47.希少個体
ルナリスの決意を見せられたところで、俺のすることは変わらない。
引きこもり万歳生活を続けるのだ。
「なら暇にも耐える」
「はあ……」
ため息をついて肩を落とすのを見ると、気の毒だなとは思うのだが、さすがに危険に晒すわけにもいかない。
「んー、することあればいい?」
「ああ。なんでもいいから仕事がしたい」
「なら、料理する」
ちょうど昨日、地走りことリザードを狩って、魔核だけとってそのままにしてある。これを解体してステーキにしよう、そうしよう。
「料理……?」
「獲物を解体して、お肉を食べる」
ルナリスに不可解なものを見る目で見られた。失礼な。
エリークは声を殺して笑っている。楽しいならいいけど。
かくしてエリークは狩りにいき、俺は料理のために残った。
まず、解体はスムーズに進んだ。
毎度夕方に俺たちがあれこれ解体しているので、ルナリスももう慣れていたし、作業があるならとよく参加していた。騎士のロッドもよく働いてくれる。
逆にこの作業がてんでダメで苦手なのがアリマで、青い顔をして最初の頃は吐いていた。今でこそ吐くまではいかなくなったが、それでも作業はおっかなびっくり、怖々としか進まない。
血が苦手な人は多いし、苦手なら休んでいて全然構わないのだが、彼の場合はルナリスがやっているのに休むなんてとんでもないということらしい。まあ、それなら仕方ない。
ロッドは意外と解体に詳しい。彼は遠征で外の魔物にあうことがよくあったらしい。遠征で魔物にあった場合は、やはり解体するし、可能なら食べるそうだ。
「貴重な食事です。それ以外では、携帯食糧を齧りますから」
「ならもっと早く、料理すればよかった」
現地料理は貴族には嫌われるかなと控えていたのだが。
「まさか宝迷宮でそのようなこと、するとは思いませんでしたから」
ロッドははにかんだ顔で「楽しみです」と言う。
お肉は捌くのがうまい人に任せて、俺はルナリスと細部に取りかかる。
「爪全然、取れないんだが」
「ん、手だけ別にしておけばそれでいい」
「あとは鱗だっけ? 地走りってたしか高級革だったような気がするけど、傷がついてしまっていいのかい?」
「革は嵩張るから、魔術触媒以外は持ち帰らない」
「これだから魔術師は!」
ルナリスは、言葉とは裏腹に笑っている。
「知っているかどうかわからないが、地走りの内臓はすべて薬になるんだよ。肝臓は酒飲みの薬に、腎臓は女性の薬に。他にもいろいろ、捨てるところがない」
「内臓は捨てた」
「だろうね。いずれも高級薬の材料だ。それで貴族はまるごと一頭買いしたがる」
「剥製って聞いてた」
「本当に剥製になるものもあるが、大多数はそういう、腹のなかまでいい獲物だよ」
丸ごと持っていった方がいい、という話なんだろうけども。
「丸ごと持っていくと、魔術触媒が取れない」
「ほら、これだ!」
ルナリスは楽しそうに笑う。
「宝迷宮の中と外では、価値観が違うのだと思い知るよ」
「ん」
そんな話をしつつ、解体を終えて、次はお肉の調理。
塊肉をステーキサイズに切ったら、下味をつけて魔法鞄に放置。
エリークが帰ってきたので、早速リザードのステーキを焼いて食べた。美味かった。
あれだけ不審そうな目をしていたルナリスも、具合の悪そうだったアリマも、リザード肉の美味しさに目を輝かせていた。やはり肉はいい。
ロッドとエリークはおかわりしていた。たくさんあるよ。
次の日は魔術触媒作りをした。
といっても、昨日取った爪や鱗を燃やして灰にするだけだ。本来はもっといろいろな手順があるらしいが、魔術の火で燃やすだけでも魔術触媒としては機能する。
リザードの爪先を直火にかけ、ひたすらじっくり焼く。これだけだ。ちなみに燃料はいらない。いるのは魔力だ。魔術の火だからね。
「この火を維持してろって!?」
