった。
そもそも上に立つものというのは、自ら動くと言うより人を動かすものである。ヴィツィオはまさにそれを行っていた。
(ヴィー様の手足となって動く……なんて素敵な響き!! 私がヴィー様の奥さんに収まらない世界線があったらヴィー様の手足にでもなりたかったわ!)
……マドロールはもしヴィツィオの皇妃という立場でなければ、手足になりたかったなどと思っていた。
(それにしても事細かに情報が書かれていて、ヴィー様に対する不満の調査とかも凄いわね。やっぱり潜入調査みたいなのをしているのかしら? そういうのかっこいい!!)
その報告書は事細かに書かれていて、マドロールは凄いなぁと思ってならない。
前世でも今世でもそういう潜入調査みたいなのはもちろんしたことがないので、読みながらワクワクしていた。
「興味があるのか?」
「はい! 凄く事細かに書かれていて、なんだか色々想像が出来ます。美味しそうなものも沢山ありますし、反乱などが起きないようにちゃんとしていて凄いなーって。私のヴィー様は本当に凄いです!!」
ヴィツィオは本当に何でもそつなくこなす人間なので、マドロールは凄いなとキラキラした目で見てしまう。
「ねぇ、ヴィー様。こちらの国は果物が名産なんですね! 私、これ好きです!」
「そうか」
「はい! あとこちらの報告書に書いてある庭園、絵で見ても凄く綺麗で……素敵だなって思います。観光地として栄えてるんですね」
「楽しそうだな」
「はい! こういう行ったことのない場所の事が書かれているとワクワクしますよねぇ」
マドロールはこの世界で王女として生まれ、そして帝国に嫁いだ箱入り王女様である。前世では旅行に行くこともあったが、今世ではそんなものにはもちろん行ったことがない。
キラキラした目で報告書を見るマドロールに、ヴィツィオが問いかける。
「行きたいのか?」
「えっと……行きたくないと言えば嘘になりますね。私、報告書読んでいるだけで行きたいなって思います。でもお忍びデートとは違って属国とはいえ他国に行くのは……警備とかの問題がありませんか?」
「そういうのは気にしなくていい。大体俺が一緒なんだからマドロールに危険があるはずないだろ」
そんな発言をヴィツィオからされたマドロール。あまりにかっこいい言葉のため、悶えている。
(はぁああ、ヴィー様が凄くかっこいいこと言っている!! かっこすぎる!! もうときめく! かっこいい!!)
かっこよすぎてマドロールは語彙力を失っている。いつものことである。
「大丈夫なら、行きたいです!」
そしてなんとか気を取り直したマドロールがそういえば、ヴィツィオが不敵に笑った。
――そして皇帝夫妻は、皇妃が属国を見たいといったという理由だけで属国に向かうことになった。