42.迷子石
一瞬だった。
近付いてきた前方の見知らぬ男から「睡蓮公次男の依頼から手を引け」とささやかれて、そちらへ気を取られた。
振り返ると、アスルはいなくなっていた。
やられた。
気をつけていたはずなのに、まんまとしてやられた。
小雨の降るなかとはいえ白昼、堂々と人攫いをやってのけるとは思わなかった。その油断の隙を突かれた。
相手もよほどなりふり構っていられないのか。
自身に手を引けとささやいた男を探そうとしたが、すでに雑踏に混じって消えていた。エリークは舌打ちをひとつこぼすと、足を一軒の店へ向けた。
「エリーク? どうしたさっきぶり……っ」
「ニール」
魔術触媒屋に入るなりニールの胸ぐらを掴むと、彼はエリークの手を両手で掴んだ。それに目をすがめると、エリークはニールの喉に杖を突きつけた。
「ちょ……っと待った、おだやかじゃねえな、どうした」
「どこまで売った?」
思った通り、ニールは体術の心得がある。だから逃げられないように魔術で脅しをかけた。
「答えろよ」
「……ルナリス様だけだよ。俺はルナリス様の雀だ、他所にゃ売らねえ」
ニールが情報を売っていることには、早い段階で気づいていた。魔術触媒屋などという流行らない店の店主だ、自身の情報ひとつで店が続くなら勝手にすればいいと放置してきた。
舌打ちをひとつ。ニールの繋がる先がルナリスならば、筋が違う。
「エリーク、坊っちゃんはどうした」
「拐われた」
「依頼前に仕掛けてきたか。ルナリス様には?」
「まだだ」
「今連絡を取る……、待てって、焦ってもお前ひとりじゃどうにもならねえだろ!」
「どうせ行き先は北の貴族街だ。あそこへ入られたら、俺には手の出しようがなくなる」
「だからってどうすんだ、街で暴れるつもりか、魔術師が!」
ニールにフードを掴まれ、振り払う。
「あの方に何が出来る」
「あ?」
「義母を止めるだけの力が、ルナリス様にあるとでも?」
「お前な……っ、くそ、喧嘩腰やめろ、イラつかせようとすんな」
「当然のことを言っただけだ」
「腹立つな! だいたい今回動いてるのはたぶんそっちじゃねーよ!」
「は?」
呆気に取られたエリークに、ニールは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「ある意味では更にやばいがな。……睡蓮公だよ」
※ ※ ※
「私の手落ちだ。すまない」
ニールの手引きにより、ルナリスと落ち合ったのはアスルの迷子石が南を差した頃だった。
おそらくは巡回馬車の一台に乗せられているが、馬車を襲うわけにもいかない。何より人の足では届かない。街中で騎獣を乗り回すわけにもいかない。
ままならない現実に、エリークはため息を噛み殺す。
「私に謝罪をされても、何にもなりません、閣下」
「……そうだな。影から護衛をつけていたが不十分だった。あの子は勘がいいようで、離れすぎたらしい」
護衛を付けられたことに、アスルが気づいたのは誤算だったという。
「アイスウルフの待ち伏せに気づくものが、人に気づかぬわけがないでしょう。……業腹ですが、相手の手際がよかった」
店の応接間に案内され、ソファに二人、向かい合って座っている。
従者はすべて店の外へ追いやられた。それだけニールを信頼しているのだろう。残されたのは、護衛騎士がひとりだけ。
エリークにとって誤算だったのは、ルナリスが思う以上に重要視されていたことだった。
ルナリスが宝迷宮で魔力を満たそうとするのは学生時代から行ってきたことだ。今更そこまで重要視されるようなこととは思えなかったのだ。
たしかに一ヶ月は長い。だが一週間を何度も潜ったときには、なにひとつ言葉をかけなかった。睡蓮公は次男から興味を失っている。そう見るのに十分な期間があった。
「詳しいことは話せないが、兄が次代の資格を失ってね」
「ソラリス様が?」
壮健で色持ちに近い、ルナリスの兄。母違いの彼はなにかとルナリスと比べられ、持ち上げられてきた。
九年前、成人と同時に次代として立ち、迷宮都市を支えていくことを誓ったと伝え聞く。
「継げるのは私と、同母の弟だけになった。それで父は、どうやら私が惜しくなったらしい」
「憎くなった、の間違いではなく?」
「相変わらず失礼だな、君は」
言葉の割にむしろ懐かしそうに目を細めたルナリスは、迷うように下唇に触れた。
「睡蓮迷宮公の血には呪いがある」
「迷宮に血を吸われるのだという俗信ですか。睡蓮公がいるから、『睡蓮の宝玉』はこれまで一度も氾濫を起こしたことがないのだという」
「そう。我々は何代にも渡ってこの宝迷宮を従える方法を受け継いできた。しかし時おり、継げない次代が現れる」
そのために、迷宮公は必ず複数の妻を娶り、複数の男子を生ませるのだという。それは貴族家の存続とはまた違う、いわば宝迷宮との契約である、とルナリスは言う。
婿養子では受け継げず、直系のみが受け継げる血の盟約。
