96話 戦争イベントはスルーできるのか?
はてさて、港街は大混乱であった。なにせ、突如として森林が生まれたのだ。しかも細い木々が生えているだけの森林ではない。魔樹と呼ばれるホームウッドと呼ばれる木である。
この木は再生力が高く、しかも天を突くのかと思うほど高く育ち、そして幹は城のように太くなる。かつ、ホームと名がついておるとおりに、なんと木の中を掘って家にしても生きているのだ。
一度住まいとすれば永遠に住めると言われるホームウッド。かつては南大陸の街はこの木を中心に作られた。そして、砂漠化により枯れていき、もはや絶滅したとも言われていた。
「それなのに、ロデーがなにか力を使っただけで、復活するか……ポセイドン王国の英雄王女。話半分に噂を聞いていたが、よもやこれまでとは思わなかったぞ。ピヨ」
ホームウッドの天頂にて、久しぶりに羽根を伸ばして、雛子・フェニックスは聳え立つホームウッドの森林を見て、感嘆の呻きをあげる。
まさかのたった半日での結果である。ポセイドン王国と組めば反撃できるかもと思ってはいたが、この高速展開は予想外すぎた。
「ここは鷲族の家とする! 早速家族で住む!」
「くけー、鴉族はこの木くけ! 金貨とかしまうかぁ」
「チュンチュン、私たちは家族が多いからこの場所チュン」
ホームウッドと分かった街の人々は歓喜の声を上げて、巣作りを始めている。早くも木に穴を開けて、家を作ろうとする者たちもいるほどだ。昨日まではなかった活気がそこにはあった。
それはそうだ。鳥人族は本能として木に家を作る。木に住まう点ではエルフと同様だが、エルフ以上に木々に家を作ることを本能として持っていた。そして住む木を喪うと、生気を失い、ただの人となる。
雛子もつい先日までは一際大きなホームウッドを城として住んでいたのだ。この港街は雛子のものであり、少し離れた場所に雛子の森林はあった。その頃はまだ活気があった。トーラスたちの侵略も防ぎ、問題なくやってきたのだ。
しかし、砂漠化の侵攻は軍隊を防ぐのとは違い、防ぐことは不可能だった。ホームウッドは一本、また一本と枯れていき、遂にはトーラスたちに敗れた。住む場所を失った者たちは翼を生やすことなく、生気を失い、抵抗する気持ちを失って、ただの人としてトーラスたちの支配を受け入れて、一日一日を唯々諾々と暮らしていたのだ。
だが今は違う。ホームウッドの森林を取り戻したことにより、人々の瞳には生気が漲り、かつてのように翼を生やして気持ちよさそうに飛んでいる。
「ここはマモの領地って、言ってるまきゅ! 逆らう奴は疑似喧嘩で勝負まきゅ! ギュイーン!」
でっかいマーモットが両手を構えて威嚇しており、カストールが子供たちにつつかれて落とされそうになっていた。
「こら、つつくなよ。俺っちを落とそうとするな! あぶねーだろっ!」
なんだか鳥人族たち以外との諍いが始まっているが、特段問題はないだろう。
それよりも、今こそチャンスだ。
「きけい、皆の者たち! ヒヨコッコ族の雛子・フェニックス女王である!」
森林内に響き渡る大声をあげると、嬉しそうにしていた鳥人たちが口を噤むと雛子へと顔を向ける。鳥人族たちは目が良いため、すぐに雛子を見つける。
「この森林は我が同盟を結んだポセイドン王国の王女、ロデー・ポセイドン王女の力なり! 希少なる力を使って頂き、森林を復活させてもらった!」
同盟を結んだかと言われれば、検討をすると言ってもらえたと答えるし、正直よくわからないが、幼女がこの森林を復活させてくれたのだ。女王としての権威を取り戻すべく、それをアピールし、皆へと告げる。
「ロデー・ポセイドン王女? 誰だ?」
「俺知ってるよ。人魚の言ってた殺戮の幼女だ。襲いかかるものは皆殺しとか」
「全てを癒す力があると俺は聞いてるぞ? ポセイドン王国もその力で住民たちを蘇生したとか」
「なら、この森林もその王女様のお陰なのか!」
顔を見合わせて、人々は雛子のロデー王女との言葉に話し合う。この1年、北大陸との貿易は人魚とだけであったので、人魚たちが話す噂話は聞いたことがあるものが多かった。
「そうだ。そして、この新たなる森林を守るためにも、地を這うだけのトーラス族を排除せねばならぬ! 見よ、早くも奴らの兵隊たちが押し寄せてきているぞ!」
目立つことこの上ない森林だ。しかも街の住人たちどころか、トーラスの所有する畑で農奴として農作業をしていた人々も飛んできていた。当然のことながら、トーラス族は見逃すことなく、兵士たちが大勢押し寄せてきているのが、木の上から確認できた。
「そんな……せっかくの巣を奪われるのか!?」
「ふざけるな、トーラス族め! そんなことはさせねぇぞ!」
「武器を持て! 奴らを追っ払うんだ!」
武器を手に取り、翼を広げて空を飛び上がり、人々は兵士たちを迎え撃つべく殺気立った顔となる。昨日までの空を忘れた人々はどこにもいない。
「貴様ら、すぐに畑にもど、ぐわっ」
兵士たちが、空を仰いで怒号をあげるが、鳥人たちの投げた石や槍により次々と倒されていく。以前に敗れた時は既にホームウッドは枯れており、ほとんどの人々は闘うことを諦めて屈従の道を選んだ。だが今は違う。青々と育った奇跡ともいえる森林があるのだ。今度は諦めることなく、街の人間のほとんどは戦争に加わってくれる。
