2 デセミアの力
伯爵の城に着いたクリエたちは、応接室に通された。
そこには凝った装飾が施されている豪華なイスやテーブルに置物、絵画などがある。
部屋では、50台に見える茶色で短髪の男性と長い金髪の女性が、それぞれ綺麗な装飾を付けた服やドレスを着て立っていた。
その隣は20代に見える若い女性の姿もある。
長い金髪は右側のまとめられているサイドテールで、立ち振る舞いなどに気品があるが、服にあまり装飾品などがなく、二人に比べて質素に見える。
来ている服もスカートではなくズボンだった。
クリエたちが来た事を知ると、跪こうとしたがデセミアがそれを静止し、気楽にするように言う。
「クリエ様、デセミア様、そして使徒の方々。初めまして、当領地を治めておりますジョージ・マーカスと申します。隣に居るのは妻のハンナ、娘のエレナになります」
ジョージは元演奏家という肩書を持ち、その豊富な知識から芸術に秀でている都市を管理する伯爵に任命されていた。
三人が深々と頭を下げ、クリエたちもそれぞれ自己紹介をすると、自分たちの事は名前で気楽に呼ぶように伝える。
エレナが一歩前に出ると、申し訳なさそうに口を開いた。
「皆様の前で、このような姿で申し訳ありません。本来ならお父様とお母様の様に着飾るべきなのですが、仕事が控えている為、お許し下さい」
「娘は都市にお住いの思想神様の侍女をしておりまして、仕事柄動き回る事も多いのです」
「そう言えばどんな方なの?」
アニスが疑問を口にし、エレナが胸の前で手を合わせると嬉しそうに答える。
「はい! それはもう可愛くてカッコ良くて、可憐でお優しい方です。アイドルという職業もその方が発案されたんですよ。あの方に仕える事が出来て、私はもう毎日が幸せで」
「よく考えれば、結局アイドルってどういった職業か知らないわね」
たまに他の街などで見るが、実際にどうなのかアニスたちは良く知らなかった。
「アイドルとは『愛されるどこにでも居る存在』から、文字を取って作られた職業になります。歌や踊りなどのパフォーマンスを主にしますが、他と違うのは距離感でしょうか」
「距離感?」
「はい。ファンなど交流のある方とは気軽に握手をしたり、お話をしたり。時に店のお手伝いなどもします。より身近に自分という存在を感じてもらうためだそうです。立派ですよね」
エレナは暫くうっとりとした表情になるが、やがて恥ずかしそうになり一つ咳払いをした。
「と、とりあえず。今回の件でお話をする事になると思いますので、後ほどご紹介いたしますね」
気を取り直した言ったその様子に、ミヨン、アニス、ウィルが小声で話す。
「なぁ、なんかああいうの、知ってる様な気がしないか?」
「奇遇ね……私もなんか見た事ある気がするのよね」
「そうですか? 尊敬している人へ仕える事は、とても幸せな事でしょう?」
「まぁ、それは別に良いんだがな。なんかこうテンションというかそういうのに、既視感があるなぁと」
そんな話をしていると、クリエがジョージたちに向かって話し始めた。
「今回の件は、君からの依頼でいいんだよね?」
「はい、世界神様が来られるとは思いませんでしたが、どうすればいい物かと悩みまして」
「一応怪しい人は居たんだよね?」
「扇動者かどうかは分かりませんが。調べた所、音楽祭が始まる前に、至る所で評判や誰が人気などかを聞いていた人物が居たようです。ただ、今も都市に居るかは分かりません。何分今は人の往来が激しいものでして」
申し訳なさそうに、ジョージが首を横に振る。
「そうだね。それに仮にその人物が元凶だとして捕まえても、今の状態は恐らく治まらないだろうしね」
「その通りだ。すでに事はファンたち個人の問題になってるらかな。見せしめがいても、自分を傷付けた奴が違うんじゃあ、治まりもつかねぇだろう」
デセミアが言いながらクリエを見みて頷いた。
「だから今回、デセミアに協力を依頼したんだ。彼は欲望に干渉できるからね。最悪の場合は、その力で暴走している人たちの心を強引に落ち着かせる事になると思う」
「あの……世界神様がそう言う事をされても大丈夫なのでしょうか? あ、悪い意味ではなく、力を貸していただけるのが申し訳なくて」
世界神が手を貸してくれる事に感謝はしているが、同時に恐れ多くもある。
