36.30層から40層
翌朝、今日こそエリークと40層へ行くぞ!
宝迷宮へ到着したところで、ルナリスと会った。お付きの人と護衛らしき人を引き連れて1層の入り口へ向かう列に並んでいた。ちょっとシュール。
「おや。二人は知り合いだったのだね」
なかなか白々しい。俺のことをあれだけ調べていたのだったら、そんなことすでに知ってるだろうに。
エリークが肩に手を当てて軽く頭を下げたので、俺も倣って頭をさげる。
「二人は40層かい?」
「ん」
「戻ってくるのを待っているよ」
「ルナリス、さまは」
「うん?」
そのまま呼ぼうとしたらお付きの人の目がつり上がったのであわてて敬称をつける。危ない。
「宝迷宮、はいる?」
「ああ。少しでも宝迷宮の気に触れていたいからね」
魔力を増やしたいから、ということだろうか。
たしかにルナリスの髪の色は本当に淡い金色で、エリークの金髪とは色が全く違う。それに昨日見たケンとツジの髪色を思い出すと、別の意味で目を引かれる。色が無さすぎるのだ。
貴族は色無しだと神殿に入れられるという。捨てられることもあると。それならば魔力が低いというのは、おそらく肩身が狭いのだろう。
その割に、めちゃくちゃお付きの人、多いけどね。それともそうしなければならないほど、位の高い人なのか。かけがえのない血筋の人なのか。
想像はするけど、妄想に過ぎない。
「たくさん宝物見つける」
「うん?」
「お金用意しておくといい」
俺が言うと、ルナリスは面白そうに笑った。
「楽しみにしているよ」
「ん」
お付きの人に睨まれつつ別れて、転移の間へ向かう。
転移の間へ行く人は少ない。11層はワーウルフで実入りが悪いし、21層は沼地だし、31層は情報がまだ出揃っていない。消極的に選択すれば、1層からになる。
もちろん挑むものもいるのだろうけれど、並ぶほど多くはない。
「アスルは恐れ知らずだね」
「んー、ルナリスさま、誰か知らない」
「睡蓮迷宮公の次男だよ」
迷宮公。
なんだっけ。掲示板で読んだ気がする。
たしか迷宮都市を治める貴族で、国とは独立した権力を持っているとかなんとか。そんな感じだったような。
「偉い人」
「うん」
エリークがおかしそうに笑った。いや、だって一般市民には偉い人って以外にわからないよ。貴族なんて全部一緒よな。
転移の間から31層に到達。同時に黒い影に覆われて驚いた瞬間、エリークの背後に庇われて目の前が光った。
なにかと思ったら、コウモリの群れに襲われたらしい。地面にはコウモリの死体がいっぱいだ。
少し高い天井にはおびただしい量のコウモリが張りついている。
わお。
これは初っぱなから穏やかじゃない。
「毒ある?」
「確認してもらうの忘れてたな。たぶんある」
「んん」
「しばらくは降りてこない。どうやら光に反応するみたいでね」
「なら無視する」
コウモリの死体を一匹だけ拾って、魔法鞄へ仕舞う。結構爪が鋭い。コウモリは爪と牙が魔術触媒。大きなコウモリは皮膜が革素材になるらしいが、このコウモリは小さいので需要はなさそうだ。
「こっち」
エリークを先導しようとすると、前へ出られた。待ち伏せくらいならわかるのだが、俺よりエリークの方が強いのは間違いないので甘えよう。
「左から二体。大きい、四つ足?」
「アイスウルフかな」
曲がり角で出てきたのは真っ白な狼で、エリークがあっさりと二体を転がした。鮮やかなお手前。そしてそのまま魔法鞄へ収納する。
「エリークの魔法鞄、部屋型?」
「うん」
「うらやましい」
「アスルならそのうち手に入るよ」
金持ちの余裕め!