「簡単に言えば、領主は迷宮の贄として捧げられ、生き延びたものだけがなれる。兄はなれなかった」
「そして次はあなたが贄になる、と?」
「ああ。だが俺は適任じゃなかった。色があまりにも薄すぎてね」
それで今回の依頼へと繋がった。
「贄になるために、魔力を満たすのですか」
「当然だろう、弟は成人したばかりなのだぞ」
兄の顔でルナリスが唇を引き結んだ。
「惜しくなった、というのは」
「父は私に迷宮都市を回させたいのさ。裏方に専念させたい。そのために、失敗する可能性の高い賭けをさせたくない」
ルナリスは大仰な仕草で両手を上げ、店のソファに深く沈みこんだ。
「弟を巻き込みたくない。それだけなんだよ、私はね」
アスルの迷子石が北へ到達するのを感じて、エリークは瞑目した。
「アスルも、成人したばかりです」
「……ままならないものだな。必ず助けると約束するよ」
両手で頭を抱えたルナリスを見下ろして、エリークはため息をついた。
まただ、と。
――また、俺はこの方になにかを諦めさせる。
そのときだった。
「動いた……?」
「エリーク?」
アスルの迷子石が、北から移動していく。
逃げているのだ。
北の貴族街から。貴族しか立ち入れぬ牢獄から、彼が逃げ出そうとしている。
頭のなかに地図を思い浮かべるまでもない。その行き先を知って、エリークは息を飲んだ。
「アスルが移動しました」
「なに? ……迷子石か!」
ルナリスが立ち上がるのに合わせて、エリークが迷子石を取り出す。
その石はかすかに青く光り輝いていたが、ふたりの見ている前でフッと光を失った。
※ ※ ※
【商人立身出世物語! その二歩目】
001 名無しの転移者さん
オッサンが留守にしてる間にスレが消費されてしまったので二スレ目を代理で立てておきます
オッサン、気づいてくれよな!
オッサンのスペック→
・投稿者名:成り上がる商人
・中肉中背平凡な容姿
・元四十代サラリーマン(製造業・設計士)
・ノアには記憶を持てるだけ持っていきたいと頼んだ
・魔力は平均値
・スレでのあだ名はオッサン←New!!
・開拓民だったが市民権を買った←New!!
・十七歳←New!!
004 名無しの転移者さん
>>001乙
オッサンが来ない間にスレを消費してしまうとは愚か
反省しろ
てかオッサン十七歳ってマジ? もっと上の年齢選んだと思ってた。
市民権も書いてたっけ?
007 名無しの転移者さん
>>004
マジ。
オッサン、地元じゃ有名人だから身バレしてる。
さすがにここに本名とかは書かんけど、そのうち全土に知られるようになるんじゃないか?
市民権を手に入れて店舗も持ってる。
322 成り上がる商人
みんな待たせたな、俺やで!
スレ立てておいてくれてありがとうな。ようやく落ち着いて話せることが出来たので、久しぶりになっちまった。
今回はな、かなりの大物だったんだ。ようやく本業の製造・設計業には入れた。前回の蒸留器も設計は必要だったけど、さすがに畑違いだったからな。
今回は……、スプリングだ!
みんな、馬車に乗ったことあるか?
俺はあのガタガタする馬車に乗ったとき、ふるえが走ったね。
サスペンション出来るやん!!てな。
ところが、スプリングから馬車のサスペンションへ行くまでが大変だった。スプリングの加工品で目をつけられてしまったんだ。貴族にな。
それで、本命の馬車のサスペンションに辿り着くまでには……、それはもう一晩でも語り尽くせないくらい長い戦いがあった。
本当に大変だった。でも、ようやくけりがついた。
みんな、馬車に革命が起きるで!
街を乗合馬車が走るようになって、便利になるからな。俺がそうさせる。
そんで俺は、大金持ちになったるからな!
323 名無しの転移者さん
ヒュー! 待ってたぜオッサン!
スプリングからのサスペンションは胸熱だな
俺、ラノベのチート物読んでる気分
339 名無しの転移者さん
オッサン、ついに貴族とバトルしてたのか
道理で遅かったはずだよ。本当にもう大丈夫なのか?
身辺気を付けてくれよな。健康第一、安全第一だぜ
451 名無しの転移者さん
オッサン
452 名無しの転移者さん
オッサン
早く出てきてくれ
453 名無しの転移者さん
オッサン
みんな探してるぞ
たのむ
454 名無しの転移者さん
オッサン返事してくれ
455 名無しの転移者さん
どうした?
オッサンならいつもこのくらいじゃ出てこないだろ。
このスレは初めてか?
半年くらい座って待ってろ
460 名無しの転移者さん
オッサン、頼むよ
掲示板ならどこにいたって使えるだろ
返事してくれ
従業員路頭に迷わせる気か?
なあ、一言でいい、返事をくれ
463 名無しの転移者さん
もしかしてオッサンの関係者?
オッサンになにかあったのか?
465 名無しの転移者さん
嘘だろ、オッサン
480 名無しの転移者さん
こんなの俺は信じない
491 名無しの転移者さん
オッサン返事してくれ