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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第五章:『忘れられた王子と蜘蛛の糸』

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第74話:『王子の葛藤と、王宮への糸』

 

 その夜、森の庵に満ちる空気は、鉛のように重かった。

 か細い蝋燭の炎が、向かい合って座る男女の顔を揺らめかせる。賢者グランと、第三王子アルフォンス。その間に横たわる沈黙が、ひどく冷たい。


「――帝国が、我々の後ろ盾となります。ですがそのためには、アル……あなたが立つしかない。この国の、新たな王として」


 グランの静かな、しかし石のように重い言葉が、アルフォンスの胸に突き刺さる。

 彼は言葉を失い、ただ、煤と油に汚れた大きな手を、膝の上で固く、固く握りしめた。爪が掌に食い込む痛みだけが、現実感を繋ぎとめている。


「俺が……王に……?」


 やがて絞り出された声は、ひどくかすれていた。

「馬鹿を言うな、グラン! 俺は宮廷を捨てた男だ! この手で何かを掴むより、何かを捨てることしかできなかった臆病者だ!」

 普段の穏やかさが嘘のような、激しい自己嫌悪がほとばしる。

「それに、帝国の力を借りるなど……! それは国を、民を、売り渡すのと同じではないか!」


「いいえ」


 グランは、彼の魂からの叫びを静かに受け止め、きっぱりと首を横に振った。

「これは、国を救うための唯一の道。……ですが、決めるのはあなたです。あなたの覚悟がなければ、この話は始まりません」

 彼女はそれ以上、何も言わない。ただ、理知的な瞳でじっと彼を見つめている。

 アルフォンスはその視線から逃れるように、椅子を蹴って立ち上がった。


「……考えさせてくれ」


 苦悩に満ちた一言を吐き捨て、彼は夜の闇の中へと消えていった。


 ◇◆◇


 同じ頃、リューンの薬屋の地下室。

 そこでは、もう一つの未来を動かすための密やかな会議が行われていた。

 冷たい石壁に囲まれた空間で、私はクラウス、ゲッコー、そして先行潜入班のリーダー『蜘蛛の糸』と向き合う。


「アルフォンス王子が決断されるまで、ただ待っているわけにはいきません。もう一つの布石を打ちます」


 私の静かな宣言に、三人のプロフェッショナルたちの間に緊張が走った。


『蜘蛛の糸』が、影に溶けるような低い声で報告する。

「はっ。……王宮内にいる協力者を通じ、国王陛下の側近の一人と接触に成功いたしました」

「……陛下は、やはり心身共に疲弊しきっておられる、と。先の英雄たちの無礼な振る舞い以降、ほとんど政務も手につかないご様子……」


 その報告に、私は静かに頷く。全ては想定通りだ。

 私はきっぱりと命じた。


「その側近に伝えてください」


 蝋燭の炎が、私の瞳の奥で揺らめいた。

「――『帝国の天翼の軍師が、王国との恒久的な和平を望み、陛下との極秘会談を望んでいる』、と」


 あまりに大胆な一手。

 だが、今の絶望の淵にいる王であれば、必ずこの蜘蛛の糸に縋り付くはずだ。


 ◇◆◇


 それから数日、リューンの街は奇妙な静けさと張り詰めた空気に包まれていた。

 鍛冶工房では、アルフォンスが昼も夜も一心不乱に槌を振り続ける。カン、カン、という硬質な金属音が、まるで彼の心の葛藤のように響き渡る。

 彼は仕事の合間に街を歩き、苦しむ民衆の姿を改めてその目に焼き付けていた。痩せた子供。ため息をつく老人。希望を失った若者たちの、虚ろな目。

(……俺は、本当にこのまま逃げ続けて良いのか……?)

 その問いが、槌を振るうたびに胸を打つ。


 一方、王宮の奥深く。

 帝国からの予期せぬ申し出が、孤独な王の心に小さな、しかし確かな波紋を広げていた。

(……和平……? 帝国が……? もしそれが真実ならば……この血塗られた戦を終わらせることができるやもしれん……)

 それは、彼がとうの昔に諦めたはずの、希望という名の光だった。


 そして、運命の夜が来る。

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― 新着の感想 ―
そもそも開戦の動機はなんだったんだろ。 よくある大昔から戦争状態で、劣勢になったから勇者召還した。ようには見えんから、野生の剣聖をたまたま拾った野心モリモリの貴族にごり押しされたとかじゃろうか。 国全…
王様苦労人だし、なんとか平和に落ち着いてくれたらいいな
『多言語理解』どこいった……
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