「次の道を右」
「ん」
魔物が現れてもエリークが即倒してくれるので危うげない。そしてポイポイ獲物を放り込んでいくので、解体の手間もない。
ぬう、快適。
あっという間に安寧の間へ辿り着いた。
小型の宝物がひとつ現れるのを受けとり、俺の魔法鞄へ仕舞う。
エリークが白狼、アイスウルフを取り出して捌き始めるので手伝う。
「どこ残す?」
「魔核と内臓」
「内臓めずらしい」
「肺が氷の魔術触媒になるんだ」
「めずらしい!」
地水火風光闇以外の魔術触媒は珍しい。それ以外の魔術はこの六属性の混合魔術触媒で表すことがほとんどだ。
樹は例外的に入手しやすいが、それでも植物系魔物がいない北の地ではほとんど入手しづらいという。ロータスだって、迷宮都市以外に入手の宛がないから高くなるとニールが言っていた。
六属性以外の魔術触媒は他で代用も出来るが、あると魔力効率が上がり、より少ない魔力で発動できるようになる。
つまりこいつの内臓があれば、『氷結』の威力が上がるのだ。
俺にはいまいちどれかわからなかった肺をエリークは抜き出して、他の臓物は捨てた。
「牙と爪は?」
「そうだな……、アスルは魔物を避けられるか?」
「んー、うん、ある程度なら。無理なときもある」
「それならたまには完全体で持ち帰れるように頑張ってみようか」
「解体所喜ぶ」
獲物の数を減らして、ぶつ切りを減らす案か。俺の魔法鞄もあるし、エリークの魔法鞄はでかい。うまくいけば、何匹かは丸のまま持ち帰れるかもしれない。
アイスウルフ以外にも牙の大きい豹の魔物、ソードパンサーも解体する。
「立派な牙」
「いつもなら牙と魔核だけ取るんだけどね。まあ魔核だけにしておこう」
魔核を取るのは、もし放棄していくことを決めたときにそのまま捨てても大丈夫なようにだろう。
だいたいは魔核だけ取ることにして、次の移動。
「階段行く? 安寧の間?」
「階段へ頼む」
「ん」
「疲れたら遠慮せずに言うんだよ」
「わかった」
エリークの腕は冴え渡り、あっという間に35層まで来た。掲示板で確認すると、時刻はもうすぐ4時になろうかというところ。
36層の階段を上ると、エリークが言った。
「今夜はもう休もうか。安寧の間へ頼む」
「早くない?」
「もう外は夕方くらいだろう。ほら、時石が青くなりかけている」
エリークが服の隠しからなにかを取り出す。赤い石のついた鎖だ。赤い石はよく見ると端が紫かかっていた。
時石と呼ばれる、時計代わりの魔道具だ。夜になると石が青くなり、朝になると石が赤くなる。色の具合で時刻がわかるという。
「まだ青くない」
「宝迷宮では、青にならない内に休める場所を探すものだ」
そういうもんなのか。
俺は掲示板で7時くらいを回ってから次の安寧の間を探してたので、反省だ。
※ ※ ※
【だれか、助けてください】
581 イッチ
遅くなってしまいました。
ソラリスさまの元へ、宝迷宮の宝物というものが届けられました。なんでもとても栄養があって、どんな病にもきく栄養剤、万能薬といわれるものだそうです。
迷宮茸という魔力の回復剤と、ラピスキウルスという魔物の干し肉を入れて、お粥にしたものが出てきました。
本当はソラリスさまの分だけだったんですけど、ソラリスさまが、君も魔力は必要だろうからお食べって、分けてくださいました。
分けあったお粥は、優しいお味でした。とても美味しかったです。
ソラリスさまもお粥で顔色がよくなられて、今日は長くお話ししてくださいました。
ソラリスさまには弟がふたりと、妹がふたりいらっしゃるんですって。みんなかわいいって、笑ってらっしゃいました。
みなさんに心配をお掛けしているようですが、わたしは大丈夫です。
ソラリスさまは目覚められたし、元気になられたら、きっと外に出してもらえると思います。
583 名無しの転移者さん
イッチちゃんおはよう。
健康にだけはほんと、気をつけてくれな
584 名無しの転移者さん
万能薬のお粥って大型箱に入ってる薬ってやつか。
持ち帰れるやつがいるもんなんだなあ
585 名無しの転移者さん
イッチがそれでいいならいいんだけど、なんていうか、うーん
602 イッチ
万能薬だというお粥のおかげか、ソラリスさまの体調が回復してきました。お肌も少しずつ張りを取り戻して、今はもう、三十代くらいに見えます。相変わらず髪は白髪ですけども。
この調子で戻っていただければ、わたしも頑張る甲斐があります。
ソラリスさまがどんどん元気になってくださることが、今のわたしの望みです。
みなさん、助けてくれようとしてくれて、ありがとう。
でも、わたしは大丈夫です
評価、ブクマ、リアクション、誤字報告ありがとうございます。
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同時期に連載していた友人のすずのさんによる、
「魔法を使えないなんてもったいない!もう一度学園に逆戻りします!!」が本日完結!
https://ncode.syosetu.com/n2752lg/
前世を思い出したことにより元々常識外れだったセラフィーナが更に常識外れなチートに目覚めてしまうお話です。
さっくり10万字以下の中編ですので、隙間時間のお供に是非!