「世界神は世界の為に居るけど、それは最優先が世界ってだけで、他に干渉しないって訳じゃないからね。今回は干渉してもいいだろうって判断になるよ」
「それに、折角のアイドルとかいう新しい職業が大手を振って参加するんだ。成功してほしいって思うからな」
「それは、ありがとうございます。きっとあの方もお喜びになるかと」
クリエとデセミアの言葉にエレナが笑顔で言う。その表情はどこかホッとしている様にも見えた。
「でもそれはあくまで最悪の場合だからね。それまでは出来るだけなんとかなる様に頑張るから。もしデセミアが力を使った場合は、こっちで陛下に伝えるから、君たちは何もしなくてもいい」
「何から何までお世話になります」
「それに……今のこの状況は昔を思い出すよ。そうだよね、デセミア」
「そうだな。つってもあんまり思い出したくねぇ事ではあるがな」
クリエに話を振られてると、デセミアは少し顔しかめる。
「どれだけ月日が流れても、良くも悪くも気持ちって言うのは変わらないね」
「……できれば良い方に傾く事を願うがな。俺たちがまたあんな選択をしない為にも」
クリエとデセミアの会話に他の者は誰もついていけなかったが、それが軽い内容ではない事だけは雰囲気から取れ、口を挟める者は居なかった。
やがて気分を変える様にクリエが明るく口を開く。
「さて、こっちの話はこの辺にして、演者さんたちの話も聞かないとね」
「でしたら、私が思想神カレン様の元へご案内致します」
「エレナ、クリエ様たちの事をお願いするよ。そうそう、折角の祭りですし、お勧めの美味しい食堂があるので、よろしければぜひクリエ様たちも寄ってみて下さい」
「そこは何が美味しいんでしょうか?」
ジョージが思い出しように言い、興味ありげにウィルが聞いた。
「日替わり定食です。その日に手に入った新鮮な食材を使った料理でしてな。これが大変美味しい。ただ私が行った時はうっかり店主が塩と砂糖を間違えて大変な目に会いましたが。しかしそこの料理は絶品で……」
「あなた、料理の話はその辺にしましょう」
ハンナが止めると、ジョージがバツ悪そうに軽く笑う。
料理に興味があるウィルは場所や店名をメモしていた。
苦笑しているジョージにクリエたちは礼を言うと、エレナの案内の元、思想神カレンが居る場所へと向かう事になった。
******
カレンが居るステージの楽屋へ向かう途中は、音楽祭を楽しみに多くの観光客がいた。
客の中には貴族や有名な商人などもおり、歌や演奏を披露する人たちにとっては自らを売り込むチャンスにもなる。
カレンが考えたステージには大勢の観客席とは別に貴族や豪商などが座る特等席もあり、演目後に声をかけられてスポンサーが付く場合や、貴族お抱えの演者に成りえる事もあった。
そのため、この音楽祭は演者にとって夢や希望を掴む場所にもなっている。
「ホント賑やかねぇ。仕事なんてさっさと終わらせて純粋に楽しみたいわ」
アニスが活気の良い周囲を見る。
歌や演奏、あるいは踊りにその場で似顔絵を書く人など様々な人がおり、多くの拍手や笑顔がそこにはあった。
「ぜひそうして下さい。本来ならお勧めの方を紹介したいのですが、何分今は状況が状況ですので。今回の件が終わった時は、ぜひ改めて案内させて下さい」
城を出る前に服から装飾品のほとんどを外し、身軽になったエレナが笑顔でアニスに言う。
「お前! もう一度言ってみろよ!」
「何度でも言ってやるよ! お前が応援してるヤツなんて、俺の推しの足元にも呼ばないな!」
そんな時に男性の大きな声が人通りの多い道に響いた。
何事かと見ると、二人の男性が何やら言い争いをしており、エレナがそれを見て深い溜息を吐く。
そんなエレナを見て、ミヨンが心配そうな表情なった。
「大丈夫か? もしかしてあれがそうか?」
「ええ、あれが最近いろいろな場所で起こっている、ちょっとした争いです。口喧嘩ならまだいいのですが、たまに演者さんの前でもする時があって……本人たちはただ感想を言っているだけなんでしょうが」
エレナの心配を余所に、二人の男性の言い争いはヒートアップしていく。
「なんだと……もういっぺん言ってみろ! ぶっ飛ばすぞ!」
「あいつのファンはすぐ暴力に訴える。これだから今も人気が上がらないんだろうが!」