「ん」
あまり長く炎を見つめすぎないように注意して、俺は鱗を処理する。
「大変なんだけど」
「魔力を一定に放出できるようになると魔力上がる、らしい」
「くそ、やってやろうじゃないの」
「ルナリス様!」
口の悪さを窘められつつ、ルナリスが悪戦苦闘している横で俺も炎をコントロールする。
なつかしいな、昔はこうしていろいろな魔術触媒を燃やしては作っていたもんだ。
あんまりにもルナリスが暇を訴えるときには、やむを得ず狩りに連れていくこともあった。ロッドも護衛に。アリマは足手まといになるからと、安寧の間で待機。
ロッドは俺とエリークから抜けた魔物を倒すだけでいいと言ったのだけど、自分も魔物を倒したいと前に出た。
「深層に行くほど、魔術師でなければならないわけがわかります」
騎士のロッドは悔しげに言って、剣を納める。魔物を断つほどに欠け、錆び、傷んでいく剣では宝迷宮は不利だ、といいたいのだろう。
「ヒト型から奪えばいい」
剣士とかで潜っている冒険者は、ヒト型から武器を奪って使っていくと聞いた。元々何本も予備を持っていく人もいるとか。
エリークがスケルトンの武器をロッドに渡すと、彼はしげしげと曲剣を眺めた。スケルトンの剣はやはり曲剣が多い。
「冒険者は、やはり考え方が違いますね」
騎士の剣は人工の魔導具で、いわば魔剣だという。それでは次々武器を乗り換えていくという発想にはならないだろう。
でもそれは、戦う場所の違いだ。宝迷宮では武器が手に入るのでそうする。それだけのこと。
「エリークは、戸惑わなかったのか」
「俺は他にありませんでしたから」
ルナリスが聞き、エリークが答える。
俺の知らない過去の話にちょっと好奇心はあるが、暴き立てるほど俺も子どもじゃない。人に歴史ありだ。
ときどきは安寧の間を移動して進み、ときどきはルナリスの暇潰しに付き合って暮らすこと一ヶ月。
「ついに守護者の間か。長かったような、短かったような。……やはり長かったかな」
「暇してましたもんね」
守護者はマドゴーレム、というかキマイラゾンビなので、特に警戒はしていない。最初から『浄化』全開でいくつもりだ。とはいえ、守護者であることには変わりないので、ルナリスたちには守護者の間の外で待っていてもらうことになる。
門の周りの魔物程度は、ロッドでも対処可能なように訓練してもらった。
守護者の門の虹色の油膜を越えると、まず強い圧迫感が押し寄せた。
「!?」
違う。
キマイラゾンビじゃない。
腐ったような悪臭ではなく、強い獣臭さが漂う。獣が喉を鳴らす音。呼吸音。そのどちらも前の時には感じなかったものだ。
静かな足音と、蹄の足音が重なる。なにかが風を切る音。
なにより、この守護者の間は暗すぎる。
魔法の気配。上位魔物だ。
「目覚めよ!」
ばらまいた光膚が俺の呪文で光となり、部屋の闇を追いたてる。
たてがみに覆われた獅子の顔、爛々と光る眼を持つ鷲の顔、そして嗄れた老人の顔。
凶悪な爪を持つ太い脚。
背には影を落とすほど大きな、竜の翼。
下半身は馬、硬い蹄を持つ脚。
尾は長く睨みをきかせる蛇。
「合成獣……」
「希少個体か」
守護者は、倒される度に再生する。その際にごく稀に、別の個体に再生される。それが希少個体だ。
ただ色違いとか属性違いというだけの些細な差のこともある。種そのものが異なる大きな差のこともある。
今回はキマイラの、腐る前ということで、些細な差に入るのか。いやそんなわけねえ。これはでかい差だ。
キマイラが咆哮を上げると同時に、光が打ち消されて辺りが闇に包まれた。
やはりこのキマイラは魔法を使ってくる。魔物だけが扱う不思議の力。魔術と違い魔術触媒を伴わず、魔力だけで引き起こされるそれは実質、ほぼ無限。
戦いが長引けば長引くほど、こちらが不利になる。