第155話 イズキッチン、居酒屋風
「……コレは、何をしているのかしら」
不満の声、と言う訳ではないが。
魔女が不思議そうな顔をしたまま、俺達の作業を覗き込んでいた。
わかる。俺も実際初めての作業なので、まさかこんなに手間が掛かるものだと思っていなかったし。
何をやっているのかと言われると、鶏の手羽先の骨を引っこ抜いています。
エグい意味ではなく、料理のお手伝い的な意味で。
「手羽先餃子が、食べたくなってしまってね……」
「手羽先……ギョウザ」
「そう、手羽先餃子」
のんびり歩いて異世界放浪記~とか感じていたのは最初だけ。
やはりテクテクしているだけでは人間飽きる。
なので、やっぱり夜飛べば良いじゃんって結論に。
ということで、本日も始めました。
ご飯の下準備。
イズとダイラに関しては、色々と種類を作っておこうという事でひたすら料理。
トトンに関しては餃子のタネをずっとコネコネ。
そして俺は……イズに指示された通り、手羽先から骨を引っ張り出していた。
今まで作り方を想像した事無かったけど、ここに餃子の具が入るなら確かに骨邪魔だよね。
しかも無理矢理引っこ抜こうとすると、肉もごっそり取れてしまう為チマチマチマチマと作業している。
もうこのまま焼いてしまえ、という気分にはなって来るが、それではただの手羽先チキンになってしまう。
なのでやらない訳にもいかない、と言う事で頑張って骨を引っこ抜く。
そして何と言っても……皆で食うとなると、量がエグイ。
「エレーヌ、すまないがクウリの方で終わった物をこっちに。下処理を済ませてしまおう」
「ん、了解したわ」
料理人様から声を掛けられ、魔女が俺の前から処理済み手羽先の乗ったプレートを持ち去って行った。
残されるのは、骨のみ。
わぁお、傍から見たらヤベェ人だ。
街道をちょっと逸れた先で、生肉弄ってる上に目の前には骨が積み上がってるんだから。
「なぁイズー、コッチの骨は何か使えるの? 鶏ガラスープとか作れる?」
その辺にポイポイするのは見た目が悪いので、ドデカイボウルに放り込んでいるのだが。
イズのご飯を食べる様になってから、こういうのも捨てて良いのか迷う様になったのだ。
昔は大雑把だったのに、俺も成長したものだ……とか、思いたいけど。
未だにお手伝いを卒業出来ないからね、ほとんど変わってないね。
「それはまた、時間の掛かる事を言いだしたな。骨自体は手羽だけという訳でもないし……作れない事は無いが」
「あ、あはは……結構簡単に作れるーみたいに言われるけど。実際味を追求し始めたらキリがないからねぇ、スープは。美味しく作ろうとすると、また凄く時間かかるよー? それこそ、どこかの肉丸焼きセットみたいに」
渋い顔をするイズと、困った様に微笑むダイラ。
なるほど、そう言った使い方をすると面倒臭いのか。
つまり、骨はゴミ。で、良いのかな?
まぁ実際フライドチキンとか買っても、骨まで使おうなんて考えた事も無かったしな。
「ねぇクウリー、交代しよー? ずっとコネてるの飽きたー」
「あいよー。つっても、こっちも単調作業だけど」
と言う事で、俺とトトンだけは簡単な作業を交代しながらお手伝い。
エレーヌ関しては、料理組に混じってお手伝いを始めた様だが……おかしいな、既に俺等より手際が良い気がする。
ジャガイモを、皮むきでサイコロサイズにしてしまった過去の俺とは大違いだ。
そんな事をしながら、次から次へとやって来る餃子のタネをひたすらコネコネ。
ここまで量要るのか? という疑問とか出て来たが、俺等にはインベントリがあるので作れる時に作ってしまうのだとか。
いやはや、こういう所でもゲームシステムは便利だねぇ。
視界に映るアイコンやらステ表示は邪魔だが。
いちいち食材を注視する度に名前を表示するんじゃねぇ、鬱陶しい。
“餃子のタネ(中身の具材)”じゃねぇんだよ、それくらい見ただけで分かるわ。
※※※
アイコン表示に邪魔されつつもお手伝いを続けていたが、なかなか良い時間になった為ご飯の時間に突入。
の、筈だったのだが。
「な、なぁイズ? まだ? まだ?」
「もう少しだ、他の物を軽く摘まんでいて良いぞ」
テーブルの上には、何だかさっぱりしそうなオツマミ系料理がズラリ。