やがて取っ組み合いの喧嘩が始まり、騒動を聞きつけた騎士団が来て、エレナに気付くとどうするのか尋ねて来た。
エレナはとりあえず落ち着かせ、酷いようなら少しの間牢屋に入って反省してもらう事を伝えるが、
「まぁ待て、ここは俺が行こう。実際どんな感じになるか見るもいいだろう。構わないな、クリエ?」
「良いんじゃないかな。でも、ほどほどにね」
デセミアがクリエに言うと、大きな体をずんずんと前に出して歩き出し、二人の男性に近づいていく。
「よぉ、兄ちゃんたち一体どうしたんだ? 折角の楽しいお祭りが台無しじゃないか?」
二人の男性は急に現れた筋骨隆々のデセミアに一瞬たじろいだ。
「な、なんだよ。お前には関係ないだろ!」
「そうだよ! これは俺とこいつとの問題なんだ!」
「まぁまぁ、そう言うなよ。ほら周りだって見てるぜ?」
デセミアの言葉に男性たちはハッとなって周りを見ると、少し委縮して大人しくなった。
そんな男性たちに、デセミアは畳みかける。
「聞いてると、お互いに応援している相手が居るみたいだな? でもさ、悪口よりも良い所を言った方が、そいつの為にもなると思わないか?」
「で、でもこいつが先に馬鹿にしてきたんだ」
「それは、相手がお前の推しをどんな奴か知らないからだ。言い返す前に、どんな活動をして、どういう所が好きか話したか?」
「いや……それはまだ」
そこでデセミアはもう一人の男性の方を見る。
「あんたもだ。ちゃんとこいつの話を聞いたか? 悪口は良いが、それを言えるほど、その演者の事を知っていたのか?」
「その……そこまでは」
そこでデセミアはニカっと笑う。
「そうだろうそうだろう? あんたらはお互いの事を知らなさ過ぎるんだ。悪口を言うのにしても、どういう相手か知ってからでも良いと思わないか?」
『……』
「もしかすると、共感出来る部分もあるかもしれない。それにだ。好きなもんは別に一つでなければならないって事はないんだ。お互いに新しい何かを知る事が出来るなんて幸せだろ?」
そしてデセミアは男性たちの肩に手を置く。
「嫌な気分になるより、そっちの方があんたらの推したちも喜んでくれるんじゃないか?」
「……そうだな、熱くなり過ぎたよ。ファンなのに推しのせいに喧嘩してたんじゃ失格だ」
「俺の方も悪かった。知らないのに勝手な想像で言うのは間違ってたよ……」
いつの間にかヒートアップしていた男性二人は落ち着きを取り戻すと、デセミアに礼を言い、何やらお互いが応援している演者の話をしながら人混みの中へと消えて行く。
「お仕事完了ってな」
「お疲れ様」
そしてクリエたちの元へ戻って来たセミアに、クリエが労いの言葉を掛けた。
エレナは騎士団に今回の件を不問にすると伝えると、そのまま解散していく。
「さて、お前たち。俺が何をしたのか分かるか?」
あまりにスムーズに事が運び、呆けているミヨンたちにデセミアが声を掛けた。
ミヨンたちは細かい事は分からないが、デセミアが魔法を使っていた事だけは理解できる。
「言葉の一つ一つに魔力を感じました……洗脳ではないですが。何か精神に作用する感じがします」
精神に関する魔法に関しては、魂や呪いなどを扱うウィルが秀でているため、ミヨンやアニスよりも細かく感じ取る事が出来た。
デセミアが放った言葉一つ一つには魔力が込められており、それが男性二人の身体に入って行った事だけが分かる。
「おぉ、さすが魂や精神に関する能力者だなカッコイイ兄ちゃん。そうだ、俺は言葉を通してあの二人の欲望の矛先を変えたのさ」
「矛先……ですか?」
「いいか。あいつらは推しに対する自分の好きだという欲望が暴走していた。それを俺が、自分の気持ちではなく、好きな奴自身を認めさせるように方向性を変えたのさ」
「なるほど。微妙にですが、確かに方向性が違ってくるのですね。感情を少しずつ曲げていったと」
「心の問題だから分かりにくいけどな。そういうこった」
クリエ以外が関心して話を聞いてた。
この魔法のもっとも恐ろしい所は、魔法を掛けられた本人たちは全く気付かない所にある。
「さて、問題事も終わったし、そろそろ行くとしようぜ。エレナ、案内よろしくな」
デセミアが白い歯を出し笑い、得意げに力こぶを作りながら言う。
次第にさっきまで居た人だかりも消え、エレナも気を取り直すと改めてカレンの元へ歩き出した。