「この森林が最後の森林と思うのだ! ここを破られれば、我らの住処は永遠に失われる!」
その言葉に反応し、皆は雄叫びを上げて、戦闘を開始するのであった。
◇
戦闘は最初から鳥人族の優位であった。なにせ空を飛べるのだ。よほどのことがない限り、敵の攻撃は届くことはなく、負けることはない。敵が星座の戦士を召喚しても、地上で剣を振り回すのみ。以前も森林さえあれば、雛子たちは防衛できていたのだから当然だ。
しかも今回は街の人間のほとんどが戦闘に加わっている。負ける道理はない。兵士たちは弓を構えてはいたが狙う前に空からの攻撃で倒されるし、そもそも頭上にいる敵を狙うと外れた場合、地上にいる自分たちに矢は降りかかる。ろくに攻撃をできずに、早々に城へと兵士たちは戻ってしまうのであった。
「雛子女王万歳!」
「ロデー王女万歳!」
「ヒヨコッコ族万歳! ポセイドン王国万歳!」
「マーモット王万歳まきゅ!」
最後の発言は無視するとして、あっさりと兵士たちを撤退させた人々が雛子たちを喝采する。今度こそ絶対に森林を奪われないぞとの強い意志も垣間見える。
しかし、雛子は眉を顰めて違和感を覚えていた。
「なぜ、バランがいなかったのだ? 攻め手にバランがいれば、もう少し苦戦したと思うのだが」
雛子はバランと何度も戦ったことがある。将軍級の力を持つ雛子であるが、それでもバランには敵わなかった。空を飛ぶという優位性がなければ負けていたとも思う。
今回の雛子の反乱はまだまだ火のついた焚き火のようなものだ。燎原を燃やす火ではない。小さな火のうちに消してくると思っていた。
「バランの姿を最近見た者はいるか?」
生き延びて農奴に身をやつしていた者や街の中に隠れ住んでいた元側近たちが雛子の元へと集まってきたので尋ねてみる。バランのことはよく知っている。虚栄心が大きく、尊大で傲慢。自分の力を見せつけるのが大好きな男なのだ。それなのに攻めてこないのはおかしい。
「そういえば……最近見ておりませぬな。あやつめはよほど我らに勝ったのが嬉しいのか、いつも畑に顔を見せておりましたからな」
「あ、私見ました。かにめてす? とか、蟹めでたい? よくわかりませんが、そいつがエネルギーを求めてきたらしく、エネルギーが必要なのかとボヤいて外に出ていきました」
「なにっ! バランの奴、この地にいなかったのか!」
家臣の一人が話す言葉に目の色を変える。バランがいなければ話は早い。ここで城を攻めて、オアシスを奪取するのだ。オアシスさえ確保できれば、たとえバランが戻ってきても、街を守り切る自信があった。
「そうと決まれば城攻めといくピヨ! ここで城を奪えれば、この地の主権はとったも同然だピヨ!」
「思い出したように、ピヨっていうよね。っと、そんなことよりも、城攻めは待った!」
「ん? なにか、問題でもあるのがロデー?」
抱えていた幼女が口を挟むので、怪訝な顔を向けると、フフンと笑い返してくる。
「ボスがいないんでしょ? それなら皆殺しよりも、こちらの力を見せつけて降伏させた方が良いよ」
「皆殺しにするつもりはなかったのだが……なにか方法があるのか?」
「大魔道士がこちらにいると勘違いさせて降伏させるんだ。よっと!」
身をよじり雛子の抱っこから抜け出ると幼女はポテポテと木の枝の先端近くに移動する。
「ふふふ、ここからでもお城は見えるよね? ほら、城の尖塔に掲げられている旗も見えない?」
街の反対側。オアシスを後ろに配置した憎きトーラスの城があり、城の尖塔に靡くトーラスの紋章が描かれた旗。
「あぁ、トーラス族の旗が見えるな。それが?」
興味深げに雛子が尋ねると、幼女はむふんむふんと平坦なる胸をそらして言う。
「あの旗を魔法で落とすんだ。そして、大魔道士がこちらにいるから、降伏せよと告げる。森林も復活させた大魔道士って伝えれば完璧でしょ」
「ほぉ~、あの旗までの距離は、普通なら魔法が届かない距離。それができるなら相手も降伏するかもしれぬ」
それが本当ならば恐ろしくも頼もしい。そして、それができるのだろう幼女が末恐ろしい。
「でしょ? なら、あたちが見せたげるね! 極めし炎の矢というものを。初級魔法の長距離射撃を見せたげる!」
にやりと悪戯な笑みになると、幼女は片手を城の方向へと向ける。その自信のある顔から雛子は底しれぬ力を感じ取り、僅かに畏れを抱く。
「見よっ、これぞ極めし炎の矢なり!」
幼女の片手が光り、魔法が発動する。狙い違わず、城の旗に魔法は命中すると旗を消し飛ばした。
ズォォォォ
城の後ろにあるオアシスすらも吹き飛ばしていた。空から降ってきた隕石によって。噴水のように水が空へと噴き上がり、雨のように周囲へとバシャバシャと降り注ぐ。
「……ロデー?」
「今のは炎の矢じゃない。ただのメテオだったでしゅ。使うカード間違えちゃった」
泣きそうな顔でしょんぼりする幼女を見て、この幼女と組んだのは失敗だったのかもと、唯一の水源が消失し、自分も泣きたくなり、頭を抱える雛子であった。