それらをちょびちょび口に運びながらも、涎を垂らして見つめる先には。
とても良い香りを放ち続けている、イズキッチン。
しかも本日は“炭火”、なのだ。
流石雪国、こういうのも色々と揃っていた様で。
炭はもちろん、専用の網焼きセットまで手頃価格で全部揃えてしまった徹底ぶり。
そして本日はそのお試しという訳なのだが……凄い、焚火なんかとは香りから違う。
“向こう側”に居た頃では忙しさにかまけ、バーベキュー? そんなもんしなくてもキッチンで作れば良いじゃん。
とかなんとか、料理もしない癖にナメた思考回路だったのだが。
凄い、炭。
更にはイズが色々と選んでいた影響なのか、居酒屋とか焼き肉屋ともまた違った香りが、ユラユラと漂う煙と一緒に立ち上っている。
なんて、詳しい事は全然分からない俺が偉そうにグルメを気取っているが。
良い匂いと感じるのは、間違いなく料理の香りも共に運ばれて来るから。
まるで居酒屋のカウンターかな? と言いたくなる程の炭焼きセットの上に並ぶ、鶏鳥トリ。
その隣では網が設置され、昼間の間にコネコネチマチマしていた手羽先餃子が並んでいる。
餃子なのだからフライパンとかで蒸し焼きにするのでは? という疑問を覚えたのだが。
イズ曰く、炭火でも普通に旨いんだとか。
と言う事で、本日の夕飯は居酒屋飯。
しかも出来立て焼きたてをすぐに食べられるという夢の様なシステム。
「手羽先はもう少しゆっくり火を通すからな、先にコッチだ」
そう言いながらイズキッチンから差し出されるのは……ねぎま。
一人一つずつ受け取って、全員が焼き鳥とカップを手に取った所で。
「いただきます!」
そう叫んでから、ガブリと一口頂いてみれば。
あぁぁぁ……駄目だコレは、駄目人間になってしまう。
まずはシンプルに塩焼き、なんて言ったのに。
全然シンプルじゃないよ、美味しさの宝庫だよ。
もうね、噛んだ瞬間からジュワッと口内で涎が爆発するかのようだ。
ぷりぷりホクホクの鶏肉と、間に挟まったネギが良いアクセント。
こういうのも産地や質によってかなり味が変わる~ってのは聞いた事があったが、イズが作る物は基本旨い。
そして炭火でじっくりじっくり焼いてた癖に、香ばしいとしか表現できない感じの焦げ目が憎い。
コイツのお陰でうま味が全て凝縮されているのではないかと言う程、噛めば噛む程旨いと美味しいがスイッチどころかダブルコンボを決めて来る。
居酒屋以外では、焼き鳥なんてコンビニとかスーパーのお惣菜でしか食べなかったからね。
野営飯でここまで本格料理が出て来るって時点で、もう滅茶苦茶贅沢な上に。
これぞ焼き鳥って感じの、ガツンと来る美味しい物を食べてしまうと。
「さ、酒が欲しぃ……飲みてぇ……」
「駄目でーす、野営中でーす。それにこれからクウリには飛んでもらうんだから、飲酒飛行は禁止でーす。墜落したら洒落になりませーん」
ダイラからズビシッと腕でバッテン印を頂いてしまった。
そうだよね、普通に考えたら駄目だよね……俺の身体、全然アルコール耐性強くならないし。
でもお外ご飯だよ! 炭火焼き鳥だよ!? 欲しいじゃん!
旅人のお供と言えばさ、やっぱり仲間と焚火を囲みながら飲酒するものじゃん!?
とかなんとか、全ての感情を瞳に乗せて訴えかけてみたが。
知らん、とばかりにダイラは俺を無視してイズから次の焼き鳥を受け取っていた。
あ、俺も欲しい。
「酒が欲しくなってしまったとなると……コレは、止めといた方が良いか?」
「え、何!? 今度は何!?」
妙な事を言いだしたイズが、俺からブツを隠そうとしているが。
身を乗り出した事で、もう見えちゃったもんね。
ついでに言うと、他の皆が食べ始めているのでそこら中に答えがある。
今度は……KAWAだ。
「欲しい! 皮欲しい!」
「うぉっ、すげーパリパリ。ウマー」
「結構噛み応えが良いね? “向こう側”のとは違うのかな」
「少し高かったが、皮を食べるならコレだとお勧めされてな。うん……確かに旨いな」
「おかわり、良いかしら」
「ねぇ聞いて!? 俺も欲しい! 飲酒しないから! 食いたい!」
これから手羽先餃子が待っているんだけども。
ソレとコレは別な訳でございまして。
今は、皮が、食いたいです……。