5.建国記念祝賀会(2)
祝賀会は和やかに進む。
この建国二十周年の記念祝賀会には国内貴族だけでなく、多くの諸外国の来賓を招待していた。いくつかの国の来賓と話し終えて一息ついていると、こちらにひとりの男性が近づいてくるのが見えた。
「陛下。あちらはユーリア国の来賓かと」
シャルロットは隣にいるエディロンにそっと耳打ちする。
「ユーリア国……。内陸部で資源が豊富な国だな」
「はい。その代わり、雨が少なく農作物が育ちにくい欠点がございます。また、特定の食材を食べないという独特の文化がございます」
過去五回の人生の中で、三回も外国の王族に嫁いだ。
その度に周辺国について勉強をしてきたので、諸外国の基本情報は一通り知識として身についている。王妃になるためには知っておく必要があったからだ。
「ご招待ありがとうございます。私はユーリア国の第一王子、ロナール=ザナルです」
近づいてきたのはシャルロットの予想通り、ユーリア国の王太子だった。
「ダナース国王のエディロン=デュカスだ。遠方からの参加に感謝いたします」
エディロンがにこやかに微笑むと、ふたりは軽く握手を交わす。
「とても盛大な会ですね。外遊の際は食事に困ることが多いのですが、貴国におかれましては非常に繊細なご配慮をいただきありがとうございます」
機嫌がよさそうなロナールのその言葉を聞き、シャルロットはほっと胸をなで下ろす。
エリス国では、諸外国の来賓を招くパーティーの際は事前にどの料理になんの食材を使用しているのかを明記した物を来賓客にお渡ししていた。このユーリア国もそうだが、国によって食事の文化が大きく違うからだ。
けれど、一度目の人生でこの祝賀会に参加した際はそういった配慮が一切されておらず、一部の来賓客は食事に困っていた。
「喜んでいただけたなら嬉しく思いますわ。確か、ユーリア国では中央を通るアイル川の魚は神聖なものとされているのでしたわね」
「ええ、そうです。よくご存じですね」
ロナールは驚いたようにシャルロットを見る。
「ユーリア国はダナース国にとってもエリス国にとっても大切な国ですので」
シャルロットは、にこりと微笑む。
この対応は『私達はあなたの国を気にかけている』ということを示すことができ、ユーリア国側を大いに喜ばせた。
エディロンとロナールは資源や食料品の輸出入の話をしだす。
(いい傾向ね)
国と国の首脳陣が直接会って話せるタイミングなど、そうそうあるものではない。この機会を利用して友好関係を築ければ、今後の外交上の大きな助けとなるだろう。暫く話し込んでいたロナールは、満足げな様子でフードコーナーのほうへ消えていった。
「シャルロット、助かった」
先ほどまでロナールと会話していたエディロンがシャルロットに耳打ちする。
「いえ。お役に立てたならよかったですわ」
「お役に立てたらどころか、大助かりだ。あなたはそれだけの知識を、どうやって知ったんだ?」
エディロンはシャルロットの顔を興味深げに覗き込む。
遠巻きに見ている国内貴族のご令嬢達がさざめく。遠目に見ていると、まるでいちゃいちゃしているように見えるのだろう。
「どうやってって……、勉強したのです」
シャルロットは小首を傾げる。
正確に言うと、過去五回の人生で知識を少しずつ補強してきた。けれど、それは言う必要がないし、言っても信じないだろう。
「ふうん?」
エディロンはあまり信じていない様子だったが、特に追求してくることもなかった。
(全て上手くいっているわね)
シャルロットは会場内を見回す。
何事もトラブルなく進行していることを確認し、シャルロットはほっと一息吐く。
と、そのとき、会場の一画でざわめきが起きた。
(何?)
シャルロットはそちらを見る。
遠巻きに一方を眺める人々の中心にいるのは、外国からの来賓と思しき男性だった。